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第二十三話・父子の絆


「ジュード、どこなの!?」

「まいったな、もう真っ暗だ……どこ行っちまったんだよ、あいつ……」


 ジュードが逃げ出した直後、ウィルたちは彼の後を追って街の中を捜索していた。その中には合流を果たしたカミラもいる。彼女はすっかりヴェリア側ではなくジュードたちの仲間だ。

 先程まで街を橙色に染めていた夕陽は既に沈み、辺りは夜の闇に支配されていた。この中で人一人を捜索するなど簡単なことではない。通行人に聞いても状況が状況だ、皆いずれも困惑している。満足な情報は得られそうになかった。

 ちびがいれば楽なのだが、そのちびはジュードの中。どうにもお手上げだ。


「ジュード様がヴェリア王国の王子様だとは……思いませんでした」

「ああ、俺もだよ。多分みんなそう思ってるさ」

「ヘルメス王子の弟ってことは、ええと……死んだって思われてた王子様よね。ジュードが何も覚えてないのは、王国が襲撃された時に何か大きなショックがあって……あれ? そう言えばなんで死んだって言われてるのに生きてるの?」

「知らないわよ、今はジュードを探すのが先でしょ」


 この場にいる誰もが、恐らく完全には理解などしていない。

 ヴェリアの第二王子は十年前に亡くなった筈なのだ、本当にジュードがその第二王子なのかすら疑わしい。だが、ウィルとリンファは確かに目撃している、ジュードと――ヴェリアの王女であるエクレールの共通点を。二人が兄妹であれば、納得はいく。

 そして本当に彼が第二王子であるとするのなら――カミラが幼い頃に愛した王子でもある。しかし、カミラの心境は入り組んだ迷路のように複雑だった。


「(……もし本当にそうなら、生きててくれて嬉しい。だけど……わたしにとっては何より残酷だわ……)」


 ウィルたちも混乱しているのだろう、先程から矢継ぎ早に誰かしらが喋っている。言葉を発することで気持ちを落ち着かせようとしているのだ。

 グラムはそんな彼らを見守っていたが、程なくして深い溜息を洩らして己の横髪を掻き乱した。


「……お前たち、先に宿に戻っていなさい。ジュードはワシが連れて帰る、心配するな」

「でも……おじさま、ジュードがどこにいるか分かるの?」

「はっはっは、ワシは十年あいつの父親をやってきたんだぞ、なんとなく見当は付くさ。だからお前たちは先に帰って、あいつが戻った時にゆっくり休める環境を作っておいてくれ」


 ウィルたちはそれでも心配そうな顔をしていたが、ややあってから小さく頷く。

 宿の方に引き返していく彼らの背を見送り、グラムは相貌を和らげるが――そこで彼は己の傍らに佇んだままのカミラに気付いた。


「あ、あの、わたしも、わたしも行きます」

「……」

「わたし、ジュードが、ジュードがどこの誰でもいいんです。実は王子様だったとか、勇者の子孫だったとか、別にどうでもいいんです。わた、わたしは――」


 もし、本当にジュードがヴェリアの第二王子だと言うのであれば、彼はカミラが幼い頃に愛した王子だと言うことになる。カミラの手を引いて、色々な場所に連れて行ってくれた、優しい王子。

 だが、カミラの中にあるジュードへの想いは「彼があの時の王子様だから好き」ではない。彼があの王子であろうとなかろうと、既にカミラの中ではどうでも良いのだ。

 確かに最初は、王子に似ていると思った。しかし、共に過ごす内に重ねることもなくなり、カミラは「王子に似ているジュード」ではなく、今一緒にいるジュードのことが好きになった。


「わたしは、今の……今のジュードが好きなんです、どこの誰でも構わないんです……っ!」


 グラムは彼女のその言葉に微笑ましそうに笑うと、普段ジュードにするのと同様に大きな手でカミラの頭をポンポンと優しく撫で付ける。

 カミラはそんな彼を見上げると、自分を見下ろしてくる優しい風貌に不思議そうに瞬きを打った。


「分かっているよ、だからこそ君は戻っていなさい。あいつは変なところで意地っ張りだからなぁ」

「……え?」

「女の子の前では何かと強がる馬鹿者なんだ、……分かるね?」


 グラムのその言葉を聞くと、カミラは納得したように何度か小さく頷いた。

 そうだ、ジュードはそういう男だ。どれだけ大丈夫でなくとも、大丈夫だと言うような。

 同性であるウィルに対してもそうだと言うのに、異性――それも、カミラは知らないことだが想いを寄せる女の子の前で弱音など吐ける訳がない。

 彼女が行くことで、恐らくジュードは苦しい胸の内を吐き出せずに全て呑み込んでしまう。

 グラムはそれが分かるからこそ、カミラに先に戻っているようにと言ったのだ。


「わ、分かりました……お気を付けて」

「ああ、すぐ戻るよ」


 カミラは深く頭を下げると宿の方に足を向けた。その途中、何度か心配そうに振り返りながら。

 グラムはそんな彼女の姿が夜の闇の中に消えるまで見送ると、深い溜息を洩らして街の外へ視線を投じる。ジュードの行きそうな場所には幾つか心当たりがある、それらを一つずつ当たってみるしかない。

 冷静に振舞っているグラムとて、内心では動揺しているし混乱もしている。自分が拾った子供が、まさか勇者の子孫でヴェリアの王子だったなどと。


「まずはあいつを見つけるのが先か……」


 自分も動揺しているが、その動揺は本人が一番大きい筈だ。今も一人で頭を抱えているのでは、と思うと心配でどうしようもなかった。


 * * *


 程なくして、街の外に出たグラムは近くにある林の中で目的の姿を見つけた。

 暗がりの中でぼんやりと光る白いものを見つけ、それを目印に進んできたのだが正解だったようだ。

 光る白いもの、それはジュードの中から飛び出たと思われるちびだった。聖獣として転生した所為か、その身は常に淡い白の光に包まれている。

 ちびはやってきたグラムに気付くと、膝を抱えて座り込むジュードに報せるように「きゅーん」と小さく鳴いた。


「……ジュード」


 驚かせないように極力静かに声を掛けると、ジュードはそっと顔を上げる。その目元は、泣き腫らして真っ赤だった。暗がりの中でも分かるほどに。

 ――初めて逢った時のことを思い出す。グラムが初めてジュードに逢った時も、彼は泣いていた。

 何も分からなくて、恐ろしくて、声を上げてわんわん泣いていた。その頃のことが思い出されたのだ。

 グラムは何も言わずに彼の隣に腰を落ち着かせると、やんわりと赤茶色の頭を撫で付けた。


「好きなだけ泣いて良いぞ、ジュード」


 その言葉に、ジュードは息を詰まらせたように一瞬のみ身を強張らせたが――その刹那、翡翠色の双眸から大粒の涙を溢れさせて顔を伏せた。目元が真っ赤になるほど泣いても、まだ止まらないらしい。

 恐らく、なぜ泣くのか本人にも分かっていない。悲しいのか怖いのか、悔しいのか腹立たしいのか――信じたくないのか。

 ジュードはこれ以上ないほどに混乱している、自分でもどうしたら良いのか分からないのだろう。


 グラムはそんな彼の身を両腕で抱き込むと、片手をジュードの後頭部に添えて撫でる。

 抱き着いて泣くという甘え方さえ出来ない子だ。やはりカミラを連れて来なくて良かったと、そう思った。


「オレ、いきなりあんなこと、言われても」

「うん」

「母さんなんて、知らないし」

「うん」


 突然知らされた出自――兄と妹、そして母。更にヴェリアの王子なのだと言う。

 そんなことを何の前触れもなく知らされて、混乱しない方がおかしいのだ。ましてや、ジュードは昔の記憶を何も持っていないのだから。


「なぁ、ジュード」

「……?」

「お前、少し前に言っておったな。もし自分の本当の家族が見つかったら、と」


 それは、彼らが水の国から火の国に戻ろうとしていた時のことだ。

 もし自分の本当の家族が見つかったら、自分はそちらに帰らなければならないのか――ジュードはグラムにそう聞いた。

 当時のことは、ジュードもよく覚えている。静かに顔を上げて、グラムの様子を窺った。


「ワシの考えはあの頃と全く変わっておらんよ、お前はワシの自慢の息子だ。王家の方々と関わりたくなければワシが全力で守ってやろう」

「……父さん」

「だから、お前はとにかく泣いて、自分がどうしたいのか……それからゆっくり考えなさい。ワシはいつでもお前の味方だよ」


 その言葉に、また改めてジュードの目には涙が浮かんだ。そして今度は堰を切ったように流れて、止まることを知らなかった。

 ジュードはグラムの胸に顔を埋め、彼に言われるまま幼子のように声を上げて泣いた。処理しきれない感情を全て吐き出すように。

 ちびはふさふさの尾を揺らしながらジュードとグラムを見つめていたが、軈てそんな二人の傍らに寄り添うと腹這いになって身を休め始める。

 グラムだけではなく、自分もいるんだぞと――まるでそう言っているかのように。



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