第十四話・未来の夢
ジュードはいつものように、夢を見ていた。
これまで恐ろしいものばかり見てきたが、今回は雰囲気がやや異なる。周囲の様子は何処か神々しく、荘厳な造りの神殿らしき場所だ。
『……ちび……』
だが、夢の内容よりも彼の心を占めるのは、相棒であるちびの死。
王都フェンベルに報告に戻ることを選択していたら、もしかしたらちびは死なずに済んだかもしれない。そうすれば何かとお人好しと言われる風の王族のこと、援軍を出してくれていただろう。
けれども、ちびの代わりに援軍が殺されていたかもしれない。それを考えれば、どちらが良かったとは言えない。
『またオレ、こうやって自分を責めてる……』
これでは、シルヴァが浮かばれない。
しかし、ちびを失ってしまったことは彼に打撃を与えるには充分過ぎた。あまりにも衝撃が、痛みが大きい。
もう触れられない、一緒に遊べない。いつか一緒にあちこち行きたいと思ったばかりなのに。
ジュードの胸は痛む。まるで鋭利な刃物を突き刺されたかのように。
だが、その時。
奥に続く通路から、眩い輝きが洩れていることに気付いた。
この場所は、ジュードには覚えがない。だと言うのに、言葉にし難い懐かしいような感覚があった。
その光は、まるでジュードに「自分の元へ来るように」と呼んでいるかのようである。
『……』
この夢がまた予知夢であるのなら、知っておかなければならない。
もしかしたら、また仲間に危機が迫っていることを教えてくれているのかもしれないのだから。
もうシルヴァやちびのように、大事な仲間を失いたくない。
そこまで考えると、ジュードはようやく足を踏み出した。鉛のように重い足を動かして、一歩一歩奥へと。
光を放っていた最深部は、祭壇のような場所であった。
真っ白な壁に金色の装飾が成されている、何処となく神聖な雰囲気が漂う空間。その中央には古びた石碑が佇み、傍らには一つの人影。
通路まで洩れていた光は、どうやら石碑が放っていたものらしい。ジュードは近付くにつれて目を刺激する強い輝きに、思わず片手を目のやや上部に翳して双眸を守る。
『……誰、だ……?』
目を焼くのではないかと思うほどの、強い光。そんな中に佇む人物。
徐々に薄れていく光を確認して、ジュードは一度己の腕で目元を擦る。瞳孔を刺激されて少し痛い、それを和らげようと言うのだ。
しかし、次に彼が目を開けた時――そんな仄かな痛みも忘れて思わず息を呑んだ。
『あ、あなたは……あの時の……』
それはあの時――精霊の里の聖殿で、恐らく自分たちを助けてくれたと思われる赤毛の青年であった。幻か何かだったのかとジュードは常々思ってきたが、こうして夢の中に現れると言うことはそうではないのかもしれない。
とは思うものの、これが予知夢ではなく『ただの夢』である可能性も決して否定出来ない。あれは誰だったのかと思うジュードの疑問を単純な形にしただけの。
『うん――やっと会えたな、やっと君と話せる』
『……』
けれども、赤毛の青年はジュードのそんな考えなど露知らず。穏やかにそっと笑いながら声を掛けてきた。その声色には僅かにも嬉しそうな色が滲む。
彼は誰なんだろう、どうして助けてくれたんだろう。なぜ、自分のことを知っているのだろう。
聞きたいことは山のようにある。
この赤毛の青年に会ったのはあの時、精霊の里が初めてだ。
だと言うのに、彼を前にするとジュードの胸は不思議と昂った。それは決して疚しいものではなく――心からの羨望に近い。
なぜこのように思うのか、ジュード自身にも分からないことではあるのだが。まるで全身の血が湧き立つような錯覚を覚えた。
『あ、あの、あなたは一体……精霊の里で助けてくれたのは、あなたでしょう?』
『ジュード、君がこの場に来てくれたことを嬉しく思う』
『え、あ……はい』
――会話が、噛み合わない。
無視されているのか、答えたくないのか。そこまで考えてジュードは思う。
これは恐らく予知夢だ、この赤毛の青年は今『ジュードの夢の中』に存在している訳ではない。故に、現在ジュードが抱く疑問に答えてくれる筈がないのだ。
なぜって、これは未来の出来事であって現在のことではないのだから。
これまで見てきた夢と異なり、嫌な感覚は欠片ほどもない。もっとこのまま、彼の語る言葉を聞いていたいとさえ思う。
落ち着いたその声が、とても耳に心地好かった。
『――ジェント』
『え?』
『ジェント・ハーネンベルグ、それが俺の名前だ』
『(ジェントさん、……ん? あれ?)』
その最中、心地好い彼の声が紡いだ名前をジュードは物覚えの悪い自分の頭に記憶させる。しかし、そこで彼は既知感に襲われた。
ジェント――その名前を、何処かで聞いた覚えがあったからだ。古い記憶ではない、確かまだ新しいもの。
程なくして、ジュードの頭はそれを思い出した。何処で聞いたものだったか、その名前を持つ者が何者であったのか。
だが、理解すると同時に夢が終わりを告げる。
青年の――ジェントの姿がぼやけ始め、ジュードは咄嗟に片手を伸ばした。待って、行かないで、もう少し。そんな気持ちを込めて。
* * *
「――勇者様ッ!!」
ジュードは双眸を見開いて、声を上げた。
視界に飛び込んでくるのは、木目が揃った天井板。目を覚ましたばかりで焦点が定まらないが、ジュードは瞬きさえ忘れて呆然と天井を見つめていた。
今の彼の声を聞いて仲間が駆け付けて来るのも時間の問題だろう。
そこでジュードは気付いた、何やら頬が生温かい。何だろうと片手で擦ってみると――それは血だった。
正確に言うのであれば、鼻血と言うものである。
「うわっ、うわわわ! なんでオレ鼻血……って、え……?」
仰向けに寝かされていた寝台から勢い良く飛び起きると、鼻からはだらりと血が垂れる。思わず片手で押さえたところで、次に彼は己の傍らに一つ白いものを見つけた。
一度こそライオットだろうと思いはしたのだが、それにしては大きい。不審に思い目を向けてみて――そこでまた彼は鼻血を噴いた。興奮し過ぎである。
「わううぅ!」
「ち……ちび!? な、なんで……!?」
「うぎゃぎゃ」
「ちび……ッ、ううぅ……!」
毛の色こそ黒から純白に変わってしまっているが、ジュードがちびを見間違える筈がない。これはちびだ、他の誰でもない。
真っ白なちびは嬉しそうに舌を出して、千切れた筈のふさふさの尻尾を右に左にと揺らしている。事情は彼の頭では当然理解出来ないが、それでもジュードの双眸からは今度は涙が溢れてくる始末。
そこへ、先程のジュードの声を聞きつけてきたと思われるウィルたちが部屋に飛び込んできた。
「ジュード、気が付いたか! ……って、なんで鼻血出してんだよ、ちびの毛が赤くなるぞ」
「……お具合がすぐれないのでしょうか」
「いや、大方興奮した所為だろう」
だが、扉を開け放った先。
ジュードがちびを泣きながら抱き締めていた。――それは、想定内だ。
けれども、なぜジュードは鼻血を出していると言うのか。ウィルとマナ、リンファは思わず首を捻ったのだが、そこはやはり義理とは言え父親。グラムは冷静に状況を分析していた。