表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
261/414

第十三話・エクレール


「マナ、ルルーナは大丈夫か?」

「え、ええ、多分大丈夫だとは思うけど……まだ寝たまんま。でもリンファが付いててくれるから、大丈夫よ」

「そっか……」


 カームの街に戻ってきたウィルたちは、昨夜も泊まった宿に改めて部屋を借りていた。

 ヴィネアを倒すことは出来たが、相も変わらず状況は分からないことばかり。とにかく現段階で分かっていることと言えば、死んだ筈のちびが転生して生き返ったと言うこと。

 そのちびも、時間の経過と共に空気に溶けるように消えてしまったのだが、ライオット曰く「ジュードの中に入った」のだと言う。


 そしてそのジュードはと言えば、常の如く死んだように眠っていた。外傷は多いが、幸いにも致命傷となる傷はない。

 それはルルーナも同じことであった。マナから返る言葉にウィルは軽く肩を落とす。心配しているのだろう。


「まったく……ウィル、お前が止めねば駄目ではないか」

「す、すみません……けど」

「……はは、分かっとるよ。お前たちがワシを見捨てられるような子たちではないことくらいな。だが、親心としては複雑さ」


 宿の食堂に身を落ち着けて約十五分、ようやく生還したのだと実感が湧いてきた。長テーブルを間に挟み対面する形で、グラムはウィルに言葉を向ける。

 するとウィルは言葉通り申し訳なさそうに眉尻を下げ、手元のカップを円を描くようにして回した。

 だが、グラムとて理解している。ジュードを始め、ウィルもマナも自分を見捨てられるような情のない子ではないと。


「……いや、とやかく言うのはやめておこう。ウィル、マナ……ありがとうな。お前たちのお陰でなんとか生きて戻れたよ」


 元はと言えば自分が油断さえしなければ、このようなことにはならなかった。そう思うとグラムの中には罪悪感ばかりが募っていく。

 自分のその油断の所為で、ジュードやウィル、マナ――そしてルルーナやリンファなど、多くの者を傷付けてしまったのだから。

 グラムのその言葉を聞いて、ウィルとマナは顔を見合わせると何処か照れくさそうに笑った。


 そこへ、ふと控えめに声が掛かる。


「……あの、お仲間のお姿が見えませんが大丈夫でしょうか?」


 それは、助っ人の如く現れた少女だった。邪魔になると思っているのだろう、やや離れた場所から声を掛けてきた。

 ウィルたちは彼女に目を向けると、表情を和らげたまま口を開く。


「ああ、大丈夫だよ。君の方こそ大丈夫かい? あと本当に助かったよ、ありがとう」

「いえ、お礼を言われるようなことは何も……」

「そんなことないわ、あなたが来てくれなかったらどうなっていたか……」


 実際、この少女が来てくれなければヴィネアを倒すことは出来なかったかもしれない。彼女の功績は非常に大きい。

 褒められることに慣れていないのか、それとも人慣れしていないのか――ウィルとマナの言葉に少女はほんのりと頬を赤らめながら、片手で己の横髪をそっといじる。恥ずかしいのだろう。金色の髪はとても柔らかそうで、ふんわりとしていた。

 戦闘時の様子からは考えられないほど、淑やかな印象を受ける。


「ああ、紹介が遅れてしまったが……ワシはグラム、こっちはウィルとマナだ。ワシの方からも感謝するよ、ええと……」

「あ、こちらこそ紹介が遅れてしまいまして申し訳御座いません。わたくしは――」

「エクレール様」


 しかし、そこに二人の兵士らしき青年と女性がやってきた。年頃は二十代前半と言ったところだろう。

 エクレールと呼ばれた少女は彼らを振り返ると、差し出された一通の手紙を受け取る。

 簡素な白い封筒に入れられたそれを手早く開き紙面に視線を落とせば、彼女の細い眉は自然と寄っていく。


「……明日の朝までにこの街と港を占拠しておけと……その命令ですね」

「はい、如何いたしましょうか……」


 彼女たちの会話は当然ながらウィルたちにも筒抜けだ。何やら不穏な話に、彼らの表情は意識せずとも勝手に曇っていく。

 この街と港を占拠しろ――それは決して穏やかではない命令だ。この少女は、エクレールは味方ではないのだろうか。そう思いながらマナは不安そうに眉尻を下げる。

 だが、エクレールは特に考えるような間も置かずに、ゆるりと小さく頭を横に揺らしてみせた。


「何を言うのです、わたくしたちは戦いに来た訳ではないのですよ。このような命令、放っておきなさい」

「ですが、それではエクレール様のお立場が……」

「わたくしの立場などどうでもよいのです、大切なのは争わないこと。そうでなければカミラ様が危険を冒してまで行動なさった意味がありません」

「――え?」


 エクレールの言葉に反応したのは、報告にやってきた兵士二人ではない――マナだ。彼女の口から出た思わぬ名前に咄嗟に声を洩らしてしまったのである。

 彼らの視線を受けてマナは慌てて己の口に片手を添えるが、出てしまった声はどう足掻いても引っ込まない。グラムとウィルはそんな彼女の様子に思わず苦笑してしまいながら、ウィルが代わりに口を開いた。


「あの、カミラって……」


 カミラとは――あのカミラではないのか。

 マナが咄嗟に声を洩らしてしまったものの、彼女が抱いた疑問や驚きはウィルやグラムとて同じものであった。

 ウィルもマナも、当時は眠っていたために別れる際に見送ることも出来なかった、大切な仲間であり友人。

 エクレールは彼女と知り合いなのではないか、そう思えば自然と彼らの表情には笑みが浮かんだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ