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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第二章〜魔族の鳴動編〜
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第六話・覚悟


 緩やかに風が吹きつける平原。

 辺り一面に広がる緑が風に揺れる。

 そんな平原に立ち剣を片手に構え、ジュードは真剣な眼差しで正面を見据えた。

 全神経を正面に立つ標的と、剣の切っ先に集中させる。

 ジュードのその眼差しを正面から受ける標的――メンフィスは、薄く口元に笑みを滲ませて言葉を向けた。


「――よし、来い! ジュード!」

「はい!」


 メンフィスから向けられた言葉を合図にジュードはひとつ返事を返すと、地を蹴り勢いよく駆け出す。予想を遥かに上回るその速度にメンフィスは愛用の剣を携え、素早く身構える。

 ジュードは持ち前の俊敏さを活かし一気に間合いを詰めると、右手に持つ剣の柄をしっかりと握り締めた。その手を思い切りメンフィスへ向けて叩き下ろす。


 刃と刃が衝突する音が辺りに響き、ジュードは思わず目を細める。普段、人間同士で刃物を振り回してこなかったジュードにとっては聞き慣れない音。

 思わず力を緩めてしまいそうになるのをこらえ、剣を挟んで対峙するメンフィスを見据える。心音が嫌に耳につく、緊張が鼓動からも伝わってくるようであった。

 メンフィスは口元に薄い笑みを携えたまま、対峙する翡翠色の双眸を見返す。


「力、速度。なかなかのものだな、ジュード」

「……っ、ありがとう、ございます……!」


 鍔迫り合いの状況ながら笑みさえ浮かべてみせるメンフィスに対し、ジュードは真剣な表情をしたまま互いの剣を見つめる、こちらは余裕などなく必死である。力を少しでも緩めれば押し切られる、それは押し返してくるメンフィスの力の強さですぐに理解できた。

 片手だけで剣を扱うように、とジュードはメンフィスに言われている。なぜか、と問うてもメンフィスは答えなかった。


 しかし、重いものを持つ力仕事に近い鍛冶屋といえどジュードはまだ子供に分類される存在である。歴戦を潜り抜けてきた男に力で勝てるはずもない。剣を持つ手が自然と震えた。

 奥歯を噛み締めて腕に力を入れ直しはするが、メンフィスの力がジュードより遥かに上であることは明白だ。ジュードは程なくして地を蹴ると一度後方へ飛び退いた。普段、仕事で使う以上の力ゆえに筋肉に負担がかかっている。

 

 すぐに剣を構え直すとこちらに突進してくるメンフィスを見てジュードは目を細める。振り上げられた剣を見遣り咄嗟に横へ跳ぶことで振り下ろしを回避すると、更に加わる追撃に休む間もなく視線と意識を集中させる。

 山育ちで培われた動体視力がなせる業であった。上、横、真正面と次々に繰り出される剣撃を避けながらジュードは反撃の隙を窺う。だが、魔物と異なりメンフィスは攻撃の切り返しが速い、攻撃を繰り出した瞬間には既にジュードがどう反応するか、先を読んでいるかのように的確に叩き込んでくる。


 頭上から剣を叩き下ろし、即座に下から切り上げ、更には横から真一文字に薙ぐ。ただ後ろに避けるだけでは、隙を見て繰り出される――剣を突き出す攻撃に対応ができない。的になるのがオチである。

 頭や頬、腕など一歩間違えれば直撃しそうな限界ギリギリの距離に、ジュードは緊張で視野が狭くなっていくのを感じる。魔物と違ってメンフィスにはまったくと言っていいほどに隙がなかった。


 ジュードは眉を寄せると改めて一度後方へ跳び退く、すぐに振り下ろされる剣を今度は回避することなく片手に持つ剣で受け止めた。

 再度響き渡る金属音に今度は意識を奪われず、ただ一心にメンフィスの一挙一動に全神経を集中させる。電気が走ったような痺れと骨に響く痛みを腕に感じながらも、ジュードは剣から手を離すことはしなかった。


「よい目と足を持っているな、ジュード。ワシの攻撃をここまで避けれるとは、大したものだ」


 緊張に支配されるジュードとは対照的に、メンフィスは剣越しにジュードを見下ろし冷静に彼の身体能力を分析する余裕さえある。

 そこは、ジュードも男である。負けん気を刺激されたか翡翠色の双眸を細めると剣を横に倒すことで鍔迫り合いをいなし、素早く真横へと回り込んだ。身を低くし、斜め下から上へ剣を振り上げようとして――躊躇う。


「絶好のチャンスだというのに……甘い」

「あだッ!」


 メンフィスはそんなジュードを横目に見遣ると、刃を立てず腹の部分で彼の頭を叱りつけるように叩いた。


 * * *


 ガタゴト、と馬車が揺れる。

 メンフィスは手綱を握り、隣に腰を落ち着けて頭をさするジュードを横目に眺めた。先ほどの訓練で叩かれた箇所が多少痛むらしい。

 他の仲間たちは馬車の中にいる。ジュードはメンフィスについて、手綱を握る彼の横に座っていた。


「ジュード、なぜ先ほどは躊躇った? 人を攻撃するのが怖いか?」

「え、ええ……そりゃあ、そうですよ。オレは今まで人だけじゃなく、魔物だってあんまり……」


 ジュードは鍛冶屋として生きてきたのだ。魔物と戦うことを生業としてきた訳ではない。無闇な殺生はこれまで行ってはこなかったのである。ましてや、人を斬りつけるなど。

 しかし、メンフィスは小さく溜息を洩らすと視線を正面に戻した。


「ジュード、人はそれを優しさと言うかもしれんが……その優しさは、時に命を脅かす」

「は、はい」

「もし相手が本気でお前を殺しにきたら、お前は戦えるか?」


 メンフィスにとっては、それがなによりも心配なことであった。

 戦いを生業としていないジュードにとって、それができるようになる必要はないのかもしれないが、それでも今の世の中はなにが起きるかわからないのである。


 今にも魔物がその辺りから現れて、ジュードに襲いかかるかもしれない。彼の大切な仲間を殺そうとするかもしれない。そうなった時、果たして彼は戦えるのか。メンフィスは気がかりだった。

 膝に手を置いて黙り込んでしまったジュードに、彼は静かに続ける。


「いつどのようなことが起きるかわからん。いざという時のために、覚悟だけはしておきなさい。命を……守るためにも」


 まっすぐを見つめたまま告げるメンフィスをジュードは横目に見遣り暫し黙り込むが、やがて言葉はなくとも小さく頷いた。



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