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第九話・複合魔法


「――うおッ! ……そうか、この剣は水の魔力で守られてるのか」

「あ、うん。それ前線基地のために造られたやつだから……」


 雷獣ブロンテに斬り掛かったグラムだったが、その刃が眩い閃光と共に強力な雷に包まれるのを見て思わず身を退く。刀身を離したことで完全な感電は免れたが、利き手から肩までが軽く麻痺したような感覚に自然と口角が上がった。

 逆手を手首に添えて感覚を確かめる父の姿を横目に見遣りながら、ジュードはその表情に瞠目する。


 雷を纏う相手に水の剣で戦う――その状況は圧倒的に不利だと言うのに、グラムは非常に楽しそうだ。


「(父さん、火傷でボロボロなのに……)」


 だと言うのに、それさえも全く苦にしていない。今の彼は完全に戦う男の顔だ。こういう部分がメンフィスによく似ている、とジュードは思った。

 ブロンテは前足を上げて、再び高く鳴く。それと同時に両翼が大きく羽ばたき、辺りに雷鳴を轟かせた。


 次いだ瞬間――フロア全体には不規則に雷が落ち始める。直撃を受ければどれほどのダメージを受けることか。特にリンファは水属性の持ち主、雷は天敵だ。


「元気なやつねぇ……! もうッ!」

「キェエエエエッ!!」


 先程まで交戦していたルルーナの鞭による攻撃で随分と弱ってはいるようだが、まだまだ諦めたと言うような様子ではない。寧ろヴィネアをやられて憤っている。

 あちらこちらに降り注ぐ雷をジュードたちは辛うじて避け切ると、上がる呼吸を整える間もなく再度鳴き始めるブロンテを見上げた。


「マスターさん! マナさんとルルーナさんに援護してもらって突撃するナマァ!」

「大丈夫なのか?」

「ノームなら雷を通さないで近付けるナマァ!」


 ジュードの肩に乗ったままのノームは彼の頭に飛び乗ると、短い片手を挙げた。

 ノームは地の精霊だ、更にルルーナは地の魔法を操る。見るからに雷属性を持つブロンテ相手であれば有効な手段と言えるだろう。

 その会話が聞こえていたのか、ブロンテを挟んで立つルルーナとマナはしっかりと頷きを返してきた。


「(全身が雷でバチバチ言ってるから、リンファさんはダメだ。ちびも咬み付いたらそのまま感電しちまう。ノームにサポートしてもらってオレが引き付ければ、マナとルルーナが魔法で援護出来るはず……!)」


 ジュードは短剣を握り直すと、視線のみでマナとルルーナに合図を出してから勢いを付けて駆け出した。

 それを見たブロンテは「バカにするな」と言わんばかりに大口を開け、己の身を包む雷を弾丸のようにジュード目掛けて放ち始める。

 あらゆる角度から放たれる雷の矢にジュードは双眸を細めると、その軌道を瞬時に読んだ。持ち前の動体視力と俊敏さを活かし、次々に避けていく。直撃しそうなものは頭の上に乗るノームが弾いてくれた。


「――ここだッ!」


 もう一度雷を起こそうと両翼を羽ばたかせた雷獣の挙動を確認すると、目前まで迫ったジュードは地面を強く蹴って高く跳躍。片側の翼の付け根に照準を合わせた。

 手にした短剣の刃を滑るように走らせれば、黒い羽毛の下から色鮮やかな血が噴出する。同時に雷獣からは悲痛な声が洩れ、痛みに身を悶えさせた。


「いくわよ、ルルーナ!」

「アンタに言われなくても分かってるわ!」

「可愛くない!!」


 ジュードがそのまま雷獣の後方に着地したのを見ると、マナは傍らのルルーナに声を掛ける。すると、依然として常の軽口を交わしながらもルルーナとマナは同時に片手を掲げた。


「グレイブフロンド!」

「フレアグレイヴ!」


 ルルーナは地属性の、マナは火属性の単体攻撃魔法を放つ。

 だが、両者が同時に放った魔法は通常とは異なる動きを見せた。

 雷獣の周囲に円を描くように炎が迸り、次の瞬間――地中からは無数の土の槍が出現し、獣の身を深く貫いたのである。それだけに留まらず大地の槍は炎を纏い、内側からブロンテの身を焼き始めたのだ。


「ケエエエェッ!!」


 ブロンテはそれでも必死に足掻き、無事な片翼を羽ばたかせ何とか業火から逃れると、驚いたように目を丸くさせているマナとルルーナへ襲い掛かる。

 彼女たちにも想定外の魔法だったのだ。ただ普通に魔法を使っただけ――だと言うのに、まるで自らの意思で混ざり合ったように複合してしまった。


 ウィルはマナやルルーナの前に立ち真正面から雷獣と対峙すると、両手で愛用の得物をしっかりと握る。己の斜め下に刃を下ろしたまま、一度意識を集中させるべく目を伏せた。

 ブロンテが迫る気配を肌でしっかりと感じながら、その刹那。ウィルは下ろしていた刃を斜め上へと思い切り振り抜く。


 すると剃刀のように鋭い風の刃が飛翔し、ブロンテの腹を真一文字に斬り裂いた。

 マナとルルーナの魔法はブロンテに大きなダメージを与えていたようだ。その動きは先程よりも遥かに鈍い。


「マスターさん、ノームを思い切り投げてほしいナマァ!」

「わ、分かった、行くぞ!」

「了解ナマァ!」


 弱ってきたとは言え、ブロンテの身は未だ雷により守られている。先程翼を斬り付けたことで武器から雷が伝わり、ジュードの右手は軽い麻痺を起こしていた。追撃を加えたくとも、接近戦となるとこの麻痺との戦いになる。

 そんな中でノームから声が掛かれば一度こそ瞠目するものの、程なくして小さく頷きを返した。


 ジュードはノームのふくよかな身を左手で持つと、腹部を斬り裂かれて悲鳴を上げるブロンテに目を向ける。

 彼の頭には今もまだ、雷獣が苦しみ悶える『声』が響いていた。苦しい、痛い、と頻りに上げる声が。


「(……ごめん――!)」


 誰だって痛いのは嫌だ、死にたくない。その気持ちは分かる。

 だが、こちらにも退けない事情があるのだ。

 ジュードは左手に持つノームに想いを託すと、大きく振り被ってその身をブロンテ目掛けて投げた。


 投げ付けられたノームは頭を前にして短い両手を広げる。

 すると、ふくよかなその身は瞬く間に岩に包まれ始めた。何重にも重なる分厚いものだ。だと言うのに、スピードは全く落ちない。本来ならば重力に倣い地面に落ちてしまってもおかしくはないのだが、真っ直ぐにブロンテの元へと飛んだ。


「終わりナマァ!」


 そして、岩に包まれたノームはブロンテの真横から思い切りぶち当たった。その衝撃に獣の巨体は見事に吹き飛ばされ、固い壁へと衝突する。

 それでもブロンテは必死に起き上がろうともがいたが、程なくして力尽きたようにその身は徐々に動きを止めた。

 ジュードたちは暫し無言のまま警戒するようにその様を見つめていたものの、どれだけ待っても再び起き上がることのない様子を確認して声を上げる。


「……やった、やったあぁ!」

「倒せた……みたいね、一応確認はした方が良いとは思うけど……とにかく疲れたわ」

「リンファ、疲れてると思うけど少し休んだらグラムさんの治療を頼む。モチ()、グラムさんの具合は……」

「ライオットだにいいぃ!」


 グラムを助けて、魔族を倒せた。まさにジュードたちが求めていた結果だ。

 嘗ては手も足も出なかったヴィネアを相手に、重い負傷もなく勝てた、と言う事実は彼らに確かな希望を与えてくれた。

 グラムは己の肩に乗ったままのライオットを見て愉快そうに笑い声を上げ、ウィルもそんな様を見て相貌を和らげる。


 リンファはジュードの元へと駆け寄っていくちびを横目に見送り――そこでふと、不自然な風を感じた。


 ここは遺跡内部、自然風など吹き付けることはない。壁際であれば隙間風を感じることはあるだろうが、リンファが現在立っている場所はフロアの中央にほど近い場所。

 風など、感じる筈がないのだ。


「……!? ジュード様!」


 何だろうと、リンファが思わず辺りを見回そうとしたところで、それまで嬉しそうに舌を出していたちびが吼えた。

 弾かれたようにジュードの方を振り返ると、そこに見えたのは――彼の肩越し、ジュードの背中に向けて片手を突き出すヴィネアの姿。

 彼女のその手には、風の魔力が集束していた。



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