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第七話・ノームの怒り


「――父さん!!」

「いやあああぁ!!」


 ジュードとマナは今にも泣きそうな声で叫んだ。彼らの目の前には、絶望的な光景が広がっている。

 ヴィネアが呼び寄せた雷獣ブロンテが、グラムを喰らっただろう光景だ。現在の立ち位置からでは詳細は窺えないが、全身から血の気が引いていくのを感じる。


 ちびとリンファは思わず立ち止まり、息を呑んで状況を見守った。

 ブロンテは動かない。喰らい付いた勢いのまま、固まっている。


「……! あれは……」


 だが、リンファは気付いた。ブロンテの口元に、幾つもの岩が挟まっていることに。

 ブロンテの嘴は壁を直撃した訳ではない、間に岩や壁などもなかった筈だ。では、その岩は一体何だと言うのか。

 その答えはすぐに知れる。最初こそルルーナの援護が間に合ったのかと思ったのだが、どうやら違ったらしい。


「酷い奴らナマァ……! どこまでバカにすれば気が済むんだナマァ……!」


 それはジュードの背中に貼り付いたままの、ノームが発生させたものであった。

 グラムの身はブロンテの攻撃が直撃する前に、ノームが起こした分厚い岩の壁により完全に守られていたのだ。それ故にブロンテはグラムではなく、固い岩を喰らうことになった。

 当のグラム本人はと言えば、突如として出現した岩壁を前に呆然としている。


「お、おおぉ……? な、なんだなんだ……?」

「っ……! おじさま!」


 グラムの声が聞こえたことにマナは心から安堵を洩らすと、詠唱も忘れて両手で己の口元を覆う。勝手に出て来る涙は、最早拭う気すらない。

 しかし、これでもうヴィネアに合わせることはない。そう思うや否や、再び詠唱に入る。手加減などしない、出来る筈がない。これまで抑えてきた腹立たしさが彼女を突き動かした。


「やってくれちゃうじゃないの……でもジュードくんは――!」

「そうはさせないナマァ! 雷相手ならノームだって役に立てるナマァ!」


 ヴィネアは予想だにしない反抗に舌を打つと、傍らのジュードに片手を伸ばす。グラムこそ始末は出来なかったが、とにかく彼をアルシエルの元に送ってしまおうと――そう考えたのだ。

 幸い、今なら雷の牢獄の所為でジュードは動けない。この状態ならば容易に転送術を掛けられる。


「ノームは怒ったナマァ! 許さないナマァ!」


 だが、ジュードの背中に貼り付いていたノームは彼の頭の上によじ登ると、感じた怒りのままに己の内に宿る地の力を解放する。

 ノームの小さくもふくよかな身は眩い黄色の閃光を放つと、ジュードの身を閉じ込めていた雷を吹き飛ばしてしまったのだ。


 ――土は雷を通さない。

 風には崩されても、雷には絶対的な防御力を誇るのが地属性だ。雷で造られた牢獄を破壊するなど、ノームにとっては朝飯前。


「よくもッ! この下等生物が!」

「やらせるか!!」


 ヴィネアはノームを睨み付けると、ならばと両手に風の力を纏わせて手を伸ばしてきた。地の精霊は、風の力には弱い。それを知らないヴィネアではないのだ。

 けれども「はい、そうですか」とやらせるジュードではない。ノームが牢獄を破壊してくれたお陰で、既に弊害は何もなかった。ヴィネアがノームに攻撃を仕掛ける前に、ジュードは頭の上のふくよかな身を鷲掴みにして小脇に抱えると、素早く身を屈めて足払いを叩き込んだ。


「きゃあぁっ!」

「避けててジュード! 許さないわよ、このぶりぶり女! フレアグレイヴ!」


 ジュードに足払いを喰らって転倒したヴィネアは、その拍子に強打した後頭部を摩っている。ジュードはその様子を確認すると、マナに言われるまま後方に跳んだ。

 ウィルはその傍らに駆け寄ると、先程彼が手放した武器をジュードへと渡す。予定とは随分変わってしまったが、結果さえ良ければそれで良いのだ。


 マナが激情のままに魔法を放つと、ヴィネアの足元には赤い魔法陣が展開する。

 フレアグレイヴは単体を攻撃する中級の火属性魔法だ。本来は彼女が頻繁に使うバニッシュボムの方が威力が上なのだが、この場で使えば仲間を巻き込んでしまう恐れがあった。


 広がった魔法陣の四方からは燃え盛る炎を纏う槍が出現し――中央部にいるヴィネアへ向かって一気に飛翔する。

 四方から飛び交った火炎槍は、転倒したまま動けずにいるヴィネアの身を容赦なく突き刺した。


「(これで終わる奴じゃない、あいつは魔族だ……それも、かなりの力を持ってる……!)」

「ジュード、お前はグラムさんを」

「ああ、頼んだ!」


 その考えはウィルも同じだったようだ。マナの魔法は確かに直撃したが、ヴィネアからは悲鳴の一つも上がらない。

 水の国で遭遇した際、彼女には手も足も出なかった。あの頃から見て成長したとは言え、楽に勝てる戦いではないのだ。

 軈て直撃の際に上がった煙が晴れて来ると、ヴィネアはその場に座り込んだまま不敵に笑っていた。


「……かっちーん、ってなっちゃったなぁ。ふぅ……いらっしゃいブロンテ。ヴィネアちゃん頭に来ちゃったから、予定変更よ」


 何処か態とらしく溜息など零して見せると、ヴィネアは座り込んでいた床から静かに立ち上がった。

 ふんわりとした裾広がりのスカートについた汚れを手で叩き払いながら、傍に飛んできたブロンテを横目に見遣る。

 ジュードはちびやリンファと共にグラムの元へ駆け寄ると、その傷の具合を窺った。


「父さん……! 大丈夫?」

「ああ、ワシは大丈夫だ。……まったく、ここから出たらお前たち全員説教だぞ、楽しみにしていろ。それより――」

「……うん」


 焼け爛れた身こそ痛々しいものの、グラム自身は元気そうだ。ライオットはそんなグラムの護衛にでも就くかのように彼の肩に飛び乗ると、ヴィネアとブロンテに向き直る。

 それを確認して、ジュードやちび、リンファも同様にそちらに目を向けた。


 ――このままで終わる筈がない。それは、誰もが理解している。


「ジュードくんを捕まえて、餌を殺して終わってあげようかと思ったけど気が変わっちゃった! ――問答無用で全員ぶっ殺す、悪く思わないでねぇ、きゃははっ!」


 ヴィネアがそう告げると、呼応するかの如くブロンテが高く鳴いた。それと同時に部屋全体に突風が吹き荒れる。最深部全体に緊張が走った。

 ヴィネアは決して弱くはない。その上、彼女の隣には強さが分からぬ雷獣までいる。

 勝てるかどうかさえ定かではない。不敵に笑いながら傘を掲げる彼女を見て、ジュードたちは身構えた。



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