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第五話・癒えない心の傷


 翌朝、普段よりも早く目を覚ましたジュードは、一度眠たげに欠伸を洩らしてから静かに寝台を降りる。隣の寝台では未だウィルが眠っていた。

 己の枕元を見ると、ライオットとノームも夢の中。起きていると言えばジュードと、彼が起床した気配を察知して顔を上げたちびだけ。


「まだちょっと早いし……ちび、ちょっとテラスで時間潰すか」


 リンファ辺りであれば既に起きている可能性はあるが、マナとルルーナはまだだろう。精霊の森で休んだものの、精神的な疲労も濃い筈だ。

 状況は状況だが、自分たちが倒れてしまっては元も子もない。少しでも良いから仲間を休ませたいと思ったのだ。


 すると、ちびはジュードの言葉に身を起こし、嬉しそうに舌を出してふわふわの尾を揺らし始める。

 いつものように「わうっ」と吠えないのは、未だ夢の中にいるウィルや精霊二人を気遣ったのだ。安眠を妨げてしまわないように。



 ジュードはちびと共に部屋を後にすると、二階の渡り廊下から出られるテラスへと足を踏み入れた。

 ここは港街だ、この宿はテラスから見える美しい絶景を売りにしている。広く造られたテラスも凝ったものとなっており、全体的にアンティーク調と言えた。

 設置されている丸テーブルや椅子も普通の木製ではなく、手の込んだ造りだ。


 テラスからは、美しい海が一望出来た。

 海鳥が挨拶でもするかのように高く鳴きながら空を飛び交い、何処までも青い海は眠気を誘う波の音を聴かせてくる。


「ちびと海見るの、初めてだっけ?」

「わううぅ!」

「あははっ、落ち着けって」


 ジュードとちびは幼い頃からの付き合いだが、以前風の国の兵士が魔物の一斉討伐を行ったことがあった。その際にジュードはちびを森の奥深くへと逃がしたのだ。

 そのため、共に過ごした時間は決して長くはない。それでも、両者にとって非常に大切な思い出なのだが。


 当時はジュードもちびもまだ小さい子供で、自分たちだけで遠出など出来る筈もなかった。故に、ジュードはともかくちびはこの時、初めて海と言うものを見たのだ。

 その双眸は魔物であれど、まるで幼子のようにキラキラと輝いていた。


「本当は街中を散歩出来たらいいんだけど、みんなビックリしちゃうからなぁ……ごめんな、ちび」

「わう?」


 ちびは散歩が好きだ、本来ならば街の中を一緒に歩きたい。ジュードとてそう思う。

 だが、忘れてはいけない。ちびは魔物なのだと言うことを。

 魔物が街中を我が物顔で歩いていれば、例えちびに敵意がなくとも大騒ぎになる。それだけは避けたかった。


 ジュードは申し訳なさそうにちびのふわふわの頭を撫でるが、当のちび本人はなぜ謝られたのか全く分かっていないようだ。

 いつか、ちびのような魔物が人に受け容れられる日が来れば良い――ジュードはそう思う。

 そうしたら、今まで一緒に行けなかったところにたくさん連れて行って、目いっぱいはしゃぎ回るのだと夢見ながら。

 いつになるかは分からない、でもいつか――きっといつか、一緒に行こうと。


 * * *


「アルタートゥム遺跡の内部はそんなに複雑な造りじゃないけど、ヴィネアの手が回ってるんだ。注意は怠るなよ」


 時刻は、朝の九時を過ぎて少し。

 起床してきた仲間の表情には、普段のような朝の眠たげな様子は一切見受けられなかった。皆誰もが真剣な様子だ。

 これから行く遺跡には、決して弱くはない魔族がいるのだ。当然と言える。


 カームの街を後にした一行は、そのまま遺跡へと足を向かわせた。

 もちろん、グラムを助けるために、だ。

 本来ならばフェンベルに報告に戻るべきなのかもしれないが、相手は魔族。それもある程度因縁のあるヴィネアだ。他人任せにするにはどうにも気が引けた。


「問題はどんな罠があるかよね、途中に何もなければいいんだけど……」

「恐らくヴィネアのところまでは罠らしい罠はないと思います、グラム様が向こうの手にあるのであれば……そのお命を盾にすることが一番効果的なのは理解しているでしょう」

「そうね、問題はそれをどうするか、かしら。ウィル、何か考えはあるんでしょ?」


 淡々とした口調で交わされる会話を聞き、ジュードはそこで一度仲間と共にウィルへと視線を投げ掛けた。

 既に遺跡の外観は視界に映り込んでいる、目的地はもう目と鼻の先だ。仲間の視線を一身に受けながら、ウィルは幾分困ったように片手で己の首裏を掻く。どうするか、考えあぐねている様子で。


「考え、なぁ。あるにはあるけど、状況を見てみないことにはどうにも……つっても、ヴィネアを前にして作戦会議の時間なんてくれるとも思えねーし」

「なんでもいいに! ライオットとノームも協力するによ、何をすればいいに?」

「そうそう、何でもいいわ。行ってみて、その作戦が使えそうになかったらその時に考えればいいのよ、……何もないより、ずっと心強いわ」


 ライオットはちびの頭の上に乗りながら、短い手を必死に挙げて存在を主張する。

 ジュードの能力が封印されてからと言うもの、精霊二人は主にあまり役に立ててはいない。そのため、何か自分たちも協力したいと思っているのだ。


「ノ、ノームは地の精霊だからこの国ではほとんど役に立てないけど……が、頑張るナマァ」

「……そう言えば、個々に属性があるんだったわね。なら、私もあまり役に立ちそうにないわねぇ……」

「あんたは普段からあまり関わらないけどね」

「なによ、最近は頑張ってるじゃない!」


 ライオットに続いて、ノームもその場でピョンピョンと飛び跳ねることで必死に存在を主張する。

 だが、ここは風の国ミストラル。地の属性を強く持つルルーナや、地の精霊であるノームは本来持つ能力を完全に活かしきることは難しい。


 ――シルヴァが抜けた穴は、やはり大きい。恐らく誰もがそう思っただろう。彼女は腕の立つ以外に風の力を持つ騎士だったのだから、尚更だ。


 しかし、その考えを振り払うかの如く真っ先にマナが口を開く。少しでも暗くならないように、常の如くルルーナにツッコミを入れる形で。

 そして当のルルーナはやはり、電光石火の勢いで彼女に反論を返した。

 悲しみは、まだ癒えない。誰も口にしないのは、その現実を直視すれば確実に痛みを伴うからだ。痛みは悲しみを生む、悲しみは目的を霞ませる。今この場で悲しみに囚われることだけは避けなければならない。


 彼らがシルヴァの死と真正面から向き合うには、未だ時間が必要であった。



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