第二話・風の王族
リーブルや水の民の護衛をしながら、ジュードたちは無事に風の王都フェンベルへと辿り着いた。
水の王都から逃れてきた馬車には、エイルたちに連れられて生還を果たした王女オリヴィアが乗っている。彼女は長い間、極寒の雪山に一人でいたため随分と衰弱していたが、命に別状はない。
ただ、都に戻った直後にゾンビたちの襲撃を受けた所為で、満足な処置が施せていなかった。現在はフェンベルの王城の一室を借り受けて休ませてもらっている。
「……ふむ、話はよく分かった。リーブル様とアメリア様の頼みならば考えるまでもない、我が国も全力で協力させて頂こう。ヴィーゼ、よいか?」
「はい、父上。当然で御座います。すぐに騎士団に報せを入れましょう」
ジュードたちは風の国王ベルクに謁見していた。
この風の国は民だけでなく、王族も庶民派だ。堅苦しい決まり事に囚われず、予定が重なってさえいなければ即座に国王に取り次いでもらえるのである。
そのお陰で、待たされることもなく謁見が可能となり、本来の用事を早々に済ませることが出来た。
「リーブル様、お辛い想いをされたでしょう。私などがこのようなことを口にするなど烏滸がましいのですが、どうか我が国で少しでも心身をお休め下さいませ」
「ええ、ヴィーゼの言う通りです。お話は分かりました、水の民は我が国で大切にお預かり致します。リーブル様もごゆるりとお寛ぎ下さい」
風の王子ヴィーゼと王妃から掛かる言葉に、リーブルは疲労が滲む相貌を笑みに弛めると深く頭を下げた。
国王ベルクは玉座から立ち上がると、ぽよんと突き出た腹を重そうに揺らしながら彼の正面まで歩み寄る。そしてリーブルの肩を抱くと努めて明るい口調で言葉を向けた。
「ははは、水の国と風の国は昔からの友好国――となれば我々は友人も同然。夜にゆっくり酒でも飲み交わしましょう、幾らでも聞きますぞ」
「王様、リーブル様は疲れてるんですからね」
「はっはっは! お前の顔を見るのも久しいな、マナ。最近祭りに顔を出さんと思っていたが、まさかお前たちがアメリア様の使者になっていたとは」
マナの言葉にベルクは愉快そうに声を立てて笑うと、そのままジュードたちへと向き直る。
しかし、ルルーナやリンファなど見覚えのない女性二人を視界に捉えると、珍しいものでも見るように――何処か円らな双眸を忙しなく瞬かせた。
「……驚いた、王族に対して随分フランクに接するのね」
「ああ、この国の王族って庶民寄りなのよ。城下街のお祭りにも毎回参加してるから、民との距離がとても近いの」
「あはは、僕も含めてみんな楽しいことが大好きだからね。でも本当にジュードたちに会うのは久しぶりだな」
「はい、ヴィーゼ王子もお変わりなく。みんなを受け入れてくれて、ありがとうございます」
ルルーナやリンファはいずれも地の国、水の国の人間だ。あまりにも距離感のない風の王族に対し、純粋な驚きがあった。王族らしさがなく、応対するジュードたちもまるで友人とでも話しているような雰囲気だ。
――否、ヴィーゼの問いに答えるジュードの言葉を聞く限り本当に友人なのだろう。ルルーナやリンファは、呆気に取られたまま彼らのやり取りを見守っていた。
「あ……そうだ、ジュード。君の顔を見て思い出したんだけど、グラム殿はどうしたんだい?」
「え?」
「この前、ジス神父に気になる話を聞いたんだ。グラム殿がもうずっと自宅にいらっしゃらなくて、家もメチャクチャになってたとか……」
ヴィーゼは文字通り「思い出した」と言うようにポンと手を叩くと、幾分心配そうな面持ちで口を開いた。
どうした、とはどういう意味か。ジュードやウィル、マナは不思議そうな表情で彼の言葉を待ったが、続く返答は彼らの心配を煽るには充分過ぎるものであった。
「い、家が!?」
「君たちも知らなかったのか……一度見に行ってみると良い、神父の話では火事で焼けたとかじゃない壊れ方だったみたいだから……」
「ジュ、ジュード! 行きましょ!」
彼らの家がメチャクチャに壊れている、そしてグラムが行方不明。ジュードは顔面から血の気が引いていくのを感じた。
だが、そんなことは言っていられない。慌てたマナの声に頷き掛けたところで、一度ジュードはピタリと動きを止める。
「あ……でも、ウィル。大丈夫か?」
「は?」
「いや、あの……」
「はあぁ……お前に気を遣われるようになったら終わりだな」
「なんだよ!」
シルヴァのことでウィルは気落ちしている筈だ、そんな彼を連れ回して大丈夫だろうか。ジュードはそれを心配したのである。
本来であれば謁見を終わらせた後、リーブルの疲れもあることを考えて今夜はフェンベルでゆっくりと話を聞こうと思っていたのだ。
だが、当のウィル本人は力なく視線を落とすと、嫌々するように緩く頭を左右に振った。その言葉通り、まるでこの世の終わりとでも言いたげな表情で。
「はいはい、じゃれるのはそこまで。まずはおじさまの安否確認が先ね。陛下、私たちは……」
「ああ、行ってきなさい。私はベルク様のご厚意に甘えてオリヴィアと共に城で休ませてもらうよ。リンファ、ジュード君たちを頼むぞ」
「はい、陛下」
常のじゃれ合いになる前にルルーナがジュードとウィルと止めると、そのままリーブルへと向き直る。グラムは世界的に有名な名匠とは言え、これはあくまでも私用だ。疲弊している国王を付き合わせる訳にはいかない。
リーブルはルルーナの言葉に相貌を崩して笑うと、静かに頷いた。