第六十三話・船への襲撃
「はああぁッ!」
カミラが振るった剣は、飛翔してきたグレムリンの身を容赦なく斬り裂く。彼女の剣は白く眩い輝きに包まれていた。
武器に光属性を付与させているのだ、下級魔族では耐えられるものではない。
襲われていた船乗りを助け、カミラは剣を下ろして甲板を見回す。――幸い、今のが最後の一匹だったようだ、他に敵の姿は見えなかった。
『……ヴェリアの領海内に船を入れまいとしているのか』
「はい、そうみたいですね。今まで援軍がなかったのは、グレムリンの襲撃の所為だったんだわ……なのにヘルメスさまたちは誤解して……」
ありがとう、と安堵を表情に乗せて持ち場に戻っていく船乗りを見送ってからカミラは武器を鞘に戻すと、疲れたように近くの木箱に寄り掛かる。今の襲撃で既に四回目、大陸まではあと一日半といったところだ。
出港してからまだ数時間、船が無事に入港するまで何度襲撃を受けることか――それを考えると、自然と彼女の口からは重苦しい溜息が零れ落ちた。
「みんなは大丈夫でしょうか……」
『ジュードたちなら大丈夫さ、しっかりしてる子たちだ』
「……」
『……? ど、どうかしたか?』
寄り掛かった木箱から離れ、身を反転させて海へ視線を投じると、カミラの表情は心配そうなものへと変わる。誰が――とは敢えて口にしなくとも、彼女が誰を心配しているのかは傍らの亡霊には伝わっていたようだ。
だが、彼の言葉に対してカミラは双眸を半眼に細めると無言のままそちらを見遣った。
「ジェントさんから見たら、みんな子供扱いなんですね」
『……どうしてほしいんだ』
「いーえ、なんでもないです」
ジェントは、今や伝説の存在となった嘗ての勇者だ。
勇者が世界を救ったのは今から四千年ほど前――つまり、彼は四千年以上前の存在と言うことになる。
何が理由で彼は成仏しないのか、なぜ昔の仲間とコンタクトを取ろうとしないのかは定かではないが。
「……ジェントさん、ヘルメスさまは分かって下さるでしょうか?」
『さあ……俺は今の王家の人間をよく知らない、何とも言えないな』
「え? だって……」
『前に言っただろう、俺は君の中にある……聖剣に宿っているんだと。聖剣が君の中に封印されてからは暫く眠っていた、だからヘルメス王子がどのような男なのか詳しくは知らない』
「そう、だったんですか……」
ジェントから語られる言葉にカミラは納得を示すように何度か頷きながら聞き入っていたが、程なくして彼女は固まった。
そんなカミラの様子を見てジェントは不思議そうに首を捻る、何かおかしいことを言っただろうかと。
「あ……あの、それじゃあ……封印されるまでは、ずっとヘイムダルに安置されてた聖剣の傍に……?」
『ああ、君はよく聖剣に話しかけに来ていたな』
「キャ――――ッ!!」
カミラが投げ掛けた恐る恐ると言った疑問に対し、ジェントは至極当然のことのように返答した。すると彼女からは常の如く、甲高くけたたましい悲鳴が上がる。
どうやらカミラにとっては非常に恥ずかしいことだったらしい、首元まで真っ赤になって俯いてしまった。傍から見れば一人で騒ぎ立てるただの危ない人だ、彼女以外にジェントの姿は見えていないのだから。
『……カミラ、またグレムリンの襲撃が来ることを考えて身体を休めておいた方がいい』
「う、うぅ……はい、そうですね……ジェントさん、わたしが当時言ってたことは誰にも言っちゃダメですよ」
『君の初恋相手とのことか? 今日は綺麗な湖まで連れて行ってくれたとか、森の中でたくさん遊んだとか……』
「コラ――――っ!!」
揶揄するように淡々と告げるジェントに、カミラは顔を真っ赤に染め上げたまま両手を振り上げる。すると、船尾甲板にて作業していた一人の船乗りがやや蒼褪めながらカミラを見つめていた。
――ヤバい人の頼みを聞いて出港してしまったかもしれない。そんな恐怖に近い感情が見て取れる。
「あ、あ……あははは……す、すみません! なんでもないんです!」
カミラはそんな視線に気付くと慌てて向き直り、胸の前まで両手を上げて忙しなく左右に振ってみせる。
誤解は解けたかどうか定かではないが、船員は「はは」と愛想笑いを浮かべて倉口へと逃げるように駆け込んで行った。
そんな船員を確認すると、カミラは傍らの亡霊を睨むように横目で見遣る。だが、当のジェント本人は何処吹く風と言った様子で、明後日の方に視線を逃がしていた。