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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第六章~出逢いと別れ編~
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第六十二話・分かれと別れ


「そうか、もう行ってしまうのか……」

「はい、オレたちが探してたものかは分かりませんが、希望は見えてきました。本当にありがとうございました」

「いや、構わんよ。私も妻も、まさかこの歳になって孫に会えるとは思っておらんかった……こちらこそ、ありがとう。ジュード君」


 精霊の里に滞在して、約一週間。

 その朝、ジュードたちは王都に戻るために出立しようとしていた。ウィルの具合もすっかり良くなり、日常生活も滞りなく送れるまでに回復したためだ。カミラが言っていたことが事実であれば、あまりゆっくりもしていられない。

 見送りに出てきたラギオやイスラ、里の者たちにジュードは深々と頭を下げる。自分たちが来た所為で里に被害を齎してしまった。それを詫びているのだ。


「色々と、すみませんでした」

「何を言うの、あなたの所為ではないわ。誰もあなたを恨んだりしていないのよ、あなたが悪いのではない、魔族が悪いのだから……」


 イスラの言葉に静かに顔を上げてみても、彼女のその言葉を肯定するかのように里の者たちは何度も小さく頷いているだけ。誰も、ジュードを責めようなどとは思っていなかった。火の王都ガルディオンで受けた言葉の数々を思えば、何とも複雑な反応だ。いっそあの時のように責められた方が楽なのに――と、言葉には出さないが、そう思うほど。

 ジュードは改めて一度頭を下げると、踵を返して仲間の元へと向かう。


「またおいで、君たちならいつでも歓迎するよ」

「その時は、是非あなたを育てて下さったお父様も連れてきてね。あなたがどのように育ったか、どんな子だったのか聞いてみたいわ」


 ラギオとイスラは、ジュードの背中にそう言葉を投げ掛けた。

 ジュードは一度肩越しに彼らを振り返ると、幾分か照れたような表情で片手を揺らす。了承の意味を込めて。

 マナたちは里の出入り口でそんな彼らのやり取りを、微笑ましそうに見守っていた。


 * * *


 しかし、森を後にするとそんな微笑ましさなど誰もが忘れてしまった。

 なぜなら、辺り一面に広がる雪景色の地平線――その向こうから、武装した一団が歩いてきたからだ。

 馬車の手綱を引いていたウィルは怪訝そうに眉根を寄せると、静かに歩みを止めた。それに倣い、彼の傍らを歩いていたマナとリンファも立ち止まる。


「……? あれは……」

「ま、まさか地の国の追手じゃない……よね?」

「いえ、あの鎧と紋様は……王都の兵士です!」


 リンファはその姿形の情報を得ようと双眸を細めて一団を見遣ったが、その正体はすぐに知れる。彼女は元は水の国の王都にいた身、その兵士や騎士が身に着ける武装など見慣れたものだろう。

 ジュードは額に片手を添えて見遣りながら幾分表情に安堵を滲ませるが、その先頭を歩く見覚えのある姿に小首を捻る。


「……エイル?」

「ジュードもリンファもよく見えるわね。見えやしないわよ、あんなの……」


 ジュードの隣に並ぶルルーナは、彼ら二人のあまりの目の良さに何処か呆れたように目を細めながら緩やかに双肩を疎める。彼女の言うことは尤もだ、この場所からは随分と距離がある。彼らほどの視力を持っていなければ、ただの影にしか見えないだろう。

 だが、ジュードとリンファ――その表情は次の瞬間、険しいものへと変わった。

 エイルが先頭を歩いていても何らおかしなことはない、彼が水の国の兵士なのだから。だが彼の後方には、王城にいる筈のリーブルがいたのだ。


「……陛下……!?」

「えっ……あ、おい! リンファ!」


 本来は城にいる筈の国王が、外に出ている。

 それも散歩だとか、そういったレベルではない。ここは王都から随分と離れた森の近くだ。そんな場所まで国王自らが出向いている――ただ事ではない。

 先んじて駆け出したリンファに続く形でウィルとマナ、ジュードとルルーナがその後に続く。

 そして、距離が近付いたことで理解した。王都で何かがあったのだと。


「陛下! エイル様も……どうなさったのですか、そのお姿は……!」


 彼らの姿は、いずれもボロボロであった。

 身に着けている鎧は肩当てが欠けていたり、兜が破損していたり――腕や肩に傷を負っている者も多かった。そんな彼らに守られるように中央部分を歩いていた国王リーブルの顔には、明らかな疲労の色が見て取れる。酷く窶れた相貌であった。

 エイルはジュードたちの姿を目の当たりにすると、恥も外聞も投げ捨てたかのように大きな眼に涙を溜め、軈て大粒の涙を次々に溢れさせる。そして、そんな彼につられたのか、周囲にいた兵士たちからも嗚咽が洩れ始めた。


「う……っ、ううぅ……ジュード……王都が、僕たちの都が……」

「うん……王都が、どうしたんだ?」


 エイルは零れる涙を手で拭いながら必死に言葉を接ごうとはするのだが、その先は最早聞き取れなかった。嗚咽と泣き声が混ざり合い、それは既に言葉になっていない。本人もそれが分かっている所為か、程なくしてジュードに飛び付いて本格的に泣き出してしまった。

 ジュードはそんな彼を受け止めると、幼子を宥めるかのようにそっと背中を撫で摩る。エイルが告げようとした先は、リーブルが続けてくれた。


「王都が……陥落した、我々はただ逃げるしか出来ずに……」

「そんな……!? なぜですか、まさか魔族が……!」

「いや……ゾンビの大群がやってきたのだ。王都は瞬く間に占領され、先日の襲撃で生き残った者たちは容赦なく……喰われた」


 力なく連ねるリーブルの言葉に、ジュードたちは双眸を見開いて固まった。事情を問うたリンファも返す言葉が見つからず、愕然とするしか出来ない。

 だが、ちびの頭の上に乗っていたライオットとノームはしょんぼりと俯いた後、静かに口を開いた。


「……メルディーヌの死の雨(トール・レーゲン)の犠牲者だに」

「……どういうこと?」

「王都の人たちは途中でマスターたちが割り込んだからあちこち身体が溶けて終わりだったに、だけどトール・レーゲンは最終的には肉体を完全に溶かすか、腐敗させることでアンデットとして生まれ変わらせるもの……その結果、スケルトンやゾンビになって肉と血を求め徘徊するんだによ」

「じゃ、じゃあ……王都を襲ったゾンビたちは、元はこの国の人たちだったの……!?」


 ライオットの言葉にマナは見る見る内に蒼褪めると、震える声でライオットに確認の言葉を向ける。すると、ライオットは暫し躊躇するように唸ってはいたものの、軈て言葉もなく静かに頷いた。

 王都から命辛々逃げてきたのは、国王を含めて全部で三十人と少し。壊滅と言っても過言ではない。いずれも兵士や騎士たちばかりだ、世話係や街人は誰一人助からなかったのだろう。

 そこまで確認して、ふとウィルは口を開いた。彼女が、いない。彼の師匠――シルヴァが。


「あ、あの……これで全員ですか? シルヴァさんは……」

「……」


 幾分遠慮がちに問うウィルの声に反応したのは、やはりリーブルだった。エイルは小さく肩を跳ねさせてジュードから身を離すが、俯いたまま特に言葉を発することはない。――否、言葉が見つからなかったのだ。

 リーブルはウィルの前に一歩足を踏み出すと無念そうに表情を強張らせ、深く頭を下げた。


「……すまない。シルヴァ殿は我々を逃がすために……」


 その言葉だけで、ジュードたちは全て理解した。彼女が――もう、いないと言うことを。

 シルヴァは国王であるリーブルと護衛の者たちを逃がそうと、一人でゾンビの群れを食い止めるべく王都に残ったのだろう。王都を陥落させるほどの大群、たった一人でなど抑えられる筈がない。

 こうして国王自らが頭を下げている事実が、それを物語っていた。

 マナは片手で口元を押さえると、堪え切れない嗚咽を洩らしながら俯く。その肩は小さく震えていた。

 ルルーナとリンファは涙こそ零さずとも、その双眸はいずれも潤んでいる。気を抜けば溢れてしまいそうなほどに。


「だ、だって……戻ってきたら、ビシバシ扱いてやるって……」

「ウィル……」


 ジュードはウィルの傍らに歩み寄ると、その身を支えるように彼の肩に利き手を添えた。こうでもしないと倒れてしまうのではないか、そう思うほどにウィルの顔色は悪い。認めたくない現実を前に完全に蒼褪めている。

 いつも彼がそうしてくれているように、ウィルが苦しい時にこそ傍に付いていないと。そう思ってのことだ。

 ウィルの双眸からは次々に涙が溢れ出し、彼の頬から顎を伝い雪の上へと落ちていく。リーブルは静かに顔を上げると、目頭を押さえて背中を向けた。一国の王として、己の無力さを悔いているのだ。リンファはそんな王の傍らに歩み寄り、言葉もなくその身を支える。

 ウィルは声を上げることはなかった。指先が白くなるほど固く握り締め、込み上げる怒りと悲しみを抱えて俯くだけ。涙は止まることを知らず、次々に雪の上へと落ちていく。

 ジュードはそんな彼が落ち着くまで、無言のままその背中を優しく撫でていた。



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