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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第二章〜魔族の鳴動編〜
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第四話・メンフィスの屋敷


「では、ジュードよ。水の国(アクアリー)への通行を許可せよと言うのだな?」


 女王は玉座に腰かけながら、自らの前にひざまずくジュードとウィルを眺めて言葉を向ける。するとジュードは顔を上げて一度だけ頷き、またその頭を下げた。


 今、ジュードとウィルの二人は王都ガルディオンの王城、謁見の間に来ている。武具製作において少々の――しかし、決して妥協のできない問題が浮上したからである。


「はい、女王様。水の国の状況は聞いておりますが、どうしても行かなければならない事情があります」

「今あの国は危険なのだ、できることなら行かせたくはないのだが……」


 先日、水の国の関所が狂暴化した魔物に襲われたという報告が入ってきた。

 女王は当然ながらその話を知っている。火の国と同じか別かは定かではなくとも、魔物が狂暴性を増しつつあるのだ。その噂が耳に入らないはずはない。

 そのような危険な場所に彼らを行かせてよいものかどうか、女王は悩んだ。それを見て、ジュードの斜め後ろで頭を下げていたウィルが顔を上げた。


「陛下、それについて私の方から説明させて頂ければと思います」

「うん? ふむ……よい、申してみよ」


 ジュードたちが水の国に行かなければならない理由。

 それは、女王に依頼された特殊な武具製作について、避けては通れない道であった。



 * * *



「マナ、やっぱりダメか?」


 ジュードとウィルは、作業場の隣室で鉱石に魔力を込めるマナの様子を静かに見守っていた。

 マナは様々な属性魔法に長けており、火、水、地、風など幅広く扱えるのである。

 そして彼女が今現在、鉱石に込めているのは水の魔力であった。


 しかし、マナが手を開くと手の中にあった赤い鉱石には亀裂が走り、音を立てて砕けてしまったのである。彼女の周囲に散らばるいくつもの破片の数からして、それが今回初の失敗でないことは容易に窺えた。

 マナは困ったように溜息を洩らすと、ジュードとウィルを見遣る。


「見ての通り、やっぱり無理よ。火の国で採れる鉱石は元から火の属性を持っているものばかりだもの。そこに新たに水の魔力を込めるだなんて、火と水が反発し合ってこんな風に壊れるのは当たり前だわ」

「火の国で採掘できるのはルビーやガーネットが主だからな……あと、たまにシトリンが混ざってるのがほとんどか」

「シトリンは火よりも地の属性の方が強いけど……水と相性がいい訳じゃないからね。込めるならやっぱり水と相性がいい石よ、余計なものが混ざったら発揮できるものもできなくなるわ」


 ウィルはマナの周りに落ちている赤い破片を手に取り、困ったように眺めて溜息を洩らす。

 彼らは鍛冶屋としては、まだ半人前なのだ。武具に特殊な効果を付与できる技法を買われて女王にお呼ばれした訳だが、肝心の部分が駄目では――その特殊な効果を持たせることができなければ、一般の鍛冶屋の方が遥かに優れている。わざわざジュードたちのような半人前の子供に頼む意味はない。


 自分たちの力が、技術が。今でも命を懸けて戦っている者たちの力になれる。その現実に胸を踊らせていたのだが、それができないのでは話にもならない。


「サファイアかアクアマリン辺りか、ほしいのは……」

「そうね、水の属性を強く持っているものとなれば……その辺りでしょうね」

「……取り敢えず、これ。どれかに付けてひとつでも代用してくれ」


 とにかく、今はどうしようもなかった。ジュードは思考を止めると腰裏から愛用の短剣を鞘ごと取り外してマナに差し出す。彼の扱っていた短剣には氷の魔力を込めた鉱石がある、取り敢えずなにもないよりはマシだ。どうにもならないのであれば、今ある分を使うしかない。

 だが、マナは弾かれたように顔を上げた。


「ちょ、ちょっと待ってよ! じゃあジュードは戦闘になったらどうするの!?」

「代わりになにか使うよ、伊達に鍛冶屋なんてやってないし、武器なら一通りは使えるって」


 ジュードはなにかと器用である。武器のことに興味や関心を強く持っていることもあり、確かに本人の言うように武器ならばあらゆるものを扱うことは可能だ。ただ、扱えるだけであって長けている訳ではないのだが。

 更に言うのであれば、ジュードには時に困った悪癖がある。それは、持っているものや身近にあるものならなんでもかんでも投げつけることだ。


 時に石や砂、本に鞄など。肩に鞄を提げている時はぶん回して殴りつけることもしばしばである。器用さから攻撃を外すことはほとんどないが、鞄に貴重な鉱石が入っていたりする時は、その悪癖で鞄の中身を破壊されることもある。だからこそ、ウィルはいつもジュードに武器を持たせていた。

 が、その彼が愛用の短剣を手放すとなれば、また悪癖が発動する可能性は高くなる訳で――


「……戦闘は俺が頑張るよ」

「「えっ?」」


 不思議そうな声を洩らしてジュードとマナはウィルを見遣り、当のウィルは苦笑いを浮かべて頭を左右に振った。



 * * *



 ウィルの説明を聞き、女王は何度も頷く。そしてまた考え込むように閉口した。


「では、我が国では前線基地の魔物に対し有効な鉱物資源が手に入らぬと言うのだな?」

「はい、いくつかストックはあるのですが、それでは到底足りません」

「ううむ……」


 元々のストックは今もいくつか残りはあるが、それだけではとても足りない。今ある水の魔力を込めた石は大体二、三個程度だ。


「他のもので代用はできぬのか?」

「水晶があれば代用は可能ですが、水の属性を秘めた鉱石から見れば効果や性能は劣ります。ドラゴンの吐く火から身を守るには、半端なものでは難しいのではないかと……」


 水晶は所謂なににも染まっていない真っさらな石である。ジュードが短剣につけていた蒼い鉱石も元は水晶であった。

 マナが氷の魔力を込めたことで蒼水晶となり、氷属性が付与されただけのものだ。元々水や氷の属性を秘めた鉱石ではないため初歩的な効果しか期待はできなかったが、ジュード自身がただ護身用にと持っていたものであるため、それでも構わなかった。

 しかし、今は状況が異なる。竜が吐く炎だ、半端なもので防ぎ切ることは――恐らく難しい。

 女王は暫し黙り込んではいたが、やがて傍らに控えるメンフィスに一瞥を向けた。


「……ならば、やむを得んか。メンフィス、お前はジュードたちに同行せよ、彼らを守ってやれ」

「御意」


 それでも、多くの者の命に関わるとなれば渋ってもいられないとは容易にわかる。女王は小さく頷きメンフィスへと指示を出した。

 メンフィスは腹部の前辺りに片手を添えて頭を下げると、ゆっくりとした足取りでジュードやウィルへと歩み寄り、そしてにんまりと歯を見せて笑う。


「ジュード、ウィル。支度ができたら、お前たちはワシの屋敷に来なさい。大事な話がある」

「は、はい」


 予想だにしない言葉にジュードとウィルは目を丸くさせると、一度互いに顔を見合わせた。しかし女王の前とあれば無用な時間を取らせる訳にもいかず、大人しく了承を返す。それを見てメンフィスは満足そうに頷いた。

 なんにせよ、水の国へ行くのであれば支度は必要である。魔物の狂暴化が進行しているのであれば尚更だ。


 謁見の間を後にしたジュードとウィルは、まっすぐ仲間の待つ屋敷へと戻った。

 水の国へ向かう許可が出たことにマナは文字通り胸を撫で下ろして安堵し、早々に踵を返す。彼女にも支度が必要であるためだ。


「じゃあ、簡単に荷物纏めちゃうから待ってて」

「オレたち、メンフィスさんに呼ばれてるんだ。終わったら戻ってくるから、ゆっくりでいいよ」

「そうなの? じゃあ、あたし神殿に行ってカミラさんにも知らせてくるわね」


 カミラは毎日朝早くから神殿に通い詰めている。激戦区というのはやはり事実で、毎日のように重軽傷様々なケガ人が運ばれてくるらしい。

 時にフラフラになりながら帰ってくることもあり、ジュードはもちろんのこと、マナやウィルも彼女のことは純粋に心配なのである。

 マナの言葉にジュードは一度頷いてから、隣にあるメンフィスの屋敷へウィルと共に向かった。


 メンフィスの屋敷は、ジュードたちを住まわせる屋敷よりも小さい。造りはほとんど同じだが、ひと回りは小さなものだ。

 身の周りの世話をするような使用人の姿も見えない。清掃や家事などは、全て彼が一人で行っているのだろう。

 鉄で造られた門を開くと、玄関へ繋がる道の両脇にはやはり様々な花が並ぶ。その間には美しく整備された石畳が連なる。木造の赤い三角屋根が特徴的で、風見鶏がくるくると忙しなく回っていた。

 石畳の上を進み玄関まで行き着くと、ちょうど見計らったかのように内側から扉が開かれた。その先には、当然メンフィスが笑顔で立っている。


「おお、来たか」

「遅くなりました、……大事な話ってなんでしょうか?」

「うむ、こちらに来てくれ」


 メンフィスはジュードの問いに頷くと静かに踵を返す。どこへ行くのだろうかとジュードもウィルも思いはするが、余計な口を挟むことはせずに大人しく彼の後に続いた。

 階段下にある重厚な扉を押し開き、先に連なる階段をゆっくりと降りていく。どうやら地下へ繋がっているらしい。灯りはやや乏しく、注意しなければ足を踏み外してしまう可能性もある。


 暫く降りていくと、古びた木製の扉が見えてきた。地下ということもあってか、温暖な地である火の国エンプレスといえど、やや冷える。こんな場所になにがあるのかとウィルは首を捻り問おうとしたが、それより先にメンフィスが古びた扉を開き中へと入っていってしまった。

 仕方ない、とばかりにジュードは小さく頭を揺り、その後ろに続く形で中に足を踏み入れる。が、すぐに彼らの表情には笑みが浮かんだ。


「うわ……!」

「メンフィスさん、これは……?」


 古びた扉を開いた先には、様々な防具やいくつかの武器が所狭しと並んでいたからである。

 どれも随分と古いもののように見えるが、ジュードやウィルの興味は刺激された。メンフィスは笑って彼らを振り返ると、近くにあった手甲を片手に取り自らの手の中で遊ばせる。


「ワシが若い頃に使っていたものだよ、お前たちにと思ってな」

「え、オレたちに?」

「本業が鍛冶屋のお前たちならば仕方ないのかもしれんが、少々軽装すぎる。重い一発を喰らえば致命傷になりかねんぞ」


 メンフィスから見れば、ジュードもウィルも危なっかしい少年のようだ。二人のそれぞれの装いを頭から足の先まで眺めると、双眸を半眼に細めながらそう言った。

 確かに、ジュードもウィルも前衛として戦うには軽装だ。防具らしい防具もほとんど身につけていない。本職が鍛冶屋であり、傭兵やハンターと異なるためにある程度は仕方ないことではあるのだが、メンフィスにとっては捨て置けないことだったらしい。

 ジュードは片手で後頭部をかき、辺りに並ぶ防具の数々を見回す。


「は、はあ……けど、オレはスピード重視で戦ってるから、こういうの着けると重くなるんだよなぁ……」


 ジュードは持ち前の素早さを活かした戦法が一番得意である。力が低い訳ではないのだが、待ちの姿勢よりは特攻をかけて敵を撹乱し、隙を見つけて攻撃を叩き込む方が性に合っているのだ。

 しかし、その矢先。メンフィスは普段の優しい風貌とは一変――太い眉を吊り上げて声を上げた。


「バッカモン! 攻撃は最大の防御などと戯けたことをぬかすでないぞ!」

「え……!?」

「そのようなことをぬかす奴が戦では真っ先に命を落とすのだ!」


 不意に上がった怒声に思わずジュードもウィルも目を見開き、互いに数歩後退る。普段はにこにこと穏やかに笑うメンフィスが、鬼の形相で怒声を張り上げる様はジュードとウィル、両名の度肝を抜くには充分すぎた。

 しかし、程なくしてメンフィスは我に返ると一度バツが悪そうに咳払いし、改めて口を開く。


「……すまん、戦いのことになると口やかましくなってな」


 メンフィスの言葉と様子に、ジュードもウィルも言葉もなく何度も頷く。

 彼が言うことは間違いではないのだ、戦いは攻撃が全てではない。攻守が整っての戦いだ。万全であろうと絶対的な安全は存在しない。実際にジュードは火の国の関所で危険と隣り合わせで戦っていたのだから。防御面を補うことは間違いではないどころか、必要なことである。

 ウィルに至ってはジュードのような俊敏さは持ち合わせておらず、どちらかと言えばパワーファイターに分類される。防具を身につけるのは必須と言えた。


「じゃあ、その……お言葉に甘えようか、ジュード。水の国も今はどうなってるかわからないし」

「あ、ああ、うん……そうだな」


 事実、ウィルの言うように今は水の国の魔物がどうなっているかはわからない。火の国のように凶悪な魔物が多数出没している可能性だってある、それ以上の敵が存在する可能性も。準備は万全にして行くに越したことはない。

 ウィルの――何事にもすぐに適応する態度と言葉に、ジュードは同意を示し頷いてからメンフィスに目を向けた。


「メンフィスさん、見繕ってもらえませんか。オレたちじゃ、どれがいいのか……」

「――ああ、構わんよ」


 ジュードもウィルも鍛冶屋である。武器だけでなく防具を手掛けることも多い。だが、実際に造る側と身に付ける側とでは認識に違いがある。

 メンフィスは様々な防具を身につけて戦い、数々の戦を潜り抜けた騎士だ。戦いや戦場を知る彼に任せるのが一番だろうと、ジュードはそう思った。



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