第五十四話・瓜二つ
アンヘルが振り回す魔剣を、ジュードは腰裏から引き抜いた短剣の刃で受け止める。今度は迂闊に弾かれぬようしっかりと柄を握り締めて。
辺りには金属同士が衝突する音がひっきりなしに木霊し、その度にジュードは奥歯を噛み締めながら対峙する相手を睨み付けた。早く片を付けてウィルの容態を確かめたい、休ませたい。そうは思うのだが、アンヘルとてそう甘い男ではない。
「このッ!」
「無駄だ!」
だが、ジュードはこの目の前の男に奇妙な感覚を覚えていた。
両手で振り回される魔剣の行方を追い、ジュードは的確にその攻撃を防ぐ。時折転がったままの愛剣に視線を遣り、その距離を確認しながら。辛うじて防ぐことは可能だが、短剣で大剣に近い刀身を持つ魔剣と遣り合うにはあまりにも不利だ。切り返しが早い点では有利だが、アンヘルはジュードに匹敵するほどのスピードを持っている。
――そう、これだ。アンヘルはジュードによく似ているのだ。
尤も、単純にスピードが互角と言うだけならばジュードも気にはしない。そのくらいならばリンファとて当たり前のように彼の能力に並ぶ。
しかし、この男はそうではない。速度はもちろんのことながら、攻撃の仕方や身の動きがジュードにそっくりなのだ。
「(……これを防がれたら、オレなら次に――身体を傾けて体当たりする)」
そんなことを考えながらジュードは、魔剣による薙ぎ払いをしっかりと握り込む短剣で何とか受け止めた。衝突した箇所からはまるで電流を流されたかのような痺れが両手を伝い肘にまで届く。だが、それには意識を向けずアンヘルの動向を窺う。
すると、つい今し方ジュードが考えたようにアンヘルが刃を寝かせるなり右肩を突き出す形で体当たりを仕掛けてきた。
「(やっぱり……! オレの考えてる通りに仕掛けてくる、なんなんだよ、コイツ……!)」
ジュードは片足を軸に素早く身を翻すと、その勢いを加えて無防備になったアンヘルの背中へ斬り掛かる。――しかし、こちらが相手の挙動を読めるのと同様に向こうも同じであったか、その一撃は魔剣の刃によりあっさりと防がれた。両者忌々しそうに表情を歪ませて刃越しに睨み合う。瞳に映る自分の姿にさえ苛立ちを覚えた。
力と力で押し込むように競りながら、ジュードは今一度対峙するアンヘルを窺う。
「(メルディーヌやアグレアスたちに比べて強くないと思ったけど……違う、オレに似てるんだ。仕掛け方も考え方も、まるで自分と戦ってるみたいだ……!)」
これまで戦ってきた魔族に比べてアンヘルはあまり強くないとジュードは思ったのだが、それは違った。ジュードにはアンヘルの動向が分かるのだ、それ故に繰り出される攻撃を防ぎ、回避することが出来るのである。
自分なら次にこうする――ジュードが頭で考える行動とアンヘルの動き、それは全く同じものだった。出方が分かるから避けれるし防げる。そしてそれはアンヘルも同じだ、ジュードの動きもアンヘルには筒抜け、故に一撃たりともその身に叩き込むことが出来ずにいる。
「お前……ッ、一体なんなんだよ……!」
「はッ、分からないのか?」
「何を……!」
「オレはお前だよ、お前に置き去りにされた――お前自身だ」
「!!」
その言葉には聞き覚えがある。
あの夢だ。自分が――否、このアンヘルがウィルを刺し殺す夢で聞いた言葉。
アンヘルは、ジュードが置き去りにしたジュード自身。それは一体どういう意味なのか。
「――バカめ!」
「……! しま……ッ!」
ジュードがそんな疑問を巡らせた時、僅かに力が緩んだのをアンヘルは見逃さない。口端を笑みに引き上げると共に刃を寝かせて身を横にずらす。それまで力で押し込もうとしていたジュードは一拍反応が遅れ、前へとつんのめってしまった。
やられる――そうは思ったが、アンヘルはジュードの予想に反して魔剣を振るうことなく、代わりに身を旋回させて後ろ回し蹴りを叩き込んだ。僧帽筋を直撃した一撃にジュードは苦悶の声を洩らしながら吹き飛ばされ、満足に受け身も取れず顔面から地面に激突した。
追撃に移るべくアンヘルは即座に飛び出すが、それは真横から勢い良く飛び掛かって来た黒い影により妨害される。
「なにッ!?」
「ギャウウゥッ!!」
「――!? ちび!」
それは真っ先にラギオの家を飛び出したちびだった。
ちびは大口を開けて魔剣を持つアンヘルの右腕に咬み付き、喰い千切らんばかりの勢いで顎に力を込める。前足に装着された爪は相手の胸部に突き立て、憤怒を滲ませながら通常よりも遥かに低く唸った。
ジュードは慌てて振り返り身を起こすと、ちょうど近場に落ちていた愛剣を拾い上げて相棒の加勢をすべく駆け出す。ウィルの様子は気になるが、アンヘルを野放しには出来ない。ちびと二人で早々に片付けてからだ。
不利と見たかアンヘルは小さく舌を打つと自由な逆手をちびの頭に伸ばして鷲掴む、だがしっかりと咬み付いているちびは多少のことでは離しはしない。牙を突き立てたまま前足でアンヘルを引っ掻いている。
「ちッ、魔物風情が良い度胸だ!」
「やらせるか!!」
決して離そうとしないちびにアンヘルは手を離すと、その手で魔剣を持ち直す。そしてちびの身を叩き斬ろうと刃を振り上げた。
それを許すジュードではない。魔剣の刃がちびの身に触れる前に、その間に愛剣を滑り込ませることで受け止める。表情を怒りに染めて歯噛みするアンヘルに対し、先の仕返しとばかりにジュードは逆手に持つ短剣を振り被った。