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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第六章~出逢いと別れ編~
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第五十一話・血の魔剣


 そろそろ戻らなければ――そう思いながら神殿の随分奥まで来てしまったウィルは、流石に時間が気になったらしく通路の途中で歩みを止めた。この奥に聖石があるのなら、どうせ後で仲間と共に来るのだ。先に下見などしなくとも別に問題ないだろう。

 此処まで来たのは、単純にウィルの抑え切れない好奇心によるものである。


「……あんま遅くなると、ジュードのことあーだこーだ言えなくなっちまうな」


 普段何かと振り回されることが多いのだ、自分が問題を起こしてしまえば今後はあまりジュードに強く言えなくなってしまう。

 そこまで考えると、ウィルは苦笑いを滲ませて片手で己の後頭部を掻いた。そして、もう戻ろうと――踵を返そうとした時だった。


「……?」


 ふと通路の先に見慣れた後ろ頭が見えた気がしたのだ。

 赤茶色の髪――それは、つい今も考えていたジュードのもの。

 彼はラギオの家でまだ寝ているのではなかったか、ウィルは不思議そうに首を捻ったが本当にジュードであれば共に里に戻る方が良いだろう。ジュードの好奇心も強い、放っておけば更に奥まで向かってしまう可能性は否定出来ない。


「……まぁ、俺も人のこと言えないけどな。……おーい、ジュード!」


 誰に言うでもなく一人呟くと、ウィルは足早に通路を奥へと進んだ。

 長い通路の先には、これまでよりも一際広い空間が広がっていた。その奥には更に先へ進むものと思われる両開きの大扉が設けられ、鍵穴の代わりに扉中央部分には何かを填め込む窪みがあった。この奥が、ラギオの言っていた聖石の間なのだろう。

 そして、その扉の傍らに設置された石碑の傍には案の定ジュードの姿があった。ウィルは彼の姿を認めて小さく吐息を洩らすと、その傍らへ歩みを進ませる。


「ジュード、お前も来てたのか。そろそろ飯の時間だろうから里に戻るぞ、多分この奥が聖石の間って場所だろうから後でみんなと一緒に……」


 ジュードは石碑の文字を読んでいるのか、ウィルに背中を向けたまま動こうとしない。声を掛けてみても反応はなかった。

 当然、そんな彼の様子にウィルが疑問を抱かない筈がない。


「おい、ジュード……?」


 どうしたのか――不思議に思ったウィルが彼の肩に手を掛けると、そこでようやく気付いたかのようにジュードが振り返る。一度こそ安堵を洩らしかけたのだが、次にウィルが感じたのは疑問や心配の類ではなく、純粋な違和感だった。

 振り返った彼は、やはり間違いなくジュードだ。約十年ほど実の兄弟のように暮らしてきた彼の顔をウィルが忘れる筈も、見間違える筈もないのだから。

 だが、今のジュードは普段と明らかに瞳が違う。――生気を全く感じなかった、まるで人形か何かのようだ。


「――――ウィル!!」


 その時、不意にウィルの背中(・・)にジュードの声が届いたのだ。

 ジュードなら目の前にいる、その彼の声が背中側から聞こえてくるのは明らかにおかしい。ウィルが思わず後方を振り返ると、広い空間の入り口に立っていたのは――やはりジュードだった。

 ジュードなら、つい今の今まで向かい合っていた筈だ。だが、新たに姿を見せた――こちらは普段と何ら変わりない表情豊かなジュードが後ろからやってきた。つまり、ジュードが二人いたのだ。


「な……ッ、え……!? ジュードが、二人……!?」


 それには、流石のウィルの頭でも理解が追い付かなかった。一体どういうことなのか、夢でも見ているのかと思った時――不意に、それまで一言も発することのなかった方のジュードが動く。

 ウィルは視界の片隅で紅い何かが動いたのに気付き、咄嗟に後方に飛び退くことでそれ(・・)が直撃する前に回避することが出来たのである。

 彼の視界の端で動いた紅いもの、それは血のように真っ赤な剣だった。否、正確には刀身自体は黒い。刃の中央部分に赤い紋様が描かれているのだが、振ればそれはまるで噴出する血と見紛う。そして刀身そのものが赤黒く禍々しいオーラを纏っていた。形状は通常のものよりも遥かに刃が大きい湾曲刀(カトラス)だ。

 漆黒の刃はウィルの片腕を掠めたが、それはほんの小さな掠り傷。致命傷ではない。

 ジュードは蒼白い顔をしながらウィルの傍らに駆け寄ると、此処まで全速力で走ってきたのか完全に上がった呼吸を整えることもせずに彼の肩に手を置いて項垂れた。


「ウィ、ウィル……よかっ……た、間に……合った……」

「ジュード……こっちが本物、だな」

「あ、たりまえだろ……オレを、間違えるなよな……」


 ウィルは己の肩に手を置いて身を休ませるジュードを見下ろして確信した。

 あのジュードが、剣を向けてくる筈がないのだ。それに、ウィルの知っているジュードはこのように禍々しい気配を放つ剣など持っていない。

 そう確信を深めてジュードの偽物に向き直ると、彼はつまらなさそうに二人を眺めて目を伏せた。すると、足元から頭の先までが紫色の光に包まれ――次に姿を現した時、姿形こそ変わらぬものの、髪色は紫紺色に、双眸は紅に染まっていたのである。顔はジュードに酷く酷似しているが、後ろ髪が長い。しかし、それ以外は彼と瓜二つだった。


「お前、一体何者だ! ジュードに化けて、何を企んでる!?」

「……化ける? お前の言葉の意味がよく分からない。だが、オレをジュード(・・・・)と呼ぶな。忌々しい名前、何より嫌悪する」

「……どういう意味だ?」


 荒い呼吸を繰り返していたジュードも徐々に落ち着いてきたのか、ウィルの肩に手を置いたまま静かに顔を上げる。彼の目から見ても、目の前の男はやはり自分と同じ顔をしていた。

 男は漆黒の刃を凪ぐように振るい、剣はそれに応えるように一際強く赤黒いオーラを輝かせる。


「――我が名はアンヘル・カイド、アルシエル様の命令によりこの里の生き物を殲滅する。血の魔剣ダーインスレイヴの力、その身で味わうが良い!」


 完全に臨戦態勢だ。

 それを確認してウィルは小さく舌を打ち、傍らのジュードと共に身構える。

 あの剣はヤバい――ジュードとウィル、両者の本能がそう悟っていた。



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