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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第六章~出逢いと別れ編~
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第五十話・覚えのある場所


 翌朝、ウィルは里の中で一冊のノートを開いていた。パラパラと捲るそれは出発前にシルヴァに渡されたものだ。帰ってきたら久方振りに稽古を付けてやると彼女は言っていた、今の内に必要なものを記憶しておかないと――そう思ってのことである。

 一ページびっしりと記載された文字列を視線で辿り、もうすぐ一時間。ウィルはそっと小さく吐息を洩らすとノートを閉じて腰掛けていた岩の上に置いてから、凝り固まった筋肉を解すべく一度大きく身を伸ばす。仲間たちが起きるのはもう少し後だろう、多少なら里の中を散策しても良いかもしれない。

 そこまで考えると、ウィルはこみ上げる好奇心のまま昨日は足を踏み入れることのなかった里の奥地へと向かった。

 ラギオの家の脇をすり抜けた先には、奥へと続く道が伸びている。その道は昨夜から気になっていた場所だ。恐らく聖石の間というものはこの奥にあるのだろう。

 立ち入りが禁止されている場所であれば何かしらの措置が施されている筈だ、ならばせめてそこまで――とそう考えて先へ足を進める。ウィルは未知の領域に人一倍興味を抱く傾向がある、初めて尽くしの精霊の里に好奇心を抑え切れなかったのだ。


「うわ~……神護(かご)の森も見事だと思ったけど、あそことはちょっと雰囲気が違うんだな……」


 真っ直ぐに伸びる一本の道を進んで行くと、両脇には里にあるものよりも大きく太い木々が右左に聳えている。まるで訪れる者を歓迎するかのようだ。

 今まで存在さえ知らなかった精霊の森に、精霊の里。この場に存在する全てがウィルの興味を引き、これでもかと言うほどに好奇心を刺激してやまない。その双眸は幼い子供のように輝いていた。


「……ん? あの奥か?」


 道なりに歩いて行くと、軈てウィルの視界にはこじんまりとした神殿のような建物が移り込んできた。随分と古いものなのか、石造りのその建物はあちらこちらにびっしりと苔が生えている。

 近くを見回してみたが、立ち入りを阻むような看板などは全く見受けられない。出入り口には扉もなく、寧ろ歓迎するかの如くその口を開けているだけだ。

 ウィルは暫し躊躇してはいたものの、軈て神殿の中へとそっと足を踏み入れた。


 * * *


「ウィルの奴、どこまで行ったんだ……?」


 一方で、ジュードは岩の上に置かれたままだったノートを拾い上げウィルの姿を探していた。もうすぐ朝食が出来るけどウィルがいない、探してきて――マナにそう頼まれたためだ。

 ウィルがこういった場所に並々ならぬ興味を持っていることをジュードは当然知っている。その彼が何処まで行ったか、考えるだけで彼の表情は歪んだ。その行動範囲の広さは予想出来ないほどだ。

 そして現在、約二十分ほど前にウィルが辿った一本道をジュードは歩いている。幼い頃から神護の森に入り浸っていた彼にとって、森と言うのは心を和ませてくれる場所の一つ。先へ先へと進んで行く度に、その表情には自然と笑みが浮かんだ。

 軈て道の先に石造りの神殿を見つけると、ジュードは双眸を瞬かせてそちらに駆け寄っていく。


「わあぁ……! ここに聖石があるのかな、入っても……大丈夫、かな」


 そこはやはり少年だ、ウィル同様に好奇心が刺激されたらしい。ジュードは翡翠色の双眸を輝かせると、まるで悪戯が見つかるのではないかと警戒する幼子のように何度も辺りを忙しなく見回してから、恐る恐る神殿の中へと足を踏み入れた。

 神殿内部はまるで砦か何かのような造りである。右や左、更には正面と道が分かれており、外観だけでは分からなかったが中はそれなりに広いようだ。


「……ま、迷いそうだな。やっぱり後でみんなと来た方が――」


 ジュードは暫し出入り口に佇んでいたものの、程なくして眉尻を下げた。方向音痴だと思ってはいないが、何せ初めて訪れた場所だ。それも入って良いか否かさえ定かではないのだ、あまり長居をするのも気が引ける。

 好奇心のまま足を踏み入れてしまったが、己の軽率な行動を反省しつつ踵を返そうとした時――ふと、ジュードは奇妙な感覚を覚えた。


「……? あれ……?」


 出ようとした足を止めて、改めて神殿内部を振り返る。

 この石造りの神殿に覚えがあるような、そんな気がしたのだ。何処だったか、いつだったか――そう考えたジュードが、該当する記憶に行き着くまでに時間などそう必要ではなかった。

 ジュードは途端に顔面から血の気が引いていく錯覚を覚え、弾かれたように神殿奥へと駆け出していく。


「(まさか、まさか――……ッ!)」


 水の国に逃げ込んで、すぐのことだ。ジュードは夢を見た。

 何処か分からない石造りの砦の中で、ウィルを探す夢を。そしてその夢の中では――自分がウィルを刺し殺していた。

 どういうことなのか、意味は全く分からない。だが、もしもあの夢が予知夢であったのなら急がなければ、早くウィルを見つけなければ。ジュードは焦った。頭の中は完全にパニック状態だ。

 ただの夢であってくれれば良い、いつものように「どうしたんだよ」と呆れたような顔で声を返してくれれば。


「――ウィル、ウィル! どこだ!」


 胸中を占める嫌な予感に急き立てられるように、ジュードは血相を変えて神殿の奥へと全速力で駆け出した。



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