第四十八話・祖母と孫
精霊の里に足を踏み入れたジュードたちは、警戒を露わにこちらに近付いてくる里の住人たちに取り囲まれていた。幸いにもライオットとノームの存在もあり、完全な敵としては見做されていないようだが手厚い歓迎という訳でもない。
「み、みんな落ち着くに、族長さんに会いに来ただけだに」
「っていうか、普通は正体不明の連中を族長に会わせたりしないんじゃないか……?」
ライオットがその場で飛び跳ねながら住人たちの説得を試みるものの、その言葉に苦笑い混じりにツッコミを入れたのはウィルだ。彼の言うように、普通であれば何者か定かではない不審者を里を纏める長に会わせるなど、あまりしたいことではないだろう。――無論、あらゆる判断を下すのは長の役目ではあるのだが。
だが、そんなジュードたちを見ていた住人たちは困惑したような表情を浮かべて各々小さく呟き始めた。
「待て、この少年……メディウムによく似ている」
「言われてみれば確かに……似てなくもないけど……」
「それにこの感覚は……我々と同じ精霊族……?」
ジュードを見て、住人たちが戸惑いながらも警戒を解き始めたのだ。ジュード本人には全く分からない感覚だが、どうやら彼らには一族の血が流れているということが分かるらしい。
戦いに来た訳ではないのだから警戒を解いてもらえるのは有り難いこと――だが、ジュードには一つ気になることがあった。
「……メディウム? オレ、その人に似てるの?」
「あ、ああ……君は一体……? それに、族長に会いに来たって……?」
「この人は精霊の現主さんナマァ、族長さんに会わせてほしいナマァ」
「マ、マスターだって? じゃあ、本当に彼女の……メディウムの息子なのか……?」
ノームの言葉を聞いた里の者たちは自分たちの独断では決められないとばかりに、皆一様に困惑を露わにして互いに互いを見遣る。誰か族長に報せてこい、そう言うかのように。
* * *
里の出入り口にいた一人の青年の案内に従い中へ招かれた彼らは、最奥に佇む一際大きな家屋に足を踏み入れていた。どうやら此処が族長の家らしい。人間を警戒しているのか青年は何処かビクビクと怯えた様子ではあるものの、襲ってくるような気配はない。警戒、恐怖と共にその瞳には純粋な興味も宿っていた。
ウィルは先の話の要点を頭の中で纏めながら、部屋の奥へと向かう青年の背中を見送る。
「(メディウムっていうのがジュードの母さんって可能性は高そうか……にしても、門前払いでも喰らうかと思ってたが精霊族ってのは結構温厚なんだな、無用な争いにならなくて良かっ――)」
恐らく、それはウィルだけでなく他の面々も気になっていることだろう。住人たちはジュードを見て「メディウムに似ている」と言っていた、何かしら関係があると考える方が普通である。
しかし、その刹那――何かが割れるような物音がウィルの思考を半ば強制的に停止させた。そして次の瞬間には台所と思われる場所から一人の老婆が飛び出してきたのだ。腰が曲がった、何処となく可愛らしい雰囲気を漂わせる老婆だった。
彼女は青年に支えられ危なっかしい足取りでジュードの目の前まで歩み寄ってくると、眦に涙を滲ませながら震える手を伸ばしてくる。
「あ……ああぁ……」
「あ、あの……? だ、大丈夫ですか?」
ジュードは思わずその手を掴み、今にも倒れてしまいそうな様子の老婆の身を逆手で支えた。すると老婆は眦に貯めた涙を次々に溢れさせ、言葉もなく何度も頭を縦に振って頷く。
マナとルルーナは互いに顔を見合わせて首を捻り、ウィルやカミラ、リンファは余計な口を挟むことなくその様子を見守っていた。
「そう、そうよ、あなたのその目……私の娘にそっくりだわ……」
「……え?」
「娘にそっくりって……じゃあ、もしかしてこの人はジュードの本当のおばあちゃん?」
「か、可能性は高いと思う。君からは我々と同じ精霊族の力を……感じる、から……それに、君の眼は本当に彼女にそっくりだし……」
目が似てる――ジュードは以前も、リーブルにそう言われたことがある。「テルメース」という女性によく似ている、と。
だが、彼らはジュードを見て「メディウム」に似ていると言う。どういうことなのか。
ジュードは老婆と目線を合わせるようにその場に片膝をついて屈むと、メチャクチャに入り乱れた思考回路のままに口を開いた。その口調は常よりも遥かに辿々しい。
「え、えと、は……はじめまし、て。お邪魔、します」
混乱するのは当然だ、突然「この人がおばあちゃんです」と言われたようなものなのだから。どのような反応をするのが正解であるのかジュードには全く分からない。老婆は感極まったように何度も頷き、溢れる涙を拭うこともしないまま両手でジュードの頬に触れた。何か言おうと口を開いたり閉じたりを繰り返している姿から、言葉にならないのだということは容易に窺い知れる。
この老婆が本当に自分の祖母だと言うのか――疑問は多いが、それでもジュードは己に触れる手を振り払う気にはなれなかった。
「(……暖かい)」
母というものを知らないジュードにとって、その暖かさは未知のものだ。父グラムのものとは違う、カミラのものとも異なる。まるで全てを包み込むような、何処までも優しく暖かい手。
青年はそっと老婆の傍を離れると、依然としてやや怯えた様子のままウィルたちの近くに歩み寄った。
「ぼ、僕は族長を呼んでくるから、どうぞ……く、寛いでください」
「あ、はい……どうも、ありがとうございます。族長って……」
「族長はイスラお婆さんの――あ、そのお婆さんの旦那さんです、つまり……」
「……ジュードのじいちゃん、か」
どうやら老婆は「イスラ」という名前らしい。この精霊の里の族長はそのイスラの旦那――つまり、ジュードの祖父だ。尤も、この老婆が本当にジュードの祖母だと決まった訳ではないのだが。
ぺこりと頭を下げて出ていく青年を見送ってから、ウィルはジュードとイスラに向き直る。詳しい話を聞きたいところではあるのだが、どうにも今すぐ声を掛けるのは躊躇われた。
もう少しこのままでいさせてあげようか、ウィルは傍らのマナと目を合わせると――彼女も同じことを考えたらしく、幾分微笑ましそうな面持ちで頷く彼女にそっと笑みを零した。