第四十話・共鳴の力
「陛下、外は危険です!」
「し、しかし、ジュード君たちが魔族と戦ってくれているのだろう! ならば私は一人でも多くの民の避難を……」
「それは僕たちがやります、陛下はここに!」
一方で、城の中は混乱していた。
幸いにも死の雨を逃れた住民たちは城の中へと避難し、外で起きたことを国王のリーブルへと報告したのだ。エイルは他の兵士たちと共に外の様子を確認しに行ったが、窓越しにジュードたちがメルディーヌと交戦している光景を目の当たりにした。
それを報告したところ、このようなことを言い出したのだ。
尤も、リーブルは今の自分に出来る精一杯のことをしようと言うのだろう。国王として。
エイルは彼に寄り添うと、無礼とは知りながらそれでもその広い背中を優しく摩った。
「……陛下、ジュードは僕の友達です。ジュードなら大丈夫です、絶対に魔族に負けたりなんてしません。僕はジュードを……いえ、ジュードたちを信じて魔族を彼らに任せ、民の避難を支援します。ですから……陛下はここに居てください、陛下のお姿を見ればきっと避難してきた民も励まされます」
エイルのその言葉に、リーブルはやはり暫し迷ってはいたが――何かしら思うことがあったか、軈て渋々と言った様子で小さく頷いた。
その姿を確認してエイルはホッと安堵を洩らして表情を和らげると、一歩後退して無礼を詫びるように深々と頭を下げてから、近場に居た他の兵士たちと共に謁見の間を出て行く。民の避難を助けるために。
「(ジュードなら大丈夫、ジュードたちならきっと大丈夫……!)」
そう自分に言い聞かせるように心の中で繰り返しながら、エイルは城の出入り口へと急いだ。
* * *
「な……なんなのだ、これは……!?」
メルディーヌは目の前で起きた現象に理解が追い付かない様子で、双眸を見開いたまま力なく頭を左右に振る。
彼の目の前には、力強い青の光に包まれるジュードが居る。だが、それだけではない。
ジュードが手に持つ剣や短剣、そして周囲で身構えるウィルたちの手にある各々の愛用の得物――それらが青い光に包まれたかと思いきや、その形状を変化させたのだ。
剣はガード部分が持ち手を完全に守るように柄頭まで伸び白銀に光り輝いており、刃の部分は大きく湾曲した白銀の刃へと変化を遂げ、その内側は深い青色に染まり同色の光の粒子を纏っている。金色で紋様が描かれているが、それが何を表したものなのかは知る由もない。
ウィルが持っていた槍はこれまでの形とは打って変わり、先端に鋭い突起、そして片側に斧のような刃が付いたハルバード型へと変化していた。その破壊力は如何ほどのものか――刃部分は非常に大きい。
リンファの短刀は特徴的な形へ変化している、それは斬ることよりも刺すことを目的としたもの――店屋でもあまり見かけないジャマダハルと呼ばれる種類の武器だ。リンファは殴る蹴るの攻撃をメインに行うことが多い、この種類の武器はナックルのように扱うことで殺傷能力が上がるため彼女に適した形状と言えるだろう。
それらはいずれも青い光と粒子を纏い、刃は白銀に光り輝いている。まるで何らかの加護を受けるかのように。
「ど……どどどうしちゃったんだに……!? マスター一体何したにー!?」
「オ、オレに聞くなよ!」
「で、ですがジュード様が身構えた瞬間に私たちの武器が……」
そうなのだ、メルディーヌへ突撃しようとしたジュードが身構えた途端、彼の身を包む光が呼応するかのように力強さを増し、ウィルたちの武器の形状を変化させてしまったのである。見守っていたマナやルルーナ、カミラ自身も呆然とその光景を眺めている。
だが、ジュードは元々頭を使うのは苦手だ。思考を切り替えるように頭を振ると、改めて身構える。そして狼狽するメルディーヌへ誰よりも先に駆け出した。
「とにかく、後で考える! 行くぞ!」
「あ、ああ、分かった!」
「――ふっ……後、などあるものですか! アナタはワタシと共にアルシエル様の元へ行くのです、そのような虚仮脅しが効くと思ったら大間違いですよ!」
己の眼前まで迫ったジュードに対し、メルディーヌはステッキを翳す。その矢先、ステッキの先端からは赤い鞭が伸びた。それは血だ、メルディーヌの血を使った鞭である。
しかし、ジュードの姿は瞬時に彼の視界から消えた。攻撃が来ることを見越して大地を蹴り横に回り込んだのだが、そのスピードが尋常ではなかったのだ。メルディーヌの眼でも捉えられぬほどのもの――実際に動いているジュードでさえ一瞬戸惑うレベルのものであった。
「(速い……! これなら!)」
ステッキを振るったことで一瞬出来た隙をジュードは見逃さない、逆袈裟斬りの如く斜め下から上へと剣を振るった。すると、白銀の刃は一際強く輝きメルディーヌの身を斬り裂く。その刹那、メルディーヌの口からは苦悶の声が洩れた。これまでどれほど斬り付けても堪えなかった彼が、その刃による攻撃には苦悶を洩らしたのだ。
ジュードが持つ剣は振るう度に青い光が軌跡となって流れる、それは清らかな水の流れに似ていた。
カミラはぽかんと口を開けてその様子を見守っていたが、軈て傍らのジェントに視線のみを向ける。援護しなければ、とは思うのだが、彼女の頭は既にパンク寸前だ。
「あ、あの」
『あれがジュードの能力なんだろう』
「能力?」
『俺は精霊使いのことに関しては詳しくないんだがな……共鳴と言ったか、外側から交信能力を刺激したことで共鳴の力も一緒になって顔を出したようなものだ』
「あれが、ライオットの言ってた共鳴の力……」
だが、カミラには疑問が残る。
以前シヴァと交信した時も彼の瞳は青に変化したが、その際とはやや色味が異なる。それにもうシヴァはいない。水の精霊と言えばフォルネウスだが、彼は上空で戦闘を見守っているのだ。
では、ジュードは一体何と交信していると言うのか。
『……とにかく、まずはメルディーヌをどうにかするのが先だ。大丈夫だと思ってはいるが……気を付けて』
「は、はい!」
ジェントの言う通りだ、気になることは山のようにあるが、今は油断の出来ない戦闘の真っ最中。呑気に話し込んでいる余裕はない。
カミラは数歩後退するとマナたちと共に魔法の詠唱を始める。ジェントはそんな彼女を眺めて静かに目を伏せた。
『(周囲の武器まで変化させるとは思わなかったが、封じられている筈の共鳴の力が発現した……この力を全て叩き込めば、ジュードに掛けられた呪いを外側から破壊してやることも出来るだろうか……)』
そこまで考えてジェントは小さく頭を揺らした、この力の行使には莫大な精神力を消耗する。幾ら肉体を持たぬ亡霊と言えど、流石に疲れたように深い吐息を洩らすと静かにその姿を消した。
「もういっちょ、行くわよルルーナ!」
「私はマナと違ってお上品だから攻撃魔法は苦手なのよね、失敗しても文句は受け付けないわよ」
「あんた後で覚えてなさいよ! バニッシュボム――って、きゃあああぁ!?」
ジュードとリンファがメルディーヌから距離を取ったのを確認して、マナは貯めた火の魔力を一息に放出した。それは先程同様にメルディーヌの腹部に集束し爆ぜたのだが――その破壊力がこれまでとは比べものにもならなかったのだ。
爆ぜた直後、ジュードとリンファは巻き込まれると見たのか更に距離を取ったために被弾することは避けられたが、爆発する範囲が半端なものではない。以前までは半径一メートル程度のものであったのだが、今回のものは三メートルほどにまで範囲が広がっていた。
ルルーナは紅の双眸を丸くさせ、一拍後に隣で腰を抜かしているマナを見下ろす。
「アンタ仲間殺す気なの!? ほんっとマナってガサツねぇ!」
「んなワケないじゃない! あたしだって知らないわよ!」
「おいマナ、気を付けろよ!!」
傍らからはルルーナが、前線からはジュードが同時に文句を投げてくるが、マナの言葉通り彼女にも何が起こったのか分からなかった。突如として自分の魔力が異常なほど高くなってしまったのだ。
ルルーナは詠唱を終えた魔力を散らし、その効果を期待するようにメルディーヌへと視線を向ける。
爆発の煙が止み始めた頃、魔法の直撃を受けたメルディーヌは激しく咳き込み、その場に屈み込んでいた。片膝をつき、苦し気に腹部を押さえている。先程までの余裕な姿からは考えられない様子だ。
だが、それで終わるメルディーヌではない。程なくして静かに顔を上げると、その表情には明確な怒りを宿していた。