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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第六章~出逢いと別れ編~
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第三十七話・戦線復帰


「……! あ、あれは……」


 フォルネウスに抱き抱えられ、ようやく王都シトゥルスへと戻ってきたカミラは城下街の中央部に仲間の姿を見つけて表情を安堵に綻ばせる。

 だが、その場に漂う雰囲気に対しその表情も途端に不安なものに変わると、傍らのフォルネウスを見上げた。彼の頬には一筋――涙が流れている。

 次にジェントを横目に見遣れば、彼は目を伏せてそちらから目を背けていた。

 この国に根付いていた負の感情の大半が消失したためか、フォルネウスが戻ったからか――それは定かではないが、空は徐々に晴れてきている。雲間からは久方ぶりになるだろう太陽が顔を出し、柔らかな光で地上を照らし始めた。

 しかし、彼らの心は暗く落ち込んでいくばかりだ。


「あははっ、あっははははぁ! 砕けた砕けた、砕け散りましたよぉ! パキーンって、いやあぁ綺麗な音ですねえぇ!」


 メルディーヌはジュードたちを指差し、逆手は己の腹に添えながら高く笑い声を上げた。さも愉快とでも言うように。

 ジュードはその場に座り込んだまま、砕け散った氷の破片を震える手で拾い上げる。それは、つい先程までは確かにシヴァであったもの。その頭には様々なことが思い起こされた。

 初めて雪山の小屋で会った時のこと、前線基地で助けてくれた時のこと、地の国で再会し勇者の技を教えてやると言ってくれたこと、それからの修練の日々。そして、王都グルゼフでジュードを庇い、フォルネウスの槍をその身で受け止めたこと。

 いつだってシヴァはジュードを支え、守ってくれた。メンフィスのように甘やかすことはなかったが、ジュードが強くなりたいと願ったために彼は修練にも付き合ってくれたのだ。

 それらを思い返すと、彼の双眸からは止め処なく涙が零れ落ちた。

 ウィルとリンファは視線を落として俯き、マナとルルーナは手の平で口元を覆い目を伏せる。シルヴァは黙祷と捧げるように眉を寄せて目を伏せていた。


「……っ、オレまだ……まだ、ちゃんと……教えてもらってない、のに……お礼だって、全然言えて、な……ッ……」


 その先は、言葉にならなかった。

 次々に涙と感情が溢れてきて、言葉が出てこなかったのだ。


「――うあああああぁッ!!」


 ジュードは天を仰ぎ、そして吼えた。込み上げる感情の吐き出し方が他に見つからなかったのだ。悲しい、などと言う言葉だけで表現出来る筈もない深い深い悲しみと、心を突き刺すような痛み。

 それがまた余計にメルディーヌの気分を高揚させていく。


「あっはっは! 人間って本当にいいですねぇ、見ていて飽きませんよ! けど、ワタシも早く城に戻って研究の続きとかしたいので……そろそろ、もう一つの目的も達成させちゃいましょうかね!」

「――来るぞ、全員構えろ!」


 言いようのない悲しみの中からいち早く立ち直ったのは、シルヴァだった。彼女は騎士だ、敵を前に感傷に浸り続けることはない。

 片手に持つ愛剣を構え、駆け出してきたメルディーヌへ照準を合わせる。周囲で倒れ込む住民たちも気懸りだが、全てはこの男を退けてからだ。

 だが、両者が衝突する前に――ジュードたちの後方から放たれた何かがメルディーヌの胸部を直撃し、その身を貫いた。その光景を目の当たりにしてシルヴァは思わず立ち止まり、何事かと目を見開く。

 メルディーヌの身を貫通したもの、それは三叉の槍であった。

 続いて追撃を加えるかの如く同方向から何かが飛び出し、槍を掴むなりメルディーヌから引き抜き――そして身を翻して今度はその切っ先を思い切り叩き付けた。その衝撃でメルディーヌの身は殴り飛ばされ、裂けた皮膚からは鮮血が噴出する。

 それは、フォルネウスだった。ジュードたちには目もくれず、ただただ切れ長の双眸に殺意を宿してメルディーヌの後を追う。怯もうがダウンしようが、今の彼には攻撃の手を休める気など毛頭なかった。

 マナは慌てて片腕で目元を拭うと、困惑したようにフォルネウスと仲間とを交互に見遣る。


「ちょ、あれフォルネウスじゃない! ど、どうしたらいいの? 仲間割れ?」

「――待って!」


 フォルネウスは元は大精霊と言えど、つい先日までジュードの身柄を狙っていた男だ。その男が不意に現れて魔族と交戦している。――その事実はマナたちに困惑を与えるには充分過ぎた。

 だが、不意に掛かった声にルルーナが反射的にそちらを見遣ると、慌てて駆け寄って来るカミラの姿を確認した。


「カミラちゃん……! 大丈夫だったの!?」

「う、うん、わたしは大丈夫。フォルネウスさんはシヴァさんを助けるために戻ってきたの、でも……」

「フォルネウス……今頃戻っても、遅すぎるに……!」

「っ……そう言わないであげて、それはフォルネウスさん本人が一番分かってると思うから……」


 ルルーナとリンファはカミラの傍らに駆け寄り、その身に怪我がないかを確認するが、カミラはそんな彼女たちに笑いかけると足元に散らばる氷の破片を見下ろす。

 それは、シヴァであったもの、だ。フォルネウスは戻ってきたが、間に合わなかった。本来ならば弟の帰還を誰よりも喜んでくれる筈であったのに。


「……では、フォルネウス殿は今や味方と言う訳か。援護に回る、敵の力量を推し量るには良い機会だ」


 シルヴァは改めて前線に視線を投じると、愛剣を構えて我先にと駆け出した。

 メルディーヌは魔族の現リーダーであるアルシエルと同等の力の持ち主――ライオットはそう言った。

 魔族と今後本格的な戦いをしていくには、その力量を知っておいた方が良い、そう判断したためだ。単純に自分達よりも強いと言うことにプライドを刺激された部分もあるのだが。

 ジュードは屈んでいたそこから静かに立ち上がると、無言のまま片腕で己の目元を拭う。そしてカミラに向き直ると穏やかに笑ってみせた。それはまだ悲しみを引き摺るぎこちないものではあったが、彼女が無事であったことを喜んでいるのは確かだろう。


「……カミラさん、無事でよかった。……おかえり」

「ただいま……ジュード、ありがとう……」


 カミラはそんな彼を心配そうな面持ちで見つめてはいたのだが、それは言っても仕方ない。大丈夫かと問われても、ジュードは大丈夫としか返せない何かと面倒な男なのだから。

 失ったものは非常に大きい、だからこそ悲しみと共に感じる怒りも大きかった。

 ジュードは最前線に向き直るとそれぞれ両手に剣と短剣を持ち、ちびと共にシルヴァの後を追う。それを止める者は、最早誰もいない。


「行くぞ、ちび!」

「ガウッ!」


 ――誰もが皆、メルディーヌという男に怒りを覚えていたからだ。駆け出していくジュードの後からはウィルとリンファが続き、マナとルルーナは無言で魔法の詠唱に入る。

 ライオットはちびの頭から転げ落ち、あわあわと短い手を忙しなく動かしながら声を上げた。


「み、みんな待つにー! メルディーヌは本当に本当に強い奴なんだに、無茶だにー!」

「ライオットさん、きっとみなさん止まらないナマァ」

「ノームも止めるに!」

「ノームも一緒に戦うナマァ、交信(アクセス)は出来なくても少しはお役に立てるナマァ」

「あっ、ま、待つにー!」


 普段は何処までもおっとりとした温厚なノームだが、今回ばかりは腹に据えかねたらしい。ライオットの制止も聞かず、先んじて飛び出していったジュードたちの後に続くべく飛び跳ねながら最前線へと向かっていく。

 ライオットはそんならしくないノームに慌てて付いていった。


『……そうだな、ライオットの言う通りだな』

「ジェントさん……やめるべき、なんですか?」

『どうせ言っても聞かないだろ、彼らも君も。……なら、無理にやめろとは言わない。ただ君は少し後方からの援護に徹してくれ』


 ふと傍らから聞こえてきた言葉に、カミラは視線のみでそっとそちらを見遣る。そこにいるのはジェントだ、相変わらずカミラにしかその姿は見えないらしい。

 しかし、後方から援護しろとは一体どういうことか。カミラとてメルディーヌに対し快い感情は持っていない、出来ることならすぐにでも飛び出していきたいのだ。


『怒りの感情は時に驚くほどの力を発揮するが、それでも奴とやり合うには無理がある。……ジュードに渡すものがあるから、後方から援護してメルディーヌと距離を取っておいてくれ』

「わ……分かりました!」


 ――ジュードに渡すもの。

 ジェントの姿はカミラにしか見えない、だと言うのにどうやって、それも一体何を渡すと言うのか。

 分からないことだらけではあるが、意識を集中させるように目を伏せてしまった彼を見れば問うことも憚られた。後は彼に任せよう――カミラはそう判断すると、ルルーナやマナと共に魔法の詠唱へと入った。



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