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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第六章~出逢いと別れ編~
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第三十六話・舞い散る氷


「ぐ……ッ、う、おああああッ!!」


 己に向けて放出された負の塊を、シヴァは正面から受け止めた。その刹那、彼の身には砕けそうなほどの激痛が走る。

 押し潰されてしまいそうな圧迫を真正面から受け、シヴァの両足は深く雪へめり込み後方へと押し込まれていく。両手を突き出して受けた負の塊からは人間のものと思われる雄叫びや悲鳴が轟き、雪崩れ込んでくる様々な感情にシヴァは奥歯を噛み締めた。

 メルディーヌは上空からその光景を眺め、一度口笛を鳴らしてから両手で腹を抱えて高笑いを上げる。


「アハハハ! すごいすごい、そんな身体でよく受け止められましたねぇ! でも、いつまで保つかなぁ?」


 そして彼の視線は、続いて城へと続く通りから出てくる数人の姿を確認した。

 依然として流れ込んでくる幾つもの声に頭を押さえながら、それでも人々が上げる悲鳴を放っておけなかったと思われるジュードだ。彼の後方からはウィルやシルヴァを始めとした仲間たちが続く。

 彼らが城から出てきたのは、負の感情を集束させた際に一時的にトール・レーゲン(死の雨)を止めた所為だ。

 だが、既に身を溶かされた住民たちは黒い雨が止んだ後もその身が回復することはなかった。今もまだ苦し気に呻き声を洩らしながら辺りを徘徊し、ある者は倒れ込み、またある者は頭蓋骨が露わになった己の顔を両手で隠して泣いていた。


「……っ、シヴァさん!」

「な、んだよ、これ……っ!」


 今にも飛び出していきそうなジュードの肩を掴みながら、ウィルは目の前に広がる光景に絶句していた。

 周囲で悲痛な声を上げる人々の姿はもちろんなのだが、正面に見える光景――そこにはシヴァがいる。だが、彼の周りにはドス黒い霧が渦を巻いていた。まるでシヴァを呑み込もうと言うかの如く。

 黒い霧は触れた雪や地面を深く抉り、家屋の壁を破壊し、倒壊させていく。近付くもの全てを破壊していくのだ――これではシヴァを助けようにも、近付くことさえ出来ない。

 まるで巨大な台風のようだと、シルヴァは思った。

 ジュードは上空に浮遊するメルディーヌを見上げると、ニィ、と口角を引き上げて不気味に笑う様子に忌々しそうに固く拳を握り締める。どうにかしようにも上空にいられては手出しが出来ない。


「おやおや! キミがジュード君ですか、キミまで溶かしちゃったらアルシエル様に殺されますからねぇ。まあまあ、まずはシヴァが人間の生み出した負に呑み込まれるのをよ~く見ててくださいよぉ!」

「なんだと……ッ!」

「マ、マスター駄目だに、早く逃げるに! メルディーヌはアルシエルとほぼ互角の強さを持ってるんだによ、今戦って勝てる相手じゃないに!」


 その声にマナやルルーナは思わず数歩後退った。

 アルシエルと言えば、現在魔族を率いているリーダーのような存在だ。それほどの強さを持った魔族が、今この場にいる。その事実は彼女達に恐怖を植え付けるには充分過ぎた。

 だが、ジュードはライオットのその言葉に迷うこともなく声を上げる。


「――嫌だ、ここで逃げ出したら王様たちもシヴァさんもどうなるか分からないんだぞ!」

「な、なに言ってるに! マスターが魔族に捕まったらこの世界が――!」

「世界とかそんなの知ったことか! オレは世界のために生きてるんじゃない!」

「ジュード、待て!!」


 己の手を離れて飛び出していくジュードにウィルは咄嗟に続くが、問答無用に周囲を破壊していく黒い靄に行く手を阻まれ、それさえままならない。既に靄と言うよりは黒い突風と言っても過言ではない、まるで風の弾丸のようだ。

 ジュードは大丈夫なのか、ウィルは片腕を額の辺りに翳し目元を守りながら先へ先へと視線を投じる。黒い突風の勢いに軽くよろけるが、その身は追いかけてきたシルヴァが支えてくれた。

 メルディーヌは依然として愉快そうな声を洩らしながら、見世物でも見学するように上空からその光景を見下ろす。だが、渦を巻く黒い突風がジュードの身に触れるよりも前に、まるで避けるように軌道を変える様を目敏く見遣ると、浮かべていた笑みを消失させた。――理解が出来ない、そんな様子で。


「シヴァさん!」

「――!? 馬鹿者……なぜ、来た……ッ!」

「放っておけるわけないじゃないか!」


 阻まれることもなく渦を巻く負の感情の中に入り込んだジュードはシヴァの傍らに立ち、彼の背中に片手を添えてその身を支える。逆手を彼のように黒い塊へと伸べ、少しでもシヴァの支えになろうとしたのだ。後方からは、ちびが心配のあまり吼え立てる声が聞こえる。


「……ごめん、シヴァさん」

「……?」

「オレ、シヴァさんやイスキアさんのこと、疑った。二人とも今まで何回も助けてくれて……こうやって、身体張って……必死にみんなを守ろうとしてくれてるのに……っ」


 紡がれていく言葉を聞きながら、シヴァは薄く笑う。――それは何処か自虐的なものであったが。

 しかし、ふと彼の目は不可解な現象を捉えた。それは、ジュードの手が触れた箇所から徐々に負の感情が霧散していく光景だ。

 それは瞬く間に彼らを襲う黒い塊に広がっていき、先程までシヴァを押し潰さんとしていた感情の塊はゆっくりと勢いを弱め、内側から空気に溶けて散り始めたのである。

 その光景を見て驚いたのはシヴァだけではない、上空で怪訝そうな顔をしていたメルディーヌも例外ではなかった。


「(負の感情が……これは……)」

「負が消えていく、だと……!? バカな、あの小僧は四神柱(ししんちゅう)を使役する力を持っているとは言え、精霊や四神柱に負の感情を癒す力はないはず……これは一体どういうことだ!?」


 ジュードは翳した片手で固く拳を作ると、視線を足元に下ろす。――ジュード自身は気付いていないのだ、自分たちを襲う負の感情が勢いを失っていることに。

 シヴァは傍らで己の身を支えるジュードを眺めると、彼の感情に呼応するかのように光を抱くジュードの片手に眸を細めた。

 ――だからごめん、と。彼が絞り出すようにそう呟いた時、一際強い輝きがジュードの片手から放たれ、負の塊を完全に消してしまったのだ。


「……消えた……」

「へ?」


 眩い輝きに続いてシヴァが呟いたことで、ようやく現状を理解したらしい。ジュードは下げていた視線を上げると、先程まで真正面にあった負の集合体が綺麗さっぱり消えている光景に翡翠色の双眸を瞬かせた。

 メルディーヌはシヴァ同様に信じられないとばかりにジュードを見下ろし、脇に下ろした拳を震わせていた。――それは恐怖ではない、憤りに近いものである。

 だが、不敵に薄く笑うと静かに地上に降り立ち、ジュードやシヴァの元へ駆け寄るウィルたちを見遣る。そして肩を震わせて笑い声を上げた。


「……ふ、ふふ、あははは! これは流石に驚かせてもらいましたが――どうやら、一人ご退場のようですねえぇ?」

「ご、ご退場? どういう意味だに!」


 ライオットはちびの頭の上に乗ったまま、地上へ降りてきたメルディーヌへ向き直る。各々武器を構えて動向を窺い、ジュードはその場に屈んでしまったシヴァの身を支えていた。

 そこで、ジュードは確かな違和感に気付く。

 シヴァの肩に触れさせた片手の平には、温もりと言うものが感じられなかった。彼は幾ら氷の精霊とは言え人型だ、当然ながら体温も存在している。――だと言うのに、今はそれらが全く感じられないどころか、皮膚の柔らかな感触さえなかった。


「……!!」


 違和感を覚えたまま恐る恐るジュードが傍らのシヴァを見た時、その眸は驚愕に見開かれた。

 黒い外套に隠れたシヴァの身は、既に『人』のものではなかったのだ。先程まで負の感情の塊を受け止めていた両腕から氷と化し、その氷は次々に彼の身へと広がっていく。


「シヴァ、さん……!?」

「うそ……ちょっと、なんなの……!?」


 だが、当のシヴァ本人は全く焦るような素振りを見せなかった。

 氷に包まれるのではない、自らの身が氷と化していく様子を見下ろしながら――ふと薄く、優しく笑った。ウィルたちを見遣り、最後にジュードにその視線を合わせると小さく頭を左右に振る。そんな顔をするな、とばかりに。


「……お前のお陰でこの地を護れたが、もう……お前を守ってやることが出来なくなったな」

「シヴァさん、何を言ってるナマァ!」

「ライオット、ノーム……マスターを、頼むぞ……」

「シヴァさん、ちょっと……何言ってんのさ……!」


 ノームはちびの頭の上から飛び降りると、既に氷と化した彼の足に飛び付いた。円らなその瞳からは、ポロポロと大粒の涙が溢れ出す。ジュードは彼の肩を掴んだまま、その身を軽く揺さぶった。


「……この雪国が好きだと言った阿呆がいてな……どうしても、護ってやりたかった。……感謝する、マスター……」


 その言葉を最後に、シヴァの全身が固い氷の塊と化し――次いだ瞬間に頭部からひび割れ、それは大きな亀裂となって砕け散った。

 仄かに蒼白い輝きを持つ氷の欠片がジュードたちの目の前に舞い、そして重力に倣い地面に落ちていく。細かく砕けたそれらは、雲の切れ間から射してきた太陽の光を受けて美しく輝き、元の形に戻ることは二度となかった。



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