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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第六章~出逢いと別れ編~
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第三十三話・フォルネウスの願い


「――っ! ……あれ……?」


 ――カミラ、と。恐らく危機を報せるべく叫んだだろうジェントの声を聞きながら、それでもカミラはその場を動けなかった。

 だが、オリヴィアが振り下ろした刃は彼女の身に触れることはなかった。

 なぜなら、彼女の後ろからフォルネウスがその手を掴んだからだ。

 オリヴィアは怒りと悲しみが綯い交ぜになったような表情でフォルネウスを振り返ると、悔しそうに口唇を噛み締めて彼の胸に縋り付いた。


「……どうして、なぜ止めるんですの!? わたくしはもう居場所を失いたくないのです!」

「……何の話だ」


 カミラは引き上げた両手を口元に添えて衝撃に備えていたが、そんな様子を目の当たりにしてゆっくりとその手を下ろす。

 オリヴィアの双眸からは止め処なく大粒の涙が溢れ出すが、フォルネウスにはその理由が全く分かっていないらしい。当然だ、彼にはオリヴィアを邪険にしたという認識はないのだから。

 暫し不可解そうな面持ちで彼女を見下ろしていたが、軈てフォルネウスは逆手に持っていた真っ赤なリンゴをカミラへ放った。下から投げられたそれは放物線を描き、反射的に両手を出したカミラの手にぽす、と収まる。

 カミラは瑠璃色の双眸を丸くさせると、真っ赤に熟れたリンゴと彼とを何度も交互に眺める。それに対し彼は「食え」と一言だけを告げた。何かしら手酷い扱いを受けるだろうと思っていた彼女は困惑する一方だ。


「あ、あの……みんなのところに帰してください」

「その前にお前に聞きたいことがある、だから連れてきた」

「?」


 意を決して告げた言葉だったが、フォルネウスはあっさりとそう言葉を返して寄越す。どうやら、人質にするなどと言う訳ではなさそうだ。

 しかし、聞きたいこととは何か。そこまで考えてカミラは緩やかに小首を傾ける。

 自分が大精霊の役に立てる知識を持っているとは思わない、カミラは姫巫女ではあるが、永年生きているフォルネウスならば彼女が有している知識は当然持っているだろう。

 すると、フォルネウスは改めて周囲の気配でも探るように視線をあちらこちらへ巡らせ、軈て静かに口を開いた。疑うような、何処までも怪訝そうな面持ちで。オリヴィアは不安そうに彼の横顔を見上げている。


「……なぜお前からあいつの気配がする」

「あいつ?」


 ――あいつ。

 そう言われてカミラは不思議そうに瞬きを繰り返したが、程なくして「あ」と小さく声が洩れた。そう言われて思い当たる存在は一人しかいない。

 カミラにしか視認することが出来ない、自称亡霊の青年――ジェントだ。

 ちらりと横目にジェントを見てみれば、彼は非常に嫌そうな表情をしていた。確認などせずとも全身から「嫌だ」という雰囲気が出ている。

 ぱくぱくとカミラが何度か口を開閉させると、ジェントは表情をそのままに嫌々でもするよう力なく頭を振った。


『嫌だ、拒否する』

「不思議そうな顔もしないってことは、お知り合いなんですね……」

『う……』

「(この人、ジュードに似てる。嘘がつけない人なんだわ)」


 ぼそぼそと内緒話でもするように声量を落として呟いたつもりではあったが、フォルネウスには聞こえていたらしい。一歩前に足を踏み出すとカミラの肩を鷲掴みにした。

 突然のことに加え、フォルネウスは男性型――カミラは思わず「ひ」と引き攣った声を洩らし、オリヴィアは先程まで涙で濡れていた顔を今度は真っ赤に染めて怒っていた。


「やはり……そこにいるのか、ジェント」

「(あ、またこの表情……)」


 カミラの肩を掴むフォルネウスの表情は何処か泣きそうなものであった。

 そこで彼女は、昨夜見た彼の表情を思い返す。あの時も彼はこのような顔をしていた。まるで迷子になって泣きそうな、そんな表情を。

 彼女には、その理由は分からない。だが、フォルネウスにそんな顔をさせている「何か」には、この自称亡霊の男が関係しているのではないか――カミラはそう判断したのだ。

 だからこそ、ジェント本人の意見は求めずにカミラは己の隣の示してみせた。


「ここ! ここにいます、赤い髪をしたとても綺麗なお兄さんが!」

『お、おい……』


 カミラのその言葉を聞いて驚いたのは、フォルネウスよりもジェントの方だ。戸惑ったように幾分か控えめに声を掛けてはくるが、カミラはそんな彼に向き直ると固く拳を握りながら改めて口を開く。

 彼女としても何かと正体不明なこの男のことは気になるし、知りたいとも思う。しかし、まずは己の探求心を満たすことよりも、なんとかしてフォルネウスと話をさせたかったのだ。大精霊である偉大な存在があのように泣きそうな表情をすると言うことは、彼らの間には並々ならぬ何かがあったのだろうから。


「ジェントさん、ちゃんとフォルネウスさんとお話ししてあげてください。……昨日の夜に見た時、なんだかとても寂しそうな顔をしてるように見えたんです。お二人の間に何があったのかわたしには分からないけど……お願いします」

『……』


 ジェントは暫しカミラを見つめていたが、たっぷり長い時間を掛けた末に溜息を洩らすと頷くように頭を垂れた。

 フォルネウスは依然として彼女の肩を掴んだまま怪訝そうな表情を滲ませてはいたものの、カミラが己に向き直ったのを見て物言いたげな視線で彼女を眺める。ジェントと言葉を交わせるのはカミラだけだ、彼がなんと言っているのか知りたいのだろう。


「……ジェントは」

「だ、大丈夫です、わたしあっちに行ってるのでお二人で話してください」

『待てカミラ、……君がいないと話も何も出来ないだろう』

「…………」


 カミラとしては二人に気を遣ったつもりだったのだ。

 だが、言いたいことはジェントと同じであったか彼女の言葉にフォルネウスも複雑な表情を浮かべて黙り込んでいる。お前がいなくて話が出来るか、と――そう言いたいというのは彼の表情が物語っていた。

 フォルネウスの後ろでは依然としてオリヴィアが不服そうな面持ちでカミラを睨み付けてきている。

 困り果てたようにあちらこちらへ忙しなく視線を巡らせて、軈てカミラは顔を真っ赤に染めて俯いた。



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