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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第六章~出逢いと別れ編~
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第二十五話・ルルーナの憂鬱


 水の国アクアリーに足を踏み入れて四日目の正午、ジュード達の視界にようやく王都シトゥルスの外観が見えてきた。それに伴い、各々の表情にはこれでもかと言うほどの安堵が滲む。

 右も左も延々に続く大雪原だ、流石にこの雪では魔物も大人しく襲撃こそなかったが、全く襲われないと言う確証はない。常に命の危険に晒されていた緊張感から解放され、それが安堵や嬉々として表情に浮かんだのである。

 そんな中で、ジュードの斜め後ろを歩いていたルルーナが一つ溜息を洩らした。雪を踏み締める音で他の仲間達の耳には届いていないようだったが、その近くにいたジュードは大丈夫かと一度肩越しに彼女を振り返る。男の身でも辛い旅路だ、女性――それも貴族令嬢として生活してきたルルーナにはどれほど辛いかと心配になったのだ。


「ルルーナ、大丈夫か?」

「……え? ああ、平気よ」

「でも……」

「……ちょっと、こんな状態でまたあのワガママ王女に会うんだと思うと憂鬱なだけ」


 ルルーナは水の国の王女オリヴィアとは旧知の仲だ。尤も、決して良好な関係ではなかったが。彼女に会うこと自体、ルルーナにとっては嬉しくないことなのだろう。だが、ジュードが引っ掛かったのは別のことだ。


「こんな状態?」

「……」


 彼女が言う『こんな状態』とは一体何を指しているのか、それが気になったのだ。見たところ、他の仲間同様に疲労以外の異変はないように見える。

 ルルーナは一度ジュードの肩越しに仲間の姿を確認すると、その視線がこちらを向かないものと判断して静かに口を開いた。ジュード以外には聞こえぬよう、抑えた声量で。


「……ねぇ、ジュード。あなたってどうしていつもそうなのよ、少しは怒ってみせるとか出来ないの?」

「へ?」

「私、あなたたちのこと騙してたのよ? あなたに近付いたのは、お母様にあなたを連れて来てほしいと頼まれたから。……なのにどうしてあなたはそうなのよ、腹立たないワケ?」


 その言葉に、ジュードはようやく彼女の中に燻っているものに気付いた。

 ルルーナと言う女性は、人一倍プライドの高い性格だ。そして、いい加減なことを嫌うタイプでもある。彼女自身は母親の思惑を知らなかったとは言え、危うく魔族に加担するかもしれなかった己の行動を許せないでいるのだろう。

 最初こそジュード達に対して心からの好意など見受けられなかったが、いつからか彼女には確かな変化が訪れた。共にいることが『当たり前』になり、そして徐々に『自然』になっていったのである。今ではルルーナは完全にジュード達の仲間だ。

 これまで共に過ごしてきた間に見せた彼女の姿に、演技のようなものはいつの間にか見られなくなっていた。それは、ルルーナがジュード達を仲間として受け入れたこと以外に他ならない。


「……ルルーナは知らなかったんだろ、ネレイナさんが何を考えてたのか」

「そうね、本当に何も知らなかったわ。あなたを連れて帰れば、随分昔に家を出て行ったお父様が帰って来るって……そう言われただけ。私はそれで良かったのよ、大好きなお父様が帰ってくるのなら何でも利用してやるつもりだった。……でもまさか、あんなことを企んでいたなんて……」

「……なら、別に責める必要も怒る必要もないだろ。今までルルーナにも色々助けられたんだしさ。それに最近のルルーナは変わったよ、初めて会った頃より今の方が自然でずっと良いと思うけどな」


 ジュードのその言葉にルルーナはやはり納得していないように表情を顰めて斜め前を歩く彼の背を睨み付けたが、口唇を噛み締めるに留める。

 ジュードと言う男はこういう性格だ。何処までも甘く、そして何処までも愚かなのだ。それを時に人は優しさと言うかもしれないが、行き過ぎればただの愚者でしかない。そしてその優しさはルルーナを逆に苦しめる。今の彼女にとっては、優しさよりも厳しい叱責の方が遥かに楽であった。


「……それにさ、これはオレの勝手な考えなんだけど……もしかしたら、ルルーナは少し怖かったんじゃないのか?」

「怖い? 私が?」

「うん、ネレイナさんの言うことを聞かなかったら……もしかしたら捨てられるんじゃないかって、思ったことなかったか?」

「……!!」


 だが、続いた彼の言葉にルルーナの表情は思わず強張った。そんな彼女の様子を改めて肩越しに見遣ると、ジュードは幾分申し訳なさそうに眉尻を下げ、そして再び進行方向へ向き直り足を進めて行く。

 ルルーナはジュードの背中を見つめながら、片手で己の胸元を押さえた。――彼の言うように、確かにそう思ったことはある。しかし、なぜ彼がそれを知っているのか。そう思ったのだ。

 ジュードはそんな彼女の疑問を耳にしたわけではないが、苦笑い混じりに小さく呟いた。


「……オレも、ちょっと覚えがあるからさ」

「どういうこと?」

「小さい頃、目が覚める度に怖かったんだ。目が覚めて父さんがいなかったらどうしよう、この人に捨てられたらどうしよう、ってさ。……昔はずっと怯えてた気がする。だからルルーナもそうだったんじゃないかって」

「…………」


 ルルーナ自身、ジュードが言うように母の言うことを聞かなければ今度は母も家を出て行ってしまうのではないかと怯えたことはある。それ故に母の前では特に良い子で在ろうと気を張っていたものだ。それを言い当てられた気恥ずかしさと、自然と湧く親近感にルルーナは妙に泣きたくなった。

 父がなぜ自分達を捨てて出て行ったのか、その理由をルルーナは知らない。だが、母にも捨てられるかもしれない恐怖と、周囲の貴族達から向けられる憐みと蔑みが綯い交ぜになった視線から自分を守るため、気丈に振る舞ってきた心を解された気がしたのだ。

 少しだけ、本当に少しだけ甘えたくなりそっとジュードに手を伸ばしはしたのだが、その手が彼に触れるよりも先に前方から声が掛かった。


「ジュード、早くー! ここまで来ればもう大丈夫だ、早く中で暖まろう!」

「ああ、今行くよ。案内ありがとな、エイル」


 先頭を歩いていたエイルだ、ようやく王都に帰り着けたのが嬉しいのだろう。都の門の下に立ち大手を振ってジュード達を呼んでいる。見れば、他の仲間は既に門を潜った後のようだ、残っているのはジュードとルルーナのみ。それ故に急かすように呼んでいるものと思われる。そしてそんなエイルの傍らにはちびの姿も見える、相棒であるジュードを待っているのだ。

 ルルーナはそこで手を引き、ジュードの脇をすり抜けるように駆け出した。


「――同感ね、早く陛下にお会いして休みましょ」

「そうだな、……色々確認したいこともあるし」


 地の国の王都グルゼフを出てから、これまでゆっくりとした時間は設けられていない。グルゼフで起きたことや、そこで見聞きした情報などを纏める時間もほしい――そう思った。


 * * *


 一方その頃、王城の謁見の間では一足先に国王リーブルがジュード達の来訪の報告を聞いていた。都の出入り口にいた兵士がエイルから話を聞き、国王へ報せにやってきたのである。

 その報告を聞いた国王は表情を嬉々に輝かせ、弾かれたように玉座から立ち上がった。


「そっ、そうか! ジュード君たちが! 早く此処に連れてきなさい!」

「はっ、かしこまりました!」


 国王リーブルにとってジュード達は大切な客人だ。どのような関わりがあるのか、はたまたただの偶然かは分からないが、ジュードは嘗て国王が愛した女性の面影を宿している。それだけでも国王にとっては気になる存在だ。更に、彼らは娘を危険から守ってくれたこともある。

 報告に来た兵士が深々と頭を下げ、再び謁見の間を出て行く様子を見届けてから、次にリーブルは傍らに控えていた愛娘のオリヴィアに向き直った。


「聞いたかオリヴィア、ジュード君が来たそうだぞ。お前もまた彼らに会えるのは嬉しいだろう」


 するとオリヴィアは父へと向き直り、にっこりと柔らかく微笑んで見せた。

 紫掛かった水色の髪は相変わらず艶やかで、頭頂部には天使の輪が出来ている。以前はお転婆と言うか天真爛漫な面が強く出ていたが、今の彼女にはそう言った部分は全くと言って良いほど存在しない。文字通り淑女のようである。

 そんな娘の様子にリーブルは困ったような、それでいて心配そうな表情を滲ませはするものの、取り立てて問うことはしなかった。


「ジュード様にお会い出来るのはとても嬉しいですわ、ずっと待っていたんですもの」

「そうか……うん、そうだな。私も嬉しいよ、彼らは本当に良い子たちだ」

「うふふ、……そうですわね」


 この時、リーブルは気付かなかった。

 ――優しく微笑む愛娘の口元が、何かを企むように微かに歪んでいたことに。



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