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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第二章〜魔族の鳴動編〜
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第一話・お引っ越し


 薄暗く、湿気った空気の漂う空間に靴音がひとつ。広さを表すように、高く広く響く音は長い廊下を辿り、やがて重厚な扉の前へと行き着いた。

 まっすぐに伸びたストレートの長い銀髪を煩わしそうに背中へ払い、靴音を鳴らす黒い影が扉を押し開く。開かれた先の空間、広い部屋の中央部に鎮座する水晶と、その周りで跪く部下を見遣りながら影はそちらへと動いた。


 水晶から溢れ出る淡い光が、周囲を照らす。

 そこへ跪く者は全て人とは異なる異様な肌の色を持ち、皮膚は岩のように造形。まるで魚の鱗のようにも見えた。

 巨大な猛禽型の顔、しかし頭には黒い二本の角が生えている。それだけでなく、翼の下には人間に近い手さえあった。


 その傍らには、魔物のオーガを更に巨大にしたような生き物が跪く。髪や体毛の類はなく、頭にはやはり同じように黒い角が二本あり、上顎の犬歯が口からはみ出し下顎より更に下方まで伸びている。歯と呼ぶよりは、牙と称した方が相応しい。皮膚は全体的に黒かった。

 魔物に近いが、魔物とは異なる部分がひとつ。


「アルシエル様、こちらでございます」


 この見るからに不気味な生き物たちは、魔物とは異なり「言葉」を使う。

 魔物よりも遥かに知恵の発達した生物――それは、魔族と呼ばれる生き物であった。

 かつて勇者により魔族の王が倒された際、共に在った乙女――姫巫女(ひめみこ)の力により、魔族は人間界から切り離され、魔界へと封印された。


 だが、四千年の時を経て、再び魔族は人間界への道を開いたのである。


 アルシエルと呼ばれた影はゆっくりと水晶へ歩み寄り、そこへ片手をかざす。すると水晶は一際強く輝き、程なくして一人の少年の姿を映し出した。

 影はその姿を確認し、かぶっていた黒の外套を頭や身から取り払う。外套の下から現れたその姿は、人間に酷似した人型であった。しかし、耳は先が尖っており、両側頭部からはやはり黒く鋭利な角が生えている。肌の色は灰色で、目は血のように赤い。


「この小僧は……」

「はい、サタン様のための贄でございます。あの女が見つけたようです」

「そうか……ようやく見つかったか……!」


 アルシエルという人型の魔族は水晶を包み込むように両手を添え、形のよい口唇に笑みを滲ませる。

 そして、腹の底から込み上げるような笑いを洩らした。


「贄が見つかったのなら、後はヴェリアの忌々しい結界を破るだけだ――」


 アルシエルは部下の魔族たちへ向き直り、そうして指示を飛ばす。


「――さあ、行け! 忌まわしきヴェリアの民を根絶やしにし、贄を奪うのだ!」


 アルシエルの声に部下たちは盛大に咆哮を上げ、我先にと転移魔法によって部屋から消えていく。黒い闇に呑まれる形で、今現在いる場所から他の場所へと移動する魔法だ。

 アルシエルは部下たちが消えた空間で暫し黙り込み、水晶が映し出す一人の少年の頬を長い爪の先で撫でるように辿り、そして笑う。


「ククッ……あの時は取り逃がしたが、今度ばかりは逃さんぞ――ジュード……! フフ……っ、ハハハッ、ハッハッハ!」


 その笑い声は、高い天井と広い空間に響き渡った。


 * * *


 ガタ、ゴトと揺れる馬車。

 馬車の中は窓から見える景色に大いに活気づいていた。手動で開く窓から吹き込む暖かな風と、賑やかな王都の景色にマナは感嘆の声を洩らす。

 額に片手をかざし「うわあぁ」と嬉々を洩らして目を細めた。そんな様子を隣に座って見守っていたウィルは自分の膝に片腕を置き、頬杖をつきながら苦笑いを浮かべる。


「マナ、田舎者丸出しじゃないか」

「だってあたしガルディオンになんて来たことないもの、嬉しいわよ」

「そうか、マナは初めてなんだっけ」


 苦笑いを零すウィルと向かい合う形で座るジュードは、今更ながらに彼女が火の国の王都に来たことがないのだと気づいた。マナはしっかりと頷いてから、改めて外へと視線を投げかける。


「そうよ、あたしはいつもお留守番だったからね」

「材料の調達とか配達とか、いつも俺かジュードが担当してたからな」


 マナはジュードやウィルと違い女性である。材料の調達も完成した依頼品の運搬も基本的に力仕事だ。女性であるマナにはできる限りやらせたくないと、ジュードもウィルも思っていた。

 マナ自身も助かるとは思っていたが、それで各地に行ける二人を羨ましく思う部分もあったらしい。

 ジュードの隣に座っていたルルーナは、純粋に嬉々を表すマナに対し紅の双眸を呆れたように半眼に細めて、ふん、と鼻を鳴らした。


「ほんと、マナは田舎者ねぇ。ガルディオンに着いたら離れて歩いてよね、同類の田舎者だなんて思われたくないわ」

「なんですってぇ! ……って言うか、それならついて来るんじゃないわよ!」

「だぁって、グラムおじさまがもう身の周りの世話は必要ない、って仰られるんだもの」

「なら、さっさと国に帰ればいいじゃない!」

「イヤよ。だって、ジュードの傍を離れたくないんだもの。ねぇ、ジュード?」


 マナは決して広くはない馬車の中で、ジュードに不自然なほどに寄り添うルルーナに目を向けると眉をつり上げる。

 グラムは魔物に襲われケガはしたが、寝たきりであるとか自分のこともなにもできなくなった、という訳ではない。それゆえに元々、身の周りの世話などは必要ではなかった。

 しかし、ルルーナの中には「国に帰る」という選択肢は存在しなかったらしい。当然のようにジュードと共に火の国に行くのだと言い張り、我を通してしまったのである。


 グラムは王都ガルディオンには同行せず、ジュードたちの帰る場所である風の国ミストラルの家を守るべく単身残ったのだ。

 ルルーナは隣に座るジュードの片腕に両腕を絡ませて更に身を寄せると、甘えるような声を出して目を細めた。

 が、肝心のジュードといえば――


「カミラさん、こっちも食べる?」

「?」

「チョコレートっていうんだよ、甘いお菓子」


 ルルーナとは反対側のジュードの隣に座るカミラにエサ――元い、おやつを与えていた。

 カミラの両手には、既にマフィンが一つとアップルパイがある。残りわずかになったマフィンを頬張り、しっかりと咀嚼してから飲み下す。と、ジュードが差し出すチョコレートを受け取った。初めて見るものはなんでも試さないと気が済まないらしい。


 四角い正方形型のブロックチョコを口内に入れ、程なくしてカミラの表情は幸せそうに破顔した。その様子を見てジュードも表情を弛める。マナとルルーナの間に走る険悪なムードも、ここには通じない。どこまでもほのぼのとしていた。

 ルルーナは不愉快そうに眉を寄せて双眸を細めると、ジュードの手に指先を滑らせ、人差し指と親指の爪を使って手の甲を思い切りつねる。それには流石のジュードも喉を引きつらせると共に肩を跳ねさせ、悲痛な声を上げた。


「い――ッ、だだだだ! 痛い、痛いって!」

「ヨソ見するからよ」


 ふん、と再度鼻を鳴らしてそっぽを向くルルーナをマナは睨みつけながら、やはりこちらも不愉快そうに明後日の方を見た。

 ウィルはそっと苦笑いを浮かべ、カミラはつねられて赤くなったジュードの手の甲を覗き込み、そっと手の平で撫でつける。優しいその手つきに、ジュードは痛みも忘れて表情を綻ばせた。



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