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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第六章~出逢いと別れ編~
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第十八話・引き金となったもの


「追っ手は来ていないか?」

「はい、今のところ……特に何も見えません、大丈夫そうです」


 馬車を走らせて三十分程度、シルヴァは手綱を握りながら後方にある小窓を開き中の面々に一つ問いを投げ掛けた。馬を潰してしまわない程度に走らせてはいるが、普段よりも幾分かそのペースは速い。もし追っ手が来ているようであればこのまま――もしくはもっと速度を上げる必要はあるが、来ていないのならば少しは馬を休ませなければならない。完全に停止することは出来ないが、馬のペースに合わせても良いだろう。

 マナは馬車の横に備え付けられている窓からそっと顔を覗かせると、後方には特に何も見えないことを確認して一つ安堵を洩らした。王都からの脱出には成功したが、この国から出るまで油断は出来ない。それでも、取り敢えず多少は安らげることに安堵したのである。

 ルルーナは馬車の壁に背中を預けて座り直すと、疲れ果てたように軽く頭を垂れて深い溜息を吐き出し、ウィルはその隣で同じく疲れたように目を伏せる。

 リンファはジュードの身に刻まれた治療と手当てにあたり、カミラは心配そうにその傷の具合を窺っていた。マナはそんな仲間の様子を確認し、数拍の沈黙を要しはするもののやがて静かに口を開く。


「もう、一度に色々なことがありすぎて何が何だか……」

「そうだな……取り敢えず一つだけ分かってるのは、グランヴェルと同盟を結ぶのは難しいってことくらいか」


 地の国の王都グルゼフでは本当に様々なことがあった。

 いつもパーティの参謀役と言っても過言ではないウィルも、今回ばかりは流石に情報整理で疲れ切っているように見える。

 王族の本当の目的、大精霊の裏切り、シヴァとイスキアへの疑念、そしてジュードのこと。考えれば考えるほど、思考回路がメチャクチャに入り乱れてしまうことばかりだ。


「……なあライオット、ノーム。お前達は俺達の敵じゃないのか?」

「それはないに、本当だに!」

「シヴァさんもイスキアさんも、マスターさんを監視してる訳じゃないナマァ」

「……じゃあ教えてくれ、フォルネウスが言ってたこと」


 ジュードは包帯が巻かれていく己の腹部を何とはなしに見下ろしていたが、ウィルやライオット達の会話が気にならない筈がなかった。静かにそう口を開いたジュードに対し、ライオットは静かに向き直るとしょんぼりと頭を垂れる。


「……フォルネウスは、オレの母さんのせいで世界がおかしくなったって言ってた。……どういう意味なんだ?」

「うに……そろそろ、(マスター)の役目のことを話す時がきたにね……」

「……役目?」


 そう呟くと、ライオットはジュードの傍らで腹這いになるちびの頭の上にいつものように飛び乗った。その顔こそ常の如く瞳孔が開いたふざけたものにしか見えないが、ライオットからも多少なりとも疲れたような雰囲気を感じる。

 ジュード達はそんなライオットに視線を合わせながら、語られる言葉を待った。


「この世界は火、水、風、地の四神柱(ししんちゅう)によって支えられてるのはもう知ってるにね?」

「ああ、まだ完全には理解出来てないかもしれないけど……」

「それでも大丈夫に。……四神柱はそれぞれの地方で生み出される負の感情を自分のところに集める仕事をしてたんだに、そして集めた負の感情は四神柱の手によって精霊の森に送られてたによ」

「精霊の、森……?」

「そうだに、マスターは四神柱から送られてきた負の感情を浄化する――それが役目なんだに。でも……」


 そこでライオットは一度言葉を切り、静かに項垂れた。そこまで言われれば、流石のジュードとて理解出来る。ライオットが何を言い淀んでいるのかを。


「……オレの母さんは、その役目を放棄したんだな」

「うに……そうだに、マスターとして生きる道よりも普通の人間として生きる道を選んだんだに。それからは負の感情をあまり浄化出来なくなって……」

「でも、それって絶対にマスターじゃなきゃ出来ないことなの? 四神柱がそのまま浄化したりは……」

「精霊の森には負の感情を浄化するために竜の神が齎した聖石があるんだに、それはマスターほど力のある者しか起動させられないんだに……それに、今はその聖石そのものが反応しなくなっちゃったによ……」

「え……なんで、壊れちゃったの?」


 ライオットがそこまで告げると、それまで黙っていたカミラが何処か痛ましそうな表情を浮かべた。指先が白くなるほどに衣服の裾を固く握り締めると、今にも泣き出してしまいそうな様子で口を開く。


「……神さまがいなくなったから、動かなくなったの?」

「――え?」

「神さまが、いなくなった……?」


 その言葉は、ジュード達に衝撃を与えるには充分過ぎた。

 神と言う存在は、決して身近なものではない。だが、不確かな存在ではあれどいる、いないのとでは全く異なる。神など存在しないと心の底から信じている者にとっては大したことではないだろうが、それ以外の者にとっては衝撃だ。

 仲間から向けられる視線を受けて、カミラは目線を下げたまま小さく頷くと静かに言葉を続けた。


「竜の神さまはヴェリア大陸にある神の山でずっとこの世界を見守っておられたの、でも十年前……ヴェリア王国が襲撃された時にその神さまがいなくなって……魔族に殺されたんじゃないかとも言われてるわ」

「そ、そんな……」

「うに……マスターが役目を放棄した時から、少しずつ負の感情が広がり始めたんだに。それで魔族の封印が綻び始めて……」

「……前のマスターが役目を放棄したから巫女が施した封印が解かれて、ヴェリア王国が襲われた。竜の神がその時に行方不明になったから聖石が動かなくなって浄化出来なくなった負の感情が世界に広がり、魔物が一気に狂暴化を始めた……ってところか」


 そこはやはり頭の回転の速いウィルである、片手の人差し指を己の蟀谷(こめかみ)部分に添えながら頭の中で纏めた情報を呟く程度に洩らした。

 前のマスターであったジュードの母が負の感情を神に送り届ける役目を放棄したから、徐々に世界の均衡が崩れ巫女の結界が破られた。そしてこの世界に舞い戻った魔族は、彼らにとっては忌まわしい勇者の血を引くヴェリア王家を狙ったのだ。その結果ヴェリア国王は死に、二人いた王子の片方も魔族の手によって亡き者にされた。ヴェリア王家は完全に滅んでしまった訳ではないにしても、壊滅に近い状態と言える。

 そしてその際に、この世界を創り見守っていた神が行方不明となり本格的に負の感情の浄化が出来なくなった。それ故に行き場を失った負の感情は世界に蔓延し、各地の魔物を狂暴化させ始めたのだろう。

 確かに、全ての引き金となったのはジュードの母と言える。ヴィネアの言葉をそのまま鵜呑みにするのであれば、巫女の結界が消えてしまったのも負の感情によるものなのだから。

 だが、カミラは小さく頭を左右に振ると浮かんだままの疑問を呟いた。


「……でも、ジュードのお母さまがしたことって……そんなにおかしいことなの?」

「……うに?」

「普通の人間として生きたいって思うことは……間違ってるの? 最初から決められた道にしか行けないなんて、そんなの……本当の意味で生きてるって、言えないような気がして……」


 カミラ自身もまた、生まれた時から重い宿命を背負っている身だ。姫巫女として誕生してしまったが故に今の世に於いて手酷い扱いを受け、更には嫁ぐ先さえ既に決められている。

 だからこそ、顔も知らぬジュードの母に同調してしまう部分があった。幾分かの羨望と共に。

 マナは暫し沈黙した末に何度か納得したように小さく頷くと、己の胸の前でそっと腕を組む。


「……そうよね。生きてるんだもの、ああしたいこうしたいって思うのは普通だと思う。普通の人間として生きたいと思ったってことは……逆に言えば、精霊の森じゃ普通の人間らしく生きられなかったってことでしょ?」

「ジュードの母さんを責めるのは簡単だけど、実際に自分が同じ立場に立たされたら間違ってるなんて言えないよな。それが世界を壊すことに繋がってるんだとしても、さ」

「世界を取るか、自分の心を取るか……難しい問題ですね。他人事であれば誰でも前者を選択するとは思いますが……」

「自分の心、か……」


 仲間の言葉を聞きながらジュードは独り言のように小さく呟くと、何とはなしに己の手の平を見下ろした。フォルネウスが言っていたことは、これで何となくでも理解は出来た。確かに、ジュードの母が全てをおかしくしてしまったと言えるだろう。

 そこまで考えて、ジュードは視線のみを改めてライオットに向ける。


「……なあライオット、その聖石が動かないってことは……オレがその精霊の森ってとこに行っても無駄、なんだよな」

「うに……そうだに、それにシヴァもイスキアもマスターにそんなことさせようとは思ってないに」

「……そっか」


 つまり、神がいない――聖石が動かない以上はジュードが母の放棄した役目を代わりに受けると言うことも出来ないのだ。

 母とて一人の人間であったのなら、カミラの言うように普通の道を選ぶことは決して間違いだとは言えない。人はそれを間違いや駄々と言うだろうが、もしも自分が同じ立場に立たされたら恐らくはほとんどがその認識を覆すだろう。

 こうしている今も、現在進行形で負の感情は世界に広がっている。だが神が不在である以上、その解決法は誰も持っていなかった。



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