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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第六章~出逢いと別れ編~
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第十話・ルルーナの決断


 マナは鉄格子を両手で掴み、前後にその身を揺らす。頑丈な造りの鉄格子がその程度で揺らぐ筈もないのだが、何かせずにはいられなかったのである。

 この地下牢を脱出するためにあれこれと試みはしたのだが、鉄格子に彫り込まれた紋様は『禁術(サイレンス)』の術式を形成しており、この牢に入っている間は如何なる魔法であれ封印されてしまい、使用出来ないのだ。

 各々武器も奪われ丸腰になってしまっている今、力業ではどうやってもこの牢から出ることは不可能。兵士達が王の命令で自分達を出しに来た時を狙うしかないかとウィルは困ったように辺りへ視線を投じた。だが、それは一体いつになると言うのか。

 ジュードがどうしているかも気掛かりである。国王(ファイゲ)の言葉から察するに命を奪ったりはしないだろうが、危害を加えないとは言えないのだ。ましてやこの国の王族貴族は血も涙もない者達ばかり、ウィルの不安は次々に募っていく。


「あーもう! さっさと出しなさいよー!」

「……困ったものだな、マナちゃんの魔法を使えば脱出は簡単だと思ったが……連中もそこまで考えなしではないと言うことか」

「そうですね、武器もないし……」


 リンファはほんの数分ほど前に目を覚ましはしたが、やはり弱点属性となる雷魔法の後遺症はかなりのものか、その顔色は悪く非常に辛そうだ。このような状態の彼女に無理はさせられないのも事実。脱走するとなれば、ゆっくりとした移動とは無縁なのだから。


「(けど、じゃあどうする……このままジッとしてる間にジュードがどうなってるか……迂闊だった、ルルーナがいるから大丈夫だと思ってたら……)」


 思えば、これまで鎖国状態にあった地の国に入国する際からおかしかった。

 何故関所でチェックも何もなく通行することが出来たのか。幾ら連絡が来ていると言っても、長年に渡り一般人や商人の入国を拒否していた国が緊急時とは言え入念な確認もしないことは疑問が残っても良かった筈。

 しかし、地の国に入国出来る純粋な喜びと女王から託された使命感により、すっかり警戒を怠っていたのだ。今更疑問を持っても後の祭りだが、後悔は尽きない。


「ルルーナさんが来てくれれば、ここから出してもらえるかも……」

「ルルーナなんか来ないわよ、あたし達を騙してたんだから」

「でも……わたしルルーナさんのこと……」


 カミラがポツリと呟いた言葉に反応したのはやはりマナだ。鉄格子を両手で掴んだまま彼女を振り返り、怒りを前面に押し出しながら間髪入れずに言葉を向けた。だが、カミラはルルーナを信じていたいのか、そんなマナに対して困ったように眉尻を下げるとそのまま視線までもを足元に落とす。

 どうやらマナの怒りはかなりのもののようだ。信じていた者に裏切られたと言う事実は彼女の心に深く突き刺さったものと思われる。信じていたい――と、カミラはそんなマナに声を掛けようとはしたのだが、それは言葉になる前に喉の奥へと沈んでいく。恐らく今の彼女には誰がどう声を掛けたところで届きはしないだろう。

 しかし、そんな時――ふと金属が擦れ合うような音が通路に響いた。


「あら、じゃあ裏切者はこのまま帰った方がいいかしら」

「……! ルルーナ、あんたっ!」


 次いで聞こえてきた声は、間違いなくルルーナ本人のものであった。今となってはすっかり聞き慣れた声である。

 通路の曲がり角から顔を出した彼女は、己の姿を視認するなり表情を怒りに染め上げるマナを見て紅の双眸を細め鼻で一つ笑ってみせた。

 ヒールの音を響かせながら歩み寄ってくるルルーナを睨むように見据えながら、マナは悔しそうに下唇を噛み締める。ウィルとシルヴァは座していたそこから立ち上がり、カミラは何処か心配そうにマナとルルーナを見つめる。ノームは座り込んだままのリンファに寄り添い、その調子を窺っていた。

 鉄格子を間に挟んで対峙する二人の姿は、まるで初めて逢った時のようだ。空気が張り詰め、まさに一触即発。


「よくも顔を出せたものね! あんた最初から知ってたんでしょ!」

「お母様には言われてたわ、ジュードを連れてきてほしいって。だから強引にでもジュードの隣にいるようにしたの、惚れたフリをしてね」

「あれも演技だったっての!?」

「あら、見抜けなかったの? この私が、助けてもらったからって男に惚れ込む訳がないじゃない」

「あんたって……!」


 ルルーナの言葉の数々はマナの神経をこれでもかと言うほどに逆撫でしていく。互いの間に鉄格子がなければ、間違いなく取っ組み合いになっていたことだろう。マナは悔しそうに奥歯を噛み締めてルルーナを睨み付けた。

 自分達を騙していた――それだけではない。ジュードにあれだけ積極的にアタックしていたと言うのに、そしてジュード自身がそれに困っていたと言うのに全て嘘だった。それが何よりも許せなかったのである。

 あの不安と焦燥に駆られた日々――今となってはその痛みもほとんど感じなくなったが、好意を利用してジュードに接近したことが何よりも腹立たしかった。

 だが、そんなマナの様子を暫し無言で見つめた後、ルルーナはふと無表情になると明後日の方に顔を背ける。


「……けどね、お母様から理由までは聞いてなかったわ」

「はあ?」

「……カミラちゃんには話したことがあるけど……私のお父様はね、まだ私が幼かった頃に家と家族を捨てて出て行ったの」


 突然何を言い出すのか。マナは怪訝そうにルルーナを見遣り、ウィルとシルヴァは何とも言えない表情で彼女を黙って見つめていた。だからなんだ、などと言って良い内容ではない。初めて聞く彼女の過去に、誰も何も言えなかったのだ。

 彼女の事情を唯一知るカミラだけは心配そうな表情を浮かべていたが。


「お母様が言ったの、ジュードを連れてきたらお父様が帰ってくるって。それがなぜなのかは分からなかったけど……分からなくても別に良かった、あの頃の私はお父様が帰ってくるならなんでも良かったのよ。だからお母様に言われるままジュードに近付いた、……それだけ」

「……」

「ねぇ、おかしいことなの? 成長したって、子供が親に会いたいと思うのは当然のことじゃない」


 皮肉でもなんでもない、ルルーナの純粋な疑問に流石のマナも何も言えなくなった。彼女もまた、幼い頃に親を失い、親に会いたいと泣いてはグラムを困らせたものだ。

 言葉もなく静かに俯いてしまったマナを見つめて、ルルーナは一度目を伏せると思考を切り替えるように一つ吐息を洩らす。そして片手に持つ鍵を人差し指で軽く回してみせた。


「……でもね、アンタ達の所為よ。アンタ達みたいな馬鹿なお人好し集団と一緒にいた所為で、余計な感情が芽生えちゃったじゃない」

「……ルルーナ」

「けど、間違いじゃなかった。後で詳しく話すけど、……私はお母様の思想は理解出来ないし、ついていけない。――だから、こうするのよ」


 彼女のその仕種と言葉にシルヴァは依然として何処か険しい表情をしていたが、ウィルはそっと小さく安堵を洩らすと緩く眦を和らげた。

 ルルーナは幾つも種類がある鍵の中から一つの鍵を牢の鍵穴に差し込むと、それを軽く回す。すると、施錠はいとも簡単に解かれた。


「……いいのか?」

「さあね、でも……後悔はしないわ。とにかく今はさっさと出なさい、ジュードも迎えに行かないとならないでしょ。……急いだ方がいいわ、さっき爆発みたいな音が聞こえたから」


 静かに開かれた牢を見て、ウィルは念のための確認にとルルーナに一声掛けた。

 信じてもいいのか――ではない。自分達を地下牢から出してもいいのか、と。そう思ったのだ。

 ルルーナはこの地の国グランヴェルの最高貴族だ、この行為は母親だけではなく王族への反逆になる。そうなると彼女も、そしてノーリアン家もどうなるか定かではない。ルルーナはそれでいいのか――状況が状況ではあるものの賢いウィルのこと、心配せずにはいられなかった。

 だが、ルルーナはと言えばどっちつかずな返答を寄越してくる。恐らく躊躇いの気持ちはあるのだろう、それでも先の言葉通り母親の思想が理解出来なかったのだ。しかし、彼女の言うことは尤もである。今はとにかくジュードとも早々に合流しなければならない。

 カミラは依然として本調子とは言えないリンファの身を支えながら仲間の後に続いて牢を出ると、その表情を笑みに和らげた。


「ルルーナさん、ありがとう……」

「……カミラちゃんは、私のこと信じてくれたものね」


 ルルーナはと言えば、そんなカミラを見つめ改めて顔を背ける。薄暗い地下牢の中だが、その頬がほんのりと赤いところを見ると今度は照れ隠しなのだろう。カミラが明確な言葉でルルーナを信じると言ってはいないが、恐らく先程のマナとのやり取りを聞いていたのだと思われる。

 しかし、すぐに小さく咳払いをすると思考を切り替えて再度口を開いた。


「とにかく、早く行くわよ。城の中は兵士が大勢いるから戦闘は避けられないだろうし、地下牢を出る前に詰め所に寄ってちょうだい。そこにアンタ達の武器がある筈よ」

「分かった、では行こう。……気を引き締めてな」


 この王城は非常に広い、その上で脱走となれば多くの兵士や騎士が駆けつけてくるだろう。ジュードの居場所はルルーナに案内を頼めば分かるだろうが、問題はそこに辿り着き、無事に国を脱出するまでだ。

 リンファはとても戦えるような状態ではない、彼女をフォローしながらの立ち回りは非常に困難。ちびでもいれば楽になるのだろうが、王都と言うこともあり、魔物であるちびは馬車の中だ。

 まずは奪われた武器を取り戻すことが先決である。シルヴァは先頭を歩き始め、ルルーナの言うように詰め所へと足を向けた。



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