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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第六章~出逢いと別れ編~
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第九話・不気味な魔法陣


 ルルーナは目の前の扉に添えていた手を静かに離した。そこは現在進行形でジュードとネレイナが言葉を交わす部屋だ。彼女は扉越しに母の言葉を――彼女が何を思い、そして何を目的としているのかを聞いていた。

 暫し目の前の扉を凝視してはいたが、軈て手に力が入らなくなったのか彼女が意図したものか否かは定かではないものの、静かに扉から離れたのである。


「(……神になる? ……お母様は何を言ってるの……?)」


 実の娘である彼女にもまた、ジュード同様にネレイナの言葉が理解出来なかった。神になるなど、想像も難しい。母は一体何を言っているのか――この扉の先にいるのは、本当に自分が知っている母なのか。ルルーナの頭には様々な疑問が浮かんでいた。

 だが、彼女の中にはもう一つ。ある言葉が浮かんでいたのである。

 それは、以前リンファと共にイスキアを問い詰めた際のことだ。ジュードが魔族に狙われる本当の理由を知っているのではないのか、と。

 イスキアが答えたものと、母の先程の言葉に大差はなかったのである。ジュードはこの世界を創造することも出来れば、破壊することも出来る存在。だからこそ魔族はその力を求めてジュードを狙うのだと。

 マナ達は知らないことだが、ルルーナとリンファはイスキア本人からそう聞いていた。俄かには信じ難く、やはり此方も想像など出来るレベルの話ではない。それ故に胡散臭いと思っていたルルーナだったが、母までもそう言った理由でジュードを求めると言うことは嘘偽りの類ではないのだろう。


「(……お母様はそんなことのために、私にジュードを連れて来させたのね……)」


 自分はこの世界の神になる、今の世界を一掃して新しい世界を創り上げる。

 ――馬鹿げている。ルルーナはそう思った。

 先程離れた手は脇に下り、固く拳を握り締める。内から込み上げる憤りを抑え込むかの如く。だが、その程度で彼女の中に生まれた怒りの感情は消えてくれる筈もなかった。

 ルルーナは目の前の扉を睨み付けると、何処か悔しそうに口唇を噛み締める。自分は一体何のために母の願いを叶えようとしていたのか、結局ただ利用されただけなのか。そんな様々な感情が芽生えてきたのだ。

 だが、それ以上思考が勝手に働く前に早々に踵を返すと幾分早足でその場を離れていく。ルルーナの中に、もう躊躇いや葛藤などと言うものは存在しなかった。


「(バカバカしい、結局私もお母様に利用されてただけじゃないの。この世界の神になるだなんて、狂ってるわ……!)」


 ルルーナは廊下に戻ると、その足先を城の階下へと向けていく。彼女の行く先はただ一つ、ウィル達が投獄されている地下牢だった。ウィル達が解放されればジュードも心置きなく戦える――そう思って。


 * * *


「ジュード君、あなただってこの世界に嫌気が差すことはあるでしょう? 気に入らない者もいるのではなくて?」


 一方、部屋の中では依然としてジュードとネレイナが対峙していた。真正面から睨み合い、互いに相手の動向を窺う。

 ネレイナにとって今のジュードは怖い存在ではない、今の彼は完全に丸腰なのだ。意識を飛ばしている間に武器は奪ってしまったし、精霊との交信(アクセス)もこれだけ互いの距離が近ければ難しいだろう。一体化するだけの暇を与えさえしなければ、決して恐れるものではなかった。

 それ故に、ネレイナの表情には何処までも余裕に満ちた笑みが浮かんでいた。それが余計にジュードの神経を逆撫でするのだが。


「……好きになれない人はいるよ、だけど自分の勝手な都合で消して良い筈がない」

「どうして? 気に入らないなら消してしまえば良いのよ。逆に好きな人はあなたの力で自分のものにしてしまえば、不満なんて生まれない。金も権力も女も、全てがあなたの思い通りになるのよ」

「人の心を力でどうにか出来るもんか! オレは人形遊びみたいな世界は要らない!」


 自分の思いのまま嫌いな者は全て消して、好きな者だけを傍に置く。それは誰もが夢見る理想かもしれないが、それは違うと――ほぼ直感でジュードはそう感じていた。

 力任せに人に言うことを聞かせるなど、冗談ではない。そんな世界、まるで広い舞台で人形劇でもやるようだ。自分に逆らう者は誰もおらず、全員が自分に賛同し肯定する世界。それを望む者も確かに存在するかもしれないが、それが幸福な世界だとはどうしても思えないのだ。

 第一、そんなことのために現在(いま)を生きている者を勝手に消して良い筈がない。


「あなたはまだ子供なのね、そんな綺麗事を言えるんだもの。でも大人になると……現実に絶望するものよ」

「……そんなの知らない、あんたが言うようにオレはまだ子供だ。だけどあんたの考えがおかしいってことくらいは分かる」

「おかしくないわ、自分にとっての幸福な世界を求めて何が悪いと言うの? わたくしを侮辱した忌まわしい者共を全て消し、そしてあの人を……あの人を取り戻すのよ……それをおかしいだなんて絶対に言わせない……」


 後半に行くにつれて落ちていく声量にジュードは怪訝そうに眉を顰める。徐々に小さくなるネレイナの言葉を最後まで聞き取れなかったのだ。

 しかし、ネレイナは先程までの余裕に満ち溢れた表情を瞬時に怒りに染め上げると、下ろした両手を肩ほどの高さまで引き上げた。何をするつもりなのかとジュードは彼女の挙動を一つも見逃さぬよう睨み据えるが、彼の身を伝い肩に上がったライオットは咄嗟に声を張り上げる。ネレイナの手の平に僅かに走った稲光を目にして。


「――マスター、横に跳ぶにッ!」

「……!?」


 ネレイナが合わせた両手を此方に向けた――かと思いきや、その刹那彼女の手からは雷鳴が轟き、雷の塊が一直線に襲い掛かってきたのである。ライオットの声に助けられ、雷撃が直撃する寸前で回避したジュードは、後方からの爆音に表情を歪めて片耳を押さえた。

 ネレイナが放った雷撃はジュードを直撃することはなく、彼の後方にあった壁にぶち当たったのだ。恐らくは頑丈な造りだと思われる城の壁は無残にも砕け散り、純金で飾られたそこには大きな穴が空いた。爆発するかのような爆音もあり、もうすぐ兵士が大勢で駆け付けてくるだろう。そうなると逃げるのは更に困難になる。国王自体がジュードを逃がす筈がないのだから。


「(みんなも探さなきゃいけないってのに……くそっ、どうする……!)」


 この部屋から出る唯一の扉はネレイナの後方にある。彼女をいなして扉まで到達出来れば脱出は可能だが、それが難関なのだ。

 つい今し方見た通り、彼女の魔法の威力は半端なものではない。ジュードの持つ力が目的であれば殺す気はないだろうが、それでも喰らえばどれほどのダメージを負うことか。普段と異なり一日で目を覚ますことは難しそうな、それほどの破壊力がある。

 今現在のネレイナの表情はと言えば先程とは異なり――まるで鬼のようだ。優しそうな印象は欠片ほどもなく、その美しい風貌に浮かぶのは怒りのみ。それがジュードに対してのものなのか、はたまた彼女の思い出の中の誰かへのものなのかは定かではないが。

 そうこうしている内に、扉越しにあると思われる廊下からはけたたましい複数の足音が聞こえてくる。どうやら、もう既に兵士が集まって来たらしい。


「ライオット、どうする……」

交信(アクセス)して突破するくらいしか思いつかないに……」


 現在、この場にライオットがいてくれることが不幸中の幸いだとジュードは思う。一人だったら、こうも落ち着いてはいられなかったかもしれない。完全に混乱し、気も動転してしまっていただろう。ネレイナの気になる言葉ばかりの中にはライオットに問い詰めたいものも含まれてはいたが、話はこの状況を突破してからだ。

 ライオットの提案通り、交信して突破するしかないか――ジュードがそう思った矢先、ネレイナが動いた。腰の裏側に据え付けた鞄から鞭を取り出し、それを振るってきたのだ。ルルーナの華麗な鞭さばきは母譲りなのだろう、撓る鞭は問答無用にジュードの身を打った。


「――くッ!」

「交信なんて、させる筈がないでしょう?」

「いっつつ……ッ!」


 ネレイナの鞭はジュードの腹部を見事に打ち、バランスを崩した彼の肩からは再びライオットが床に転げ落ちる。ルルーナが扱う鞭は革製だが、ネレイナが使うものはどうやら別物らしい。威力が通常の鞭とは明らかに異なる。

 何故って、ジュードが思わず押さえた腹部には鮮血が滲んでいたからだ。鞭と称すよりも鎖鎌に近いのだろう、先端部に刃のような鋭利な刃物が付いているのだ。

 それだけではない、先程真横に跳んで魔法を回避したことでネレイナとの距離はこれまでよりも開いている。だと言うのに、彼女が振るった鞭はジュードの身に届いてしまう。リーチも並大抵のものではなかった。

 床に落ちたライオットは慌てて身を起こし、ジュードが腹部に負った傷の具合を確認しようとしたが、ネレイナが休みなく――今度は逆手を突き出してきた様子に『何かが来る』と判断し再び声を上げる。


「マスター!」

「喰らいなさい! ――ファクルタス・ケーラ!」


 ネレイナの声と共に放たれた光はジュードの足元に広がり、不気味な魔法円を描く。そして一際眩い光を放ち、目も開けていられないほどの強い輝きで室内を満たした。

 だが、それはカミラが普段扱うような神々しい光の魔法とは異なる。寧ろ真逆だ、何処かおどろおどろしい印象を与えてきた。一体何の魔法なのか――目蓋越しに伝わる輝きにジュードは思わず身構える、次に襲ってくるだろう眩暈と熱に備えて。そしてそれはライオットも同じだ、魔法に対する拒絶反応を起こして倒れるだろうジュードを支えようと必死に彼の背後に回ろうとはするのだが、その光の眩さに目も開けていられないのだ。視界を遮断した状態での移動など、上手くいく筈もない。

 しかし、いつまで経ってもジュードは異変を感じることはなかった。それは目蓋の裏に感じる光が止んでからも。

 魔法を受けた際に必ず起きる、あの熱も眩暈も一向に訪れないのだ。

 ジュードは静かに目を開けると、ネレイナを見据える。だが、彼女はと言えば薄く――そして不気味に笑うばかり。その様子を見る限り、魔法が失敗したと言う訳でもないのだろう。それでも、ジュードの身には異常はやはり起きていない。


「フフ……これで、あなたはもう逃げられないわ。例え今はわたくしのやり方を拒絶していても、すぐに考えが変わるでしょうね」

「なにを……」

「マスター本当に大丈夫だに? なんともないに?」


 ライオットは再びジュードの足にしがみつき、必死にその調子を窺う。しかし、ライオットの目から見ても、今のジュードの異常と言えば腹部の怪我のみだ。いつものような魔法に対する拒否反応は全く見られなかった。

 ジュードは傷を負った腹部を押さえながら、ネレイナを真っ直ぐに見据える。彼女のその言葉の意味はやはり分からなかった。



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