表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第六章~出逢いと別れ編~
191/414

第六話・ファイゲとの謁見


「いよいよだな。皆、失礼のないようにするんだぞ」


 午後を回って小一時間ほど。予定よりも多少早く王城に着いたジュード達は通された客間で各々寛いでいたのだが、約束の時間直前に呼びに来た兵士に連れられるまま謁見の間に通じる扉の前で佇んでいた。

 シルヴァがそう一声掛けると、マナやカミラは緊張した面持ちで頷く。ジュード達は性格の所為か辺りに視線を巡らせていたが。

 この王都グルゼフの城は、ガルディオンやミストラル、アクアリーとは比べ物にもならないほどの立派な造りだ。城の至るところに設置された扉には全て純金の美しい細工が施され、触れて指紋を付けてしまっても良いのかと戸惑ってしまうくらいの美しいものばかり。床はまるでガラスのように綺麗に磨かれ、明かりが反射してその場に立つ者の姿が映っていた。壁や天井の様々な装飾にはこれでもかと言うほどに様々な宝石や純金が使われ、いっそ目に痛いくらいの輝きを持つ。

 すごい、とは思うのだがジュード達は決して『羨ましい』とは思わなかった。

 何故って、ただ見せびらかされているようにしか感じないのだ。これだけの装飾、これだけの純金。一体金額に換算すればどれだけになるか。それだけの金があるのなら、地震により崩壊寸前にまで陥ったアレナの街を助けてくれても良いのではないのか――ジュード達の中にはそんな憤りまで生まれていた。

 高い税金を国民から奪っておきながら、自分達ばかりが私腹を肥やす。そんな地の国の王族の在り方は、やはり彼らに嫌悪ばかりを植え付けていく。


「な、なんかすごく緊張する。水の国や火の国は大丈夫だったのになぁ……」

「そ、そうだよね、でもシルヴァさんがちゃんとお話ししてくれるから大丈夫だよ」


 マナとカミラは随分と緊張しているようだ。何度も深呼吸を繰り返しながら、己の胸に片手を当てて気持ちを落ち着かせるようにそこを撫で付ける動作を繰り返していた。

 ルルーナは久方振りに訪れた王城でも、特に懐かしんでみせると言うようなこともない。ただ口を閉ざして目の前の扉が開かれるのを待っていた。普段に比べて口数が少ないのは、此処が故郷だからか。ノーリアン家の貴族令嬢と言うこともあり体裁を気にしているのだろう。無駄口を叩かず淑やかに、努めてそう在ろうとしているものと思われる。

 そして、謁見の予定時刻になると同時に、閉ざされていた扉は静かに開かれた。

 『どうぞ』と言う兵士の声と共に開かれた両開きの扉は、随分と重そうだ。片側だけでも一体どのくらいの重量があるのか定かではない。

 開かれた先――謁見の間は、やはり広い。だが、その空間にも当然のように純金が飾られていた。何処を見ても純金、これだけ至るところに金が施されているとそれだけで腹が一杯、と言った錯覚さえ感じてしまうとジュードは思う。彼が衣服の下に身に付ける腕輪も純金で造られているが、あの腕輪だけが金だからこそ美しいのだ。ジュードは他の装飾品は一切身に付けることがない、それ故にその金細工が映えるのである。こうもあちこちに純金ばかり使われていては、金そのものが持つ美しさなど全く感じられなかった。

 謁見の間の最奥――つまり玉座には、鼻の下に生えた黒い髭を片手でいじりながら待つ国王ファイゲの姿がある。その隣には彼の妻と思われる女王が座っていた。

 シルヴァは一礼してから謁見の間へ足を踏み入れ、その後にはルルーナが続く。ジュード達はなんとも複雑な感情を抱きながら二人の後ろに続く形で足を進めた。ライオットやノームは純金ばかりで目がチカチカするのか、先程から短い両手で頻りに己の目元を擦っている。

 ファイゲは上機嫌そうな笑みを浮かべ、そんな彼らを玉座に座したまま眺めていた。そして彼の目がルルーナの姿を捉えると、そこでようやく腰を上げる。


「おお、本当に戻っていたのだなルルーナ。お前がおらぬ間、ネレイナが随分と寂しそうにしていたぞ、なぁ?」

「陛下、お戯れを……そもそも娘を送り出したのはこのわたくしです、グラム殿には随分と良くして頂いたことがありましたので、せめてもの礼になればと」


 ファイゲが視線を向けた先、そこには玉座前の階段を下りた場所に佇む一人の女性の姿があった。ルルーナの実の母、ネレイナだ。久方振りに見た母の姿には流石のルルーナもその表情を弛める。

 そして一歩前に足を踏み出し、国王と女王へ向けて深く頭を下げてみせた。


「ご無沙汰致しております、陛下」

「お前の美しさはいつも変わらぬな、今日はまた一段と輝いて見えるぞ」

「恐縮で御座います、わたくしなどには勿体ないお言葉。そのお言葉が相応しいのは女王様以外にありません」


 謙遜した言葉を紡ぐルルーナを見てファイゲは益々その表情を和らげた、それはそれは上機嫌そうに。そして女王もルルーナの言葉に対し『まあ』と嬉しそうな声を洩らした。

 そんなやり取りを聞きながら、カミラはふと――傍らのジュードの様子に軽く眉尻を下げる。何故って、その顔色が何処か蒼褪めていたからだ。


「……ジュード……? どうしたの、大丈夫……?」

「あ……だ、だいじょう、ぶ……なんでもないよ」

「でも……」


 大丈夫――そう口では言ってみせても、その異変までは隠し切れていなかった。

 顔色は依然として蒼褪め、無意識にか胸元に添えられた利き手は固く衣服を握り締めている。心なしか多少呼吸が速く、身が震えているようにも感じられた。

 ――明らかにおかしい、そしてその異変にウィルやマナが気付かない筈がない。国王やルルーナの会話の邪魔にならぬよう努めて小声で掛けられる言葉に、ジュードは極々小さく頭を振ってみせる。今は大事な謁見の最中、邪魔をする訳にはいかないのだ。

 しかし、彼の視線は国王であるファイゲではなく――穏やかに微笑みながら会話の様子を見守るネレイナに注がれていた。


「(……なんだ、なんであの人の声に聞き覚えがあるんだ。あの人はルルーナのお母さんじゃないか、知ってる筈がない……)」


 先程、一言ではあったがネレイナが口を開いた際に彼は不可解な感覚を覚えていた。背筋に冷たいものが走り、心臓が文字通り飛び跳ねたような錯覚。それと共に息苦しくなり、軽い眩暈さえ感じていた。胸元を押さえたのは、そのためだ。

 脇に下ろした片手は固く拳を握り、不快感をやり過ごすように奥歯を噛み締める。


「(それに、なんで――なんで、こんなに気持ち悪いんだ……ぞわぞわする……!)」


 努めて堪えないと勝手に身体や手が震えてしまう、それが嫌悪なのか恐怖なのか――ジュードには分からなかった。今の彼を襲うのはただただ言葉にし難い不快な感覚のみ。まるで全身が拒否をするような。当然身に触れているライオットも彼の異変に気付いていた。

 大丈夫なのか、一体どうしてしまったのか。気にはなるが、やはり今は謁見の真っ最中。話の邪魔は出来ない。こうしている間にも、国王とシルヴァの話は進んでいくのだから。


「――それで、火の国から書状とな?」

「はい、お初にお目にかかります陛下。私は火の国エンプレスの騎士シルヴァと申します。我が女王アメリア様から陛下に宛てた書状を預かってまいりました」

「ふむ……書状など、中を見ずとも理解はしておる。どうせ協力して魔族を撃退すると言うものだろう」


 ファイゲはシルヴァの言葉に何度か頷いてみせるが、言葉通り中身は理解出来ているらしい。特別考えるような間も要さず、言い当ててみせた。

 分かっているのなら話は早いと、シルヴァはしっかりと一度だけ頷き改めて口を開く。


「はい。先日、我々の王都ガルディオンが魔族の襲撃を受け甚大な被害を被りました。魔族が持つ力はかなりのもので、各国で協力し合い撃退することが必要不可欠だとアメリア様はお考えです」

「ふむ、しかし納得はいかぬな。どうせアメリアが中心になり全てを纏めるつもりなのだろう」

「は……?」

「そなたの国よりも、我が国の方が明らかに力を持っておる。だと言うのに、なぜ我々がアメリアの傘下に入らねばならんのだ?」

「そんな、アメリア様はそのような……! それに、もしも各国の軍勢を率いることが必要であるのなら、それはヴェリア王国の役目では……」


 火の国の女王アメリアは、恐らくそのようなことは考えていない。ファイゲはアメリアが各国の中心となり、その手柄を全て自分のものにしようとしている――とでも言いたいのだろう。

 しかし、それはシルヴァにとって決して許せるものではない。自分が仕える王を侮辱されているのだから。だが、彼女の言葉に対しファイゲは高笑いを上げてみせた。


「はっはっは! 何を言うかと思えば、ヴェリアだと? これはまいったものだ、シルヴァ殿も古びた伝説に縋る愚か者の一人だとは!」

「な……ヴェリア王家は勇者の――魔族に対抗し得る光の力を持った一族です、聖剣と併せればこれほど心強いものは他にないでしょう! それを見てどれだけ多くの者が希望を持てることか……!」

「それが愚かだと言うのだ、勇者勇者といつまでも古臭い伝説に縛られおって。大昔に死んだ勇者とやらが、今の世で一体何をしてくれると言うのだ?」


 嘲るような口調で言葉を連ねるファイゲに、流石のシルヴァも何も言えなくなった。何処までも馬鹿にした口調こそ癪に障るものだが、ファイゲの言うことは決して間違ってはいない。

 伝説の勇者の子孫、伝説の勇者が作った国。どれだけそのように言われていても、国は勇者が作ったものであり、子孫はその勇者の血を継いでいると言うだけで『勇者本人』ではないのだ。既に伝説の勇者は天寿を全うし、存在しないもの――ファイゲの言うように当然何もしてはくれない。

 シルヴァが閉口したのを見て、ファイゲは口端を引き上げると一つ咳払いをしてからゆっくりと続けた。


「勇者の血を継いだ者が、いつもこの世界の中心になることにワシは常々疑問を抱いてきた。過去に功績を残したのはあくまでも勇者であり、子孫ではない。それに、勇者などと言う(たわ)けた存在は過去の亡霊だ、既に存在しないものであろう?」

「……」

「だからこそ、この世界はいい加減に勇者と言う呪縛から解き放たれねばならん、ワシはそう思う。そして総合的に見て今後は我が国――ワシこそがこの世界を率いていくべきだとな」


 ファイゲがハッキリとした口調で断言した言葉に、シルヴァのみならずジュード達もまた唖然とした。

 この男が言うことは間違っていない部分もある。確かに、勇者勇者と伝説に縋っているだけでは何にもならないだろう。だが――


「(この男は、一体何を言ってるんだ……?)」


 ウィルは純粋にそう思った。

 これまで、この世界を率いていたのは勇者の子孫がいるヴェリア王国であった。尤も『率いていた』と言っても各国に干渉していた訳ではない、この世界を救った勇者の血を継ぐ者が王となる国として、各国はヴェリア王国を自然と崇めていたのである。そのため、ファイゲの言うようにヴェリアは確かにいつもこの世界の中心となっていた。

 つまりファイゲは、これからはヴェリア王国に代わりこの地の国グランヴェルが世界の中心国として各国を引っ張っていくと言うのだろう。


「……今後は陛下が、世界を纏めて魔族と戦うと仰るのですか?」

「そうだ、ワシはこの世界の王となる。各国は我が国の傘下に入り、ワシのために全てを捧げよ。アメリアにもそう伝えるがよい」

「――お断り致します。それは協力とは言いません、ただの服従です。そしてあなたに服従する理由は我々には存在しない」


 話をしても無駄――そう判断したのか、シルヴァは特に考えるような間も置かず即座に返答を向けた。その語調には抑え切れない怒りの感情が滲み出ている。

 そしてそれはジュード達も同じだ。この男は各国との協力など全く考えていない。それどころか、他国の王族さえも下の者として見下している。根気強く説得したところで、恐らくファイゲは協力を受け入れないだろう。彼が受け入れるのは自分に服従すること、それだけだ。

 だが、ファイゲはシルヴァの言葉にも特に気分を害した様子は見せず、低く笑ってみせた。


「断ったところで結果は変わらん、貴様らは嫌でもワシに服従することになるのだからな。――ネレイナ、あの小僧だな?」

「はい、陛下。間違いは御座いません」

「……お母様?」


 ルルーナは母ネレイナとファイゲのやり取りに怪訝そうな表情を滲ませた。

 この国王は一体何を言っているのか、彼女とてそう疑念を抱いた者の一人だ。だが、二つの視線が自分達を通り過ぎてジュードに向いたことに気付くと、何の話かと純粋な疑問が湧いたのだ。

 母の願いを叶えるためにジュードを連れてきた。それが何か関係しているのかと。


「ふふふ、ワシをこの世の王にしてくれる鍵――ネレイナが言っていたように、のこのこやって来るとはな」

「え……?」


 不意に向いた視線に、当のジュード本人は思わず軽く身構えた。依然として顔色は悪く、見るからに調子が悪そうだ。だが、ファイゲやネレイナの言葉は一体どういう意味なのか、それを考えると調子が悪いなどと言ってもいられない。

 全く理解していないと思われる彼の様子にネレイナは薄く微笑むと、ヒールの音を響かせながらゆっくりと足を進める。先頭に立つシルヴァの斜め前に佇み、ルルーナの後方にいるジュードと真正面から対峙した。

 そして何処までも美しく微笑み、静かに口を開く。幾分穏やかな口調で。


「――お久し振りね、ジュード君。逢いたかったわ……」

「……ッ!」


 ネレイナのその言葉に、ジュードは先程よりも強く――全身が粟立つのを感じた。まるで本能が危険信号を出しているかのように。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ