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第十七話・女の闘い再び


「女王さまやクリフさんに少し聞いたけど、メンフィスさんって騎士団長さんだったんだ……」

「はっはっは、今のワシには当時の力はもう出せんよ。今は若いモンを鍛えるのがワシの役目だ」

「そうだろうよ、そのうちぎっくり腰にでもなって若い騎士連中に介護されるのがオチだ」


 厳つい外見ではあるが、身なりが整っていることから貴族かなにかだとばかり思っていたのがジュードとカミラである。

 メンフィスはグラムと向かい合う形で座り、グラスに注がれた酒を一気に喉に通した。唸るように満足そうな声を洩らしてから、逆手の甲で口元を拭う。そして上機嫌にジュードを眺めて笑った。


 ――かと思いきや、テーブルを挟んで酒を呷るグラムを恨めしそうに見遣ると「へっ」と小さく声を洩らして笑ってみせる。そして、わざとらしくジュードを横目に見遣りながら再度口を開いた。


「騎士になりたかったらいつでも言いなさい、ジュード。ワシがいくらでも剣を教えてやるからな」

「ジュードはワシの跡継ぎだぞ、変な誘いを向けるな」

「なにを言うか、バカモンが。このくらいの年頃の男はな、裏方で地道にやるより剣を使って暴れ回る方がのびのび育つモンだ」

「心配せんでもウチの子らはのびのび育っておるわ」


 グラムとメンフィスは、互いに酒を飲み交わしながら軽口を叩き合う。言葉こそ文句に近いが、どちらも表情には笑みが浮かんでいる。非常に嬉しそうだ。

 マナは暫しそんな二人を見守っていたが、端的に聞いた今後の予定を頭の中で簡単に纏めながら、やや控えめに言葉を向けた。


「あ、あの……じゃあ、あたしたちガルディオンにお引っ越しするんですか?」

「ああ、そうだよ。女王陛下の頼みでな、ガルディオンに住んで武具を造ってくれとのことだ」


 メンフィスはマナに目を合わせると、何度か頷いてみせながら返答を向ける。口調こそしっかりはしているが、浅黒い顔には多少なりとも赤みが差していた。どうやら既に酔い始めているようだ。

 ウィルは考えるように顎の辺りに片手を添え、納得を示して頷く。


「確かに、ここで造って運ぶよりはガルディオンで造る方が遥かに効率がいいからな……」


 ミストラルのこの自宅で造れば、運ぶのに結構な時間がかかってしまうのは考えなくとも理解はできる。ガルディオンで造れば、完成と共に前線基地へ届けることが可能なのだ。

 運ぶ時間が短くなることで、何人の兵の命が救われることになるか。

 マナも納得するように小さく頷くと、早々に玄関先へと足を向けた。が、メンフィスの赤い顔を見ると思わず苦笑いが滲む。


「じゃあ、早速用意しなきゃ。……って言っても、出発は明日になりそうね」

「あ、ああ。まぁ……結構飛ばしてきたから馬も疲れてるだろうし、ちょうどいいさ」

「そっか。なら、明日すぐ出られるように仕事道具を纏めちゃいましょ。……なんか、邪魔したら悪そうだしね。おじさまもメンフィスさんも嬉しそう」


 マナの言葉にジュードやウィルも、グラムとメンフィスを見遣る。

 確かに口を開けば悪態や軽口ばかりではあるが、マナが言うように互いに嬉しそうなのだ。またなにかしら言い合いを始めるグラムとメンフィスを後目に、ジュードたちは静かに自宅を後にした。


 作業場は自宅からやや離れた場所にある。離れ家と呼べそうな距離と大きさだ。作業場へと向かいながらマナとウィルはジュードを振り返り、その隣を歩くカミラに目を向けた。

 それに気づくとカミラは慌てて頭を下げ、ジュードは彼女を一瞥してから口を開く。


「あ、ええと。カミラさんっていうんだ。目的地が同じだったから一緒に行動してて、……ミストラルにも用があるから、こうやって一緒に戻ってきたんだよ」

「へー、可愛い子だなあ……あ、俺はウィル。こっちはマナで、そっちはルルーナ。宜しくな」

「(……この子もジュードが好きなのかしら。本当、色んなところで女引っかけて来るんだから……)」

「(ふーん、いかにも優等生ですって感じの子ねぇ)」


 ウィルもマナも、更にはルルーナも思うことは様々だ。カミラは改めて頭を下げるといつものように気恥ずかしそうに笑う。

 男慣れしていないのかと思ったが、そもそも人にもあまり慣れていないのかとジュードは内心で思う。人慣れしていないのか、はたまた人見知りなのかは定かではないが。


「カ、カミラ……です。よろしくお願いします……ごめんなさい、突然お邪魔してしまって……」

「ああ、いいっていいって。ジュードが連れてきたなら悪い子じゃないだろうし」


 初々しいカミラの様子にウィルは一度こそ目を丸くさせるものの、明らかに緊張していると分かる彼女の姿は男から見れば好ましく映るらしい。ウィルは自然と表情を和らげて言葉を返す。

 それにはマナやルルーナ、果てにはジュードまで睨みつけるように目を細めてウィルを見遣った。


「……ウィル、カミラさんにちょっかい出すなよ」

「ウィルったら、随分と優しいじゃないの」

「ふーん、ウィルはこういう女の子がお好み?」

「え、ええぇ。なんだよ、この四面楚歌」


 矢継ぎ早に三方向から浴びせられる言葉には、途中で口を挟む隙もなかった。据わった目をそれぞれから向けられつつ、ウィルは表情を引きつらせると慌てて頭を横に振り、両手を胸の辺りに引き上げて揺らしてみせる。味方がいない。あろうことか、あのジュードまで。


 これ以上はごめんだとばかりにウィルは早々に作業場に足を踏み入れると、チラリと肩越しに後方を振り返る。その視線が行き着く先はジュードだ。

 女の子には基本優しい男ではあるが、ジュードまでもが自分に――しかも真っ先に威嚇らしき言葉を向けてきたのは意外であった。


「(……ジュード? あいつ、もしかして……)」


 心なしか、カミラを見るジュードの目が優しいように見える。先ほどもルルーナに抱きつかれた光景をカミラに目撃された時、猛烈に焦っていなかっただろうか。

 マナとルルーナはやはり女性か、既にジュードの心の動きを察知しているようだ。カミラに話しかけるジュードに突き刺さるような視線を向けている、今にも修羅場と化してしまいそうだ。それに気づかないジュードは大問題だが。


 ――ジュードはモテる。なぜああも女性に好かれるのか。いつも思うことだが、不思議だった。

 恐らくあの性格と、ある程度整った顔立ちが理由だと思うが。しかし、取り立てて美形という訳でもない。

 しかも、マナもルルーナもカミラも。男目線ではいずれも『可愛い』や『美しい』に分類される女性ばかり、普通に考えて羨ましい。


「(そんだけモテて無反応ってのが悲しいとこなんだけどな)」


 ジュードはこれまで女性や色恋に対し、興味すら持っていなかった男である。だというのに、彼は女性にモテる。傍で支えよう、役に立とうと健気に想ってくれるマナだけでなく、男から見れば素晴らしい装いとプロポーションを持つルルーナにさえ。


 そのジュードの、カミラを見る目が非常に優しい。これまでがこれまでだったためか、昔から共に育ってきたためか、ウィルにはその違いがすぐにわかった。

 そんなジュードがもしカミラに想いを寄せているのであれば、ウィルとしては嬉しい。ライバルがいなくなるから、といったものではなく純粋に兄心ゆえにだ。


「(ジュードもようやく男になったか……思春期にしてはちょっと遅いけど、まあいいよな)」


 ウィルはそう思いながら、ジュードたちを作業場から見守る。修羅場の一歩手前である状況は、敢えて気にしないことにした。



「そういえば、ルルーナ。婚約って、どういうことだよ」


 ジュードは、そこでようやく本来真っ先に聞きたかった疑問を思い出した。村にそんなデマが広がっていては困る、自分にはまったく覚えもないしその気もないのだから。


 ジュードという男はなにかと古臭い考えの持ち主である。恋愛は互いをよく知り合ってからとか、順を追って親睦を深めていくべきだとか、そういった段階を全て飛ばして先へ先へと踏み込むことには抵抗しかない。そんな男だ。

 だからこそ、いきなり婚約など言語道断な訳で。

 だが、ルルーナはふと寂しそうな表情を浮かべると視線をやや斜め下に向ける。


「……ジュードは私じゃ不満なの?」

「い、いや、そうじゃなくて」

「ああもう! そういうハッキリしない態度がいけないんでしょ!? 男ならキッパリ断りなさいよね!」


 そう怒声を張り上げたのは、当然ながらマナだ。彼女の言うことはまさにもっともである。

 しかし、ジュードは女の涙に弱い。

 ジュードが火の国に行っている間にも、マナとルルーナの仲は改善しなかったらしい。それどころから余計に悪化しているようにも感じられる。

 深い溜息を吐いて肩を落とすジュードを横から覗き込み「大丈夫?」と心配そうに声をかけてくれるカミラの存在が、今のジュードには殊更愛しく感じられた。


「え、えっと、ルルーナに頼みがあるんだけど」

「あら、なぁに?」

「ルルーナなら、グランヴェルに入国することって……できるか?」


 そんなカミラのためにも、なんとか地の国グランヴェルに入国する手筈を整えなければならない。そのためにカミラをここまで連れてきたのだから。

 ジュードは気を取り直してルルーナにそう問いかけたが、当のルルーナ本人は訝るように暫し無言でジュードを見つめたあと、薄く口元に笑みを滲ませた。

 そして利き手を伸ばし彼の胸を人差し指でトン、と叩く。


「……そうねぇ、ジュードがちゃんと私と付き合ってくれるならなんとかしてあげるわよ?」

「な……ッ!」


 ルルーナのその言葉に咄嗟に反応を返したのはジュードでもマナでもない――カミラだった。

 顔を真っ赤に染め上げて、頭で考えるよりも先にジュードとルルーナの間に割って入る。

 カミラにとって地の国グランヴェルに行くことは非常に重要なこと。しかし、ジュードが付き合ってくれるなら、というのはなにかが違うと思ったのだ。

 ジュードを庇うようにルルーナの前に立ち、冷たい双眸で見下ろしてくる彼女と真正面から対峙した。


「そ……そんなことなら、結構です!」

「あら……アンタのためなの? それならゴメンだわ」

「はい、こちらから願い下げです!」


 バチ、と。ルルーナとカミラの間に火花が散っているのをマナは確かに感じた。もっとも、肉眼では捉えることは不可能だが。

 互いに「ふん」と顔を背けて明後日の方に歩いていくのを、ジュードとマナは困ったように見つめていた。



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