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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第六章~出逢いと別れ編~
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第四話・二人の時間


 ジュードは人でごった返す王都グルゼフの西側区画で塀に凭れ掛かりながら空を見上げていた。その肩にはいつものようにライオットが乗り、頻りに辺りの人々に視線を向けている。


「すんごい人だに」

「グランヴェルは特に人口が多い国だって話だからなぁ……」


 各国の王都にはそれぞれ人口が集中するものではあるのだが、この地の国の王都グルゼフは他の国よりもその数や規模が異なる。火の王都ガルディオンもかなりのものではあったものの、グルゼフはガルディオンの何倍の人口になるか――考えるのも困難なほどである。

 これまで風の国ミストラルの田舎で暮らしていたジュードにとって、それだけ人口が集中していると人酔いも出てくる。休みなく辺りを行き交う人々の姿に軽い眩暈を覚えていた。


「カミラ、大丈夫かに……」


 そんなジュードの傍らでは、ライオットが心配そうに一つ呟きを洩らした。その視線は今度は人々ではなく、ジュードが凭れ掛かる塀の先――そこに佇む神殿へと向けられている。

 そうなのだ。現在ジュードがいる場所は、カミラの目的地でもあった地の国の神殿である。厳密に言えば神殿の外だが。水の国でもそうしていたように、ジュードはカミラを待っているのだ。

 ちなみに他の仲間はと言うと、待ち合わせの時刻を決めて各々王都の中を見回っている。流石に着替えて即謁見――と言う訳にはいかず、国王との謁見は午後へと回された。現在は午前の十時半を回って少しと言ったところだ、未だ時間的な余裕はある。

 カミラが姫巫女(ひめみこ)だと分かれば、恐らくヴェリア大陸に渡る許可は下りるだろう。そうなると『ヴェリア大陸に帰る』と言う彼女の目的は達成される。それはカミラとの別れを意味していた。


「……船、どこから乗るのかな」

「うに、グルゼフは港街じゃないみたいだに。きっと船は別の場所から出てるに」


 この王都グルゼフは海に面している街ではない、つまり港は存在していないのだ。それ故にヴェリア大陸に渡るのであれば、何処か船に乗れる港へ行く必要がある。

 カミラは何処から船に乗るのだろう――先程からジュードの頭を占めているのは、それだ。恐らくグルゼフ近郊であればルルーナに聞くことで港街の所在地が分かるだろう。

 しかし、自分達は女王の使者として他の国を回らなければならない。わざわざカミラを送るために港街へ寄り道など、出来る筈もないのが現実。カミラを一人で行かせなければならないのだろうか――そう思うとジュードの心は深く沈んだ。ただでさえ彼女との別れはジュードにとって苦痛でしかないと言うのに。

 ライオットは自然と俯いていくジュードを心配そうに見つめ、彼の横髪を短い手でそっと撫で付けた。まるで幼子でも慰めるように。


「……マスター、きっとまた逢えるに」

「ああ……そうだな、カミラさんは人間同士で争わなくていいように、って……これまでやってきたんだもんな」


 カミラの話では、ヴェリア大陸に住まう者達は大陸の外の人間を憎んでいるとのこと。嘗て世界を救った勇者の子孫であるヴェリアの王子は、憎しみのままに外の世界へ牙を剥く可能性まであると言うのだ。

 そのため、カミラがヴェリア大陸に戻り生き残ったヴェリアの民を説得することで人間同士の争いを未然に防ぐ必要がある。現在は巫女が施した封印が解かれ魔族が世界に現れ始めているのだから、人間同士で憎み合っていられる状況ではないのだ。

 そのために、カミラはヴェリア大陸に戻らなければならない。それは当然ながらジュードにも分かっている。

 だが、頭では分かっていても心はままならない。人間とはそういう生き物だ。また逢えるにしても、それがいつになるかは分からない。どれだけ良い方に考えようとしても、ジュードの頭の中の(もや)は一向に晴れることを知らなかった。


「――ジュード、お待たせ」

「……あ、おかえり。……許可はもらえた?」

「……うん、大丈夫。でも船は地の国よりも他の国から乗る方がいいって……」

「え、なんで?」


 そこへ、カミラが戻ってきた。淡い水色のドレスに身を包んだ彼女は、知らない者が見れば本当に貴族のように見えるだろう。髪型こそ特に手を加えてはいないものの清楚な雰囲気が漂い、また可憐でもある。非常に可愛らしい。

 どうやら、無事に許可は貰えたようだ。心なしかジュードのようにカミラにも多少元気がない。――当然だ、ジュードが彼女との別れを嫌がるのと同じように、カミラもまたジュードや仲間との別れを望んでいないのだから。

 だが、自分にはやらなければいけないことがある。ヴェリアの民を説得するという大事な役目が。これまでも忘れたことなどないが、イスキアから伝説の勇者の話を聞いたことで、その使命感は彼女の中で特に強いものになっていた。

 しかし、神殿で司祭により向けられた言葉を口にすると共にカミラは疑問符を滲ませながら軽く小首を捻る。その言葉に疑問を抱いたのは、ジュードも同じであった。

 ――船は他の国から乗る方が良い。それは一体何故なのか。


「それが分からないの、ただそうした方が良いとしか仰ってくださらなくて……」

「……そっか。……じゃあ、取り敢えず行こうか」

「うん」

「(ウィルやルルーナに聞けば、何か分かるかな)」


 司祭の言葉がどういう意味なのかはジュードにもカミラにも分からないことではあるが、今はどちらとも――おくびにも出さないが、確かな安堵を感じていた。

 他の国から船に乗ると言うことは、地の国を出て港街に行くまでは共にいられると言うことなのだから。

 ジュードとカミラは揃って歩き出す。その行く先は、仲間と待ち合わせに指定した中央広場だ。暫くはどちらとも余計な口を開くことはなく黙々と歩いていたのだが、軈てカミラの方がそっと呟いた。


「……でも、ちょっと安心してるの」

「え?」

「これで許可証が全部揃ったからヴェリアに戻れるけど、でも……」


 彼女のその声は普段よりも幾分小さく、意識を向けて聞いていなければ辺りを行き交う人々の足音で掻き消されてしまいそうなほどであった。ジュードは努めて彼女の声に意識を向け、その言葉と声を拾っていく。


「……もうちょっとみんなと、……ジュードと一緒にいられるんだなぁ、って思ったから」


 だが、その言葉だけはどれだけ小さくとも妙にハッキリとジュードの耳に届いた。

 確かにそうだ。先程も思ったように、カミラが他の国から船に乗るのであればまだ少しでも共にいることが出来るのだ。

 しかし、それを彼女の口から直接言葉にされるとは思っておらず、ジュードはその言葉に心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚える。足は止めぬまま幾分気恥ずかしそうな表情で己を見つめるカミラの姿は、空から降り注ぐ陽光もあり可愛らしいと言うよりは何処までも美しいと――ジュードはそう感じた。

 先程まであんなに落ち込んでいた心も、彼女のこの笑顔を見ればすぐにでも浮上を始める。だからこそ余計に別れたくなくなるのも事実なのだが。

 仲間と待ち合わせに指定した広場へ向かいながら、ジュードとカミラは互いにほんのりと頬を朱に染めながら歩く。だが、どちらともなく――その歩調は徐々に、普段よりも殊更ゆっくりとしたものへと変わっていった。

 今は少しでも、二人きりで歩くこの時間を大切にしたい。彼らの胸には、そんな想いが確かに浮かんでいた。



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