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第三十九話・近付く目的地


「ねぇ、ウィル。あれ、何やってるの?」

「さあ……俺が起きた時にはもうやってたからなあ……」


 翌日、まだ朝の冷えた空気が漂う空の下で疑問の声を洩らしたのはマナだ。朝食の支度をしながら時折彼女が視線を投げ掛ける方向には、ジュードとシヴァがいる。

 無論、ただいるだけならば彼女とて疑問を抱いたりはしない。何か話をしているのだろうと思う程度である。

 しかし、当のジュード本人は地面の上に腰を下ろし胡坐を掻く形で座り込んでおり、シヴァはそんな彼の真後ろに佇み腕を組みながら目を伏せていた。特に話をしていると言うような雰囲気には見えない。実際に、どちらも口を開いている様子はないのだから。更に、そのまま微動だにしない。マナが疑問を抱くのも当然と言えた。

 否、不可解そうな面持ちで眺めていたのは何もマナだけではない。その光景を目にした仲間全員が持つ疑問である。

 だが、その疑問を投げ掛けられたウィルも眉尻を下げてそう返答するしかない。何故なら、彼が起床した時にはその言葉通りこの状態だったからだ。何をしているのか聞けるような雰囲気でもない。


「何か怒られるようなことでもしたんじゃないの?」

「それで反省してる、ってか? ははっ、まさか……」


 ルルーナはそう呟きながらマナがお玉で掻き混ぜる鍋の傍らに座り込み、寒そうに両手の平で自らの二の腕を擦っていた。露出が多いドレス故に、身に沁みる寒さが強いのだろう。むき出しの肩や腕が傍目には何とも痛々しい。

 ウィルは就寝に使っていた毛布をテントの中から引っ張り出してくると、そんなルルーナの肩に掛けた。未だ本調子とは言えないが、ウィルの体調も随分良くなってきたようだ。とは言え、当然ながらまだ無理は出来ないのだが。


「あのね、勇者さまが使ってた技をシヴァさんに教えてもらうんだって。それで精神統一してるみたいだよ」


 そこへ、近くの川で水を汲んでいたカミラが戻ってきた。やや大きめの容器一杯に汲んで来た為か、その足取りは多少なりとも危なっかしい。

 マナの傍らに座り込んでいたリンファは特に言葉もなく立ち上がると、幾分早足でそちらに駆け寄り代わりにその容器を受け取った。

 カミラは「ありがとう」とやや申し訳なさそうに眉尻を下げて笑いながら、仲間達の元へと足を進める。


「勇者様が使ってた、技?」

「うん、昨日の夜言ってたよ」

「うに、それってもしかして閃光の衝撃(フラッシュインパクト)のことかに?」

「フラ……なに?」


 そのカミラの言葉に仲間はやはり疑問を抱いたが、そこでマナの頭の上に乗っていたライオットが口を開いた。すると、今度は仲間の疑問や視線は一斉にその白い身へと注がれる。

 マナは鍋を掻き混ぜる手を止めないまま、軽く天を仰ぐような形でライオットを見上げて声を掛けた。耳慣れない言葉だ、上手く聞き取れなかったのだろう。


「フラッシュインパクト、一撃の威力がものすごく重い技だに」

「ほう……勇者殿はそのような技を持っていたのか、是非ともこの目で見てみたいものだな」


 鍋の傍に座り込みながら愛剣の手入れをしていたシルヴァも、やはり騎士と言うだけあってかその話にはやはり興味があるようだ。伝説となった勇者が嘗て使っていた技なのだから関心を持つなと言う方が難しいのかもしれないが。

 シルヴァの肩の傷はカミラの治癒魔法により完全に塞がり、彼女の調子はウィルよりも遥かに早く快復に向かっている。


「なるほどねぇ、勇者が使ってた技って聞いたら……あいつなら覚えたがるだろうな」

「そうね、ジュードの勇者好きって結構なものだし。強くなりたいって気持ちより、そっちの気持ちの方が強そう」


 幼い頃からジュードと共に育ったウィルやマナだからこそ、彼がどれほど『勇者』という存在に憧れてきたのかを知っている。麓の村に足を運ぶ度に、ジス神父に勇者の話を聞いていたほどだ。何故そこまで勇者に拘るのか、その理由までは定かではなくとも『ジュードは勇者が好き』、その事実を二人は知っていた。それはもう痛いほどに。


「それで、そのフラなんとかって強いの?」

「勇者様は素手で色々なものを破壊することが出来たんだナマァ、そのくらいの威力があるナマァ」

「破壊って……それ、勇者のやることなの?」

「べ、別にあちこち破壊して回ってた訳じゃないによ! 道を塞いでる岩を破壊したり、頑丈な扉を壊したり……」

「充分勇者がやることじゃないわよ!」


 ノームやライオットの説明に、マナ達の頭には様々な光景が浮かんだ。

 一人の青年が岩や壁、そして自然を破壊して回る様だ。尤も、勇者の姿形は当然ながら彼らの知るところではないのだが。

 勇者が岩や扉を力業で破壊。それは彼らが抱く『勇者』のイメージとは随分とかけ離れていた。


「……けどさ、今もまだ少し現実味がないよ」

「うに? 何がだに?」

「お前ら精霊が勇者と会ったことがあるって。俺達にとって勇者は伝説上の存在で、実在してたかどうかもサッパリだった訳だからな」

「言われてみればそうよね、もしかしたら騙されてるんじゃないの、って思うけど……でも、ホントなんでしょ?」

「そうだナマァ、勇者様は魔法を世界に広める為にノーム達ともしっかり向き合ってくれたんだナマァ」


 勇者のことを語る時の精霊達は、イスキアやシヴァもそうなのだが幾分表情や雰囲気が柔らかくなると――カミラはそう感じていた。

 イスキアは普段から穏やかな笑みを滲ませてはいるものの、昨晩はあのシヴァでさえも、何処か懐かしむように優しげな表情を滲ませていたのを彼女は記憶している。普段はあまり表情が変化しないシヴァだからこそ、勇者がどれほど彼らの信頼を得ていたのかが容易に理解出来た。そしてどれだけ大切に思われ、愛されていたのかも。


「(その勇者さまが守った世界……絶対に魔族の好きにはさせない。そんなご立派な方の子孫が今度は人間に牙を剝くなんて、許されていい筈がないわ)」


 カミラは知っているのだ、その勇者の子孫を。

 ヴェリア王国の第一王子ヘルメスである。彼は他のヴェリアの民と共に外の世界に住む人間達を憎み、復讐しようとしているのだ。

 嘗て勇者は人間達の為に必死に戦った。だが、今はその勇者の子孫が逆に人間達に牙を剝こうとしている。これ以上ないほどに皮肉な話だ。


「(もう少しで地の神殿に行ける、そうすれば許可状が全部揃うんだ。ヴェリアに戻ってヘルメス様を説得しないと……)」


 風の国の森でジュードと出逢い、そして彼らと共に様々な場所を巡ってきた。

 だが、地の国の王都にある神殿で許可を貰えばヴェリア大陸に渡る許可状が全て揃うことになる。それはカミラの旅の終わりであり、ジュード達との別れを意味していた。

 それを考えると、やはりカミラの胸は痛む。事情を知らなくとも優しくしてくれたジュード達――彼らと離れたいなどと、彼女は欠片ほども思っていないのだから。


「(でも、だからこそわたしがしっかりしないと。人間同士で憎み合って戦いになんてなったら、きっとみんな悲しむもの)」


 カミラはそう固く心に決めると、しっかりと拳を握り締めた。

 仲間との別れは、もう目前にまで迫っている。それでも、仲間達が大切だからこそ別れるのは嫌だと駄々を捏ねることは出来ない。

 大好きな仲間達の姿を決して忘れてしまわないように、カミラはしっかりと彼らを見つめていた。



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