第十六話・再会
数日ぶりになる故郷の景色を楽しむヒマもなく、ジュードは一目散に山道を駆け上がり、やがて見えてきた自宅を――やはり感慨深く見つめることもないまま玄関へ駆け寄る。上がった呼吸を整える気もない、目の前の玄関戸をただ力任せに押し開いた。
ちょうど昼飯時だったらしく居間に居合わせたグラムやマナ、ウィルにルルーナ。自宅にいる全員がその場に揃っている。
父やマナ、それにウィルは一度驚いたように、しかし呆気に取られたように目を丸くさせたが、すぐにジュードの姿を認識したらしい。各々表情を和らげて口を開こうとした。
――だが。
「ジュード! おかえりなさいっ!」
「うわっ、……いだッ!」
明かりが点いたかのように表情を明るくさせて、料理の入った器をテーブルに置いてからルルーナが真っ先に歓喜の声を上げてジュードに抱きついたのである。
女性といえど、それほど背丈も変わらない相手に飛びかかるように抱きつかれて思わずバランスを崩し、ジュードは彼女もろとも真後ろに倒れ込む。咄嗟のことに上手く反応もできず、見事に後頭部を床に打ちつけてジュードの意識は、一瞬空の彼方に飛びかけた。
しかし、あまりの激痛に上手く意識も飛んではくれなかったらしい。痛みから涙目になりつつ、ジュードは意識を戻すべく頭を振り、己の首に腕を絡めて身を寄せる――というより覆い被さるルルーナを見遣る。
言いたいことも聞きたいこともある。だが、またしてもジュードが口を開く前にそれは遮られた。
「なにをイチャイチャしてんのよ! 帰ってきて早々にそれってどういうこと!? 場所を考えなさいよ、ジュード! 鼻の下伸ばしてんじゃない!」
「オレのせいかよ! 鼻の下なんて伸ばしてない!」
マナだ。座っていた席から立ち上がり早速怒声を飛ばしてくる。周りの目には、恋人同士がイチャイチャと人目も気にせず身を寄せ合っているように見えるのだろう。
オマケに体勢も体勢である。仰向けに倒れて後頭部を打ちつけたジュードと、そんな彼の上にうつ伏せに寝転ぶルルーナ。不自然なほどに密着した身は、傍目にもジュード本人にも目の毒だ。様々な意味で。
ジュードは打った後頭部を片手でさすりながら、一人愚痴を零した。
「大体、鼻の下なんて……」
ぶつけた箇所は未だ確かな熱を持ってはいるが、徐々に痛みは引いている。取り敢えずルルーナに離れてもらおうと上体を起こそうとしたが、そこで更に最悪の状況が追い打ちをかけた。
ジュードを追ってきたと思われるカミラが玄関戸から顔を出したからだ。カミラは扉に片手を添え、ルルーナに抱きつかれているジュードを見下ろしていた――やや顔面蒼白で。カミラの目には、やはり恋人同士が再会を喜んでいるように映るのだろう。
なにせルルーナの格好が格好だ。相変わらず露出度の高いドレスを身につけているものだから、大きなスリットから覗く足は太股の更に上部分さえ露わになっており、体勢のせいでカミラの視点からはルルーナの豊満な胸と胸元までハッキリと窺えた。
そんな女性に覆い被さられているのは――どう見ても、何度目を擦ってみても変わらない。ジュード本人である。
信じられない、と言わんばかりの表情を滲ませ、カミラは片手で口元を押さえながら戦慄いた。「誰?」と不思議そうに首を捻るマナやウィルに気を回して挨拶をするだけの余裕さえ持てない。
「カ、カミラさん……っ!」
ジュードはジュードで顔面蒼白である。
生まれて初めてと言っても過言ではないほど一目惚れした相手に、とんでもない現場を目撃されたのだ。どう取り繕っても嘘くさい。むしろなにを言っても信じてもらえない気がする。
信じられないと言いたげなカミラの表情が、全てを物語っていた。
カミラはフイ、とジュードから視線を外して小さく、本当に小さく呟く。
「……ジュードも、男なんですね……」
そうだ、確かにジュードは性別的には男である。だが、今カミラが口にしている意味はそういったレベルのものではない。
誤解なんだと慌てて声をかけようとしたジュードに、ルルーナは目を細めて詰め寄る。
「ジュード、こちらのお嬢さんはどなた? まさか……浮気じゃないわよね?」
「誰が浮気なんだ、誰が! 彼女は――」
「エンプレスに行く途中に襲われていたところを助けてもらっただけです、ご心配なく」
「あら、エンプレスに行く途中だったのにどうしてここまで一緒に来るのかしら?」
紅と瑠璃が真正面から衝突し合う。目には見えないが、両者の間には恐らく火花が散っていることだろう。
マナはそんな様子を見て、静かにウィルに問いかけた。
「……ねぇ、あたしもルルーナと言い合ってる時って……あんな感じ?」
「まぁね」
へぇ、とマナはやや苦笑いを浮かべながら両者とその間に挟まれたジュードを見守る。
しかし、カミラの後ろから新たに顔を出した客人に気づくと、すぐに意識はそちらに向いた。それと同時にグラムが立ち上がったから尚更だ。
「ようグラム、久しぶりだな。黙って見てないでジュードを助けてやればいいだろうに」
「お前……アイザック・メンフィスか?」
グラムの言葉に、メンフィスは「がはは」と笑って片手を揺らしてみせた。マナとウィルは不思議そうに互いに顔を見合わせ、そうして改めてグラムへ目を向ける。
「こいつは火の国の王都ガルディオンにある騎士団の団長だよ。アイザック・メンフィス――剣の腕で右に出る者はいないと言われるほどの使い手だ」
そのグラムの言葉に驚いたのはマナでもウィルでも、ルルーナでもない。ジュードとカミラだ。
グラムと並び英雄視されているようだが、今も現役の騎士団長だとは思っていなかった。そのような偉大な騎士にここまで送ってもらったのだと、今更ながらに理解したからである。