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第三十六話・嘗て勇者が齎したもの


「大変だったわねぇ」


 アレナの街を後にしたジュード達は、王都グルゼフを目指し再び馬車に揺られていた。

 未だ本調子とは言えないシルヴァの代わりに、現在はリンファが手綱を握っている。それが申し訳ないのか、シルヴァ本人は時折馬車の内部からそんな彼女の背中を気遣わしげに見つめていた。

 イスキアはシヴァと共に先に馬車に乗り込んでいたらしく、疲れ切った様子で項垂れる彼らに苦笑いを滲ませながら声を掛ける。

 マナは垂れていた頭を静かに上げると、何処となく恨めしそうな視線を彼女――否、彼に向けた。


「……イスキアさんとシヴァさん、どこにいたんですか?」

「巻き込まれるのイヤだから、陰でひっそりと見守ってたわ」

「なんて薄情な……」


 先程のアレナの街の騒動では、イスキアとシヴァの姿は何処にも見当たらなかった。それを不思議に思っての質問だったのだが、返ってきた言葉はマナが言うようになんとも薄情なもの。

 しかし、ジュードは眉尻を下げると力なく頭を左右に揺らした。


「……いや、それでよかったと思うよ」

「えー、なんでよ……あたし達ばっかりこんなに気疲れしちゃってさ……」

「だって、シヴァさんもイスキアさんも精霊なんだ、……良い気分にはならないだろ」

「あ……」


 ジュードが何を言いたいのか、最初はマナにも理解は出来なかった。

 だが、あの街で投げ掛けられた言葉を思い返してみると、確かにそうだ。

 住民達がノームに向けて放った『怪物』『悪魔』『気味が悪い』と言う言葉の数々。そんな悪意に満ちた言葉を投げ掛けられて気分が良くなる者はいないだろう。リュートに『バケモノ』と罵られたジュードだからこそ、多少なりとも分かることだ。

 ――言われて、決して嬉しい言葉ではないと。

 ちびはそんなジュードの膝上に顎を乗せ、きゅーんと一つか細く鳴いた。表情などある筈もないのだが、何処となく心配そうだ。

 ジュードはちびの頭を片手でやんわりと撫で付けてから、改めて緩やかに頭を左右に振った。大丈夫、とでも言うように。


「……嘆かわしいものよねぇ、今の人間達にとって精霊は気味の悪い存在だなんて。嘗て勇者は人間達の為に精霊と関わりを持ったって言うのに」

「……え?」


 イスキアは立てた片足に肘を預けて頬杖をつくと、馬車に設置された簡素な窓から外へと視線を投じた。その表情と声色は何処か寂しそうだ。

 だが、そんな彼が洩らした言葉にジュード達の興味と疑問は一気に煽られる。

 ――嘗て勇者が人間達の為に精霊と関わりを持った。

 それは、一体どういうことなのかと。

 イスキアは暫しそうしていたが、やがて彼らの突き刺さるような視線に気付いたのか、外界へと向けていた視線をジュード達の元に戻すと穏やかに笑ってみせた。


「……今となっては魔法なんて当たり前のものかもしれないけど、昔は有り得ない能力だったのよ。それをこの世に浸透させる為に奔走したのが、嘗ての勇者なの」

「じゃあ、俺達が魔法を使えるのは勇者のお陰……って、ことですか?」

「そうねぇ……存在しない能力ではなかったんだけど……当時は魔法を扱える者は異端とされ、それはそれは惨たらしい末路を辿ることになったわ。人目を気にせず魔法を扱える今の環境は、勇者のお陰でしょうね」


 それは、初めて聞く話であった。

 嘗て勇者が魔族を倒しこの世界を救った――それは、恐らく誰もが知っている話である。そして、世界の中央にヴェリア王国を築いた、ということも。

 だが、勇者が魔法を普通に扱える環境を創り出したとはこのメンバーの誰も聞いたことがなかった。そうなると、俄然興味が湧くのがジュード達だ。シルヴァも興味津々とばかりにイスキアを見つめているが。


「イスキア殿は、勇者様と面識があると?」

「ええ、もちろん。これでも何千年も生きている精霊だもの。アタシもシヴァも――ノームやライオットも、あなた達が勇者と呼ぶ人に逢ったことがあるわ」


 その言葉に、ジュード達は各々驚いたような表情を滲ませた。

 俄かには信じ難い話ではあるものの、疑念よりもやはり好奇心の方が勝ったらしい。先程までの意気消沈した様子も何処へやら、彼らの目はそれぞれ輝いている。――尤も、子供のようにコロコロ表情が変わることのないルルーナだけは多少の呆れを滲ませて状況を静観していた。

 特にジュードは幼い頃から伝説の勇者に憧れていたと言うこともあり、現在進行形で働いている好奇心は生半可なものではない。

 そしてそれはカミラも同じだ。イスキアやシヴァが嘗ての勇者と面識があったと言うのであれば、恐らく勇者と共に在っただろう当時の姫巫女とも逢っている可能性が非常に高い。姫巫女がどのような人であったのか、恐らく彼女も興味があるのだろう。白い頬にはほんのりと、興奮からか赤みが差していた。


「勇者は、勇者様はどんな人だったんですか!?」

「巫女さまっ、巫女さまも!」

「なんで昔は魔法を使える人が異端だったんですか?」

「勇者様は天から遣わされた聖なる存在と聞いているが、それは真実なのでしょうか。是非とも教えて頂きたい」


 ジュード、カミラ、マナ、それにシルヴァ。彼らから矢継ぎ早に向けられる問いに、イスキアは穏やかに微笑んだまま暫し閉口した。

 そんな彼の傍らでシヴァは小さく溜息を洩らすと、片手で額の辺りを押さえて項垂れる。ウィルは手綱を握るリンファにも聞こえるようにと、彼女の背面にある窓を開けた。


「……まずはどれから答えたらいいのかしら、取り敢えず勇者の出自についてね。あの子は神が遣わした~とか言われてることもあるみたいだけど……それは誤りよ」

「違うんですか?」

「ええ、あの子は今で言うところの……火の国の南部にあった小さな村の出身、普通の人間よ」

「勇者様は我が国の出身だったのか……それは知らなかったな」


 やはり、伝説に残る話は幾らか盛られたものだったらしい。勇者は神が遣わしたもの、と言う訳ではなく――ジュード達と同じ普通の人間だとのこと。

 その事実は多少なりともジュードの心に落胆を生みはするのだが、その程度で彼の中にある勇者への興味や憧れが落ち着いてくれる筈もない。


「でも、あの子だって昔から勇者と呼ばれていた訳じゃない、……寧ろ悪魔と呼ばれたくらいなのよ」

「えっ、なんで……!?」

「…………それが、あの子が魔法をこの世に広めようとした理由の一つでもあるの」


 そう語るイスキアの表情は、何処か憂いに満ちていた。寂しそうな、悲しそうな――恐らく当時のことを思い出しているのだろう。

 彼が何を知っているのか、それは今のジュード達には当然ながら分からない。聞いて良いことなのかどうかさえも分からなかったが、それでもイスキアが口を開くのを静かに待っていた。



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