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第三十五話・街との別れ


「ジュード、ウィル、どうしたの?」


 ジュード達が街に帰り着いて約一週間。ウィルやシルヴァの体調も随分と落ち着き、もう二、三日で再び旅立てるだろうと言う状況になっていた。

 潰れた井戸の幾つかは街の男達と共にジュードが修復し、なんとか水不足は解消されつつある。

 街全体の復興についてはやはり短時間での建て直しは非常に難しく、今後も存続していけるかどうかは不可能の方に限りなく近い。だが住民達の多くはそれを理解していながらも、決して諦めるという道を選べずにいた。

 彼らにとっては自分達の故郷、当然である。慣れ親しんだ場所を失いたくないだろう。――尤も、失いたくないと言う気持ちだけでどうこう出来るのであれば難しいことは何もないのだが。現実は彼らの想いとは異なり、非常に無情なのである。

 ジュード達も街の復興の手伝いをしてきたが、やはり先は見えない。マナは休憩として、仲間が集まる場所となっている簡素な避難所へと戻っていた。

 その先で見た光景に彼女は朱色の双眸を丸くさせると、床に座り込んで何やら複雑な表情を浮かべるジュードやウィルへと声を掛けたのだ。


「ああ、マナ。おかえり」

「いや、メンフィスさんにもらった服、ボロボロになっちゃったなと思ってさ」


 そんな彼らの手元にあるのは、地の国に旅立つ前にメンフィスから譲り受けた騎士服。ジュードには青、ウィルには緑がそれぞれ選ばれたのだが、立派且つやや豪華なデザインは既にボロボロだ。見る影もないと言って良いだろう。

 狂暴化したノームが放った魔法により切り裂かれた為である。更にウィルはその後にアグレアスとの交戦も経験した。彼の大剣を身一つで受けた所為でその損傷具合はジュードのものよりも遥かに酷い。

 王族に逢うのだから少しは整った装いを、と言うことで与えられた衣服であったこともあり、どうしようかと現在進行形で彼らの頭を悩ませているのだ。

 確かに今二人が着ている――簡素な寝巻きスタイルで王族に逢うのだけは避けたい。風の国の王族ならば気にしなくとも、この地の国では確実に顔を顰められる。


「う~ん……この具合じゃ、ジュードでも直すのは難しそうね……」

「流石にこうまでボロボロだとなあ……」


 幾ら手先が器用なジュードと言えど、完全な修復は難しい。それほどの損傷だ。

 マナの言葉にウィルは眉尻を下げて苦笑いを滲ませると、仕方ないとばかりに小さく頭を左右に振ってみせた。


「……ま、こうなっちまったモンは仕方ないよな、王都に着いたらそれなりの服でも見てみようぜ。マナ達もある程度は整えていかないとアレだろうしよ」

「そうね、ルルーナに良さそうな店があるか聞いてみるわ」

「……」


 地の国のこと――更に王都グルゼフのことであれば、そこに家を持つルルーナに聞くのが一番だ。育ちが良過ぎる為にマナの金銭感覚と合わないと思われることは心配だが。

 だが、ジュードはそんな二人の会話を聞きながら手元の衣服をジッと見つめていた。


「……ジュード、どうかした?」

「……あ、ああ、いや。オレ、着る着ないは別にしても、なんとか……出来る範囲で直してみるよ」

「え、本気? 大変よ、きっと」

「うん、いいんだ。オレがやりたいだけだから」


 マナはジュードのその言葉に改めて双眸を丸くさせた。彼とその手元の衣服を何度か交互に眺めて思うままを告げたのだが、それでも彼の気持ちは変わらないようだ。

 ――今のジュードの頭にあるのは、これまでに見てきたメンフィスの姿。水祭りで初めて、彼が家族を失った話を聞いた。この衣服を譲り受けた際の彼の様子も加え、メンフィスが家族を何より愛していたと言うことが窺えたのである。

 そのメンフィスの愛息子が着ていた衣服――それを、ボロボロになったからと言うだけで破棄するのは抵抗があったのだ。

 出来ることなら少しでも修復したい、その想いがジュードの胸中を占めていた。

 無論それを口に出すことはしないが、ジュードは余計な言葉を発することなく自分の分とウィルの分とを纏めて荷物の傍らへと寄せる。ウィルとマナはそんな彼を不思議そうに眺めていた。

 しかし、そんな彼らの休息も不意に終わりを告げることとなる。


「――ジュード様、ウィル様!」


 彼らの元に、不意にリンファが駆け込んできたのだ。その表情には、彼女にしては珍しく動揺が滲み出ていた。

 そんな普段とは異なる彼女の様子にジュードはもちろんのこと、ウィルやマナも反射的にそちらに視線を向ける。華奢な肩が忙しなく上下しているところを見る限り、恐らく此処まで走ってきたのだろう。


「リンファさん、どうかしたの?」

「急いでいらしてください、街の方々がノーム様を……!」

「え……」


 その言葉に、ジュード達は自然と表情を曇らせた。


 * * *


「ノームが、どうしたって!?」


 そうして、ジュード達は先導するリンファの後に続いて街へと足を向けていた。体調こそ戻ってきたものの、未だ本調子とは言い難いウィルの為に駆ける速度は普段よりやや遅めだが。

 リンファは後方を振り返ることなく先頭を進みながら、複雑そうに眉を顰めると一拍の思案らしき空白を要した末に改めて口を開いた。


「それが……先日の地震は自分の所為だと、ノーム様がご自分で口になされて……それを聞いた街の人達がノーム様を責め立てているんです」

「なんだってそんなことを……!」

「ノーム様なりに罪悪感を覚えていられたようです、それで……謝罪をしたかったのだと……」

「ったく、変に人間臭い精霊だな……」


 告げられた言葉にジュードは奥歯を噛み締めると、愚痴るように呟くウィルの声を聞きながら表情を顰める。

 ノームは今回の騒動について、随分と責任を感じているようであった。ジュード達に牙を剝いたことはもちろんなのだが、身体の自由が利かなかったとは言え自分が暴れた所為でアレナの街に甚大な被害を齎してしまったことについても。

 恐らくはそのことを詫びたかったのだろう。しかし、結果としてそのノームは今現在叱責を受けているとのこと。見過ごすなど出来る筈もない。

 だが、どう住民達を宥めるべきか。身体が言うことを利かなかった、だから仕方なかったんだ――などと言われて彼らの腹の虫が鎮まってくれるとは到底思えないのも事実、逆に火に油を注ぐだけだ。故郷を破壊した張本人が手の届く場所にいる、その事実を受け入れられるほど人間は強く出来ていないのもある。

 やがて見えてきた街の中央広場に視線を投じると、そこには人の輪が出来上がっていた。多少の距離があっても、男達が上げる怒声は容赦なくジュード達の鼓膜を揺らす。ふざけるな、その声が非常に多かった。


「……!」


 軽く人の波を掻き分けて中心部へ差し掛かると、輪の中ほどにはシルヴァやカミラ、ルルーナがいた。騒ぎを起こした張本人であるノームは屈み込んだカミラに抱き込まれる形で、円らな瞳からポロポロと大粒の涙を溢れさせている。ジュード達が見ればその姿だけで罪悪感を覚えるものだが、怒りに支配された住民達は当然止まることはなかった。

 カミラ達の周辺には様々な物が散乱しており、それだけであらゆる物を投げつけられたのだと理解出来る。幸い今のところ負傷した仲間はいないようだが、このままでは時間の問題だ。男達のみならず集う住民達はいずれも殺気立ち、手には投げる為と思われる多くの物が握られている。


「何をやってるんだ!」

「……! ジュード、みんな!」


 ジュードが声を上げると、仲間だけでなくその場の住民達の視線は一斉に彼に集まった。ウィルは「あちゃ」と思わず片手で目元を押さえ、小さく溜息を洩らす。この場に彼が乱入したからと言って、丸く収まるとは思えない。寧ろ余計に波風を立ててしまうだけだ。

 ジュードはカミラやルルーナの前に立つシルヴァの傍らに歩み寄ると、一度彼女のその風貌を窺う。シルヴァの凛とした表情の中には確かな憤りと払拭しきれない疲労が滲み出ていた。

 彼女とて、まだ本調子とは言えないのだ。あまり負担を掛けるべきではない――ジュードはそう判断した。


「うに、うに、マスター……」


 ライオットはカミラの傍らでノームの様子を窺っていたが、やがて飛び跳ねるようにしてジュードの足元までやって来るといつものように足に飛び付き、そのまま身をよじ登ってくる。


「ノームに悪気はなかったんだに、謝りたかっただけなんだに……」

「……分かってるよ」


 ノームの性格はまだしっかりと理解は出来ていない。

 だが、元に戻ったノームと言葉を交わしたが、破壊的な性格もしていなければ悪戯に人々の怒りを煽ったりすることを好むようには見えない。それどころか非常におっとりとしていて優しい。恐らくはリンファが言ったように罪悪感を覚えて純粋に謝罪したかっただけなのだ。

 周囲からの突き刺さるような視線を感じながら、ジュードは一度後方を振り返る。そこには、依然としてカミラに抱かれたまま、悲しそうに涙を流すノームの姿があった。


「なんだ坊主、テメェもその怪物を庇うってのか!?」

「かっ、怪物じゃないに! ノームは精霊だに!」

「なにが精霊だ! そんなモンが一体何をしてくれるってんだよ! 街を破壊して、俺達から色々なものを奪った悪魔じゃねえか!」

「そうよ! 精霊だなんて気味の悪い存在なら尚更この街にいてほしくないわ! さっさとここから出て行ってちょうだい!」

「ちょっとアンタ達、少しは落ち着きなさいよ!」


 抑え切れない怒りの言葉にジュードは一度眉を顰めるが、彼が何か言うよりも先にカミラの傍らにいたルルーナが口を開いた。取り敢えず、このままでは話も何も出来ない。少しでも彼らの怒りを鎮める方が先と判断した為だ。

 だが、輪の中にいた男の一人はルルーナにさえ牙を剝いた。


「うるせぇ! アンタはいいよな、ノーリアン家のご令嬢ともありゃ生活も何も安泰だろうしよ!」

「……!」

「知らないとでも思ったのかよ。あんた、ネレイナ様の一人娘だろ? 貴族様がこんな街に何の用だよ! 俺達が血反吐を吐く想いで這いずり回る様でも見に来たってのか!?」

「そんな、ルルーナさんは……!」


 次々に向けられていく言葉に黙っていられなかったのはカミラだ。彼女はジュード達が鉱山に行っている間、ルルーナと共に怪我人の治療をしていた。その際のルルーナの様子は、本当にこの街の人々を心配していると――それが分かるものだったからこそ、そんなことはないと言いたかったのである。


「あんただって、その悪魔を庇い立てするなら同じよ! 気味が悪いわ!」

「そうだそうだ! あんたらみたいなよそ者が来たから、この街はこんなことになったんだ! その悪魔を連れてさっさと出て行け!」


 だが、何を言ったところで住民達の怒りが収まると言うことはないらしい。

 当然だ、あの大地震で街はほぼ壊滅し、命を落とした住民も多い。その現実を前に「ノームは精霊だ」などと言われても、許せる筈がないだろう。寧ろ許せる方がおかしいのだ。

 ウィルは力なく頭を左右に揺らすと、人の波を掻き分けてマナやリンファと共にジュードの傍らへと足を向けた。そして彼の肩に手を置くと吐き捨てるように言葉を向ける。


「ジュード、もう行こうぜ」

「え、でも……」

「何をどうしたって仕方ないさ、理屈で解決出来る問題じゃない。……今は、俺達がここにいない方が良いんだよ」


 ウィルのその言葉に賛同を示したのは、ジュードの傍らに立つシルヴァだ。依然として向けられる怒りと憎悪に満ちた多くの視線は、自然と彼女の精神を磨耗させていく。シルヴァは小さく溜息を洩らしながら頷いた。


「そうだな、ウィル君の言う通りだ。我々がこの場にいるだけで住人達の怒りを煽ってしまうだろう、……君達の調子を考えるならもう暫し休息したいところではあったが……仕方ない」


 シルヴァのその言葉に、ジュードは脇に下ろした拳を固く握り締めると悔しそうに口唇を噛み締めた。

 この街の人達はこれからどうなってしまうのか、その不安はやはり消えることはない。

 だが、ウィルやシルヴァの言う通り彼らがこの場にいても、最早協力出来る雰囲気ではないこともまた揺ぎない事実。心配は尽きないが、それでも今現在は他に選べる道などある筈もなかった。



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