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第二十四話・それぞれの役割


 苦しい、助けて。

 身体が言うことを利かない、止めてくれ。


 ジュードの頭には、依然としてそんな助けを求める声が響いていた。

 他でもない、目の前の獣から。

 しかし、止めようにも獣の強さは生半可なものではなかった。嘗て対峙したアイスゴーレムとは比較にさえならない。

 力は大型の野獣のようなもので、その体当たりを押さえるのも困難だ。見ての通り身の大きさも半端なものではない。アイスゴーレムと異なり四足で立っているが、後ろ足で立ち上がれば然程変わらないサイズだ。

 当然ながらそんな大きさの敵を前にすると、攻撃を当てるのは簡単だが、避けるのは非常に難しい。今回の、恐らくノームと思われるこの獣は動きも俊敏な部類に入る。


「(けど、コイツは苦しんでるんだ。やるしかない……!)」


 ジュードは頭の中でしっかりとそう決意すると、傍らのマナへと一度視線を向ける。彼女は典型的な後方支援型だ、獣の物理的な攻撃が届かないよう配慮しなければならない。


「マナ、後ろから援護してくれ。カミラさんがいない以上、あまり長引かせる訳にもいかない」

「そ、そうね、長くなったらこっちが不利になるわね……分かったわ」

「ちび、マナを頼む。あいつの意識がこっちに向かないように守ってくれ」

「わうっ!」


 カミラがいれば、例え負傷したところで彼女の治癒魔法である程度は回復出来る。――尤も、ジュードにはその方法は使えないのだが。

 それでも彼を除くウィル達ならばそれも可能なのだ。しかし、今はそのカミラがこの場にいない。持久戦になれば間違いなくこちらが不利になる、それは深く考えずとも分かることだ。

 ジュードはマナとちびの返事を確認すると、地面を強く蹴って駆け出した。獣の傍らでは既に先んじて飛び出したウィルとリンファが交戦している。二人にばかり負担を掛ける訳にはいかなかった。


「堅い……! なかなかダメージに繋がりませんね……」


 リンファは愛用の得物――短刀を獣の前足に突き立てようとはするのだが、その皮膚は思った以上に堅く、まるで岩を叩いているような感覚があった。更にライオットが言っていたように、リンファは水属性を得意としている。彼女は地の国ではあまり本領を発揮出来ないのだ。そんな中で嘗て闘技奴隷(とうぎどれい)として戦っていたと言うことは、非常に困難だったと思われる。逆に言うのならば、それだけ彼女が強いと言うことなのだが。

 しかし、その彼女が持ち合わせる得意属性がここで今、明らかな枷となって現れていた。

 この獣が本当に地の精霊ノームであるのなら有効な打撃を与えられるのは、やはり風属性を持つウィルだ。


「マスター、ライオットと交信(アクセス)するに!」

「ああ、分かった。今回はどうするんだ、ウィルのサポートか?」

「うに、サポートしながら戦うに!」

「またそんな難しいことを……」


 ライオットから返る言葉に、ジュードはボヤきながらも止めるようなことはしない。相手は見るからに強敵だ、単独で勝てるなどと到底思えるものではなかったからだ。

 更に言うのであれば、ジュードは仲間を何より大切にするタイプと言える。その仲間のサポートが出来るのなら彼にとっても喜ばしいことだ。いつも守られてばかりの自分が、仲間の為に何か出来ると言うことなのだから。

 ライオットはジュードの中へ姿を消すと、次いだ瞬間に彼と繋がった。


『交信可能時間は十五分だに! それまでに終わらせるに!』


 初めて交信状態になった時に比べてジュードの精神力は確かに増えているのだが、それでもライオットとの交信時間は未だに十五分程度が限界であった。それも契約(コントラクト)出来れば解消可能な問題なのだが、ジュードにはそれが出来ないのである。

 契約出来れば、少しでも仲間に楽をさせられるかもしれない。でもそれが出来ない、それを思えばジュードの中には複雑な葛藤ばかりが芽生えていた。


「(――なら、オレが少しでもみんなを守るしかない!)」


 未だに実感は湧かないが、自分は稀有(けう)な能力を持つ存在なのだと思えば余計にその想いは強くなる。この力で仲間を守れるなら、彼らの役に立てるなら、と。

 ジュードはライオットと交信すると、両手に武器を携えて獣へ向けて駆け出した。

 ――今はとにかく、重い一撃を加えられるだろうウィルのサポートだ。注意を自分に引き付ける、そう思ってのことである。


「ウィル、リンファさん!」

「ジュード、コイツはかなりヤバイぜ。図体はデケェのにほとんど隙ってモンが見つからねぇ……!」


 ウィルはリンファを庇うように彼女の斜め前に立ちながら、先程から繰り出される攻撃を避けてはいたのだが、彼の言葉通り目の前の獣には隙と言うものがほとんどなかった。

 アイスゴーレムのように動きが遅いと言うこともない、身体は大きいが動きは非常に俊敏だ。まるで狼か何かがそのまま図体だけ大きくなったような、そんな印象を受ける。尤も、外見は狼とは異なるのだが。

 視線だけはしっかりと獣に向けたまま呟くウィルは、言葉こそ冷静ではあるものの状況の難しさは理解しているらしい。その表情には多少なりとも焦りの色が滲んでいた。常に冷静である彼にしてみれば珍しいことだ。


「ウィル、オレが囮になって撹乱するから、ウィルは攻撃することだけ考えてくれ」

「お前、またそんなことを――」

「仕方ないだろ、この中で一番攻撃力が高いのはウィルなんだ。それに……」


 身体が言うことを利かない。

 そう言っているらしい獣が、のんびり話しているのを待っていてくれる筈もない。ジュードがそこまで言葉を連ねたところで、低く唸る獣が先程のように前足を真横に振るってきたのである。

 それを確認してジュードとウィル、リンファは咄嗟に身を低くすることで回避した。頭で考えるよりも先に身体が動いたのだ。

 しかし、獣の攻撃はそれだけには留まらなかった。空振りした前足を気にすることもなく巨体を翻すと、今度は後ろ足を振り上げてきたのである。

 その足はジュード達の身に直撃することはなかったが、彼らの頭上――高めの天井を見事に打った。その衝撃で彼らの頭上からは大小様々な岩が落ちてくる。落石だ。

 ジュード達は慌てて横へと飛び退いて落石の直撃は回避したが、そこに出来た隙を獣が見逃す筈もなかった。即座に体勢を立て直し、勢い良く突進してきたのである。


「――ぐッ!!」

「ジュード様!」

「だ、大丈夫、二人は攻撃を!」


 その突進はジュードが身体の前で武器を交差させ盾にしながら防いだが、力の差は歴然だ。刃を寝かせていなければ突進を受けた拍子にジュードの身が自身の武器で傷付いていた可能性が高いほど。

 両手が痺れるのを感じながらも、やはりその程度でジュードは怯まない。咄嗟に声を上げたリンファに対し、視線は獣を真っ直ぐに射抜いたまま即座に返答した。

 ライオットと交信したことで、ジュードの身体能力は普段よりも高くなっている。囮役になるのは、防御面に於いても彼が適任なのである。リンファもスピードではジュードに匹敵するが、直撃すれば命に関わる。更に言うのならリンファは女性、ジュードが女性をそのような危険に好き好んで晒させる筈がなかった。


「……っ、仕方ない。リンファ、やるぞ!」

「は……はい、分かりました」


 恐らく、言ってもジュードは聞かない。ウィルは彼の性格をよく理解しているからこそ、そう思った。

 ならば、そんなジュードを助けるには、少しでも早くこの戦闘を終わらせること以外にないのだ。


「こんのぉ! 止めろってんなら止まりなさいよ!」


 後方に控えていたマナは、ジュードに体当たりをかます獣の横っ腹を目掛けて複数の火炎弾を放った。それは火属性の初級に分類される攻撃魔法『ファイアーボール』だが、全くダメージにならないと言うようなことはない。彼女の魔力はこの中で一番高いのだから。そんなマナが使えば、例え初級魔法であったとしても威力は高くなる。

 しかし、当然これだけの巨体が初級魔法一発で倒れてくれる筈がないのも事実。

 横っ腹に複数の火炎弾を受けた獣は興奮したように雄叫びを上げて、前足二本を上げた。後ろ足だけで立ち上がったのだ。高く作られた空間ではあるが、その天井に頭が届いてしまいそうなほどである。

 ウィルは槍を片手に持ち素早く獣の後方へと回った。マナが後ろから援護してくれるのであれば、幾らか楽になるだろう。魔法での援護があるのとないのとではまるで違う。マナならば初歩的なものではあれど、多少の風魔法も扱える筈だ。


「(取り敢えず、今回ばっかりはジュード任せって訳にはいかないな。やってみるか……!)」


 相手であるこの獣が本当に地の精霊ノームであるのなら、ライオットが言うように風の属性を持つ自分が頑張るしかない。ウィルはそう思い、リンファに一瞥を向けた。それを理解してリンファは一度小さく頷くと、利き手に持つ短刀をしっかりと握り締めてそこに意識を集中させ始める。

 程なくして、彼女のその手が淡く白い光を纏った。それは気功を意図的に操作して行うもの――全身の気を一時的に利き手だけに集めて攻撃力を高める能力だ。これは気の操作に慣れた彼女だからこそ出来ることである。


「出来るだけ早く仕留めるぞ!」

「はい!」


 ウィルの言葉にリンファは一言返事を向け、そして同時に獣の元へと駆け出した。幾ら普通の敵よりも防御が高かったとしても、ウィルの槍と攻撃力を高めたリンファの攻撃、そしてマナの魔法の全ては防げない筈だ。

 ジュードの身を案じて必死に吼え立てるちびの為にも、そして彼自身の為にも。今は一刻も早くこの状況を鎮めなければならない。このまま長引かせれば圧倒的に不利なだけではなく、獣が暴れたことで鉱山内部が崩れ、生き埋めになってしまう可能性もあるのだから。

 ――目の前の獣を黙らせる、それが今現在の彼らの一番の目的であった。



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