第二十一話・鉱山の謎
「なあ、ジュード。お前さ、街の人にどんな話聞いたんだ?」
「ええと、東にあるトレゾール鉱山に狂暴な魔物が出たって」
目的地である東のトレゾール鉱山に行き着いたジュード達は、何かがいるだろう地下を目指していた。しかし、先程から彼らは延々と走り回っている。
なぜなら、鉱山の中は彼らが想像していた状況とは全く異なるものであったからだ。
先頭を駆けるジュードの背中にウィルが一声掛けると、彼は苦笑い混じりに返答を向けてくる。それを聞いてマナは呆れたように双眸を半眼に細めた。
「狂暴な魔物が出たってレベルじゃないわよ、これ!」
「そうですね、狂暴な魔物が出たと言う訳ではなく……」
先頭を走るジュードの後ろには、ウィルとマナ、そしてリンファが続く。ちびはジュードの傍らを駆け、ライオットはいつものようにその頭に乗ってしがみついていた。
そんな彼らの後方からは複数の魔物の姿、それぞれに吠えるような声を上げながら追跡して来ている。
つまり、現在進行形でジュード達は魔物から逃げているのだ。
ジュードは複雑そうに苦笑いを滲ませながら、リンファの言葉に続く。
「ああ……狂暴な魔物が出たんじゃなくて、魔物が狂暴になったんだな」
そうなのである。
鉱山に足を踏み入れた彼らが見たものは、狂暴な魔物ではなく――魔物が狂暴になった、としか思えない魔物達の姿であった。これまで『狂暴な魔物』と聞いてジュード達が想像したのは、水の国の鉱山で見たアイスゴーレムのような存在かと思っていたのである。その場の主として狂暴な魔物が出たのだろうと。
だが、事実は違っていた。狂暴な魔物が現れたのではなく、鉱山に生息する魔物が狂暴になっていたのだ。それも、単純に獰猛になったと言う訳ではない。見たこともないような現象が起きていたのである。
「――あそこだ、あの横道に入ろう!」
「そうね、あんなのと戦ってばかりいたら戻る分の体力がなくなっちゃうわ!」
ジュードは先に見える通路の横穴に気付くと、追跡してくる魔物との距離を肩越しに確認して仲間達に声を掛けた。ウィルと共に彼の後ろに続くマナは賛成とばかりに何度も頷く。
この鉱山に入ってから何度か狂暴になった魔物と交戦したのだが、その強さは半端なものではなかったのだ。勝てないと言うようなことはないが、何度も繰り返していれば体力が尽きるだけでなく、精神力も使い果たしてしまう。魔法を主に扱うマナにとって、それだけは何よりも避けたいことであった。
ジュードが見つけた横穴に飛び込んだ彼らは、それぞれ固い岩壁に背中を張り付けて必死に息を殺す。気配までを完全に殺すことなど出来はしないが、幸いにも追跡してきていた魔物は彼らに気付かずにそのまま先へと駆けて行った。
それでも暫しの間、ジュード達は言葉を発することもなく黙り込んで気配を窺っていたが、やがて腹の底から深く安堵の息を吐き出して各々胸を撫で下ろす。ジュードとウィルは壁伝いにズルズルと地面に座り込み、マナは疲れたように頭を垂れ、リンファは他の魔物の気配がないか周囲の様子を探っていた。
ちびはライオットを頭の上に乗せたまま、心配そうにジュードの傍らへと寄り添う。
「はあぁ……疲れた……」
「まさか鉱山の中の魔物が狂暴になってるなんて思わなかったもんなぁ……魔物の狂暴化は各地で起きてることだろうけど、今回ばっかりは……」
「狂暴ってレベルじゃないわよ、もう別の生き物って感じじゃない」
ジュードは文字通り疲れたように吐息を洩らし、ウィルはそんな彼を見遣りながら薄く苦笑いを滲ませる。だが、そんなウィルの言葉にマナは力なく頭を左右に揺らした。
マナの言うように、このトレゾール鉱山の魔物は他の魔物とは異なるものだったのだ。
「そうだな……なんて言えばいいのか、まるで合成獣みたいに見える。蟻とコウモリが融合してるのもいたし、狼型の獣がスライムと融合もしてたな」
「二匹分の力も合わさっているような感覚がしました、通常の魔物に比べて能力が違い過ぎます」
ウィルの言うように、この鉱山の魔物は通常の魔物とは姿形が随分と異なっていた。
まるで二匹の魔物が合体したような外見をしているのだ。蟻とコウモリが合体し、蟻の背からはコウモリの翼が生え、鋭利な爪や牙で素早い攻撃を繰り出してくる他、狼型の魔物とスライムも同じだ。鼻や口など身の至る箇所からドロリとしたスライムの液体が溢れ出ていた。それは非常にグロテスクな光景で、思い出したマナは嘔気を堪えるように眉を寄せて片手で口元を押さえる。
そしてリンファの言うように、それらの魔物の力は外に生息するものとは明らかに異なっていたのだ。一匹ではなく、二匹の魔物が持つ力が合わさり、全ての能力が倍になっていると思えるほど。力は異常に高く、非常に俊敏。更に防御力も高い、と手が付けられないような状態になってしまっていた。
何度か交戦しただけで、ジュード達は既にボロボロだ。ほぼ全力で戦わないと下手をすれば負ける可能性がある、それほどのレベルである。
だが、このトレゾール鉱山は随分と広い。こんな中で毎回全力で戦闘を繰り返していたら途中で力尽きてしまう。
ライオットはちびの頭の上から飛び降りるとゴツゴツとしていた地面の上を歩き、胡坐を掻いたウィルの膝上へと乗り上げた。
「うに、おねーさんがいない以上はウィルに頑張ってもらわないと困るによ」
「……あ?」
疲れきったように軽く項垂れていたウィルは、ふと間近から聞こえた言葉に小さく声を洩らしてライオットを見遣る。顔を上げた彼の風貌には、文字通り明らかな疲労が見て取れた。
鉱山の中に入ってから、既に二時間は経過している。その間中、特に休憩を挟むこともなく戦闘を行い、もしくは駆けずり回りを繰り返していたのだ。その上、ウィルは守りに於いてもこの中では安定している為に、敵の攻撃を引き付ける役も担っている。パーティのアタッカー兼壁役、更には回復役だ。疲れない筈がない。
「この鉱山は地属性を持った魔物ばかりだに、地の弱点はなんだに?」
「……風、だな」
「そうだに、地は風に弱いによ。ウィルは風属性の持ち主だに、おねーさんがいない以上はウィルに頑張ってもらう必要があるに」
「あんたねぇ、今のウィルを見てよくもそんなことが言えるわね。クタクタだって分からないの? 言われなくても充分頑張ってるわよ」
確かに彼と同じ風属性を持ち、攻守共に長けたシルヴァがいてくれればもっと楽だっただろう。だが、ないもの強請りをしても仕方がないのも事実。彼女は今、怪我を負い街で休んでいるのだから。そのためウィルが守りを引き受けているとも言えるのだが。
しかし、幾ら治癒魔法を扱えると言っても、カミラのように長けていると言う訳ではない。前線で戦いながら傷の治療をすると言うだけでも大変なのは明白だ。そんな中でもっと頑張れと言うのかと、マナは双眸を半眼に細めてライオットを睨み付けた。
「いや、けど……次の地震が起きる前になんとかしなきゃならないのも確かなんだ。……頑張るさ」
「でも、だからって無理して途中で倒れたらどうしようもないぞ。オレ達が途中でやられたら原因の解明どころじゃない」
「ジュードの言う通りよ、急がなきゃならないのは分かるけどさ」
ウィルの言葉も、ジュードやマナの言葉もどちらも間違ってはいない。
次の地震が来る前に、と思うウィルの気持ちは二人とて理解はしている。だが、ここで彼らがやられてしまっては原因の解明云々の話ではなくなるのも事実であった。
リンファは彼らの言葉を聞きながら、辺りを見回して不思議そうな呟きを一つ洩らす。
「……そう言えば、アレナの街とこの鉱山はあまり距離もありませんでしたが……この鉱山は地震の被害を受けていないのでしょうか」
そのリンファが洩らした疑問に、ジュード達の視線は今度は一斉に彼女に向いた。
街から鉱山までは彼女の言うようにそれほどの距離はない。だからこそ、あれだけの規模の地震の被害や影響を受けていないのは、聊か疑問が残る。
このトレゾール鉱山は結構前から採掘が行われているのか、随分と広く掘られているようだ。採掘した鉱石を運び出す為のものと思われるトロッコや、他の作業道具も年季が入っているように見えた。線路などは途中で途切れているものも多く、簡素な修復が行われていたりする箇所もある。とても真新しいとは思えなかった。
つまり、結構古い鉱山だ。あれほどの大きな地震に見舞われれば通路が塞がっていたり、落石があってもおかしくない筈なのである。
「……確かにおかしいな。街があんな状態になるくらいの地震だぞ、なのにこの鉱山は壁が崩れたような形跡もない」
「途中、結構道も入り組んでたわよね。ああいう部分ならダメージとか受けてても不思議じゃないと思うけど……」
「……特に問題なさそうだったな」
ウィルはリンファの洩らした疑問に同意するように頷き、その言葉にはマナとジュードが続いた。一体どういうことなのか――彼らの中には確かな疑問が募る。まるでこの鉱山だけ守られているような、そんな考えさえ浮かんだ。
「(やっぱりこの鉱山には何かがいるのか……? 取り敢えず奥まで行ってみるしかない、か……)」
一体何故この鉱山だけ地震の影響や被害を受けていないのか、あの声の主はなんなのか。謎は深まっていくばかりで、一向に答えが見えてこない。
それでも、今は進むしかない。ジュードはそう思い、固く拳を握り締めた。