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第十七話・狂暴な魔物と地震


 突然の地震は店内の品々の多くを床へと落とし、綺麗に飾られていた内装さえも破壊したところでようやく鎮まった。

 入店した際には気後れするほどの美しいものだった店の中はメチャクチャだ、壁に立て掛けられた剣や槍は床に転がり、近くには割れた花瓶と無残にも散った花々。赤い絨毯は花瓶に入っていたものと思われる水で完全に湿っていた。

 流石に建物自体が崩れると言うようなことはなかったが、それでも店の中はメチャクチャ。店員には何人か打撲を負った者もいるようであった。

 ジュード達は揺れが収まったのを確認すると、そこでようやく顔を上げる。確かに立っていた筈だったのだが、あまりの揺れに誰もがその場に屈んでいた。――逆に言うと、屈むくらいしか出来ることがなかったのである。


「はあぁ……みんな、大丈夫か?」

「こ、怖かった……地震……?」

「そうみたいだな……あーあ、店のモンもメチャクチャ……」


 ジュードは辺りの様子を窺いながら静かに立ち上がると、まずはと仲間達に視線を向ける。すると、地震前に共に武器を見ていたカミラやウィル、マナ、リンファは比較的近くに窺えた。カウンターの傍にいたルルーナはシルヴァに庇われる形で後ろから抱き込まれ、特に怪我らしい怪我はないように見える。ルルーナは文字通り安堵したように片手で胸を撫で下ろし、深い吐息を洩らしていた。

 ジュードの呼び掛けに、マナはその身を小さく震わせながら呟く。その言葉通り怖かったのだろう。だがウィルの言うように店内はメチャクチャでも、仲間に怪我人が出なかったのは不幸中の幸いと言える。


「とにかく、怪我をした人の手当てだ。あと、街の様子も見てみないと」

「では、二手に分かれよう。ジュード君は巫女様と共に街の中を見てきてくれ、ウィル君やルルーナ嬢は店内の負傷者を」

「はい、分かりました。……大丈夫だとは思うけど気を付けろよ、ジュード」

「ああ、そっちもな」


 あくまでも冷静に指示を向けてくるシルヴァに仲間達は一斉に向き直ると、それぞれ了承の意味合いを込めて頷いた。

 随分な揺れだったのだ、街中も混乱が予想される。治療系の魔法を扱えるカミラやウィル、ルルーナはやはり散った方が良い。何処に怪我人がいるかも分からないのだから。

 ジュードは依然として座り込んだままのカミラに片手を伸べると、大丈夫だろうかと幾分心配そうにその様子を窺った。


「カミラさん、大丈夫? ……立てる?」

「う、うん、……びっくりした」


 カミラは暫し硬直していたが、ジュードの声が彼女の鼓膜を揺らすとその視線は自然と彼を捉える。そして思ったままを小さく呟きながら、差し伸ばされた手を取り立ち上がった。文字通り余程驚いたのだろう。恐怖よりも驚愕が勝る点で、少々ズレているようにも感じるのだが。

 ウィルの助けを借りてマナやリンファも静かに床から立ち上がると、それぞれその視線はジュードへと向く。


「ジュード、あたし達も行くわ」

「カミラ様お一人では負傷者の手当てが大変かと思われます、お役に立てるかは分かりませんが、私も……」

「ああ、分かった。――じゃあ、シルヴァさん、行ってきます」


 確かに、先程の街中――そして人の往来を思えばジュードとカミラの二人だけでは明らかな人手不足である。リンファはジュードが怪我をした際に気功術で治療を行う身だ、怪我人がいればカミラの助けにもなるだろう。

 シルヴァはジュードの言葉に一度彼に向き直り「気を付けて」とだけ告げると何処か心配そうな面持ちで見送った。

 あの地震の直後で二手に分かれるのは多少なりとも心配はある。だが、このような状況を前に彼らが黙っていられる筈もなかったのだ。


 * * *


 武器防具屋を後にして街中に足を踏み入れたジュード達は、彼らの予想に反してそれほど大きな被害が出ていないと思われる様子に小さく安堵を洩らした。辺りを行き交っていた住民達は驚いたように地面に座り込んではいたが、建造物の類はいずれも倒壊などはしていない。――尤も、中は先程の店内のようにメチャクチャになっているのだろうが。

 取り敢えず、建物が倒れてこなかっただけでも幸いと言える。一先ず、街を回って怪我人の手当てをすることが先決だ。早くしないと、辺りは夜の闇に支配されて視界が利かなくなる。時刻は既に夕方の六時を回っている筈だ。


「この調子じゃ、宿屋の方もメチャクチャかな……」

「そうですね、夕食は少し遅れると考えた方が良いかもしれません」

「じゃあ、その時間を街の人達の手当てに使った方がいいね」


 武器防具屋でさえあの騒ぎだ、多くの宿泊客がいるだろう宿の中を考えると、それ以上の惨事が予想出来る。

 手さえ空いていれば宿の片付けにも回れるのだが、今現在どれだけの怪我人がいるかさえも分からない。今はまず怪我人の捜索が最優先だ。

 ジュードはカミラと、マナはリンファと組みそれぞれ街の東西へと駆け出していく。アレナの街は既に確認済みの通り、非常に広い。固まって動くよりはこちらでも二人ずつ、二手に分かれる方が得策だと判断したのだ。とは言っても、ジュードの肩には依然としてライオットが乗っているが。

 とにかく、大きな地震があった後は余震が訪れる可能性が非常に高い。被害が拡大する前に――そう思いながらジュードとカミラは街の東側へと足を向ける。東側出入り口の厩舎には馬車の馬と、ちびもいる。パニックを起こしていないか、純粋に心配にもなった。


「ジュード、あそこ。子供がいるよ!」

「本当だ、……行ってみよう」


 カミラの言葉にジュードは反射的に彼女が示す方に視線を向ける。すると、その先には言葉通り数人の子供と一人の男性が座り込んでいた。建物と建物の間の溝に座り、疲れたように項垂れている。


「あの、大丈夫ですか?」

「……え? ああ、まあ……なんとか」

「待ってください、すぐに治しますから」


 ジュードが声を掛けると、男性は項垂れていた頭を上げてぎこちなく頷いてみせた。その顔には見るからに疲労が滲んでいる。彼の周りにいる子供達は「パパ」と泣き出しそうな声で呟きながら、男性の腕や背中に必死にしがみついていた。それだけで、この子供達が彼の息子なのだと理解出来る。

 見れば、男性は右足首を片手で押さえていた。恐らく先程の地震で捻ったのだろう。カミラは彼の正面に屈むと、手で押さえるそこに片手を翳した。


「……どうもありがとう、すまないね」


 カミラが翳した手の平からは、程なくして白く淡い光が溢れ出す。その柔らかな輝きは男性の右足首を優しく包み込み、ゆっくりとだが確実に――彼に植え付けられた痛みを癒し始めた。

 すると男性は疲労が滲む相貌をくしゃりと笑みに和らげて礼を呟く。共に和らげられた眦は、彼が穏やかな男性であることを伝えてくれる。


「最近、地震ばかりでね……いい加減静かになってほしいモンだ」

「地震、多いんですか?」

「ああ、元々結構あったんだけどね、それでも多くて二週間に一回程度だったんだ。それが最近じゃ一日に二回は起きるよ、今回のような大きいものは初めてだったけど……」

「一日に二回も? そりゃ疲れる筈だよ……」


 男性から返る言葉に、ジュードは軽く眉を寄せて力なく頭を左右に揺らす。彼が育った風の国ミストラルは、災害らしい災害もなく穏やかな国だった。毎日のように地震が起きるなど、ジュードからすれば信じ難いことである。そんな環境下に置かれて、住民達の安全は大丈夫なのか心配にもなった。

 子供達を見てみれば、中には涙を滲ませている者もいる。幼い身に先程のような大きな地震はあまりにも酷だ。


「最近多くなってるってことは、何か原因でもあるのかな……」

「関係があるかは分からないけど、東のトレゾール鉱山で狂暴な魔物が出たとは聞いたよ。その噂が流れ始めてから地震が多くなったような……」

「狂暴な魔物か……魔物が地下で暴れてる所為、って訳じゃないよなあ……」


 狂暴な魔物の出没と、頻発する地震。果たして関連性があるのかどうか。

 それはもちろん気になるのだが、彼らは今現在、大事な任務の途中なのである。

 カミラは男性の足首の治療を終えると、屈んでいたそこから立ち上がりジュードに向き直った。


「ジュード、どうするの?」

「オレは行ってみたい、地震と関係があるかは分からないけどさ」

「うに、そうだに。ライオットも気になるに!」


 特に躊躇するような様子もなく即答を返してきた彼に、カミラは瑠璃色の双眸を細めてふわりと――何処か嬉しそうに笑うと、同意を示すように一度だけしっかりと頷いた。その反応を見る限り、彼女も同じ考えなのだろう。


「その鉱山は、ここからどのくらい?」

「そんなに距離はないけど……君達、本当に行くのかい? 狂暴な魔物が出たって話だ、危ないよ」

「大丈夫です、ヤバいと思ったら引き返しますから。情報ありがとうございました」


 男性はジュードやカミラの会話に驚いたように目を見開き、幾分か慌てた様子で彼らに咄嗟に制止を向ける。自分の齎した迂闊な情報で、年若い者が命を落とすと考えているのだろう。

 だが、そんな話を聞いてジュードもカミラも――果てにはライオットも、黙っていられるような性格はしていなかった。

 それでも、自分達の一存で決める訳にもいかない。取り敢えず、全ては他の怪我人の手当てをしてからだ。ウィルやシルヴァの冷静な意見を聞いて決める方が良い。


「(東のトレゾール鉱山、だな……何か分かれば良いんだけど)」


 とにかく、今のままではアレナの街の住民達は落ち着いて寝てもいられないだろう。男性は、これだけの大きな地震は初めてだと言っていた。今後、更に大きなものが起きないとは言い切れないのだ。

 鉱山と地震が何か関係しているのかどうか、当然ながらこの場で分かることは何もない。

 ジュードは思考と意識を切り替えるべく小さく頭を左右に振り、再びカミラと共に街の中へと駆け出した。



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