表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/414

第十四話・カミラの目的


「あの、カミラさんはこれからどうするの?」


 女王との謁見を終えて客間に戻ったジュードは、出迎えてくれたカミラと軽く一言二言交わしてから早速本題に入った。

 彼はこれからミストラルに帰り、そしてまたこの王都まで戻らなくてはならない。あまりゆっくりしていられないのが現状だ。


 ジュードから向けられた問いにカミラは「う、うん」とぎこちなく言葉に詰まると、そっと視線を下げる。

 戻ってきたらちゃんと話す――彼女は確かにそう言っていた。どのように聞けばいいか、ジュードは頭の中でそう考えながら、出入り口近くに佇んだままカミラからの返答を待つ。


「わたし、他の国にも行かなくちゃ」

「……他の国?」

「はい、神殿に行かなきゃならないんです――ヴェリア大陸に戻るために」


 神殿とは、各国の王都に存在する場所だ。無論この王都ガルディオンにも火の神殿が存在している。

 しかし、ジュードを驚かせたのはそれではない。そのあとに続いた言葉だ。


「……なんだって? ヴェリア大陸にって……君は、ヴェリア大陸から来たの?」

「はい、でもヴェリア大陸に渡るには各国の神殿の許可が必要だって風の国で言われて……」

「あ、ああ、いつからだったかな。ヴェリア王国と連絡が取れなくなってから各国が遣いを出したんだけど、誰も帰ってこなくて……それで大陸には危険があるって判断されて、今は許可をもらった人しか渡れないことになってるとは聞いたことがある」


 それは、学力に難しかないジュードでさえ知っている一般的な常識だ。

 十年ほど前、世界中央に位置するヴェリア大陸で不気味な光が目撃されてからというもの、大陸に存在するはずのヴェリア王国とは全く連絡が取れない状態となってしまった。

 各国は事の真相を確かめるため使者を出したが、誰一人として――船さえも帰ってくることはなかったのである。この十年の間、何度にも分けて試みたことではあるが、いずれも結果は同じだった。


 それゆえ、ヴェリア大陸に渡るのは非常に危険なことであると判断され、現在では各神殿の司祭による全ての許可証がなければ渡航は不可能となっている。

 ヴェリア王国はかつて伝説の勇者が築いたものとされ、代々勇者の子孫が受け継いできた国だ。その国がどうなってしまったのか、ジュードも気にはなっていた。


「今のヴェリア王国はどうなってるの? 十年前に不気味な光が目撃されてからあちこちで魔物が狂暴になり始めたって……」

「……」


 カミラはジュードの言葉に唇を噛み締めると、泣き出しそうに表情を歪ませた。それを見てジュードは思わずギクリと身を強張らせ、思わず口をつぐむ。

 それと同時に彼の胸には「聞かない方がいい」という嫌な予感が顔を出したが、その疑問はどうしても気になることであった。


「……ヴェリア王国は、十年前に滅んだんです。国王のジュリアスさまは、魔王サタンの腹心であるアルシエルに……殺された……」


 その言葉にジュードは思わず言葉を失った。

 ジュリアスとはヴェリア王国の現国王のはずだ、そのジュリアスがアルシエルという存在に殺された。

 しかし、魔王サタンとは魔物ではない――四千年前に伝説の勇者により倒された魔族の長である。そして、その魔王の腹心であるのならアルシエルという存在もまた、魔族ということになるだろう。


「だ、だって……魔族は封印されたんじゃ……! それなのになんで……!?」

「それは分かりません……でも十年前のあの日、突然魔族が現れて……王国を滅ぼしたんです。第一王子さまと王女さまは王妃さまと一緒に逃げ出せたけど、第二王子さまは魔族に喰い殺されたと……」

「そんな……」

「今の魔族はヴェリア大陸の外には出られないみたいなんですが、でもそれもいつまでか……」


 架空に近い存在だと思っていた魔族が、今この世界に存在している。その事実だけでも充分衝撃的だ。

 それだけでなく、その魔族により勇者の子孫が殺されてしまったというのだから。ジュードの頭では完全な理解は難しい。


 かつて魔族を封印したのは、勇者と共に在った姫巫女が作り出した結界によるもの。魔族が大陸より外に出られないということは、今もまだ姫巫女の張った結界が活きているのかもしれない。

 だが、実際に魔族が現れたというのであれば、その結界がいつ破られてしまうかは定かではなかった。


「でも、わたしたちは見捨てられてた訳じゃなかったんですね」

「え?」

「第一王子さま――ヘルメスさまは、外の世界の人間たちは自分たちを見捨てたんだって、そう言ってました。だから助けもこないし、支援も得られないのだと……」

「……違うよ、ミストラルもエンプレスも、アクアリーもみんな心配して何回も使者を送ったんだ。でも魔族が現れたのなら――」


 使者になにがあったのかは定かではないが、カミラの言葉から察するにこれまで遣いに出された使者は、ヴェリアの民と遭遇することさえ叶わなかったのだろう。

 恐らくは、接触するよりも先に魔族か魔物に殺されてしまったのだ。


「みんな絶望ばかりでなにも信じられなくなっていて、ヘルメスさまは聖剣を使って外の世界の人たちに復讐するとまで言い出したんです。このままじゃ人間同士で戦うことになってしまいそうで、それでわたし……」

「それで、ヴェリア大陸から出てきたのか……」

「そうです、でも……わたしたちは見捨てられてなんかいなかった、みんなにそれを伝えに戻らないと……人間同士で憎み合うなんて悲しいもの……」

「……うん、そうだね」


 魔族は知恵を持つ存在だ。本能のまま襲ってくる魔物とは異なり、人のような知恵を持つ故に遥かに恐ろしい生き物として言い伝えられている。

 そのような存在が現れているのなら、確かに人間同士で戦っている場合などではない。

 ジュードは一度部屋の出入り口に視線を遣り、このことを女王に伝えるか否か逡巡する。しかし、すぐにカミラに向き直ると一つの提案を向けた。


「じゃあさ、よかったらこれから一緒にミストラルまで行かない?」

「え?」

「オレ、これから一度ミストラルに戻って、またガルディオンまでこなきゃならなくてさ。オレの知り合いに地の国から来た人がいるんだ、あの国は今は完全鎖国の状態だから入国できないんだけど……その人に頼めば、なんとかしてくれるかもしれない」


 カミラは、その言葉に瑠璃色の双眸を丸くさせて数度瞬く。流石に迷惑だっただろうかと、ジュードの胸中に不安がよぎった時、ふとカミラが視線を下げて小さく頷いた。

 その頬がほんのりと赤く見えるのは、恐らく気のせいではない。胸の前辺りで両手の指先を遊ばせるように意味なく絡ませながら口を開いた。


「い、いいんですか? わたしずっと迷惑しかかけてないのに……」


 どこか気恥ずかしそうな彼女の様子に、ジュードは微笑ましさと共に純粋な嬉々を感じて小さく安堵を洩らした。

 私情だと理解はしているのだが、どうにも彼女と離れたくなかったからだ。今後、彼女が他国を回らなければならないのだとしても、今はまだもう少し一緒にいたいと、ジュードは確かにそう思った。


「め、迷惑だなんて。迷惑だって思ってたらこんなこと言わないよ。それに……これでも大変な事態だってことはわかってるつもりだからさ、力になれるならなんだってするよ」

「あ、ありがとうございます、ありがとうございます」


 そう何度も礼の言葉を告げながらカミラは瑠璃色の双眸から大粒の涙を零れさせた。その涙に対しジュードはやはり身を強張らせたが、すぐに困ったように――しかし満更でもなさそうに照れ笑いを浮かべて左手で己の後頭部を掻き乱す。


 女王に報告するべきなのかもしれないが、伝えれば瞬く間に国中に――否、世界中に魔族の襲来とヴェリア王国の滅亡が伝わってしまうだろう。

 勇者の子孫が魔族に負けたという事実は世界中を絶望に突き落としてしまう可能性がある、自分一人の判断で決めてよいものか決めかねたのだ。


「(けど、大変な話になったな。父さんやウィルに相談してみるか……)」


 そんな時に頭に浮かぶ頼れる存在といえば、ジュードにとってはやはり父のグラムや兄代わりのウィルだ。

 グラムはジュードにとって絶対的な存在であるし、ウィルは頭の回転が速く大変博識だ。二人ならばどうすべきか教えてくれるだろうと判断し、ジュードはカミラに片手を差し出した。 


「じゃあ行こう、カミラさん。馬車を出してくれるって話だからさ」

「は、はい!」


 カミラは片手で慌てて涙を拭うと座していた椅子から立ち上がる、そして彼に駆け寄ると差し出されたその手をしっかりと握った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ