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第十六話・大きな街アレナ

※地震の表現があります。


 ジュード達は夕暮れに染まる空の下、ようやく地の国グランヴェル初の街へ辿り着いていた。南側関所から最初の街までは随分と距離があったようだ、途中でメネット達が営む旅館がなければ野宿になっていただろう。

 旅館を後にしたのは朝も結構早い時間だったと言うのに、時刻は既に夕暮れ時。途中休憩もあまり挟まずに馬車を飛ばしてきたにも拘らず、結構な距離だ。

 しかし、南側の関所から入国して初の街と言うこともあってか、その街全体の規模はかなりのものだ。風の王都フェンベルよりも僅かばかり小さい程度と言っても過言ではない。

 街の東側出入り口には商店街が建ち並び、西側出入り口には幾つもの酒場や宿が並ぶ。街の大きさ的に、一軒や二軒の宿や酒場では足りないのだろう。夕暮れ時と言う時間帯も手伝い、人の往来が激しい。辺りはごった返していた。

 街の出入り口には『アレナ』と書かれた立て札が一つ。恐らくこれがこの街の名前だと思われる。

 建物はいずれも洋風のものなのだが、これまでジュード達が見てきたような火の国や風の国、水の国の建造物の造りとは異なる。まるでいずれも宮殿のような外観なのだ。

 恐らくはごく普通の一軒屋と思われる家屋も、屋根は丸みを帯びているドーム型を取り入れており、右を見ても左を見ても豪華な雰囲気が漂っている。他国はいずれも洋風と言えど三角屋根や平らなものが多かった。

 まるで別世界に来てしまったような、そんな錯覚さえ与えてくる。


「は~……グランヴェルって、普通の街も豪華なのね……」

「本当だな、あんな造りの建物は初めてだよ」


 言葉通りマナが感嘆の声を洩らして街の中を見回すと、ジュードも呆気に取られたようにポカンと口を半開きにしながらあちこちの建物を眺める。完全なおのぼりさん状態だ。

 幼い頃に両親に連れられて入国したことのあるウィルでさえも、物珍しそうに街の様子を見回している。シルヴァやリンファはそんな彼らの反応を見守っていたが、カミラなどあんぐりと口を開けて完全に硬直している。

 ルルーナは仲間それぞれの反応を眺めてから街の西側へと足を進めた。


「ほら、突っ立ってないで宿を決めちゃいましょ。どうせあちこちの店を見て回るんでしょ?」

「そうだな、店を見て回っている間に宿が埋まってしまっては困る、……急ごうか。野宿はゴメンだ」


 各々なんとも素直な反応を見せる様子を見守りながらシルヴァは幾分微笑ましそうに笑うと、取り敢えずと傍らにいたマナの背を軽く手の平で叩き示す。すると彼女は一拍の空白を挟んでから我に返り、それでも何処か夢見心地と言った様子でぎこちなく頷いた。

 地の国に入ってから初めての街だ、品揃えがどのようなものなのか――当然ながら興味がある。あまり遅くなっては店じまいしてしまうものもあるだろう。

 シルヴァはちびを乗せた馬車を街の出入り口に設置された厩舎に入れると、彼らを伴い街の西側へと足を向ける。

 いつものことではあるのだが、ちびは魔物だ。街の中を平然と歩かせる訳にはいかなかった。ましてやこれだけ人の往来が激しいのだから、魔物を連れて歩けば即座に大混乱に陥るだろう。

 それを理解はしているもののジュードは寂しそうに何度も厩舎を振り返り、そんな彼の肩を促すようにウィルが叩いた。


 * * *


「なんだか落ち着かないに……」

「そうだね……この街、すごく大きいね……」


 西側に建ち並ぶ宿の部屋を取ったジュード達は、街の中に繰り出していた。夕食の時間まではまだ少し余裕がある。その間に店を見て回ろうと言うことになったのだ。

 これだけの大きな街、どのような品物が出回っているのか――特にジュードやウィルには興味があった。

 ライオットはジュードの肩に乗ったまま、人混みに疲れたようにそっと小さく溜息を洩らし、そんな呟きにはカミラが賛同する。カミラはジュードと初めて逢った後に訪れたアウラの街でさえも完全なおのぼりさん状態だったほどだ、そんな彼女にはこれだけの規模の街は少々厳しいのだろう。


「カミラさん、大丈夫?」

「う、うん。ごめんね」

「ただの街でこれだけの規模なんだもの、グルゼフってどんなところなのかしら……」

「ガキの頃に行ったきりだからなぁ……ただデカいってくらいしか覚えてないや」


 カミラもそうなのだが、マナとて似たようなものだ。

 彼女はこれまで風の国を出たことがなかった身。火の国に引っ越ししたことでようやく他国に足を運んだことにはなるのだが、彼女とてあまりの人混みには慣れていない。同じ人混みではあっても、ここは慣れ親しんだ王都フェンベルとは異なるのだから。

 それ故にか、心なしか彼女の顔にも疲労の色が見受けられた。いつも大体が明るいマナには珍しいことである。


「まあ、田舎者のマナにはキツいでしょうねぇ」

「うるさいわね!」


 しかし、ルルーナから小馬鹿にするような言葉が届けば、そこはしっかりと反応するらしい。すっかり条件反射になっていると言っても良いほどだ。

 そんな彼らが足を向けた先、そこは武器や防具を豊富に取り扱う店である。こちらもやはり丸みを帯びたドーム型の屋根が取り入れられていた。

 その下の建造物は壁が白一色、鳥の紋様が描かれた煌びやかな金装飾が施されている。両開きの扉は大層立派な門構え、両脇には鳳凰を模したオブジェが客を歓迎するように設置されていた。

 足を踏み入れた先の店内にも、やはり煌びやかな内装が続く。王城に敷いてあるような品質の良い赤の絨毯は同じく金で縁取られ、壁には金銀様々な武器防具が並ぶ。しかし、屈強な男以外も入店し易い為の配慮なのか店の隅には幾つもの花々が飾られ、存在を強くは主張しないものの、ひっそりと可憐に咲く小振りの花が幾分かの和やかさを滲ませていた。


「うわあぁ……店って感じがしないな……」

「そう? グランヴェルはどこも結構こんな感じよ」

「これは見事なものだな、我が国にはない独特の雰囲気と言うか……」

「目がチカチカするに……」


 ジュードは店に数歩足を踏み入れるだけで、気後れしてしまっていた。魔物や魔族を前にしても怯まない彼だが、こう言った豪勢な雰囲気には弱いらしい。尤も、それは地の国グランヴェルに慣れていない面々であれば、当然のこと。ウィルやマナも同じように気後れしているのか、なかなか奥へ足を向けようとしない。

 なんだか自分達は場違いなのではないか――そんな錯覚さえ覚えてしまうのである。

 ルルーナはそんな彼らを一瞥した後に、緩慢な足取りでカウンターの方へと歩みを向けながら言葉を向けた。


「ほらほら、出入り口に突っ立ってたら邪魔よ。別に取って喰おうって訳じゃないんだから、気にしないで入りなさい」

「……こんな時だけはルルーナが頼もしく見えるわ」

「あら、それは喧嘩を売ってるのかしら、マナ?」


 ルルーナは一度こそマナの呟きに紅の双眸を細めはしたが、それもいつものこと。すぐにカウンター越しの店主に向き直ると、早速取り扱っている武器や防具を見せるよう声を掛けていく。

 マナの言うようにこういう時ばかりは特に頼もしく見える、それがルルーナだ。どんな時であろうと、彼女は常に堂々としている。

 取り敢えず――ルルーナの言う通りだ。店の出入り口に立っていては邪魔でしかない。ジュードは片手で目元を擦ってから店の中に足を踏み入れた。彼もまた、ライオットの言うように目がおかしいのだ。どうにもチカチカする。

 だが、店の中には彼らの好奇心を刺激してやまない武具が豊富に飾られていた。剣や槍、斧などはもちろんのこと、頑丈そうな鎧や兜、盾など数多く取り扱われている。

 かと言って、戦士系の装備品だけではなく杖や弓、ローブやクローク系なども並んでいた。


「見てみろよジュード、白銀だぜ」

「うわ、切れ味良さそうだなぁ……ガルディオンのおじさん達とどっちが腕良いんだろう」

「グラムおじさまだったら、すごいの造ってくれそうよね……」


 ウィルが示したのは、白銀で造られた幅広剣――フォールションだ。室内灯の光を反射して美しく輝く白銀は、鍛冶屋として生きるジュードやウィルの気分を昂揚させていく。いつか自分達もこんなに美しい剣を造れるようになったら――そんな純粋な憧れがあるのだ。


「見て見てジュード、これすごくキレイ!」

「え? ……本当だ、あまり見ない石だけど……」

「これはサンストーン、所謂太陽石だよ。ミストラルやガルディオンにはなかったな、俺もこんなに綺麗なのを見るのは初めてだけど」

「太陽のように見えるから、サンストーンと言うのですね」


 カミラがやや興奮気味に持ってきたのは、先端部にサンストーンが埋め込まれた杖だ。ロッドと言うよりは、殴打を目的としたメイスに近い。戦闘用なのか鑑賞用なのかは定かではないが、細かな装飾が施されていて非常に美しかった。

 しかし、戦闘には不向きと言える。形状からしてメイスに分類されるものの、この細かな装飾で殴打すればすぐに壊れてしまうだろう。

 だが、先端部のサンストーンは見事なもので、赤み掛かった橙色の輝きが鉱石の中に幾つも散る非常に美しいものだ。まるで燃え盛る太陽のようにも見える。この美しさに魅入られて購入する者も中にはいるだろう。

 ジュード達鍛冶屋は鉱石を取り入れた武具を造っているからこそ、特に興味を惹かれるものでもある。


「やっぱりグランヴェルには見たこともない鉱石があるんだな、もっと他にも――」


 ジュードが好奇心に双眸を輝かせ始めた頃だった。

 彼の視線は先程までの気後れも何処へやら、陳列された他の武具へと至極当然のように向く。だが、その刹那――不意に、ジュードは言葉途中に身動きを止めた。


 ――――苦しい、たすけて。


 そんな声が、彼の耳に届いたからだ。

 誰が何処から助けを求めているのか、当然ながらジュードが気にならない筈がない。慌てたように己の後方を振り返る彼を見て、カミラやウィルは不思議そうに目を丸くさせた。


「ジュード?」

「今、何か聞こえなかった?」

「いや、特に何も……」


 カミラは瑠璃色の双眸を丸くさせたまま、依然として不思議そうに小首を捻っている。それは近くにいたウィルやマナ、リンファとて同様で、ジュードの肩に乗っていたライオットさえも聞こえなかったらしい。首――否、もっちりとした身を斜めに傾けている。本人は首を捻っているつもりなのだろうが。


「(気の所為……? オレ、疲れてんのかな……)」


 仲間の反応を見る限り、幻聴かと思ったジュードは一度片手で己の目元を覆い力なく頭を左右に揺らした。

 もしかしたらヘビ騒動で騒ぎ過ぎた疲労が出てきたのかもしれない、そう思ったのだ。

 しかし、次いだ瞬間――今度は彼だけでなく、その場にいた誰もが異変を感じ取った。


「……!? なんだ!?」

「これは……! 皆、頭を低くして屈め!!」


 カタカタ、と。

 小刻みに店全体が揺れ始めたのだ。床も、並ぶ品物も。

 怪訝そうな表情を滲ませる仲間達を後目に、シルヴァは逸早く察知すると大声を上げた。正しい行動とは言えないが、取り敢えず今はそれ以外に出来ることはない。


「――きゃあああぁッ!?」

「うわ、わっ! だ、大丈夫か、みんな!」


 シルヴァが声を上げた次の瞬間、まるで下から突き上げられるような衝撃が足元から襲ってきたのだ。

 大きく縦に揺れる地震である。店内のあちこちから悲鳴が上がり、床に落ちて花瓶が割れる音、金属同士が擦り合う音などが様々に響き渡る。

 マナやカミラも例に漏れず高い悲鳴を上げ、そんな声を間近で聞いたジュードは思わず声を向けるのだが、この大きな震動の中、仲間の安否を正確に把握出来る筈もない。例え彼の動体視力がどれほど優れていようとも。

 とにかく今は、揺れが落ち着くのを待つ以外にない。


 世界全体に異変が起き始めていることを――これはまだ序章に過ぎないのだと言うことを、この時はまだ誰も気付いてはいなかった。



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