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第十五話・ヘビ嫌いの理由


 メネットやトリスタン達に見送られ、旅館を後にしたジュード達は晴れ渡った空の下、王都グルゼフを目指していた。

 しかし、地の国グランヴェルは他の国と比べて非常に広い。王都に行き着くまでにはまだ随分と掛かることだろう。

 空は今日も快晴で、雲もほとんど見受けられない。澄んだ青空が何処までも広がり、陽光が惜しみなく大地を照らしていく。暖かな気候は眠気を誘うほどだ。

 そんな一見穏やかな空の下、和やかな雰囲気を破壊する悲鳴が一つ轟いた。


「あ゛あああああぁ!!」

「マスター落ち着くにいいいぃ!!」


 ジュードだ。彼の目の前には、大小様々な無数の蛇が群れを成している。

 だが、そのいずれも半狂乱になりながら剣と短剣を振り回すジュードに恐れ慄いていた。全てとは言わないが、逃げ出す魔物も多い。

 尤も、今のジュードの視界に逃げ出す魔物の姿など映っている筈もない。普段は魔物にさえ友好的な彼ではあるが、蛇だけは別らしい。飛び掛かってくる蛇を、情け容赦なく次々に斬り落としていく。

 恐らく、通常とは異なり蛇型の魔物の声は彼の頭には入っていないのだろう。入ってきてもそこまで気を回せないと言う可能性も充分にあるが。

 ウィルとシルヴァはそんな彼の様子に眉尻を下げて苦笑いを滲ませていた。

 地の国ではジュードに期待しない方が良い。蛇型の魔物が数多く生息していることから、マナが口にしたその言葉は確かにそうなのだが、これはこれで強いのではないか。シルヴァはそう思っていたのだ。こちらの指示など全く耳に入っていないのは大問題だが。

 指示どころか、肩に乗っているライオットの声さえ今の彼には届いていないのではないか。そうとさえ思えてしまう。


「ジュード君は昔からああなのか?」

「ええ、まあ……俺やマナと逢った時には、もうアレでした」

「ふむ……確かに、嫌いのレベルではないな」

「ガキの頃はいつもグラムさんが追い払ってくれてたんで、対処ってこれまでしてこなかったんですよね……」


 ウィルやマナが初めてジュードと出逢ったのは、ウィルが九歳、マナが六歳の頃だ。その時には既に彼は大の蛇嫌いであったことをウィルは記憶している。

 幼い頃から蛇が出ればジュードは脱兎の如く逃げ出し、グラムの足にしがみついてわんわん泣いていた。

 そうなるとグラムは斧でもハンマーでも持ち出して、蛇を追い払いに飛び出したものである。それは蛇が出る度に繰り返される光景だった。

 ――簡単に言うと、グラムが甘やかし過ぎたのだ。

 グラムが甘やかしたばかりに、ジュードは蛇嫌いを克服するには至らなかった。それを引き摺り続けた結果、こうして今も彼は蛇を前にすると悲鳴を上げるのである。それはもう、これ以上に恐ろしいものなどある筈がないと言わんばかりの様子で。


「ジュード、大丈夫? もう全部逃げていったよ」

「あ……ああ……うん、……ううぅ……」


 次々に攻撃を繰り出してくるジュードを前に、蛇の群れはやがて慌てたように逃げ出して行った。彼の援護をしようと駆け寄ってきたカミラはそんな魔物達の姿を確認すると、顔面蒼白で荒い呼吸を繰り返すジュードの背を片手で撫で付ける。ジュードは両手を己の膝に置いて上体を軽く前に倒しながら、やや顔を下向ける形で呼吸を整えていた。

 ちびはそんな相棒の正面に歩み寄り、心配そうにか細い声を洩らして彼を見上げる。ちびもウィルやマナ同様、小さい頃からの付き合いだ。幾ら魔物とは言えど、ジュードとならば意思疎通が可能である。当然ながら蛇が苦手だと言うのもちびには伝わっていた。そのため地上げ屋達がフェザーパイソンを嗾けてきた時、彼を必死に守ろうと蛇達の前に立ちはだかったのだ。

 マナはそんなジュードやカミラに歩み寄ると、困ったように眉尻を下げながら薄く苦笑いを滲ませる。


「……けど、ジュードってヘビの何がそんなにイヤなの? 魔物とかは大好きなのに……」

「私だってヘビは嫌よ、マナやカミラちゃんはなんとも思わないの?」


 そんなマナに続きルルーナやリンファもそちらに足を進めると――ルルーナは言葉通り幾分か嫌そうな表情を滲ませながら、頭に浮かんだままの疑問を言葉に乗せた。爬虫類などの生き物は、通常は女性が多く嫌がるものである。

 しかし、長らく闘技奴隷(とうぎどれい)として魔物と戦ってきたリンファはともかくとしても、マナやカミラはどうとも思わないのか。それが気になったのだ。

 すると、マナもカミラも不思議そうに目を丸くさせて、至極当然のように返答を連ねた。


「あたしは別に……だってグラムおじさまの家って森の中だったから、ヘビって結構いたわよ。だから見慣れてるのよね」

「わたしの住んでたヘイムダルは深い森の中にあるから、わたしもヘビって見慣れてるの。昔はよく一緒に遊んでたよ」

「…………」


 あっけらかんとした返答にルルーナは深い溜息を吐き出すと片手で自らの額の辺りを押さえ、力なく頭を左右に揺らす。――信じられない、そう言いたげに。

 否、地の国の貴族令嬢として育った彼女には本当に信じられないことなのだろう。爬虫類の類と触れ合う機会など、当然あった筈もない。

 そしてそれはジュードも同じである。嫌々と依然として蒼褪めながら力なく頭を左右に振った。密かに想いを寄せるカミラが、まさかヘビと遊んでいただなんて。


「……ですが、本当に意外ですね。ジュード様には怖いものなどないと思ってました」


 それまで彼女達の会話を黙したまま見守っていたリンファは、やはり『意外』とばかりの声色で小さく呟く。魔族を前にしても魔物の大群を見ても、更にお化けが出るかもしれない不気味な館でさえも怯えることのなかった彼だ。

 そんな怖いもの知らずのジュードが『ヘビが怖い』と言うのは、リンファには依然として信じ難いものだったのである。

 水の森で遭遇したアグレアスやヴィネアとの圧倒的な力の差、それを思い知った時にリンファは確実に死を覚悟していた。

 しかし、当のジュードはそんなアグレアスやヴィネアを前にしても、決して怯むことはなかったのだ。彼は『死』が怖くないのだろうか――あのリンファでさえも、そう思ったほど。

 そのジュードがヘビを前に情けなく悲鳴を上げていると言うのは、どうにも理解が難しい。


「……上手く言えないけど、あのウネウネしたの見ると、こう……」

「……ぞわぞわするのね」


 ジュード自身にも正確な理由は分からないのか、言葉途中に改めて蒼褪める様子と泣きそうに表情を歪ませるのを見れば、マナは何処か呆れたように双眸を細めて軽く頭を垂れる。

 それ以上、深く聞こうなどとは到底思えなかった。


「でも、ヘビと遭遇する度にこれじゃあね……ジュードの身が保たないわよ」

「ライオットと交信(アクセス)してもダメなの?」

「ダメだに、無理だに。幾ら交信しても意識はマスターのものだによ、余計に手が付けられなくなるだけだに」


 ルルーナが溜息混じりに呟くと、その言葉にカミラは同意を示すように頷いてから彼の肩に乗るライオットに問いを向けた。

 しかし、当のライオットから返る言葉には皆が苦笑いを浮かべる他にない。ライオットの返答は確かなものだ、交信すればジュードの能力は精霊と一体化したことで上昇する。つまり、ライオットの言うように今よりも手が付けられなくなるだけだ。

 確かに、交信状態にはならない方が良い。蛇を前にしても正気は一応保っているようだが、万が一敵味方の区別が付かなくなれば大惨事になると言っても過言ではないのだから。


「原因が分からない以上、どうとも出来ないわね。まあ……暫くはこのまま行くしかないのかしら」

「そうですね……ヘビの魔物が出た場合は、私達でなんとかするくらしか……」


 ――生理的な嫌悪感。

 ジュードの説明では、そのくらいしか導き出せる答えはない。ならば対処法はないに等しい。蛇が出れば、彼を後方に下げてウィルやリンファ、シルヴァの三人で前線を張るくらいしかないだろう。

 フェザーパイソンの時とは異なり、いつものように彼の双眸が黄金色(おうごんいろ)になることは流石にないようだが、蛇が出る度にこれでは彼の体力が保たない。

 ジュードは心配そうにこちらを見上げてくるちびの頭を片手で撫で付け、一度彼女達に視線を向けはするものの、こればっかりは『大丈夫』などと虚勢を張ることも出来ないのか――深々と溜息を吐き出して、がっくりと肩を落として項垂れた。



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