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第十話・ノーリアン家のお仕事


「それで? アンタ達が好き勝手やってるのをお母様は知っているのかしら?」


 一先ず騒動を治めたジュード達は、旅館の中へと引き返していた。尤もジュード本人は意識を飛ばしたままであるが。

 昨日もメネット達と話した食堂に地上げ屋の男達を招き入れると、トリスタンやメネット、他の従業員達は当然ながら表情を曇らせる。ある者は不安そうに、トリスタン含む他の者は憤りを露にして。

 だが、これまで脅してきたような強気の――堂々たる様子は何処にも見受けられず、代わりに借りてきた猫の如く縮こまっている様は彼らを動揺させる。

 地上げ屋の男達は食堂テーブルに備え付けられた椅子にそれぞれ腰を下ろし、愛想笑いなど浮かべてみせながら向かい合って座るお嬢様――ルルーナに視線を向けた。

 だが、彼女が向けた問いに男達は誰も答えない。いずれも「いや、あの」などと言葉を濁すばかり。そんな否定でも肯定でもない返答でルルーナが納得する筈もなかった。


「アンタ達のその耳は飾り物なの? 誰でも良いからさっさと答えなさい」


 彼らとは対照的にルルーナは椅子の背凭れに身を預けて座り、子供を叱る親のように語気を強めて再度言葉を向けた。その様子を後ろに佇んで見守っていたマナは眉尻を下げ、彼女にしては珍しくやや控え目に声を掛ける。

 メネット達から旅館を奪おうとしていた地上げ屋だが、こうして見ているとなんとなく可哀想にも見えて来たのだ。


「ね、ねぇ、ルルーナ……もうちょっと優しく言ってもいいんじゃ……」

「はあ? ……あのねぇ、マナ。これは結構重要な問題なのよ」

「と言うと?」


 不意に背中に掛かった言葉にルルーナは背凭れに片腕を預けて振り返ると、紅の双眸を細めて溜息混じりに呟く。するとマナの隣に立っていたシルヴァは疑問符を浮かべながら、その先を促した。


「私達ノーリアン家は、土地とかに結構口を挟んでいるんです。どこにどんな建物を造るか、今現在どこの土地が空いているのか。そう言ったことを王族の方々に報告しなければいけませんから」

「へぇ……貴族って遊んでるだけじゃないのね」

「貴族って言っても、お役人みたいなモンさ。そういう仕事を任されてるって聞いたことがあるぜ」

「そう、ウィルの言う通りよ。貴族が全員遊んでる訳じゃないんですからね」


 ウィルから返る言葉にマナは意外そうに双眸を丸くさせ、ルルーナは何処か満足そうに何度も頷いてみせる。リンファだけは、過去を思い出しているのか幾分複雑な表情を浮かべていたが。

 そうしてルルーナは改めて地上げ屋の男達に向き合うと、胸の前でゆったりと両腕を組んで再度を返答を促した。


「それで、どうなの? 何も言えないってことはお母様は知らないのね?」

「へ、へえ……申し訳ないです、お嬢様……」

「け、けど、お願いです。ネレイナ様にはこのことは……!」

「そういう訳にもいかないでしょ、現にアンタ達はココの旅館を欲しがってるんだから」


 これまでの粗暴そうな印象や雰囲気は何処へやら、今の男達はすっかり情けない様子で両手を顔の前で合わせ、何度もルルーナへ向けて頭を下げる。まるでお上の許しでも乞うように。

 ルルーナは改めて双眸を細め片足を組むと、テーブルに頬杖をつきながらそんな様子を見つめる。何事か考えるように、小さく唸りを添えて。

 だが、程なくして彼女はその眸を伏せ、顔を明後日の方へ向けてから再度口を開いた。


「……まあ、アンタ達がこの旅館と土地を諦めるって約束出来るなら、考えてあげてもいいわよ」

「――え?」


 その言葉に思わず声を洩らしたのは男達ではない、メネットだ。地上げ屋の男達も安堵を前面に押し出しながら弾かれたように顔を上げはしたのだが、驚愕は彼らよりもメネット達の方が大きかったと見える。トリスタンも双眸を丸くさせ、瞬きさえ忘れたように呆然とルルーナを見つめていた。

 そしてマナやカミラ、ウィルも一度こそ彼ら同様に驚いた様子で彼女を眺めたが、やがて安堵が暖かな熱となって胸に滲む感覚に笑みを浮かべる。


「ほっ、本当ですか! お嬢様!」

「しますします! 約束します! だから、ネレイナ様には――!」

「分かったわよ、今回だけだからね。もうしないこと」


 男達は助かったと言わんばかりの様子で、嬉々と安堵が入り混じったような表情を浮かべる。そして何度も何度も、今度は感謝を示すべくルルーナに頭を下げた。

 カミラはソファで未だ眠ったままのジュードの頭を撫で付けながら、嬉しそうに笑みを洩らす。


「よかった、これでこの旅館は取られなくて済むんだね」

「最初からルルーナに話をしてもらえば良かったんだな、そうすりゃジュードもあんなに騒がなくて済んだのに」

「そういえば、どうしてあの大きなヘビの魔物はお兄さん達と一緒にいたんですか?」


 確かにウィルの言う通りだ。最初からルルーナが話を付けていればジュードがあんなに騒ぎ回り、挙げ句意識を飛ばすこともなかったのである。

 しかし、まさか今回の騒動がノーリアン家の仕事に関わっているなど誰も思っていなかったのも事実。ルルーナ自身が自分の家の仔細を話すことは今までになかったし、鎖国状態にある地の国グランヴェルの情報が入ってくることは当然ないのだから。

 だが、そこでカミラが洩らした疑問に周囲の視線と意識は再び男達に向いた。


「……ふん、どうせコロッセオで使う為に餌付けでもしたんでしょ」

「餌付けなんて出来るの?」

「根気強くやれば出来るのもいるみたいよ。餌付けか、捕まえて言うこと聞くまで痛め付けるか……どっちかって聞いたことはあるけど」

「ちびとは違うってことだな……」


 初めてフェザーパイソンが男達といるのを見た時は、誰もが驚いたものである。まさかジュード以外に魔物を連れている人間がいるなど、思ってもみなかったからだ。

 しかし、そうなのだ。地の国グランヴェルの王都グルゼフにはコロッセオがある。闘技奴隷(とうぎどれい)と戦わせる為の魔物の補充は必要不可欠だ。


「コロッセオで戦わせる為の魔物を連れて行くと、危険な仕事だからってことで高額な報酬が貰えるのよ、……バカバカしいけどね」

「……そうだな」


 コロッセオでは、多くの闘技奴隷が今も無理矢理に戦わされている筈だ。その闘技奴隷と戦わせる魔物を金の為に連れて行く。なんとも複雑な話である。

 ジュードが意識を飛ばしていて良かったと、ウィルは心から思う。もしも彼が起きていて、そしてこの話を聞いていたら――ただでさえ魔物を魔物と思わないような節がある彼のこと、怒り出しかねない。更にコロッセオは人間と魔物の殺し合いの場なのだから。

 そして、以前ウィルがリンファから聞いた話では、それを楽しむ貴族達が大勢いると言う。ウィルでさえ嫌悪を覚えると言うのに、もしジュードがそれを知ったらどう出ることか。


「(けど、グルゼフに行ったら知っちまうんだよな……多分)」


 今現在の目的地は王都グルゼフの王城だ、国王に書状を届ける為である。

 王城とコロッセオの距離は分からないが、その事実を知ってしまう可能性は非常に高い。彼を宥める言葉や(すべ)を今から考えておいた方が良いかと、ウィルは言葉にこそ出さないがそう思った。

 次いで、彼の視線が向くのはリンファだ。彼女はそのコロッセオで闘技奴隷として戦っていた過去を持っている。こんな話、聞いて嬉しいものではないだろう。


「……リンファ」

「大丈夫です、……気にしないでください」


 大丈夫か。ウィルはそう声を掛けようとは思ったのだが、そこは聡い彼女――リンファはその言葉を察していたようで、小さく呟きながら頭を左右に振るのみに留めた。心なしか顔色が悪い、とても大丈夫そうには見えない。

 しかし、この場で余計に言葉を掛けることは憚られた。彼女の過去を詳しく知っているのはウィルだけなのだから。

 彼女が闘技奴隷にされることになった経緯も、その先で最愛の兄を殺された事実も。この中で知っているのはウィルだけ。リンファが闘技奴隷であったことを仲間は理解しているが、詳しくはジュードやカミラだって知らないことだ。

 だからこそ、ウィルはそれ以上は何も言わずに努めて明るい口調で面々に言葉を向けた。


「――まあ、とにかくさ、丸く収まって良かったじゃないか。旅館もこのまま続けていけるだろ」

「は、はいっ! 本当にありがとうございます! あと、ノーリアン家の方だとは知らず、たくさんのご無礼を……!」

「別に構いやしないわよ。コイツらがやってたことは私の立場上、見過ごせないことだったんだから」

「またまた、素直じゃないんだから」


 慌てて頭を下げるメネットを見遣り、ルルーナはテーブルに頬杖を付いたまま気にしていないと言わんばかりの様子で逆手を軽く揺らしてみせる。そんな彼女の姿に、マナは揶揄するような笑みを滲ませると片手の肘でルルーナの肩辺りを軽く小突いた。

 すると当のルルーナは双眸を半眼に細め遣りながら、視線のみをマナへ向ける。何処か怒ったような顔は彼女なりの照れ隠しだ。


「うるさいわねぇ、私はマナと違って器も胸も大きいのよ」

「人が折角褒めてるっていうのに、あんたって人は!」

「どこが褒めてるのよ! からかってるだけじゃない!」


 すっかりいつもの――否、いつもよりも遥かに和やかムードだ。

 ルルーナがトリスタンと衝突した時はどうなることかと思ったが、今はメネットやトリスタン、他の従業員に、更には地上げ屋の男達も二人の言い合いを見て愉快そうに笑っている。

 一頻り売り言葉に買い言葉を言い合うと、そこでルルーナは態とらしくマナから顔を背け、再び男達に視線を向けた。


「それはそうと、アンタ達はなんでお母様に黙ってこんなことしてたのよ。許可を貰おうとは思わなかったの?」

「そ、そりゃもちろん思ったんですが、最近ネレイナ様には滅多にお逢い出来ないんですよ……」

「……どういうこと?」


 それはルルーナが思っていた疑問だ。無許可でこのようなことをせず、ノーリアン家の当主であるネレイナに許可を貰えば堂々とメネット達に強く出れていた筈なのだ。尤も、そうなると困るのはメネット達なのだが。

 しかし、そこで大柄な男が巨体を縮めながら困ったように頭を掻いて呟いた。


「それが、ネレイナ様は最近ずっとお屋敷に篭っていらっしゃるんです。だから許可を貰おうにも難しくて……」

「…………そう」

「ルルーナさんのお母さん、どこか具合が悪いのかな……」

「どうでしょうね、……帰ってみないことには分からないわ」


 男から返る言葉に対しカミラは心配そうな表情を滲ませて呟くが、事の真相は娘であるルルーナにも分からない。彼女の言葉通り、帰ってみないことには母の様子も何も分かることはないのである。

 今は気にしていても仕方ないかとルルーナは一度こそ眉を顰めるものの、すぐに意識と思考を切り替えるように小さく頭を振った。



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