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第九話・ジュードの苦手なもの


「ジュード!!」


 無数の蛇の群れが、ジュード目掛けて襲い掛かる。数匹は彼の足元から、また別の群れは首や腕に噛み付こうと言うのか高く跳躍し頭から。その数はどれほどか――優に三十は越すものと思われる。それほどの蛇の大群であった。

 カミラは咄嗟に彼の背中に声を掛け、シルヴァは弾かれたように駆け出す。――間に合わないか。シルヴァが口唇を噛み締めたところで、不意にちびが動いた。

 ちびがジュードを庇うように、彼に体当たりをかましたのだ。するとジュードの身はいとも容易く横に飛んだ。当然だ、全く予想だにしない方向からの体当たりだったのだから。

 受身も満足に取れず尻餅をついたジュードの傍らにシルヴァとカミラ、リンファが駆け寄り各々武器を握り締める。マナは慌てたようにルルーナと共にウィルの元へ駆け寄ると、幾分焦った様子で彼の片腕を引いた。


「ウィ、ウィル! ジュードは!?」

「あ、ああ、取り敢えず直撃は免れ……た」

「フェザーパイソンは人間だって喰うかもしれない危険な魔物よ、幾らジュードでも危ないわ」

「は……はは、危ないのはジュードよりヘビの方さ……」

「え?」


 ルルーナも珍しく慌てたようにウィルに言葉を向けるが、当のウィル本人から返った言葉に思わず疑問符を浮かべる。ヘビの方が危ないとは、一体どういうことなのか。彼女の視線は自然とウィルとマナへ交互に向けられた。

 大丈夫かと、シルヴァはジュードの様子を窺いはするのだが、彼女はそこで違和感を覚える。


「……ジュード君?」


 ジュードは、咄嗟のことに反応出来ないほど愚鈍ではない。ましてや、敵の攻撃が間近まで迫っていると言うのに身動き一つ出来ないなどおかしい。そう思ったのだ。

 まさか、先の交戦で何処か痛めたのか。シルヴァの頭はそんな可能性に行き着いたのだが、それも彼の顔色を見て即座に吹き飛ぶ。カミラやリンファも双眸を丸くさせ、不可解そうにジュードを見つめていた。

 何故って、ジュードの顔色は見る方が不安になるほどに真っ青だったからだ。顔面蒼白――それ以外に言いようがない、そんな様子。

 こうしている間にもフェザーパイソンを筆頭に、無数の蛇達はじりじりと距離を詰めてくる。ゆっくりはしていられないのだが、一体ジュードはどうしてしまったのか。それが気懸かりであった。

 ライオットも心配そうに彼の頭から肩に飛び降りると、短い手でペチペチと頬を叩いて様子を窺う。


「マスター! 一体どうしたんだに、どこかケガしたんだに!?」


 当のジュード本人はと言うと、周囲の声が聞こえているのか否か――蛇の群れを凝視したまま瞬き一つしない。飛び掛かってくる蛇はちびが前脚に装着された爪型の武器を振るって切り裂くことで叩き落していくが、それでも。

 しかし、彼の頬を一筋の冷や汗が伝った頃、ようやく口を開いた。


「へ……」

「へ?」

「――――ヘビいいいいいいいぃッ!!!!」


 否――口を開いたと言うよりは叫んだのだ。それはもう、聞いている方が恐怖しそうなほどの雄叫び、悲鳴で。

 それと同時にジュードは弾かれたように飛び起きると、雄叫びを上げながら蛇の群れへと突進した。ライオットは突然動き出した彼の肩から落ちないよう、必死に衣服に掴まり悲痛な声を上げる。


「うにいいいぃ! マスター落ち着くにいいいぃ!」

「あ゛あああああぁ!!」


 普段ジュードは落ち着きのない部分はあるが、突然発狂するような性格はしていない。そういう面では落ち着いている部類だ。

 しかし、今現在のジュードはどうか。既に正気を保っているとは言い難い。両手に携えた剣と短剣は未だ鞘に収められたままだが、問答無用にそれらを振るい蛇の群れを一掃していく。とは言っても、そこはやはり魔物。殴った程度で倒せるようなものでもない。

 鞘に入ったままの武器で殴られた蛇の群れは怒り出したかのように大口を開けて、牙を見せつける。そして、改めて噛み付くべく彼に飛び掛かった。――それがまた、余計にジュードを喚かせる。


「う゛ああああぁ! ヘビいいいいいぃ!!」

「マスター落ち着くにいいぃ! 交信(アクセス)してないのになんかおかしいにいいぃ!」


 ジュードのあまりの発狂ぶりに驚いたのはシルヴァ達だ。ルルーナも例に漏れずポカンと口を半開きにして、呆気に取られていた。そして彼女だけでなく前列にいたカミラやリンファ、そしてシルヴァはほぼ同時にウィルやマナへと視線を向ける。

 すると、ウィルは片手で目元を押さえて天を仰ぎ、対照的にマナは頭を垂れて俯いた。


「はあ……あいつ、ダメなんだよなあ……」

「ヘビが、ね……」


 ウィルとマナが洩らした言葉にカミラとリンファは丸くさせた双眸を瞬かせ、不思議そうに小首を傾ける。


「ジュードって、ヘビが嫌いなの?」

「意外でした、魔物にもフレンドリーな方ですから……」

「嫌いってレベルじゃないわよ、あれ。完全に狂戦士(バーサーカー)じゃない」


 リンファの言葉通り、ジュードはその身に流れる血が原因で魔物に対しても心を割く男だ。しかし、今現在の彼は相手が魔物と言うことさえ忘れているようである。顔面蒼白になりながら目からは大粒の涙を溢れさせ、次々に蛇の群れへと飛び込み問答無用に武器を振るう。あまりにも振り回す為か、既に鞘など外れてしまっていた。普段振るうのを躊躇する刃は、今は容赦なく魔物に向かっている。

 更に、あまりの恐怖の為か――ジュードの双眸は今、あの黄金色(おうごんいろ)に染まっていたのである。ちびはそんな彼の後を慌てて追い掛けていた。


「おい、どうするんだアレ……いつもの出てるぞ」

「どうするって、今近付いたらあたし達も危ないわよ。落ち着くまで待つしかないわね」

「それまで待つのも、少し可哀想な気がするが……」


 確かに――マナの言うように、今のジュードに近付くのは非常に危険だ。敵と味方の区別が付いているのかどうかさえ定かではない。

 それでも、後ろから追い掛けてくるちびに刃を振るわないところを見れば、蛇しか目に入っていないのかもしれないが。シルヴァはウィルとマナの言葉に苦笑いを滲ませながら呟く。

 人間を喰らうこともある、そう言われたフェザーパイソンでさえも二刀流で刃を振り回しながら追い掛けてくるジュードを前に、血眼になって必死に逃げ惑っていた。やがてそのまま林の中に逃げていってしまうと、そこで声を上げたのは地上げ屋の男達である。


「お、おい! パイソン!?」

「な、なんなんだぁ! あのガキは!?」


 無数の蛇を呼び寄せたフェザーパイソンが逃げ出してしまったことで、ジュードが振り回す刃から幸いにも逃れた蛇の群れは、各々慌てて林の方へと逃げ出していく。

 蛇は元々かなりの生命力の持ち主だ。身体を斬られた程度で命を落としたりはしない。それ故に、身体半分を失った蛇も必死に林へと逃走して行った。


「は……ッ、はあ……は、……ヘ、ヘビ……ッ」

「マ、マスター、ヘビはもういないに、大丈夫によ」

「ヘ、……ヘビ……」

「ヘビよりマスターの方が怖いに……びっくりしたに……」


 依然としてジュードの顔色は真っ青だ。浅い呼吸を繰り返し、身体など普段の彼からは想像出来ないほど小刻みに震えている。涙は未だに止まることを知らず、ボロボロと零れ落ちていた。余程の恐怖だったのだろう。

 ライオットは蛇の群れが逃げ出したことでようやく止まったジュードの肩に落ち着くと、幼子でも宥めるかの如く短い手で彼の横髪を撫で付けた。しかし――そこでライオットは怪訝そうな様子で一度目を見張る。と言っても、相変わらずのふざけた顔が変わる筈もないのだが。

 ライオットが目を留めたのは、ジュードの瞳だ。翡翠色の彼の双眸は、今や輝くような黄金色に染まっている。


「(に……? なんでマスターの目の色が変わってるに?)」


 光の精霊であるライオットと交信すれば、金色には近くなる。しかし、今現在のジュードは精霊と契約(コントラクト)しておらず、交信出来る精霊はライオット以外は傍にいない。更に、そのライオットも今はジュードと交信していないのだ。

 ならば何故、彼の双眸はいつもの翡翠色ではなく黄金色に染まっていると言うのか。

 しかし、ライオットには確かな覚えがあった。ジュードから醸し出される――威圧感のような感覚に。


「(まさか……この感覚は蒼竜(ヴァリトラ)……!? なんでだに、あの戦いで行方不明になった蒼竜が、どうしてだに……!?)」


 ライオットは言葉にこそ出さないが、頭の中で必死に情報を整理していた。

 だが、その刹那。不意にジュードの身が傾いたのだ。両手からは武器が落ち、まるで支えを失ったようにその場に崩れ落ちた。頭を打たぬようにとちびがその身を支え、ライオットもいつものようにちびのふわふわの頭の上に着地を果たす。

 そんな様子を確認して、ようやくウィル達も駆け寄って来た。


「ジュード! 大丈夫なの!?」

「うに、気を失ってるだけだに……」


 カミラは慌ててジュードの傍らに寄り添うと、そっと片手を彼の首元に添えた。脈を計っているのである。特に蛇の群れに攻撃らしい攻撃を受けていたようにも見えなかったが、先の――初めて見る狂乱ぶりに色々と心配になったのだ。ウィルやマナは知っていたことであっても、カミラや他のメンバーは初めて見る姿だったのだから、当然と言える。

 シルヴァはそっと一つ安堵を洩らすと、片手を腰に添えて苦笑いを洩らした。


「やれやれ、恐ろしいものだな。ジュード君にヘビは禁句か」

「小さい頃からずっとなんですよ、なんでヘビだけダメなのかは分かりませんけど……」


 そんなシルヴァに対し、マナはやはり安堵したように片手で胸を撫で下ろしながら返答を向けた。ジュードのこのヘビ嫌いは、彼女の言葉通り幼い頃からずっとだ。それこそウィルやマナと出逢う前からだったと思われる。

 その為に、何故ヘビだけ受け入れられないのか――その理由や原因は二人にも分からない。ただ生理的に受け付けない、その可能性ももちろんあるのだが先程の様子を見る限りでは、単純に「嫌い」と言うレベルではなかった。嫌悪と言うよりも恐怖の部類だ。それは無論、シルヴァやリンファも感じていること。

 取り敢えず、今は意識を飛ばしてすっかり静かになったジュードを見下ろしてウィルもマナも苦笑いを滲ませた。

 ルルーナは恐る恐るこちらの様子を窺う地上げ屋を近くの林に見つけるなり、双眸を半眼に細める。


「アンタ達、そんなところにいないでさっさとこっちに来なさい」

「ま、まさか、ルルーナお嬢様……!?」

「そのお嬢様の言うことが聞けないの?」

「は、はいっ! ただいま!」


 ルルーナの姿を認めると、地上げ屋の男達は途端に蒼褪めて大慌てで林の中から飛び出して来た。

 そんな様子を目の当たりにして、マナは傍らに立つ彼女を見遣ると双眸を丸くさせながら純粋な疑問を向ける。


「……知り合いなの?」

「知り合いってレベルじゃないけど……まあ、赤の他人って訳でもないわね」


 はあ、と。マナの疑問に答えてから、ルルーナは疲れたように小さく溜息を吐き出した。



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