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第八話・ヘビパニック


『お父さま、お父さまはどこ? ねぇ、お母さま。お父さまはどこなの?』

『……大丈夫よ、ルルーナ。お父様はすぐに帰って来ますからね……』


 ルルーナは、旅館の一室で幼い頃の出来事を思い返していた。

 大好きだった父が、突然自分達を捨てて家を出て行った日のことを。

 父は一体何故、自分と母を捨てたのか。その疑問や謎は未だに解けていない。妻――要するにルルーナの母であるネレイナと夫婦喧嘩でもしたのか。両親の間に何があったのか、ルルーナには分からない。だが、何かがあったのは事実だ。

 彼女が幼い頃から、周りも羨むほどの仲睦まじい夫婦だった。両親の仲は非常に良かったのだ。ルルーナはそう記憶している。

 しかし、子供心には分からない何かがあったのか。そう思えばルルーナの胸は鋭利な刃物が突き刺さったかのように酷く痛んだ。自分は確かに両親から生まれたのに、その自分が立ち入れない壁のようなものを感じて。

 誰にも受け入れられない、何処にも居場所がないような――そんな感覚だ。


「……バカバカしい、私はここにいるじゃないの」


 母は未だに、父が出て行った理由を教えてはくれない。

 しかし、ジュードを母の元に連れて帰れば出て行った筈の父が戻ってくると言う。果たして、父とジュードがどう結び付くと言うのか。何度考えたところで答えなど出てくる筈もなかった。


『この旅館は、私達の両親が遺してくれた大切な場所なんです。だから絶対に守っていきたくて……』


 そして、そんな彼女の脳裏には昨日聞いたメネットの言葉が浮かんだ。

 両親が遺してくれた大切な場所。彼女は確かにそう言った。

 両親と言うものに様々な想いと葛藤を抱くルルーナにとっては、どうにも捨て置けない言葉。彼女とて、出来ることならメネット達の想いを汲みたいとは思っている。

 しかし、彼女の兄にぶつけた言葉は紛うことなきルルーナの本心でもあった。

 ウィルの言うように、商売と言うものはそう簡単なものではない。普段あまり口を挟むことはしないが、ルルーナは賢いのだ。当然それが分からない筈がなかった。

 ウィルやシルヴァはともかく、ジュード達は想いさえあればなんとでも出来ると――まさに子供のようなことを思っているが、気持ちだけではどうにもならないこともあるとルルーナは痛いほどに理解している。それ故にぶつけた手厳しい言葉だ。メネット達の想いや覚悟がどれほどのものなのか、それを試したと言うのも無論あるのだが。

 そこまで考えて、ルルーナは窓辺に頬杖をつくと疲れたように溜息を一つ。昨夜かららしくもなく、あれこれ考え過ぎだと自嘲した。


「……あら?」


 しかし、そんな彼女が二階の窓から外を見下ろすと、そこには見過ごせない光景があった。

 ジュード達が、地上げ屋と思われる男達と交戦していたのだ。


「ちょっと、何やってるのよ……! ああもう、仕方ないんだから!」


 昨日マナやカミラから聞いた話は一体どうなったのだ、説得するのではなかったのか。彼女の頭にはその考えばかりが巡るが、考えていても仕方ないとしてルルーナはテーブルに置いていた愛用の鞭を掴むと慌てて部屋を飛び出していった。


 * * *


「ガキ共がァッ! 調子に乗りやがってぇ!」

「では、ガキでなければよいのだな。来い、相手をしてやろう!」


 丸刈り頭の男は太い棍棒を両手で持ち、挑発するように微笑みながら手招くシルヴァに対し憤りを露に飛び掛かった。しかし『烈風の騎士』の二つ名を持つ彼女をそう簡単に捉えることは出来ない。

 と言っても、シルヴァの戦法はジュードやリンファのようなスピード重視の戦い方ではない。相手が自分に近付くよりも先に、その身を素早く攻撃する戦法だ。待ちに徹しながらも、先に攻撃はさせない。そんなところである。

 シルヴァは流れるような動作で素早く男の身を打った。男が振り下ろした棍棒が己の身に届くより先に。

 彼女が突き出した剣からは、まるでレーザー砲の如く幾つもの風の塊が飛んだ。それらが男の肩、頭、腹に足など様々な箇所を強打し、己よりも大柄なその身を容易に吹き飛ばしたのである。男は近くの木に思い切り背中と後頭部をぶつけ、苦悶を洩らしていた。


「シルヴァさんって、やっぱりすごい……!」


 そんな彼女の姿に感嘆を洩らすのは、やはりマナだ。女の身でありながら騎士として最前線で戦う彼女の姿に、純粋に羨望と尊敬の念を抱いているらしい。

 そしてシルヴァの奮闘を目の当たりにした他の男達は躍起になり、自分達が交戦するジュードやウィル、リンファに襲い掛かる。女子供にこれ以上ナメられて堪るか――そんな想いが見て取れた。

 だが、元々戦い慣れていたリンファはもちろんのこと、ジュードやウィルもメンフィスからの戦闘訓練を受けたことで、今や人間相手に遅れを取ることはほとんどない。更に男達は見るからにパワー重視、スピードよりもパワーに重きを置く相手だ。そのようなタイプを前に、スピード重視で戦うジュードやリンファが圧倒される筈もない。


「はあああぁッ!」

「うわッ!? なんだこの小娘っ、クソッ! ちょこまかと!」


 リンファは真正面から男に飛び掛かると、矢継ぎ早に攻撃を繰り出していく。振られる斧を直撃する寸前で難なく避け、そこに出来た隙を狙い容赦なしの回し蹴りを叩き込み、バランスを崩したところへ素早く身を屈ませて足払いを仕掛けた。

 男は反撃に出ることも叶わずにその場に尻餅をついたが、リンファは敵に情けを掛けるような性格はしていない。地についた片手をバネにして跳躍すると、男の鳩尾目掛けて両膝を叩き落した。前回と異なり落下点が低かった為か骨が折れると言うことはなかったが、男は苦しげに激しく咳き込んだ。リンファがその上から退いても、男は鳩尾を押さえのた打ち回るように転げ回っていた。

 ウィルは、棍棒を片手に携えて睨み付けてくる男と真正面から対峙している。頭を覆うように赤いバンダナを巻き、肌は日に焼けて浅黒い。頬に深く刻まれた傷痕が悪漢の雰囲気を更に強調する。


「ガキがぁッ! イイ気になるんじゃねぇぞ!」

「ガキガキって、それしか言えないのかよ……」


 確かに、ウィルもまだ成人に満たない身だ。彼ら地上げ屋から見れば充分に『ガキ』に分類されるのである。それ故に否定こそしないが、言われて嬉しいものでもない。表情にありありと怒りを滲ませて襲い掛かってくる男を、ウィルも不愉快そうな表情を以て返し、迎えた。

 男が持つ棍棒はオーガが扱うようなタイプのもの。鉄製の細長い棒ではなく、木製だ。それこそ満足に整えられていない棒切れと言える形状。しかし、その太さを見るだけでも、直撃すれば結構な打撃になると思われる。

 ウィルはジュードのようなヒットアンドアウェイ――攻撃を叩き込んで即座に離れる戦法は得意ではない。どちらかと言えば、この男達寄りのパワーファイターなのだ。

 振り下ろされる棍棒を、ウィルは真横にした槍の柄で受け止める。相手は人間だ、出来ることならば無用な傷は負わせたくない、そう思っていた。しかし、ウィルが扱う槍はパルチザン型。突くのはもちろん、剣や棒のように薙ぎ払っても裂傷を刻んでしまう可能性が非常に高い。刃が付いているのだから。

 まいったな、と。ウィルは内心でそう呟きながら、力任せに槍を振るうことで男の身を弾き飛ばした。


「ウィルもリンファさんもやるなあ、オレも負けてられないか……」

「こ、んの……クソガキ、があぁ……ッ!」


 一方で、ジュードと対峙していた男は既にズタボロだ。鞘に収めたままの剣と短刀で顔面や四肢を問答無用に殴られ続け、頬など腫れ上がってしまっていた。息を乱し、両手で持つ斧を大地に突き立てて男は自らの身を支える。そんな中で、ジュードは自分ではなく仲間達の方を見ているのだから身体以上に男のプライドはズタズタだ。更に、男を撹乱するのはジュードの傍らにいるちびの存在。指示がなければ襲ってはこないようだが、いつ牙を剥くか分かったものではない。そう思うと、満足に戦闘に集中さえ出来ないのだ。

 こんな子供相手に――そう思えば思うほど、男の中では憤りが芽生えていく。


「まだやるのか、それ以上殴られると明日の朝が大変なことになるぞ」

「テメェがやったんじゃねぇか!!」

「話を聞いてくれないからだろ!」


 そうなのである。ジュードは、ただ話を聞いてもらいたいだけなのだ。――とは言っても、それには聊か語弊があるのだが。

 正確には、話を聞いてこの旅館を諦めてもらいたい、それだけだ。尤も、地上げ屋にはそれが何より難しいことであるのも事実。

 男は斧を支えになんとか体勢を立て直すと、口元から垂れる血を片手の甲で拭う。そして不敵に笑いながら静かに後退を始めた。


「へへ、っへ……俺達だって人間だ、ガキを殺るのは忍びねぇが……魔物を連れてるテメェなら問題はねぇよなぁ……」

「……え?」


 ジュードは、その男の言葉に不思議そうに双眸を丸くさせて瞬きを打った。一体何を言っているのか、そんな様子で。

 男の言葉の意味を理解出来なかったのである。

 しかし、男は更に後退し、それまで低く唸るだけで戦闘には加わらなかった魔物の真横で立ち止まった。


「俺様を怒らせたことを後悔しろ! フェザーパイソン、お前にエサをくれてやる! あのクソガキを喰っちまえ!!」


 男が叫ぶように声を上げると、それまでウィル達と交戦していた他の男達も一斉に後退した。

 そこへ、慌ててやって来たルルーナが合流を果たす。ルルーナは前線の様子を確認しつつ、一番近くにいたマナに駆け寄るとやや乱暴にその肩を掴んだ。


「ちょっとマナ、一体どうなってるのよ、説得するんじゃなかったの?」

「あ、ルルーナ……仕方ないじゃない、あっちが力業で来たのよ。だからまずは大人しくさせてから話をしようってことで……」

「はあ……それでこの騒ぎなのね、まったくもう……」


 ルルーナは彼女から返る言葉に呆れたように溜息を吐き、改めてマナと共に前線に視線を向けた。しかし、その視線の先――見落とす筈もない大型の魔物の姿を捉えて怪訝そうに眉を寄せる。


「あれは……フェザーパイソン!? なんだってこんなところに!」

「ふぇざー……ぱい、そん? あんた、あの魔物のこと知ってるの?」

「あれは大型の鳥さえ狩る獰猛なヘビよ、下手をすれば人間だって危ういわ!」

「獰猛なヘビ……、……ヘビぃ!?」


 ルルーナから返る言葉にマナは一度こそ小さく復唱するものの、程なくして引き攣ったような声を上げながら最前線に視線を向けた。その傍らではルルーナが一体どうしたのかと怪訝そうな面持ちでマナを見つめていたが、今の彼女に構っていられるだけの余裕はない。

 そしてウィルも――フェザーパイソンと呼ばれた大型のトカゲ、だと思っていた蛇を前に瞠目していた。カミラやリンファ、シルヴァはその傍らに駆け寄り、それぞれ武器を構える。しかし、身構えることもなく呆然と蛇を見遣るウィルの様子に、いずれも不思議そうに彼を眺めた。


「パイソン……パイソンだって……!?」

「……ウィル?」

「どうか、なさいましたか?」

「あの姿形……間違いない! ジュード、退け!」


 ブツブツと独り言の如く呟くウィルに、カミラやリンファ、シルヴァでさえも疑問符を滲ませながら頻りに首を捻っていた。

 だが当のウィルは徐々に蒼褪めていきながら、前列にいるジュードに咄嗟に声を掛けた。言葉通り彼を一度後退させようと言うのだ。当のジュード本人は不可解そうな表情で振り返るが、その刹那。

 フェザーパイソンが一度天を仰ぎ高く鳴き声を上げると、近くの林から――まるで呼び出されたように種類の異なる蛇がわんさかと這い出て来たのだ。明らかに多勢に無勢、一度後退して体勢を立て直す方が得策と言える。シルヴァはそう判断した。

 そして、彼女自身も最前線に立つジュードを一度自分達の元へ後退させようとしたのだが、それは間に合わなかった。


「いかん、ジュード君!」


 シルヴァは武器を片手に慌てて前列へと駆け出すが、それよりも先にフェザーパイソンを筆頭とした蛇達が一斉にジュード目掛けて襲い掛かったのだった。



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