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第十三話・女王との謁見


 開け放たれた扉の先――謁見の間は格別広い造りとなっており、高い天井からは陽光が射し込む。どうやら高い屋根に取りつけられたガラスから射し込むもののようだ。

 赤い絨毯の下は大理石で整えられ、柱には美しい女神の彫刻が施されていた。そして絨毯が連なる最奥には、玉座に腰かける女性の姿。火の国エンプレスの現女王アメリアだ。


 真紅の長い髪を高い位置で結い上げ、目は多少なりとも吊り目。見る者に気が強い印象を与えてくる。白い頬にほんのり色づく程度に乗った紅は女性らしさを引き立たせ、唇に引かれた薄紫の口紅がやや神秘さを醸し出していた。

 ジュードは玉座の前にある何段かの階段前で足を止め、クリフが脇に退くのを確認してからその場に片膝をついて頭を下げる。


 藤色のマーメイド型ドレスの裾を揺らしながら、女王はジュードの姿を見て玉座から立ち上がった。

 紅く透き通る宝石を先端にあしらった豪華な杖を片手に階段を降りると、女王は己の前に跪くジュードを見下ろし――そしてふと、なにかに気づいたように美しい風貌に嬉々の色を乗せる。


「そなた……もしや、ジュードか?」

「え? は、はい……?」


 ジュードは、その育った環境からか敬語の類が苦手である。使えないこともないのだが得意という訳でもなく、所々あやふやになることも少なくない。

 元々の性格ゆえに大した緊張はないが、まったくないということもなかった。


 そんな最中、女王からかかった思わぬ言葉に半ば反射的に顔を上げると、ジュードは不可解そうな表情を滲ませる。なぜ女王が自分を知っているのか、純粋な疑問を抱いたのだ。

 だが女王はそんな彼に構うことなく予想が的中したとばかりに嬉々を深めると、彼の目の前に屈み嬉しそうに言葉を連ねてみせた。


「そうか、やはりジュードか! 大きくなったものだ、見違えたぞ!」

「え、え……あの……?」

「私を覚えておらぬか。そなたがまだ幼子だった頃、グラム殿に連れられて何度かここに来ていたことがあるのだよ。いつも怯えたようにグラム殿の後ろに隠れていた子が、まさかこうまで立派になっていたとは……のう、メンフィス?」


 どうやらジュードの記憶には残っていないが、女王は幼き日の彼を知っているらしい。

 確かに彼自身、幼い子供だった頃に何度かガルディオンまで来たことはあったが、王都のあまりの広さに怯えていた記憶しか存在しない。はぐれれば二度と父に会えないのではないか、そんな不安を常に抱いていたことだけは覚えている。


 女王が同意でも求めるかのように視線と言葉を投げた先、そこには浅黒い肌を持つ男がいた。玉座の傍らに控えているところを見ると、恐らくは女王の護衛か側近だろう。

 メンフィスと呼ばれたその男もまた、彼女と同じように隠し切れない嬉々を厳つい風貌に乗せていた。


「まったくです、あの男は魔物の狂暴化に伴いジュードを連れてはこなくなりましたからな」

「……え? オレを連れてこなく、なった?」

「ふふ、この国は他国よりも早く魔物が狂暴になり始めたからのう、さしものあの男もお前を守ってやれるかわからんかったのだろう。その代わりあいつが一人で来ておったが、ジュードが家で待っているからと、用を済ませたら早々に帰って行くようになってなぁ」


 付き合いの悪い、と不満を洩らす男のその言葉にジュードは思わず双眸を丸くさせ、ポカンと口を半開きにしたまま暫し呆然とした。

 ジュードは幼い頃に王都に来たことはあったが、それ以来は足を運んだ覚えはない。

 しかし、男――メンフィスの言葉から察するに、グラムは幼いジュードが狂暴化した魔物に襲われる可能性を考えて同行させなくなったのだろう。それは、父の愛以外の何物でもなかった。


「さて、昔話もこれくらいにして早速本題に入らせてもらうが……ジュード、グラム殿はどうしている?」

「あ……父さんは、二年前に魔物に襲われてケガをして……今は療養中です、なので今回は来れませんでした」

「なんと……そうだったのか、それは申し訳ないことをした。……ケガの具合は大丈夫なのか?」

「はい、ゆっくり療養すればまた武器を造れるようになるって医者が……」


 ジュードの言葉に一度こそ女王もメンフィスも息を呑んだが、続く言葉には文字通り安堵に胸を撫で下ろす。ジュードはそんな二人の様子がどうにも気になっていた。

 父グラムが顔の広い男であることは理解しているが、女王もメンフィスというこの男も随分と気にかけているように見える。


「あ、あの、父さんは女王様ともお知り合いなんですか?」

「なんだ、グラム殿はなにも話しておらぬのか? グラム殿は我が国にとって英雄であり恩人だ、彼がいなければこの国は十年前に滅んでいただろう」

「はっはっは! あいつめ、照れくさくて話しておらんと見えるな!」

「え、英雄……父さんが?」


 ジュードと女王のやり取りを聞きながら、堪え切れないとばかりにメンフィスは声を立てて笑う。そんな彼につられるように、周囲にいた兵やクリフも薄く笑みを滲ませた。

 しかし、ジュードはやはり知らない話だ。自分の父が英雄などと、これまで聞いたこともない。

 頻りに疑問符を滲ませているジュードを見かねてか、クリフが穏やかに微笑んだまま代わりに口を開いた。


「ここにおられるメンフィス様と坊主の父親のグラムさんは、十年前に王都に攻め込んできた魔物の群れを退けたのさ。お二人で親玉を叩いてな、それで敵を撤退に追い込むことができたんだ。俺もだけど、この国の兵は大体がそれに憧れて兵士や騎士を目指すんだぜ」

「し、知らなかった……」

「しかしあいつめ、ヘマをしおって……前線基地の戦況が思わしくなくてな、それでグラムの奴に強力な武具を造ってもらおうと思ったんだが……」

「ですが陛下、メンフィス様。私が見ましたところ、この坊主はレッドウルフに対し有効な武器を所持しているように見えました」

「なに?」


 クリフのその言葉に女王とメンフィスは一度彼に視線を向ける、そして次にジュードへと改めて向き直った。

 それを見るなり、ジュードは片手でベルトを外すと腰裏に装着する愛用の短剣を、軽く顔を伏せる形で鞘ごと女王へ差し出す。それはなんの変哲もない武器、鞘もごく普通の短剣だ。

 女王はジュードの右腕に巻かれた真新しい包帯を一瞥し複雑な表情を浮かべつつ、短剣を受け取るなりゆるりと首を捻ってみせた。


「普通のナイフにしか見えぬが?」


 小首を捻る女王を見上げ改めて一度頭を下げると、そこでようやくジュードは立ち上がった。こちらへ返すべく差し出された短剣を受け取り、辺りへと視線を巡らせる。

 謁見の間のどこを見ても兵士がいる。誰もいない場所に向けて実際に効果を見せる、というのは少々難しそうだ。仕方ない、とジュードは小さく頭を振りクリフに一声向けた。


「クリフさん。……動かないでね、危ないから」

「へ?」


 女王に要らぬ警戒をさせぬように彼女から離れると、ジュードは左手に持った短剣の切っ先をクリフへと向ける。距離があるためか、もしくは意図が読めないためか――彼は目を白黒させるばかりだ。

 だが、他の兵士では下手に動いてケガをする恐れがある。クリフならば多少のことでは動じないだろう。彼は部下を逃がすために自らを盾にしようと立ちはだかる漢気を持っている、肝の据わった男だとジュードは認識していた。


 短剣に鎮座する蒼い石はジュードの精神に呼応するように輝き、切っ先の周囲、宙空へ氷の刃を生成させた。それはカミラを襲っていた暴漢を追い払った時とは異なり、わずか三本ほどである。

 え、え、とクリフは戸惑い身を退きそうにはなるが、動かないよう言われているためにそれもできない。


 ジュードが短剣を持つ手を真横に凪ぐように振ると、三本の氷の刃はクリフ目掛けて勢いよく飛翔した。が、それは彼の身に直撃することなくクリフの真横を通り過ぎ、壁へと直撃して砕ける。

 その後、数拍の間を置いて周りの兵士からは歓声に近い声が上がった。女王も嬉々として、やや興奮気味に声を上げる始末。クリフだけは、氷の刃が直撃した壁をやや青い顔で振り返り「ばっきゃろう! 危ねえだろ!」と騒いでいたが。


「素晴らしい! 誰でも魔法剣のようなものを扱えるようになるのか?」

「はい、これは護身用に持っているだけですので、質のいい鉱物があれば……」

「更に強力なものが造れると言うのだな?」

「その他、防具に応用することも可能です。例えば火や風の魔法を防いだり――」


 取り敢えず、気に入ってはもらえたらしい。できることだけでも伝えておくかとジュードが言葉を連ねると、最後まで言い終えぬうちに女王が凄まじい勢いで片手を掴んで詰め寄ってきた。

 それには流石のジュードも何事かと、やや身を引いてしまう。それだけの迫力と勢いがあった。


「今、なんと言った? 本当にそのようなことが可能なのだな?」

「は、はい」


 その切れ長の双眸は期待やら好奇心に満ちているというよりは、ただただ真剣であった。どうしたのだろうかと、ジュードは多少なりとも怪訝そうな表情を滲ませて女王の反応を窺う。

 そんな様子に気付いた彼女は、暫しそのままの状態で留まった末にそっと息を洩らした。


「……前線基地に現れる魔物の中に、一際恐ろしい竜が確認された。奴らは上空から炎を吐き、その場にいる兵を次々に焼き殺していくそうだ」

「……」

「炎など吐かれれば、人は簡単に命を落とす。だがその炎から身を守る(すべ)があるのなら……兵士たちの生存率は上がってくれるのではないだろうか」


 そういった系統の魔物がいると、聞いたことはあった。だが、実際にこの大陸のどこかにいるのだと思うと、やはり流石のジュードでも緊張感は走る。

 確かに、そのような攻撃をする魔物がいるのであれば、防具に炎に対する耐性を持たせればかなり生存率が上がる。女王が喜ぶのも当然だ。

 女王は静かに玉座に腰を落ち着かせ、まっすぐにジュードを見つめた。


「ジュード、多くの兵を守り生かすための武具を造ってくれ、住む場所もすぐにガルディオンに用意させよう」

「え? あ、いや……」


 女王の言葉に一度こそジュードは頷きかけたが、続いた言葉には失礼とは理解しながらも思わず口を挟んでしまった。急を要するとはいえ、あまりに急な話だ。

 それらの武具は全て、ジュード一人で造ってきた訳ではない。ジュードとウィルとマナ、三人の力を合わせて造り上げてきたものなのだから。


「あ、あの、女王様。オレ……いや、自分は一度ミストラルに戻ります」

「なに?」

「ミストラルにいる仲間の協力が必要なんです、全て自分一人では……」


 すぐに作業に入ってもらいたいと、女王が考えているのはジュードにもわかる。

 しかし、武具に特殊な効果を持たせる鉱石を生み出すにはマナの協力が必要不可欠であるし、その鉱石の力を引き出すにはウィルの知識が欠かせない。

 考え込むように黙る女王に、改めてジュードは言葉を向けるべく口を開きかけたが、それよりも先に真後ろからなにかに覆い被さられ思わず声を上げた。


「女王さ――うわッ!?」

「陛下、ワシからもお願い致します。ジュードにも用意は必要でしょう、馬車を出しますので許可を頂けませんか」


 真後ろから覆い被さり、羽交い締めに近い形でがっしりと両腕で抱き込んでくるのはメンフィスだ、ジュードは思わず振り返って彼を眺め遣る。


 メンフィスはジュードよりも頭一つ分は高い男だった。年代は恐らく父グラムと同じくらいだろう。肌は浅黒く、騎士服に身を包み紺の外套を羽織っている。腕はしっかり――と言うよりはがっしりとしており、太い。戦士の腕そのものだ。

 そんな太くしっかりとした腕に羽交い締めにされる方はたまったものではない。ジタバタと痛めていない左手を動かしてジュードは脱出を試みるが、その腕はビクともしなかった。メンフィスはそんな彼を見下ろし大きな手の平でジュードの赤茶色の頭を無遠慮に、そして乱雑に撫で回す。


「メンフィス、まったくお主は……わかった、ではジュード。戻り次第作業に入ってくれ、期待している」

「あ……は、はい。光栄です、女王様……」


 取り敢えずミストラルに戻る許可が出たことに安堵したジュードだったが、女王に頭を下げたかと思いきや強い力で引っ張られた。

 犯人は他でもないメンフィスだ。彼は挨拶もそこそこに、ジュードを片腕に抱き込む形で早々に踵を返す。機嫌がよいらしくヘタクソな鼻歌なぞ交えているが、厳つい外見には随分と不釣り合いだった。

 あ、と慌ててジュードはクリフを肩越しに振り返り軽く手を振る。クリフはやや苦笑い混じりに、そんな二人の姿を見送った。



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