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第六話・渦巻く葛藤


 宿泊の許可を貰ったジュード達は、そのまま食堂に居座り計画を立てていた。食堂の長テーブルに備え付けてある椅子にそれぞれ腰を落ち着かせて、地上げ屋のことをどうするのか話し合っているのだ。

 協力させてほしいと言いはしたものの、どうすれば良いのかなど当然分からない。案と言えるようなものは何もないのだから。

 メネットと彼女の兄――トリスタンは食堂に残り、この兄妹と共にいた旅館の従業員達が食事の支度をしている。中にはジュードに思い切り蹴り飛ばされた者もいたが、カミラの治癒魔法によりすっかり打撲は癒された。今は大急ぎで食事や掃除をしていることだろう。


「え? その地上げ屋って明日来るの?」

「は、はい。だからおかしいと思ったんです、地上げ屋が来るのは明日って聞いてたのに、お兄ちゃんったら……」

「仕方ないだろ、ここに客なんざ来るの久々だったんだから。一日早く来たんじゃないかって思ったんだよ」

「……普段はお客さん来ないんですか?」


 まずは詳しい事情を聞いておこうと思ったジュード達ではあったのだが、どうやら地上げ屋が来るのは明日らしい。なんとも急な話だ。

 マナが驚いたように双眸を丸くさせながら確認を向けると、その質問にはメネットが何度も小さく頷いて肯定を返した。するとトリスタンはテーブルに頬杖をつき、何処か不貞腐れたように即座に口を挟む。しかし、彼のその言葉にカミラは疑問符を滲ませた。


「……地上げ屋の嫌がらせが酷くて、今となっちゃ色々な悪評が出回っちまったんだ。その所為で客足なんかパッタリだよ。幽霊が出るだの、あの旅館に泊まったら良くないことが起きるだの……言っとくけどなぁ、ウチの温泉は宝物みたいなものなんだ。美容健康に良く、大昔は色々な貴族が浸かりに来たって話なんだぜ」

「酷いな……ウィルの言うようになかなか譲らないって分かったから、嫌がらせするようになったのか」


 トリスタンの言葉にジュードは複雑そうに表情を顰め、奥歯を噛み締める。片手の親指を口元に添え、もどかしそうに爪を噛みながら吐き捨てるように呟いた。

 シルヴァは出された紅茶を楽しみながら、幾分困ったように小さく溜息を洩らす。


「既に嫌がらせまで始まっていたのだな、この旅館が寂れているように見えたのはその所為か……」

「そうですね、きっと地上げ屋が来るまでは立派な旅館だったのではないでしょうか。外観は古びて見えますが、中は清掃がとても行き届いています」


 シルヴァの言葉に対し、リンファは一度小さく頷くと食堂の中を見回す。依然として食堂内は幾つか点された蝋燭の明かりのみしか頼れるものはないが、ゴミが散乱しているなどと言うようなこともなく、テーブルにも埃などは全く見えない上に床も磨かれているように見える。トリスタンやメネット、その他の従業員がどれほどこの旅館を大切にしているかは容易に窺えた。

 それが旅館の内装から分かるからこそ、尚更力になりたいと思えてくるのだ。


「やっぱり、ギッタギタにするんじゃダメなのよね……」

「お話とか、聞いてもらえないかな?」

「……難しいと思います」


 マナは椅子の背凭れに身を預けて寄り掛かり、疲れたように腹の底から深い溜息を吐き出す。そんな彼女を横目に見遣りながらカミラが声を掛けるが、それにはリンファが冷静に小さく言葉を向けた。

 既に嫌がらせに出ているほどの地上げ屋だ、話し合いで平和的に解決と言うのは難しいとしか言えない。そのような手に出ても、恐らくは嘲笑されて終わりだろう。

 だが、暴力に訴えることも難しいとあれば、言葉で解決する以外に道もないのだとジュードは思った。


「……けどさ、やってみないと。倒して終わりって感じが駄目なら、納得してもらうまでしっかり話さないとさ」

「そうだな……お仕置きは駄目、話し合いでも駄目、だから殺します、なんて冗談じゃないからな」

「ああ、どんな理由があったって殺しちゃいけない。殺人は……何より最低な行為だ」


 ウィルが何度か納得するように頷きながら呟くと、ジュードは彼に視線のみを向けてしっかりとした口調で返答を向ける。そんな彼の言葉にウィル、カミラ、マナは一度だけ深く頷き、リンファは何処かぼんやりと――しかし神妙な面持ちでジュードを見つめていた。


「では、根気強く説得に当たってみるか。確かにジュード君の言うようにやってみなければ、な」

「ですが、皆さんが危険な目に遭われるのでは……」

「あたし達なら大丈夫だって、メネット達はこの旅館のことだけ考えてて」


 心配そうに表情を曇らせながら口を開くメネットに対し、マナは常とした明るい笑顔で返答を向けるとテーブルに片手をついて席を立つ。とにかく、話が纏まったらジッとしていられないのが彼女だ。


「あたし、ルルーナにも言ってくるわ。旅館からは出てないと思うけど、……一応心配だしね」

「あ、待ってマナ。わたしも行く」


 ルルーナは、食堂を出て行ったきり未だ戻ってきてはいなかった。流石に戻り難いのかと思いはするのだが彼女は他人からどう思われるか、どのような目で見られるのか、そのようなことを気にする性格はしていない。

 トリスタンの言動に腹を立てているのか、もしくは彼女の言葉通り単純に疲労して何処かで休んでいるのか。恐らくはそのどちらかだと思われる。

 話が纏まったのなら彼女にも報せにいかないと――マナの口実はそれだが、彼女自身、純粋にルルーナが心配なのだ。それを知ってか知らずか、そんな彼女に声を掛けて立ち上がったのはカミラである。

 マナはカミラの言葉に小さく頷くと、続いて視線はジュードやウィルへと向けた。


「じゃ、ちょっと行って来るわね。ご飯出来たら先に食べてて良いから」

「ああ、分かった」


 ジュードやウィルは食堂を出て行くマナとカミラを、メネット達と共に見送る。シルヴァは空になった紅茶のカップをソーサーの上に置き、そっと小さく一息洩らした。

 取り敢えず、根気強く話し合いと言うことにはなったが、上手くいく可能性など僅かにもあれば良い程度だろう。トリスタンの話から察するに、彼らに絡む地上げ屋はウィルの言っていたように「悪い連中」に分類される輩だと思われる。

 既にこの旅館についての悪評などが広められ、更には客足もパッタリだと言う。地上げ屋は経営が難しくなるまで待ち、無理矢理にでもこの旅館からトリスタン達を追い出そうとしているのだ。

 そんな嫌がらせを仕掛けてくる者達が、説得など聞いてくれるとは到底思えない。


「マスター、ライオットも説得頑張るによ!」

「いや、お前……以前失敗したの忘れてるだろ」


 短い手を意気揚々と挙げてみせるライオットに対し、ジュードはちびの頭の上に乗るもっちりとしたその身を見下ろしながら苦笑いを滲ませた。

 シルヴァはそんなやり取りを余計な言葉を掛けることなく見守り、改めて小さく溜息を洩らすと切れ長の双眸を横に逃がし、思案げに眉根を寄せる。


「(いざとなれば精霊を使って、ジュード君に脅しでもかけてもらうしかないか……? いや、しかしこの兄妹に何か危害を加えられてはな……)」


 力で解決出来るのであれば、何も難しいことはない。

 しかし、それが出来ないとなると彼女は確かな歯痒さともどかしさを覚えた。弱きを守るのも騎士の役目だ。例え生活する国が違えど、それだけはシルヴァの中で決して変わるものではない。

 国の違いがあったとしても、この世界で生きる人間であると言うことに違いはないのだから。

 一方でリンファは、依然として何処かぼんやりとした様子でジュードとウィルを眺めていた。不安そうな表情を浮かべて明日のことを考えていると思われる兄妹も、今は彼女の気を引くものではない。

 現在のリンファの頭には、先程のジュードの言葉がしっかりと残っていた。


『――ああ、どんな理由があったって殺しちゃいけない。殺人は……何より最低な行為だ』


 その言葉は、リンファの胸に確かに突き刺さった。

 彼女はこれまで、人を手にかけてきたことはない。地の国の王都グルゼフで闘技奴隷(とうぎどれい)をしていた頃も、彼女が相手にしていたのは魔物であって人間ではなかった。

 だが、火の国でマナがリュートに誘拐された時のことだ。

 あの時、リンファは幼い子供や少女達を誘拐し、地の国で奴隷として売り捌こうとしていたリュート一味に激しい憎悪を覚え、殺すことにさえ躊躇いを持たなかった。


「(あの時の私は、平気で人の命を奪おうとしていた……まるで魔物か何かを相手にするみたいに……)」


 その時のことを思い返すと、リンファの表情は自然と歪む。奴隷商人は当然ながら彼女に嫌悪を与える存在と言えたが、それでも人間なのだ。

 ジュードの言葉が全面的に正しいと、彼女は言えない。だが、間違っているとも思えないのだった。

 リンファは片手で自らの胸元を押さえると、眉を寄せて口唇を噛み締める。


「(……この憎悪を捨てたら、捨てられたら……皆さんみたいに心から笑えるのでしょうか――兄さん……)」


 彼女の心に渦巻くのは様々な葛藤だ。

 地の王都グルゼフの王族、ルルーナの母であるネレイナ、そして多くの貴族に対する憎悪。父や兄を奪った忌まわしき魔物達。

 だが、ネレイナの娘であるルルーナは随分とリンファを気に掛けているし、憎い魔物と――厳密に言えばちびだが、嬉しそうに心を通わせるジュードを見ていると、自分が抱く憎悪が間違っているような気さえしてくるのだ。

 彼らは恐らくリンファのような、身を焼くのではないかと思うほどの憎悪を持ち合わせていない。だからこそ、誰もがあんな風に濁りなく笑えるのではないか。そう思ったのである。

 リンファはそこまで考えると、疲れたように溜息を吐き出して目を伏せた。まるで、思考を止めるかの如く。

 とにかく今は、何も考えたくないと思ったのだ。



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