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第五話・旅館の兄妹


「本当にごめんなさい!」


 古びた屋敷内の一室、食堂と思われる広い部屋へと移動したジュード達はそこで少女からの謝罪を受けた。少女は身体の前に両手を添えて深々と頭を下げ、何度も何度も謝罪の言葉を可愛らしい声で紡ぐ。大きな長方形のテーブルに幾つか点された蝋燭の灯りが、彼女のやや蒼褪めた顔を照らし出していた。

 だが、そんな少女の傍らにいた焦げ茶色頭の青年は不満げな表情を滲ませて胡散臭そうな視線をジュード達へと向けてくる。見たところ年齢はジュードやマナとそう変わらない、恐らくは同年代だろう。


「なんでメネットが謝らなきゃならねーんだよ、どう見たってコイツら怪しいだろうが」

「お兄ちゃんが勘違いしたんでしょ! 地上げ屋が来た、なんて騒いだのは誰よ!」

「いでででっ!」


 メネット――そう呼ばれた少女は傍らの青年を睨むように横目で見遣り、その足を思い切り踏み付けながら怒声を向けた。どうやらこの少女と青年は兄妹らしい。

 兄妹のやり取りを眺めてウィルは眉尻を下げると、片手の指先で幾分困ったように首裏を掻く。


「地上げ屋ねぇ……」

「ウィル、地上げ屋ってなんだ?」

「お前な……ったく、簡単に言うと、この土地をよこせって連中だよ。結構乱暴な奴らが多いって話は聞いたことあるが」

「なによそれ、人様の土地を奪おうって言うの?」


 純粋な疑問を投げ掛けるジュードに、ウィルは呆れたように双眸を半眼に細めて溜息を一つ。彼でも理解出来るよう言葉通り簡単な説明を済ませたところで、不愉快そうな表情を滲ませながらマナが続いた。


「地上げ屋って言っても、悪い連中ばっかりじゃない筈なんだけどな。その土地の所有者の希望や納得するような額をある程度は提示してくると思う、……まあ、それでも譲らないって場合は強引な方法を取ることも多いみたいだけどさ」

「じゃあ、この人達は地上げ屋さんに土地をよこせ、って言われてるの?」

「地上げ屋が来たーって勘違いして襲ってくるんだ、十中八九そうなんだろ」


 何処か心配そうな表情を滲ませて呟くカミラに、ウィルは向き直るとその言葉を肯定すべく頷きながら返答を向けた。そして、彼らの視線は一斉に兄妹達の方へと向く。

 するとメネットと呼ばれた少女は胸の前で両手を合わせ、視線を足元に落として小さく頷いた。


「はい……そうなんです。二ヶ月ほど前からある地上げ屋が来るようになって……新しい旅館をここに造るから、この土地を売れと迫ってきて……」

「ふむ……君達はこの旅館を手放す気がない、もしくは立ち退き料が納得いかない。そんなところか?」

「俺達はここを手放す気なんざねーよ! バカにしてんのか!?」


 頭の中で情報を整理していきながら、シルヴァは思い付くままの選択肢を挙げただけなのだが、その言葉に不意に青年が怒声を張り上げる。すると、即座にメネットが改めて彼の足を思い切り踏み付けた。

 確かにこうも頻繁に突っ掛かられては、一向に話が進まない。


「……この旅館は、私達の両親が遺してくれた大切な場所なんです。だから絶対に守っていきたくて……」

「…………」


 メネットは、踏み付けられた足を押さえて唸る兄を見下ろしてから彼の代わりに返答を呟いた。

 ――両親が遺してくれた大切な場所。そんな話を聞いて、当然ながらジュードやカミラ、マナが黙っていられる筈もない。


「ねぇ、ジュード。あたし達でなんとかしましょうよ」

「そうだよ、このままじゃメネットさん達の大切な場所が取られちゃうよ」

「その地上げ屋って奴を倒したら解決するかな」

「待て待て待て、そんな簡単な問題じゃない!」


 放っておけば物騒且つ単純な計画を企て始めるだろうジュード達に、慌てて声を掛けるのは当然ながらウィルだ。

 ジュードやマナはそんな彼を不服そうに振り返る。


「あのなぁ、地上げ屋をボッコボコにするのは簡単でも、その後はどうするつもりなんだよ。もっと手勢を増やして報復に来る可能性が高いだろ、そうなったら余計に大変なことになるんだぞ」

「あ、そっか……」


 それは、ウィルの言う通りだ。

 この旅館を守りたいのだと、力で地上げ屋をねじ伏せたところで何の解決にもならない。一時的に旅館は守れても、大事なのはその後のことだ。反抗と見られてメネット達が手酷い目に遭わされる可能性が高い。

 ジュード達はずっとこの旅館に留まる訳にはいかないのだから、メネット達のその後のことも考えた解決法でなくてはならないのである。


「それじゃ、あたし達に出来ることは何もないの?」


 自分達には何も出来ないのか、そう思えば抑え切れない歯痒さを感じるらしい。マナは悔しそうに表情を歪めながら、ウィルの片腕を改めて掴んだ。

 ウィルやシルヴァとて、何とかしてやりたいと思う気持ちはある。しかし、相手が地上げ屋とあればどうするのが最適なのか。メネット達に被害が出ないやり方は何か。

 そこまで考えた時、ふと疲れたようにルルーナが溜息を吐きながら口を開いた。


「……取り敢えずさ、ここは旅館なんでしょ、休ませてもらえないかしら? こっちは長旅で疲れてんのよね」

「な……ッ! この大変な時に泊めるなんて出来るかよ! 何様なんだあんた!」

「何様って、お客様よ。大変だからってお客を受け入れることも出来ないワケ? そんな半端な根性ならさっさと旅館なんて畳んじゃいなさいよ」

「なっ、なんだと!?」


 至極当然と言った様子で言葉を連ねるルルーナに対し、当然激昂して見せるのはメネットの兄だ。今にも掴み掛からんばかりの形相で睨み付けるが、そんな彼を妹のメネットが必死に押さえる。しかし、彼女の表情にも怒りが見え隠れしていた。

 当然だ、ルルーナの言葉は彼らを小馬鹿にしているような響きにも聞こえるのだから。


「ちょっと、ルルーナ……言い過ぎよ」

「なによ、事実じゃない。客は経営側の事情なんか普通は構いやしないわよ。お子様のママゴトでやっていくつもりなら、どうせ長続きなんかしないんだからさっさと辞めればって言ってるだけでしょ」

「てんめぇ……ッ! 女が図に乗りやがって!」

「お兄ちゃん!!」


 その時、メネットの兄が妹の制止を振り切ってルルーナに襲い掛かった。ジュード達は咄嗟に身構えはしたのだが、ルルーナ本人には全く動じたような様子はない。まるで興味なさそうに紅色の双眸を細めて無表情に眺める。

 掴み掛かろうと言うのか、伸ばされた彼の手が身に触れる前にルルーナは片足を軸に身を翻した。

 そして腰裏から愛用の鞭を取り出すと、完全に無防備になった彼の背中へと思い切り叩き付ける。そんな様を見てジュードとカミラが慌てて彼女を止めた。


「ル、ルルーナさん!」

「やり過ぎだ!」


 背中を打たれ、苦悶を洩らしながら屈み込む兄を見て、メネットはその傍らに駆け寄ると彼の身を支える。

 制止の言葉を掛けてくるジュードやカミラ、非難するような視線を向けてくるメネットや彼女の仲間達を見て、ルルーナは「ふん」と一つ鼻を鳴らすと早々に部屋を出て行った。


「なんて女だ、あいつ……! ちくしょう、バカにしやがって!」


 メネットの兄は閉ざされる食堂の扉を睨み付けて、そう吐き捨てる。だが、シルヴァはそんな彼の正面に歩み寄ると、緩く眉尻を下げながら極々軽く肩を疎めてみせた。その傍らにはリンファが並び、ルルーナが出て行った扉を幾分心配そうに見つめている。――とは言っても、表情には微々たる変化しか起きていないのだが。

 メネットと彼女の兄は、正面に佇むシルヴァを不安そうな面持ちで見上げた。


「……彼女が酷いと、そう思うか? 私はそうは思わないが」

「……なんだと?」

「厳しい言葉だろうけどよ、それが現実だぜ。ルルーナの言うように、確かに客は店の事情なんか知ったことじゃないからな」

「けど、ウィル……」

「俺達だってそうだ。グラムさんが怪我したからもう武器造れません、なんて言って客が快く満足してくれたか? 商売ってのはそういうモンなんだよ」


 ジュードやマナは何処か痛ましそうな表情を浮かべながらウィルを見遣るが、彼は力なく頭を左右に揺らして淡々と返答を向けた。

 ジュード達鍛冶屋とて、グラムの跡を継いで最初から上手く行っていた訳ではない。名匠グラム・アルフィアの名を地に落とさぬように必死に頑張っても、やはりまだまだ子供。努力だけで彼のような武器が造れる筈もない。それで怒りを買うこと、罵声を浴びることは数多くあった。

 それが分かっているからこそ今回ばかりはウィルも、ジュードやマナではなく、ルルーナの肩を持つのである。

 シルヴァは兄妹の前に片膝をついて屈むと、兄の粗暴な態度の数々に口喧しく言うようなこともせずに優しく微笑んだ。


「そういうことだ。君達にも事情はあると思うが……今夜一晩、宿泊を頼めないだろうか。その代わり、我々にも協力させてもらいたい」

「……え?」


 その言葉にメネットは双眸を丸くさせて、一度傍らの兄と互いに顔を見合わせた。協力とは、一体何をするのだろうか。そんな疑問が見て取れる。

 ジュードやカミラ、マナはシルヴァのその言葉に途端に表情を輝かせて彼女の傍らに駆け寄った。


「シルヴァさん、何か方法があるの?」

「いいや、これから考えるんだ。これだけの人数がいれば、何か良い案も出るだろう。――まあ、なんとかなるさ」

「うん。オレ、そういう考え好きだ」


 彼女には何か考えがあるのかと、マナは期待に満ちた双眸でシルヴァを見つめるが、当の彼女本人から返った言葉に対し即座に不安そうに表情を曇らせる。しかし、マナの傍らでは同意を示すように何度もジュードが頷く。

 だろうよ、と。ウィルはそんな彼を見つめて苦笑いを滲ませていた。



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