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第二話・精霊の種類


「そのサラマンダーってヤツ、そんなに強いの?」


 マナや他の仲間の興味が続いて向いたのは、ジュードにあれだけの傷を負わせた精霊の存在だ。

 ジュードやカミラはその姿を目の当たりにはしたが、彼女達は姿さえ見ていない。どのような存在なのか、どれほどの強さを持っているのか。興味が湧くのは必至と言えた。精霊が今後も襲ってくるのなら、当のサラマンダーとも敵対する可能性が濃厚なのだから。

 純粋な疑問を口にするマナを見遣り、ジュードは複雑そうな表情を滲ませながら静かに頷いた。サラマンダーと名乗ったあの男の強さは彼自身がよく理解している。実際に刃を交え、そしてその強さの前に手も足も出なかった。その事実はジュードの心に苦い思い出として刻まれている。


「……オレ、全く歯が立たなかった。傷を負わせてもすぐに炎に包まれて治っていくんだ」

「なんだよ、それ。じゃあ勝ち目がないじゃないか」


 幾らサラマンダーが強いと言っても、何も出来ずに負けたと言う訳ではない。俊敏さに長け、手数の多い彼のこと。当然ながら攻撃や打撃は与えられた。

 だが、確かに刻んだ筈の傷は瞬く間に癒えていってしまったのだ。何度攻撃しても、その繰り返しだった。


「うに……精霊は中途半端な攻撃じゃ、ダメージにならないんだに」

「じゃあ、かなりデカい一発を叩き込まないとダメージすら与えられないってこと? ジュードだって非力な訳じゃないのよ」


 その言葉は、ジュード達に衝撃を与えるには充分過ぎた。

 マナの言葉通り腕力はウィルの方が高いのだが、ジュードとて非力と言うことはない。普段鍛冶屋としてハンマーを握る彼にも、しっかりと筋力は付いている筈だ。それに加え、メンフィスとの実戦訓練。風の国ミストラルで平和に暮らしていた頃よりも遥かに鍛えられているのである。

 だと言うのに、サラマンダーには全く歯が立たなかった。ライオットはジュードの頭でしょんぼりと頭を垂れると、小さく頷いてみせる。


「うに、そうだに……たぶん、ウィルやシルヴァおねーさんでもサラマンダーには……」

「ちょ、ちょっと待ってよ、じゃあどうしろって言うの?」


 今現在、最も物理的な攻撃力が高いのは一撃の威力が重い槍を扱うウィルか、もしくは多くの戦場を経験してきたシルヴァのどちらか、だ。

 だが、ライオットはその二人でもサラマンダーには傷を負わせられないのではないかと言う。では、一体どうしろと言うのか。マナの疑問は尤もである。

 そしてそれは他の仲間達も同じであったか、複雑な視線と表情を向けた。


「今は、サラマンダーみたいな精霊には逢わないように気を付けるしかないに。でもマスター、諦めちゃダメだに。今はまだ勝てないのは当たり前なんだによ」

「……どういうことなの?」


 何とかする方法はないのか、そう問いたげな仲間の視線と様子にライオットはジュードの頭から肩へ降りると、不思議そうに双眸を丸くさせるカミラに身体ごと向き直った。


「精霊にも種類があるんだに。普通の精霊、上級精霊、大精霊……サラマンダーは普通の精霊よりも遥かに力を持った上級精霊の一人なんだに」

「普通の精霊とやらの基準が分からんから何とも言えないが、つまり我々はまだ上級精霊と戦うには力不足と言う訳だな?」

「うに、残念だけどそうだに……」

「で、アンタはどこのレベルなの?」


 取り敢えず、今のジュード達ではシルヴァの言うように力不足だと言うことは理解出来た。ウィルはまた一つ溜息を吐き出すと、問題はやはり山積みだと一度軽く頭を垂れる。

 ルルーナは語られる言葉を頭に記憶させるように何度か小さく頷いてみせた後、当のライオットが気になったか、純粋な疑問として問いを投げ掛けた。すると、彼女のその言葉は他の仲間の興味も刺激したらしく、今度は好奇心に満ちた眼差しがライオットへと向けられる。


「うに、よくぞ聞いてくれたに! ライオットはこれでもサラマンダーと同じ上級精霊だによ!」

「嘘だろ」

「嘘よ」

「嘘ね」


 何処か誇らしげに胸――否、腹を張って意気揚々と答えてみせるライオットに、ウィル、マナ、ルルーナからは即座にツッコミが入る。リンファは言葉には出さないが、疑わしそうな視線を向けていた。正直、嘘だと言われるよりも堪えるだろう。

 ジュードやシルヴァに至っては苦笑いを滲ませていた。結局、唯一純粋に信じていると思われるのはカミラだけだ。「すごいね!」と朗らかに笑って胸の前で両手を合わせている。


「……いいんだに、ライオットの味方はカミラだけだに……」


 肩の上で座り込みいじいじと拗ねるライオットにジュードは片手を伸べると、もっちりとしたその身をやんわりと撫で付けた。相変わらず素晴らしい感触である、まるで肌に吸い付くような。

 上級精霊と言うと、やはり神々しいような姿を想像する。サラマンダーはともかくこのライオットのフォルムを考えると、どうしても信じられなかったのだ。

 だが、そこでウィルが頭に浮かんだ一つの可能性を口にした。


「なあ、そのサラマンダーって火の精霊なんだろ? ジュードがあのシヴァさんって精霊と交信(アクセス)しても勝てそうにないのか?」

「そういえば、シヴァ様は氷を司る精霊だとライオット様が仰っていましたね」

「そっか、火の精霊なら氷の力には弱い筈よね」


 氷属性は火に弱くもあるが、強くもある。互いに打ち消し合う属性なのだ。相殺し合うからこそ、重要なのは「どちらの力が強いか」になる。

 前線基地でシヴァが見せた力は圧倒的なものであった、赤黒い竜の襲撃でもう終わりだと思った戦況をあっという間にひっくり返してしまったのだから。そんな彼の力を以てしてもサラマンダーには敵わないのだろうか、ウィルはそう思ったのだ。

 するとライオットは再び立ち上がり、即座に返答を向けた。


「うに、シヴァなら交信しなくても勝てると思うによ」

「……え?」

「シヴァはライオットやサラマンダーみたいな上級精霊よりも、もっともっと強い力を持ってるに。氷属性を統べる大精霊なんだによ!」


 道理で圧倒的な力を持っている筈である、ウィルはそう思った。

 先程のライオットの説明から纏めるに、精霊には三種類存在している。

 精霊、上級精霊、大精霊。

 通常の精霊よりも遥かに強い力を持っているらしい上級精霊だが、大精霊はその上級精霊より更に上の力を持っていると言うことだろう。そして、シヴァはそれほどの力を持つ偉大な存在と言うことになる。


「シヴァさんって、そんなにすごい人だったのか?」

「人じゃないわよ、ジュード」

「え、あ、精霊か」


 そこでやはり驚くのはジュードだ。彼は一度、前線基地で実際にシヴァと一体化したことがあるのだから。

 ライオットを撫でた手を下ろし、その手の平をなんとはなしに見つめてみる。あの時、自分の内側から込み上げてきた力とその感覚を思い出しているのだ。


「……けど前線基地であの女と戦ってるのを見たけど、あまり強いって感じはしなかったわよ」

「それは当然だに、火の国は文字通り火の力が強いんだに。氷の精霊であるシヴァの力は半減されるによ。シヴァが本領を発揮出来るのは水の国にいる時だに」

「逆に考えると、力が半減されてるのにイヴリースと互角に戦えてたってことだよね……」

「けど、大精霊って言うにはちょっと不安があったような感じなのよね」


 ルルーナは怪訝そうな面持ちで呟いたが、続くライオットの説明にカミラは納得したように何度か頷きながら応える。あの時、確かにシヴァの加護を受けたジュードはイヴリースと対等に渡り合っていた。

 だが、ルルーナの言うことも尤もなのである。大精霊と称されるには力が半減されていたとは言え、聊か頼りなかったのではないか、と。

 そこで、ジュードは自分の手の平を見つめたまま静かに口を開いた。


「……違う、きっとシヴァさんの問題じゃない。オレの所為だ」

「……ジュード?」

「オレが上手く使いこなせなかったんだ、シヴァさんの力を」


 ふと呟いたジュードに対し、カミラは緩く首を捻りながら何処か心配そうに声を掛ける。多少なりとも彼の表情には思い詰めたような様子が見て取れた。

 そして心配そうなのは、何もカミラだけではない。ウィル達も同じである。ライオットはジュードの肩に乗ったまま、そっとそんな彼の横髪を短い手で撫で付けた。まるで慰めるように。


「マスター、最初から上手くやろうとしなくていいんだに。ぶっつけ本番で大精霊と交信出来ただけですごいことなんだによ。慣れてないと上手くいかないことも多いんだに」

「結果的に勝ったんだから、まあ良いだろ。これから慣れていけばさ」

「うん、まあ……そう、かな。……サンキュ、ライオット」


 何事もそうだ、最初から全て上手く出来る者などそうそういない。不慣れであって、更にシヴァの力を使いこなせなかったとしても、ウィルの言うように結果的に勝利を収めたのだから取り敢えず問題ではない。

 大事なのは、これからのことだ。


「じゃあ、ライオットと交信して慣れていくしかないのかな」

「うに! ライオットを使ってくれるに!? 嬉しいに!」


 今後も精霊や魔族が襲ってきた時の為に、出来るだけ交信状態に慣れておく必要がある。更に先程ライオットに聞いたばかりの残り二つの能力。それらも修得しておいた方が良いだろう。

 やらなければならないことは、やはり山積みだ。


「では、そろそろ行こうか。話なら馬車の中でも出来るからな」

「そうですね、少し休み過ぎてしまった気がします」


 ちょうど区切りの良いところと判断したか、シルヴァが広げていた荷を片付けて腰を上げると、リンファはそんな彼女に対し一度同意を示すように頷き、続いて立ち上がった。

 彼女の言うように、話は馬車の中でも出来る。手綱はこれからもシルヴァが握るのだろうから、ジュード達はゆっくりとライオットに色々訊けるのだ。シルヴァやリンファに倣い、ウィルやマナ、ルルーナも続けて腰を上げ緩慢な足取りで馬車の方へと向かっていく。


「ねぇ、ライオット。ジュードが共鳴(レゾナンス)の能力を身に付けたら……わたしも、もっと強くなれる?」

「……カミラさん?」


 ジュードも彼らに続いて座っていた河辺から立ち上がったのだが、そこへふとカミラが口を開いた。

 突然どうしたのかとジュードはその場に佇んだまま、河をジッと見つめる彼女を見下ろして首を捻る。ライオットも彼と同じように不思議そうにはしていたが、それ以上続かない彼女の言葉にやがて小さく頷いた。


「……うに、もちろんだに。カミラは光属性の持ち主だに、マスターがライオットと契約(コントラクト)して共鳴すれば、カミラももっと強くなれるによ」


 その言葉に、カミラはようやくジュードとライオットに視線を戻した。ライオットから返った返答は彼女に希望を与えてくれるものだったらしい、その表情には何処か安堵が滲んでいる。

 カミラは座していたそこから立ち上がり、衣服に付いた土埃を両手で軽く叩き払うと改めてジュードへ向き直った。


「……わたしね、水の国のあの森でアグレアスやヴィネアに全く攻撃が効かなかった時……半分諦めちゃってたの。わたし巫女なのに……魔族との戦いで何も役に立てない、って」

「……カミラさん」

「でも、ジュードは違った。みんなほとんど諦めちゃってたのに、立ち向かったんだもの」

「(オレ、覚えてないんだけどなぁ……)」


 ジュードは、その時のことを全く覚えていない。

 リンファが殺されそうになって――その後のことを何も覚えていないのだ。リンファが危ない、彼女を助けないと。そうは思ったのだが、次にジュードが意識を取り戻した時、そこは見慣れぬ小屋の中であった。

 尤も、それはシヴァとイスキアに拾われて保護された先だったのだが、そこに行き着くまでの経緯は彼の記憶には欠片ほども残っていない。

 だが、なんとなく言わない方が良い。そう思い、ジュードは黙したままカミラを真っ直ぐに眺めた。雰囲気を壊したくなかったのだ、今の彼女は真剣なのだから。


「わたし、ジュードに勇気をもらったの。絶対に諦めちゃいけない、って」

「……うん」

「絶対に今よりも強くなって、魔族のこと……なんとかしてみせる」

「……うん。けど、無理は禁物だよ」


 そこで、ジュードは思い出す。シヴァとイスキアに保護された翌日のことを。

 仲間とはぐれたジュードを探し、カミラは一晩中、雪の降る中をたった一人で彷徨っていたのだ。結局彼女もシヴァに拾われて保護されたのだが、目を覚ました時のカミラはと言えば随分と余裕がなかった。

 魔族は自分がなんとかしなければならない、その責任感に押し潰されそうになっているように見えたのだ。


「(あの時から、カミラさんはずっと自分を責めてきたのかも……)」


 巫女なのに、魔族を相手に全く歯が立たなかった。危うく全滅するところだった。

 カミラはずっと、そうやって自分を責めてきたのだと思えばジュードの胸にはほんのりと暖かな感情と、僅かな痛みが滲む。そんなに気に病むことはないのだと、そう声を掛けたいと思った。巫女だからと言って、一人で背負う必要はないと。

 だが、そんな二人の元へ一つ不躾な言葉が飛ぶ。


「おーい、そこのお二人さん。イチャついてないで早く行くぞー!」

「い……イチャついてないだろ!」

「どうだか……」


 ウィルだ。慌ててそちらを見てみれば、平原に停めた馬車の傍らに佇んだままこちらを見ている。早く来い、そう言いたげだ。

 はあ、と小さく溜息を洩らしてジュードはカミラに改めて向き直ったが、当の彼女の顔は――いつものように、憐れになるほど真っ赤であった。


「い、い、いちゃ……」


 どうやら、彼女は通常運転らしい。

 「ひいぃ」と小さくか細い声を洩らし、両手で真っ赤な顔を覆う。その身は小刻みに震えていて、まるで小動物のようだ。

 ジュードはそんなカミラを見つめながら、思わず眉尻を下げると何処か微笑ましそうに笑った。



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