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第一話・お勉強しように!


「マスター、お勉強しように!」

「…………」


 地の国グランヴェルへ向かう道すがら。

 延々馬車での移動と言うこともあり、休憩を挟んだ際のことであった。もう少し進めば関所に行き着く。そんな時。

 一行は河辺で涼み、各々軽く食事などを楽しみながら文字通り心身共に休んでいたのだが、その最中にライオットが不意に声を上げた。自分の肩に乗って何処か誇らしげに短い片手を上げるモチ男――ライオットを、ジュードは珍しく無感情の双眸を以て見遣る。だが、その表情はまるでこの世の終わりのような絶望感に満ちていた。そして、すぐに何も言わずにライオットから顔ごと視線を背ける。

 忘れてはいけない――彼の頭の出来は非常に残念なのだと言うことを。幼い頃から「勉強」と聞けば脱兎の如く逃げていたほどだ。元々俊敏なこともあり、グラム自身彼を捕まえるのに四苦八苦していた。――と、そんな様子を思い返しながらウィルは苦笑い混じりに言葉を向ける。


「……なんだって突然勉強なんだ? お前のご主人様は勉強って言葉自体が大嫌いなんだから、あんまいじめてやるなよ」

「そういえば、ジュードって昔からお勉強の時間は脱走してたわよね」

「どれだけ勉強嫌いなのよ」


 ウィルの言葉に同じく昔を思い出しながら呟くマナに、ルルーナは軽く眉を顰めると溜息混じりにツッコミと思われる言葉を洩らした。

 彼らの言葉を聞いてライオットは胸――と言うよりは腹にしか見えないが――を突き出すように張りながら、改めて声を上げてみせる。


「ただの勉強じゃないに! マスターとして必要なものだによ!」

「オレ好きでマスターなんてやってないから必要ない」

「そういうのを屁理屈って言うんだに……」


 考えるような間も置かず、いっそ即答だ。ジュードにしては珍しく言葉を投げ掛けてくる対象に視線さえ向けることなく、顔を伏せて嫌々と頭を横に揺らしながら呟く。余程嫌なのだろう。横から見えたその風貌、顔色は何処か蒼い。

 だが「ただの勉強じゃない」という言葉に反応したのはウィルの方だった。マスターとして必要なものだと言うのであれば、尚更だ。自分が知らない内容なのだろうと思えば自然と興味が湧く。


「どういう勉強なんだ? 俺が聞いて分かり易いように噛み砕いて……ジュードに教えるよ」

「なんて情けないマスターなんだに……」


 ライオットはしょんぼりと頭を垂れて呟くと、暫しの逡巡の末に小さく頷いてみせた。そしてジュードの頭の上に飛び乗り、改めて腹、元い胸を張る。

 その話を聞いていたメンバーは一斉にライオットに視線を向けた。精霊のことをまだよく理解していないと思われるシルヴァも、何処か興味津々と言った様子だ。否、よく理解していないからこそ興味があるのかもしれない。


「うに、みんなにとっても大事な勉強になると思うに。ちゃんと理解して、上手く出来ればみんなも魔族と普通に戦えるようになるによ! 今よりももっともっと強くなれる筈だに!」

「え、そうなの? ジュードやカミラにばっかり押し付けなくても……よくなるの?」

「そうだに!」


 それは、ウィル達にとっては非常に嬉しい言葉であった。

 精霊との交信(アクセス)により一時的に圧倒的な力を見せるジュードや、姫巫女(ひめみこ)として魔族に最も有効な光魔法を扱えるカミラ。魔族との戦いになれば、恐らくこれからもジュードとカミラを中心に戦わなければならない。

 二人のような特殊な力を持たぬウィル達では、魔族と対等に戦うことさえ難しいのだ。だが、少しでもその状況を変えることが出来るのであれば嬉しいことである。ジュードとカミラ、二人にばかり押し付けなくても良くなるのだから。

 だからこそ仲間達の表情は真剣なものとなり、視線は改めてライオットへ向けられた。


「マスターには、あと二つ覚えてほしいことがあるに! 今覚えてるものの二つはもちろん覚えてるに?」

「……接続(リンク)交信(アクセス)だろ。接続は精霊と繋がるもので、交信は繋がった精霊に意識を合わせることで一体化する」


 嫌そうにはしていても一応話は聞いているらしい。頭の上に乗るライオットを叩き払うこともなく、ジュードはこれまで覚えた単語と意味を復唱した。

 それを聞いてライオットは何度も大きく頷くと、改めて口を開く。


「そうだに、特に接続は何をするにも必ず必要になるものだからしっかり覚えておいてほしいに!」

「それで、あと二つって言うのは?」

「うに、あとの二つはコントラクトとレゾナンスって言うに!」


 意気揚々と答えたライオットを暫し仲間達は見つめていたが、やがて誰ともなくウィルに視線を向ける。

 徐々に己に向き始める幾つもの視線に気付いたウィルは、緩く眉尻を下げて苦笑いを滲ませた。要約を求めていると言うのは考えずとも理解出来る。

 だが、ウィルに分かるのはその言葉の意味だけだ。それがどのような効果を発揮するのかは、やはりライオットに問う以外にない。


「えっと……コントラクト、つまり契約だな。レゾナンス……ってのは、共鳴?」

「そうだに! 契約(コントラクト)は術者の心に精霊を受け入れるって誓いをするによ、そうすることで精霊の召喚も出来るようになるんだに!」

「接続だけじゃ不十分って訳か……じゃあ、レゾナンスってヤツは?」

「うに、共鳴(レゾナンス)はみんなの為の能力だに」


 取り敢えずとウィルは簡単に頭に叩き込んでいきながら、ライオットに先を促した。彼の視界の片隅に映る仲間の反応は様々だ。

 ルルーナやリンファ、シルヴァはそれぞれ混乱することなく冷静に頭の中に情報を纏めているようだが、カミラやマナはやや不可解そうにしている。ジュードなど以ての外だ。


「共鳴は、契約した精霊の加護を仲間に与えるものだに」

「加護?」

「うに、みんな得意な属性って言うものがあると思うに。共鳴は、契約した精霊と同じ属性を持つ者の能力を強化出来るんだに。例えば……火魔法が得意なマナは火属性を持ってるに、マスターが火の精霊と契約すれば共鳴の効果で能力が強化される筈だによ」

「なるほど、ジュード君を媒体として……精霊の力で我々の能力を強化してもらえると言う訳か」


 シルヴァが納得したように何度か頷きながら呟くと、ライオットは大きく頭を縦に振って頷きとした。

 取り敢えずジュードが精霊と契約しないことには、共鳴は出来ないと言うことだ。マナは胸の前で両手を握り締めると、軽く項垂れるジュードの肩を掴んで軽く揺すってみた。


「ねぇ、ジュード。火の精霊を探しましょうよ、ジュードが火の精霊とコン……ナントカすれば、あたし強くなれるって」

「そう言われてもなあ……精霊なんて簡単に見つかるものじゃ……」


 精霊などと言う稀有な存在が、そう簡単に見つかる筈がない。そう言おうとしたのだが、そこでジュードは一旦閉口した。彼の頭には、ある一人の精霊の存在が浮かんだのである。

 唐突に黙ってしまったジュードにマナは不思議そうに首を捻るが、やがて彼は自分の頭の上に乗るライオットに一声掛けた。


「……なあ、ライオット。サラマンダーって知ってるか?」

「うに? どうしてマスターがサラマンダーのことを知ってるに?」

「……」


 それは、リュートの一件が片付いて少しと言った時。

 マナにお使い、ルルーナにカミラの迎えを頼まれた日のことだ。不意に街中でガラの悪い和装の男に絡まれたかと思いきや、ジュードは彼に強引に拉致されたのである。

 連れて行かれた先はなんてことはない街の外ではあったものの、そこで男は唐突に刀を抜き戦いを挑んできた。状況が全く理解出来ずにいたジュードに、男は自分が「サラマンダー」と言う名の精霊だと告げてきたのだ。圧倒的な力の差を前にジュードは負けた――筈だったのだが、彼が目を覚ました時には男の姿は既になく、王都ガルディオンの屋敷内であった。夢だったのかと思いもしたが、全身に刻まれた複数の傷があの遭遇が現実であると物語っていた。

 しかし、満足に傷さえ負わせることも出来ずに負けたと言うこともあり、ジュードは彼のことを仲間に話そうとは思わなかった。助けに来てくれたと思われるカミラも特に話題に出さなかったから余計にだ。

 だが、あのサラマンダーと名乗った男が本当に精霊であるのならと、ジュードは思う。その真偽をハッキリさせておかなければならない、と。


「サラマンダーは火の精霊だによ、でもちょっと短気で乱暴なヤツなんだに」


 ライオットから返る言葉に、ジュードは複雑そうに眉を顰めて一度視線を下げた。その当たり前とも言えるような返答を聞く限り、あの男は本当に精霊だったのだろう。


 * * *


「じゃあ、ジュードにあんな怪我をさせたのはそのサラマンダーとか言う精霊だったの!?」

「うに、うにー! あいつ、また勝手なことを!」


 ジュードから事の顛末を聞いた仲間達は、そこでようやく当時彼の身に起きたことを完全に理解した。その時、まだ知り合っていなかったシルヴァだけは何のことかと首を捻っていたが。

 ライオットも憤慨している、ジュードの頭の上で飛び跳ねて憤りを露にしていた。


「あの人、精霊だったの? わたし、いっぱい失礼なこと言っちゃったけど……」

「別にいいわよ、カミラちゃん。だってジュードは精霊達にとって大切な存在なんでしょ? そのジュードを襲うなんてロクなヤツじゃないわ」


 ルルーナの言うことは尤もだが、なんとも身も蓋もない。カミラはそれでも幾分申し訳なさそうにしていたが、ルルーナのその言葉にマナも同意するように何度も頷いてみせる。あの時、何より――誰より憤慨していたのは他でもないマナだった。

 リンファとシルヴァはウィルのように状況を冷静に分析していきながら、頭の中で情報を整理していく。


「しかし、なぜ精霊がジュード君を襲ったのだ? 私にはよく分からないが、ルルーナ嬢の言うように彼は精霊達にとって大事な存在なのだろう? それを傷付けると言うのは聊か理解に苦しむが……」

「前にマスターには話したことあるに……精霊達は、前のマスターが自分達を見捨てたから、人間を信じられなくなってるんだに……」

「だから、ジュード様を試したと言うことですか?」

「多分そうだと思うに……サラマンダーは乱暴なヤツだから、言葉で色々言うよりも単純に力を示す方が納得するんだに」


 ライオットから返る説明にウィルは双眸を半眼に細めると、片手で横髪を掻きながら力なく頭を左右に揺らす。その表情は何処か呆れ顔だ。迷惑な話、そう言いたげに。

 そうして、溜息混じりに一つ呟くように洩らした。


「要は、単純ってことだろ。しっかし、精霊も襲ってくるようなら気を付けといた方が良いのかもな」

「そうね、魔族も精霊も要注意って感じかしら」

「精霊が敵になるとはあまり考えたくはありませんが……仕方ありませんね」


 リンファの言うように、精霊が敵になると言うのはあまり喜ばしいものではない。しかし、精霊は魔族と異なりあくまでも「不信感」からの襲撃である。それ故に、完全に敵として見做すのも難しいと思われた。中にはシヴァのように協力的な者もいるのだから。

 色々と問題は山積みだと、そう思いながらウィルとシルヴァは揃って一つ溜息を吐き出した。



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