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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第四章~忌まわしき呪い編~
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第二十七話・『勇敢な守護者』


 まだ朝も早い時間、太陽が顔を出して辺りを照らしていく。

 魔物の襲撃により荒れ果てた王都の街並みも、眩い朝陽により惜しみなく照らされた。瓦礫は変わらず周囲に散乱している、復旧作業の目処は今もまだ立っていない。

 ウィルは屋敷の中庭で一人、愛用の得物を振るっていた。朝の自己鍛錬である。

 メンフィスやクリフに騎士団の基本的な戦いの型は教わったが、それも完璧ではない。騎士団はほとんどが騎士剣を扱うが、ウィルの得意とする武器は槍。間合いの取り方、構えなど異なる部分は多いのだ。

 それでも、メンフィスは槍の扱いも巧みであった。優れている、と言う訳ではなくとも学ぶことが多かったのは事実。


「(最近、ハンマー握るよりも武器振ってばっかりな気がするな……まいったなぁ、こんなんで将来グラムさんの跡なんて継げるんだろうか……)」


 ウィルは槍を地面に突き立てて小さく溜息を洩らすと、頬を伝い落ちる汗を逆手で拭った。そして苦笑い混じりにそんなことを思う。

 元々、商人一家の跡取りとして生まれたウィルは将来もその道に進む筈であった。だが不幸に見舞われ、その道は閉ざされてしまったのだ。

 商人になろうと思ってなれない訳ではないが、特にその道に進むと言う強い希望もなかったウィルは自分を拾ってくれたグラムの跡を継ぐのだと、随分と昔から決めていた。

 だが、最近は戦闘ばかりが忙しくて満足に鍛冶仕事が出来ていないのだ。それは彼に確かな焦りを与えた。

 しかし、そんなウィルの背中にふと小さく笑い声と共に言葉が掛かる。


「ふふ、朝から精が出るな」

「え? あ……おはようございます」


 半ば反射的にそちらを振り返ると、そこには樹に凭れ掛かり優しく微笑むシルヴァがいた。

 これまでのように白銀の鎧に身を包んでいる訳ではなく、胸元が開いたベージュのチュニックに、下はジュードのような黒のパンツスタイル。丈の短い黒の上着を羽織り、腰には剣を提げている。髪はハーフアップの形で結われ、その長い後ろ髪は背中に流していた。朝陽を受けて美しく輝く。

 ウィルは身体ごと彼女に向き直り、会釈程度に頭を下げた。するとシルヴァは身を預けていた樹から離れ、緩慢な足取りでウィルの元へと歩み寄る。


「ジュードの奴ならまだ寝てると思いますが……起こしてきますか?」

「いや、疲れているのだろう。休ませてあげると良い。……私は、君に少々用があってな」

「え、俺にですか?」


 思わぬシルヴァの言葉に、ウィルは双眸を丸くさせる。彼女とはまだ知り合ったばかりで、何か興味を持たれるようなことをした覚えもない。

 ――否。寧ろ、まだ知り合ったばかりだから余計に用があるのかとも、ウィルは思う。これから共に旅をするのだから少しでも知っておいた方が良い、シルヴァはそう考えたのかもしれない、と。

 だが、彼女の口から出た言葉はウィルの予想とは少々異なる方向のものだった。


「君は、少し肩に力が入り過ぎているような気がしてな」

「……え?」


 ポカン、と口を半開きにして文字通り呆気に取られたような表情を滲ませるウィルに、シルヴァはそっと微笑む。そして彼の肩に手を置いて言葉を続けた。


「君は年長者だそうだな、色々と背負い込み過ぎているように見える」

「……」


 正確には、年長者はウィルとルルーナの二人だ。

 だが、ルルーナは纏め役になるよりは一歩退いたところで成り行きを見守っていることの方が多い。いつも仲間の纏め役と言えば、メンフィスのような大人がいない場合はウィルであった。


「え、ええ、まあ……誰かが纏めたりしないと、ウチのメンバーはなかなか纏まらないと思うので。ルルーナも同い年ですけど、纏めるって性格してないし……」

「ふむ、なるほど。……特に君はジュード君やマナちゃんのことになると、目の色が変わるようだからな」

「どっちも、ガキの頃からの付き合いなんです」


 ウィルにとって、ジュードとマナは特別な存在だ。

 家族を失ったばかりだったウィルの孤独を癒してくれたと言っても過言ではないのだから。そんな大切な仲間の為ならば、必死にもなる。ウィルはそう思っている。


「それでも、君が倒れてしまったらどうにもならないだろう」

「それは、そうですけど……」

「まずは、自分の身を最優先にしなさい。誰かを守りたいと思うのであれば、まずは自分が元気でなければならない。……君を見ていると心配になるよ」


 シルヴァの言葉にウィルは困ったように眉尻を下げる。そして片手で自らの後頭部を掻くと、小さく間延びした声を洩らしながら視線を宙空へと投げ掛けた。恐らくは、言葉を考えているものだと思われる。


「……頭では分かってるんですけど、つい」

「ああ」

「……これからも、魔族があんな風にジュードを狙ってくるなら……俺は、奴らがジュードに届く前に全て叩き落してやります。その為にも、もっと強くならなきゃいけないんです」


 そんな返答を聞いて、シルヴァは何処か愉快そうに笑うと軽く肩を疎めてみせた。

 彼女のその反応に対し、ウィルは何かおかしなことを言ってしまっただろうかと双眸を丸くさせて緩やかに首を捻る。


「ふふ……本当に、君は名前通りの子なのだな」

「……え?」

「我が国では、ウィルと言う名は勇敢な守護者と言う意味を持っているんだよ。まさにキミそのものだろう?」


 その返答に、ウィルは目を丸くさせたまま数度忙しなく瞬きを繰り返した。己の名前が持つ意味など、これまで彼は聞いたこともなければ興味を持ったこともない。初めて聞くことであった。

 だが、程なくして片手の人差し指で己の頬を掻きながら、ウィルは視線を横に逃がしてやや早口に返答を向ける。照れている、と言うのは傍目にも明らかだ。


「い、いや、俺はそんな……ただ、自分に出来ることをしようと言うか……」


 普段は何かと大人びて見えるウィルだが、こう言った部分はまだ少年と呼ぶに相応しい。ジュードも人から純粋に感謝されること、褒められることはあまり得意ではないが、ウィルもまた同じである。

 シルヴァはそんな彼の反応を微笑ましそうに見守っていたが、やがてウィルは小さく咳払いして意識と思考を切り替えると、そっと一つ吐息を洩らした。多少は気恥ずかしさも落ち着いたらしい。


「……こんなこと言うと怒られるかもしれないけど、俺は別に世界とかどうだって良いんです」

「……?」

「どうひっくり返ったって俺はただの人間で、世界なんてデカいモンを背負える訳がない。けど、自分の世界は守りたいんです。……自分の手が届く範囲のものを全力で守りたいんですよ、……大事なモンを守れないで泣くのは、もう充分なんで」


 しっかりとそう告げるウィルを真っ直ぐに見つめて、シルヴァはそっと双眸を細める。彼の名を聞いた時、シルヴァの頭には真っ先にあの事件が浮かんだ。

 有名な商人一家である、ダイナー家の壊滅。彼らが魔物に襲撃されて命を落としたと言う訃報は火の国エンプレスにも当然ながら届いていた。シルヴァは直接的な面識はないが、ダイナー一家のことはもちろん知っている。王都ガルディオンにも色々な商品を仕入れており、顔も非常に広かったのだ。

 それ故に、彼らの訃報は多くの者が悲しむ痛ましい事件として知れ渡った。


「(ダイナー家の長男が生きているとは思わなかったが、彼だけでも助かったのは幸運か。立派な子に成長したものだ)」


 そう感じながらシルヴァは何処か満足そうに小さく、そして何度も頷く。ジュードのように無理をする悪癖は彼にもあるが――否、ジュードが無理をするからこそ、ウィルもそれに比例して無理をするのかもしれない。シルヴァはそう思った。

 しかし、ジュードに「無理をするな」と言っても聞く筈がないとは、まだ付き合いの短いシルヴァでもよく分かる。


「では、私が稽古を付けてあげよう」

「え?」


 だからこそ、シルヴァはそう申し出ることにしたのである。

 彼の本業が鍛冶屋であるとは言え、ウィルがそう思っているのであれば何か力になりたい。純粋にそう思ったのだ。

 仲間の纏め役と言うこともあり、ウィルはどうにも一人で色々と背負い過ぎているようにシルヴァの目には映った。ジュードを狙う魔族のこと、今後のこと、色々と考えることは尽きないのだろう。

 その挙げ句、もっと強くなるのだと自分を追い込み過ぎては、幾らウィルがまだ若いとは言え、身体的にも精神的にも限界が来てしまうのは目に見えて明らかだ。精神は若い方が壊し易いとも言えるのだから。

 思わぬ申し出に対し、ウィルは改めて口を半開きにしてシルヴァを呆然と見つめた。


「え……と、良いんですか?」

「ああ、無論だ。一人でがむしゃらに頑張るよりは、誰かがいた方が良いだろう?」

「あ、はい。もちろん。お願い出来るなら……宜しくお願いします」


 ようやく状況を把握したのか、彼女の申し出が聞き間違いではないと理解してウィルは静かに頭を下げる。ジュードはメンフィスに稽古を付けてもらって随分と腕が上がったように見える。更に彼には交信(アクセス)と言う稀有な能力があるからこそ、ウィルは多少なりとも焦っていた。

 このままでは、ジュードとの力の差が開いてしまうのではないかと。

 更に、これまで吸血鬼やアグレアス、ヴィネアにイヴリースなど様々な魔族と対峙してきたが、そのいずれも最後は全てジュードに押し付けてしまっていたのも事実。彼以外に満足に戦える者がいなかったからこそ、そのような状況に陥ってしまったのだ。

 ならばジュードの負担を少しでも減らす為にも、そして彼を狙う魔族から守ってやる為にも強くならなければ、と。ウィルは確かにそう思っていた。彼にとって、ジュードはやはり何処までも可愛い弟分なのだから。

 王都ガルディオンでの戦闘を思い返してみると、シルヴァはメンフィスほどではなくともかなりの力を持った騎士だ。そのような騎士に稽古を付けてもらえる、それは非常に心強く嬉しいと思えることであった。

 シルヴァは優しく微笑んだまま踵を返すと、屋敷の中へ通じる扉へと視線を投じる。そして一度軽く身を伸ばして、ウィルに声を掛けた。


「さあ、それでは出立の支度をしよう。今日から長い旅になる、ビシバシ行くぞ」

「は、はい。お願いします」


 おどけるようにそう言ってのけるシルヴァを見つめて、ウィルは眉尻を下げて薄く苦笑いを滲ませると先に屋敷の中へと向かっていく彼女の後を追い掛けた。



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