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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第四章~忌まわしき呪い編~
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第二十六話・それぞれの夜


 夕食を終え、夜も更けてきた頃。

 各々、明日からの旅支度を終えて自由な時間を過ごしていた。

 ウィルは武器の手入れ、マナは道具類や食糧の確認、リンファは鍛錬、ルルーナは自由に寛ぎ、カミラはゆっくりと星空を眺めて穏やかな時間を過ごす。

 そしてジュードはまだ打撲が治っていないこともあり、既に床に就いていた。当然ながらちびやライオットも一緒だ。

 ウィルは中庭にある備え付けの椅子に腰掛けて槍の手入れをしながら、月明かりの中で鍛錬に勤しむリンファに視線を投じる。

 本当に地の国に一緒に行くのか。夕飯の際に問うてみたが、彼女は迷うようなこともなく二つ返事を以て肯定を返してきた。

 だが、やはりウィルの心配は尽きない。彼女にとってあの国は大切な家族を失った地なのだから。


「……リンファ」

「はい」


 ウィルが小さく呼び掛けると、休みなく(くう)へ蹴りや突きを繰り出して型の確認をしていたリンファは即座に反応を返す。

 ピタリと動きを止めて身体ごとウィルに向き直る彼女の表情は、常の如く無表情。最近になって普通の少女らしい表情を見せるようになってきたのがリンファだ。

 それだと言うのに、こうも無表情でいるのは――やはり彼女自身も緊張しているのだろう。


「本当に、地の国に行っても大丈夫なのか? 辛かったら無理はしなくて良いんだぞ」

「問題ありません。……ルルーナ様がいらっしゃれば必要ないとは思いますが、少しは地理などでお役に立てると思いますので」


 これまで、当然だがジュード達は地の国グランヴェルへ足を踏み入れたことはない。地理などに不自由する可能性は非常に高い。

 しかし、地の国出身であるルルーナがいれば、恐らくその問題は解消出来る筈だ。前衛で戦えるリンファがいなければ戦力の低下に繋がるが、今回はシルヴァが同行する。何も無理にリンファを連れて行こうとは、ウィルは思っていない。

 だが、それでも彼女は当然のことのように即座に返答を向けた。


「……ウィル様、全く大丈夫とは言いません。ですが、私は行きたいのです」

「……辛くても、か?」

「はい。どのような過去であっても、あの国は私の故郷です。両親が私と兄を慈しみ育ててくれた故郷なんです」


 そう澱みなく告げて、リンファは静かに夜空を仰ぐ。

 月明かりに照らされる彼女の、何処か寂しそうな横顔を見つめてウィルは複雑そうに軽く眉を寄せた。


「……強いんだな、リンファは。俺はやっぱ駄目だよ、まだ自分の過去とは真正面から向き合えそうにない」

「人それぞれではないでしょうか。今は難しくとも、きっといつか……ウィル様にもそんな日が来ると思います」


 常と変わらず抑揚のない語調で告げるリンファに、ウィルは薄く苦笑いを滲ませると何度か小さく頷いた。


 一方、食堂にはマナとルルーナがいた。

 夕食後のデザートを楽しんでから、約二時間が経過している。それでもルルーナは何事か考えるような表情を浮かべて、食堂から動こうとはしなかった。

 特に何をするでもなく、椅子に腰掛けたまま窓から外の景色を眺める。――否、彼女の意識や視界に外の景色が入っているかどうかは定かではない。何を見るでもなく、ただぼんやりと真っ直ぐを眺めていた。

 食糧の確認をしていたマナは、そんなルルーナの様子を時折窺いながら旅支度を着々と進めていく。


「……ねぇ、ルルーナ。具合でも悪いの?」


 普段とは明らかに異なる様子の彼女にマナは幾分困ったような表情を滲ませながら、そう一声掛けた。

 だが、暫し様子を窺ってみてもルルーナからの返答はない。無視されたのかと一度はマナもそう思ったのだが、どうにも違うらしい。

 ルルーナは無表情のまま、ただ呆然と真っ直ぐに視線を向けている。瞬きさえしているかどうか定かではなかった。

 まさか目を開けて寝ているのかと、マナは怪訝そうな表情を滲ませると道具袋から手を離しそちらに歩み寄る。


「……ルルーナってば」

「――! ……ああ、なによ。何か用?」


 どうやら無視でも寝ている訳でもなく、単純に聞いていなかっただけらしい。

 近付いてマナが声を掛けると、ルルーナは紅の双眸を軽く見開いて弾かれたように彼女を見上げた。

 なんとも珍しい反応に、思わずマナは双眸を丸くさせる。


「……何かあったの? あんたがボ~ッとするなんて珍しい……」

「……別に。なんでマナの胸はあんなに小さいのか、って考えてたのよ」

「小さくて悪かったわね、余計なお世話よ!」


 常の如く軽口の応酬を繰り返すものの、マナが張り上げる声にそれ以上の言葉が返ることはなかった。

 いつもであれば挑発的に笑ってみせるのがルルーナと言う女性だが、今はそんな様子さえ感じられない。すぐに視線を下げて、また黙り込んでしまった。

 明らかにおかしい。マナはそう思う。

 だが、先の返答から考えて何かあったのだとしても素直に話してくれるとは到底思えないのも事実であった。意識しているのかどうかは定かではないが、ルルーナは人に弱い部分を見せることを嫌う。誰にも弱音を吐いたりしない、そんな女性だ。

 マナは一度そっと溜息を洩らすと、早々に踵を返して食糧の確認へと戻った。


「……ねぇ、ルルーナ」

「なによ」

「あたしさ、あんたのこと随分誤解してたみたい」


 今度はちゃんと聞こえていたらしい。即座に返る反応に、マナは袋の中に食糧を詰めていきながら淡々と――世間話の如く言葉を連ねる。

 そんな彼女の発言にルルーナは怪訝そうな表情を滲ませると、たっぷりと数拍沈黙した後に一つ声を洩らした。


「…………はあ?」

「頭おかしくなった、みたいな顔しないでよ」

「だって……じゃあなに、熱でもあるの?」

「失礼ね!」


 片手を口元に添え、見るからに訝る様子のルルーナを振り返り、マナは不服そうに双眸を細める。

 だが、それも一瞬のこと。すぐに表情を元へ戻し、食糧を詰めた袋の紐を締めてからルルーナへ向き直った。


「第一印象が悪過ぎたのよ、バカみたいに露出してるし偉そうだしジュードには迫るし――あ、露出は今もしてるか」

「……」

「……けどさ、いつの間にか一緒に戦ってくれるようになってたり、戦闘中は……喝、入れてくれたりさ。……あの悪魔みたいな奴が攻めてきた時だって、……結構心強かったのよ」


 ポツリポツリと呟く程度に紡がれていく言葉に、ルルーナは瞬きさえ忘れたようにマナを凝視する。

 マナはと言えば、やはり直接言葉にするのは聊か照れがあるのか、視線をあちこちに遣りながら片手は自らの後頭部を掻く。顔には僅かながら赤みさえ差していた。如何にも気恥ずかしそうだ。


「……色々あったけどさ、今のあんたなら……結構好きだわ」


 最後にそう言葉にすると、マナは視線を下げて俯く。言ったは良いが、その後をどうするかは全く考えていなかったのだろう。

 ルルーナは暫し鳩が豆鉄砲を喰らったかのように呆然と彼女を見つめていたが、数拍の後にいつものように笑った。


「……そう。でも私はマナなんて嫌いよ」

「あーあー、どうせそうでしょうね」

「人が考え事をしてるって言うのに、そうやって突然思考を乱してくるんだから」


 ふん、と態とらしくそっぽを向くルルーナを見て、今度はマナが呆然とする番であった。

 やはり彼女は何か考え事をしていたらしい。そして、マナの発言でその思考を乱されたから嫌いだと――そう言ってるようだ。

 マナ以上に素直な物言いではないが、以前のような情け容赦のない暴言や嘲りが飛んでこない様子に、思わずマナは笑った。


「……じゃあ、時と場合が違ったら嫌いじゃないってこと?」

「理解力が乏しいわね、そう言ってあげてるつもりだけど」

「素直じゃないんだから」

「素直になったらなったで、アンタの場合ドン引きするじゃない」


 ああ言えばこう言う。

 まさにそう言えるような状況に、マナは表情を笑みに破顔させると愉快そうに声を立てて笑った。どうやらルルーナは、吸血鬼退治後のマナとのやり取りを未だに根に持っているらしい。

 笑い過ぎよ! とルルーナから怒声が掛かるまで、マナはおかしそうに声を上げて笑っていた。


 * * *


 カミラは庭に出て、夜空を見上げていた。緩やかな夜風が彼女の頬を撫でるように通り過ぎていく。

 ようやく地の国に行ける。それを思い安堵するのと同時に、胸が締め付けられた。人間同士の争いを避ける為にヴェリア大陸に戻り、ヘルメス達を説得しなければならない。

 だが、ヴェリア大陸に戻るということは――ジュード達との別れを意味していた。

 カミラにとって、初めて出来た大切な友達。マナやルルーナ、リンファなどは初の女友達でもある。そんな仲間との別れは酷く辛いものだ。


「(ジュードとも、もう逢えないのかな……)」


 それを考えて、カミラは深々と溜息を吐いた。だが、すぐに両手で自らの頬を何度か叩く。

 彼女が将来嫁ぐ相手は、既に決まっている。姫巫女として生まれたカミラは、勇者の血を引くヘルメスの妻にならなければいけないのだ。

 ヘルメスはカミラには比較的優しいが、他の者に対してはそうではない。高圧的な態度を取ることがほとんどだ。プライドが高く、自分の考えに意見されることが大嫌い。意見する者はそれが例えカミラであっても許さない。そんな男性である。

 カミラは静かに踵を返し、屋敷の中へと戻っていく。とてもではないが、呑気に星見が出来るような気分ではなくなってしまった。

 だが、自室へと戻る道すがら。渡り廊下に一つの人影を発見する。


「……? ……ジュード?」


 明かりの灯らない薄暗い中ではよく見えなかったが、広く大きめに作られた窓から差し込む柔らかな月の光がその姿をほんのりと照らす。それは、カミラの予想と違わずジュード本人であった。

 窓を開け放ち、ぼんやりと――先程のカミラのように夜空を見上げている。

 だが、呟くように洩らした声に気付いたのか、程なくしてその双眸はカミラへと向いた。


「……あれ、カミラさん?」

「ジュード、どうしたの? 今日はもう休んだんじゃ……」

「あ……ああ、うん。ちょっと目が覚めちゃって」


 カミラは慌ててその傍らに駆け寄ると、すぐに彼の表情が曇っていることに気が付いた。無理に笑っているような、そんな様子だ。


「……また、何か嫌な夢を見たの?」


 カミラに思い当たることは他になかった。

 世界崩壊の夢や巫女を守れと言う夢以外に聞いた覚えはないが、ライオットは彼が見る夢には予知夢が含まれていることがある、と言うような旨を以前言っていた。その夢の数々がジュードを苦しめている可能性は高い。

 そして、それは図星であったようだ。


「……うん、ちょっとね。また、前にも見たやつ」

「世界が壊れる夢?」


 カミラが問うと、ジュードは苦笑い混じりに小さく頷いた。これも彼の悪い癖だ。辛いのに、苦しいのに無理に笑おうとする。カミラは緩く眉を寄せて口唇を噛み締めた。そんな彼の姿はどうにも痛々しい。

 だが、すぐにジュードの手を取ると、名案を思い付いたとばかりに表情を輝かせた。


「じゃあ、ジュード! わたし、添い寝する!」

「…………は?」

「添い寝! ジュードが怖い夢見ないで済むように、朝までちゃんと手握ってるから!」

「ちょ……ッ! ま、待った! カミラさん!」


 ヴェリア大陸に戻る前に、ジュードに何かをしたい。何か役に立ちたい。

 カミラの想いはそれだ。だがジュードにとって、それは余計に眠れなくなる提案でしかない。嬉しいやら恐ろしいやら、どう表現して良いか分からない心境に手を引かれるまま制止を促すが、カミラは止まらなかった。

 そうこうしている内にジュードの部屋まで行き着いてしまうと、カミラは無遠慮に扉を開けて寝台へと歩み寄っていく。お願い本気で勘弁して、と言うジュードの内心の叫びは彼女には届かなかった。


「(カミラさんって男ダメなんじゃないのか? 普段は露出多いってだけで悲鳴上げるのになんだってこんな……)」


 ジュードが寝台の傍らに用意したふかふかの――ちび専用のベッドで腹這いになって休んでいたちびは、耳をピンと立てて起き上がる。ライオットは机の上に置かれたクッションに埋まり、スヤスヤと心地好さそうに寝息を立てていた。

 カミラは寝台の傍らでようやくジュードの手を離すと、布団を捲り彼を促した。


「……あ、あの……」

「どうしたの?」

「……いえ」


 ここで断らないと余計に眠れなくなる。ジュードも頭ではそう思うのだが、何処か眼を輝かせて見つめてくるカミラを前に「やっぱいいです」などと言えるものではない。

 暫しの葛藤の末、ジュードは大人しく寝台に潜り込んだ。

 女性、しかも好きな人が夜に自分の部屋にいる。それだけでもジュードにとっては戦慄すべきことだと言うのに、その彼女が添い寝をすると言うのだ。眠れる筈がない、恐ろしい。

 カミラは暫し固まった後、そっとジュードの隣に寝転がった。こちらも今更ながら状況に気付いたのか否か、緊張しているらしい。

 寝台に潜り込んだものの互いに無言で微動だにせず、ただただ真っ直ぐに天井を見つめていた。心音が相手に聞こえてしまうのではないかと、どちらも内心ではヒヤヒヤだ。

 チラと視線のみを横に流してジュードはカミラの様子を窺う。すると、ふと目蓋が重くなった。あれ、と疑問を浮かべる傍ら、ふと胸中にはなんとも表現し難い暖かな感覚が滲む。


「(あれ、なんだ……これ……)」


 視界の端に映る藍色。それを認識するや否や、胸の辺りを中心に暖かな感覚が全身へと走る。

 熱と言うには低く、心地好い温もりだった。


「(なんだろう、なんか……懐か、しい? 前にもどこかでこんなことがあった、ような……)」


 それが何処だったのか、ジュードには分からない。幼い頃にはよく森でマナやウィルと昼寝はしたが、どうにもその記憶とは異なる。彼らとの思い出ならば、ジュードが思い出せない筈はないのだから。

 だが、それがいつのことか、何処での出来事だったのか。それを思い出すよりも先にジュードは吸い込まれるように眠りへと落ちていった。多大な安心感と共に。


「……ジュード?」


 ふと、隣から規則正しい寝息が聞こえ始めたことに気付くと、カミラはそっと彼の名を呼ぶ。だが、彼からの返事はなかった。

 カミラは静かに上体を起こすと、眠るジュードの風貌を見下ろす。


「(……やっぱり、あの人によく似てる。それにあの石……ラズライト。ヴェリア大陸の神の山でしか採れない筈なのに、どうしてそれをジュードが……)」


 聞いた話では、ジュードは幼い頃にグラムに拾われたが、ヴェリア大陸に渡ったことはないと言う。当然だ、渡るには何かと面倒な手続きがあるのだから、そう簡単に行き来は出来ない。

 拾われた時には既に持っていたと聞いたあの金の腕輪。どうしてもカミラにはその存在が引っ掛かっていた。

 暫し無言のままカミラは彼の風貌を眺めていたが、程なくして寝台に潜り込む。布団の中でそっとジュードの手を握り、カミラは目を伏せた。


「(……それにしても、こんなに早く寝ちゃうなんて……わたし、やっぱりジュードにそういう風には見られてないんだなぁ……)」


 カミラの心音は依然として速いままだ。思い付きで添い寝するなどと口走ってしまったが、今夜は眠れるかどうか怪しい。

 はあ、と小さく溜息を吐いて、カミラは考えることを放棄した。



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