第十二話・歩み寄り
「じゃあ、魔法そのものがダメなんですか?」
「う、うん、昔からこうなんだ。魔法を受けると熱を出して丸一日寝込むみたいで……それがどうしてかはわからないんだけど……」
ジュードに遅れること約三十分、カミラは目を覚ますと寝台の上で身を起こしているジュードに掴みかる勢いでその具合の確認を始めた。額に手の平を添えて体温を測り、右腕の傷の痛みは大丈夫かと次から次へ、ジュードが返事を返す間もないほど。
そして彼女の疑問は、やはり彼が倒れた理由――そして原因へと行き着いた。
ジュードは身支度を整えてから寝台の縁に座り直し、椅子に腰掛けてカミラと真正面から向き合う。彼女が怒っているように見えるのは、恐らく勘違いなどではないだろう。
言い逃れできるはずもないと判断したジュードはカミラからの問いに小さく頷いてから、やや言い難そうにぼそぼそと話し始めた。気まずい――ということもあるが、彼自身にも詳しい理由が分からない以上はそれ以外に説明のしようもない。
「……どうして、言ってくれなかったんですか。そうだって知ってたら、わたし……」
「ご、ごめん。その……気味悪いかと思って、こんな体質……」
ジュードが素直に自分の体質のことを暴露すると、カミラは泣きそうに表情を歪ませる。そうして、程なくして瑠璃色の双眸から大粒の涙を零れさせた。
それを見てジュードは大いに慌てる、彼は女の涙に特に弱いのだ。ましてや出逢った時に心惹かれた相手であれば、慌てるのは当然のことである。
「気味悪いなんて……あなたはわたしにとって恩人です、そんな人のことをそういう風に思ったりしません」
「……うん」
カミラはあの森でジュードに出逢わなければ、こうして無事に王都ガルディオンまで行き着くことは難しかっただろう。その言葉通り、ジュードは彼女にとって色々な意味で恩人なのだ。
そこでふと、ジュードはそっとカミラの様子を窺う。恐る恐る彼女を見遣る様子は、まるで母親に叱られた子供のようだ。
「そ、そういえばカミラさんの用は終わったの? ガルディオンに来るのが目的だって言ってたけど……」
ジュードの中にはなんとか泣き止ませようという魂胆もあったが、カミラがガルディオンまで来た理由を知りたかったのは事実だ。この危険と隣り合わせの国までなぜ彼女が来なければならなかったのか――ジュードは彼女の旅の理由をなにも知らない。
その問いにカミラは下げていた顔を上げると、今度は彼女がどこかバツの悪そうな表情を滲ませる。
聞いてはいけないことだったかとジュードの胸には一つの不安が過ぎるが、すぐにカミラが口を開いたことで閉口した。
「……そういえば、なにも話してませんでした。そんなわたしをここまで連れて来てくださって、本当にありがとうございます」
「い、いや、そんな。誰にだって話したくないこともあるだろうしさ。オレだって体質のこと黙ってたし」
「だから、なにも聞かなかったんですね」
ジュードのその言葉を聞いて、カミラは納得したように表情を和らげて小さく頷いた。彼女とて自分の目的を聞いてこない彼に疑問を抱かなかった訳ではないだろう。
しかし、それも彼なりの優しさだったのだと理解して腑に落ちたようだ。続いて安堵したような吐息が彼女の口から洩れた。
「……あの、わたし――」
暫し何事かを考えるように黙り込んだカミラが意を決したように口を開くのと、部屋の扉が開くのはほぼ同時であった。
開かれた扉の先からは貴族服に身を包んだクリフが顔を出す。そこはやはり大人か、室内に漂う雰囲気や空気にタイミングが悪かったかと言うように苦笑いを浮かべるが、退室することなく後ろ手に扉を閉ざしてから、ジュードとカミラの視線を受けながら寝台へと足を進めた。
「……お邪魔しちまったかな、身体は大丈夫か?」
「い、いや、別に……お陰さまで、もうすっかり大丈夫。すみません、迷惑かけて」
「ははは、迷惑だったら城になんか入れねーって。それよりお取込み中に悪いんだが、陛下がお会いしたいと言ってる。……行けそうか?」
「うん、もちろん。挨拶もしないで丸一日ベッド借りちゃったし……」
ジュードが眉尻を下げて片手で己の後頭部を掻くと、そんな彼とその仕草にクリフはふっと薄く笑った。すっかり元気になったらしい様子に純粋に安堵したのだ。
カミラはジュードとクリフを何度か交互に眺めたあと、邪魔にならぬようにと椅子から立ち上がり数歩壁際へと寄った。そんな彼女を見てジュードは寝台から腰を上げるとカミラに向き直る。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
「は、はい、……あの、お話が終わったらちゃんと、ちゃんと話します。待ってます、から」
「うん、わかった。……ずっとオレの看病してくれててあまり寝てないんでしょ、少し休んだ方がいいよ」
またあとで、と。ジュードはカミラにそう言葉を投げかけると、軽く片手を揺らしてクリフと共に部屋を出て行った。
カミラはそんな彼を見送ると、静寂に包まれる部屋の中で一つ深い吐息を洩らす。それと共に俯くように顔を下向かせ、両手で己の顔面を覆った。
「(なんだろう……胸の辺りがふわふわする、顔があつい……)」
その場にうずくまってしまうとカミラは一度静かに双眸を伏せる。
彼女とて幼い子供ではない、それがなぜなのかは深く考えずとも理解できていた。――自分は彼に、ジュードに惹かれていると。
しかし、カミラは己の気持ちを否定するように小さく頭を左右に振り、窓辺へと静かに歩み寄る。客間の大きな窓に片手を添え、彼女の心とは真逆に晴れ渡る青空を見上げた。