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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第四章~忌まわしき呪い編~
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第十七話・飛来するもの


 魔族を倒すことに成功したジュード達は、一先ず王城へと避難していた。まだ完全に魔物の脅威が去った訳ではなかったからだ。避難した住民達の安否を確認する為と言うのもあるのだが。

 ジュード達も、先の戦闘で随分消耗してしまった。彼らにもまた休息が必要なのである。

 住民達は、普段は謁見の間として使われている空間に避難していた。女王は玉座に腰掛けたまま、兵士による報告を受けている。

 住民達は各々、不安そうな面持ちで沈んでいた。無理もない、突如として平穏な生活が砕かれたのだから。

 マナはようやく安心出来る場所に辿り着いたことで小さく安堵を洩らし、傍らに立つウィルやリンファを一瞥した。


「やっと一息つけるわね……ジュードやカミラは大丈夫?」

「ああ、二人とも目立ったような怪我はなさそうだ」

「そう……でも」


 吹き飛ばされた際に負った鈍痛や擦り傷はあれど、直撃などの致命的な負傷はどちらの身にも見られない。

 しかし、マナには――否、恐らくあの場に居合わせた面々には払拭し切れない疑問が残る。

 謁見の間の隅で座り込むカミラを振り返ると、問うて良いものかどうか暫し逡巡した後にウィルは静かに口を開いた。


「なあ、カミラ。訊いても良いか? どうしてカミラは、あの黒いオーラの影響を受けなかったんだ?」


 カミラはあの魔族の闇の領域(ダークネスフィールド)の影響を全く受けていなかった。ウィル達のように動きを拘束されるでもなく、自由に動き回れていたのだ。疑問が募るのは必至である。

 壁に凭れて休んでいたカミラはその問いに顔を上げると、緩慢な所作で片手を自らの首元にある金の飾りと、そこに鎮座する蒼の宝珠に触れさせた。


「わたしには、このお守りがあるから……」

「……その石は?」

「これはラズライトって言うの。ヴェリア大陸では神の聖石って呼ばれてるもので……持ち主を闇の力から守ってくれる大切なお守りなの」


 そう告げるカミラに対し、呆然と彼女の胸元を見つめるのは他でもないジュードだった。彼女の首飾りに鎮座する蒼の宝珠、それをしっかりと凝視する。

 思うことはメンフィスも同じだったか、暫しの沈黙の後にその視線をジュードへと向けた。

 ジュードにもメンフィスにも、その宝珠に確かに見覚えがあったのだ。


「……ジュード、左腕を見せてみなさい」

「……はい」


 カミラの首飾りの宝珠。それは、ジュードが左腕に嵌めている金の腕輪に鎮座する蒼の石にそっくりだったのである。

 ジュードは近くの柱に寄り掛かると、左腕の袖を捲り始めた。すると、程なくして衣服の下から金の腕輪が覗く。それを逆手で外してみると、やはりその中央の蒼い宝珠はカミラの首飾りのものとよく似た輝きを持っていた。

 カミラは慌てたように座していた床から立ち上がると、小走りでジュードの傍らまで駆け寄り、彼の手にある腕輪へと視線を投じる。そして何度も自分の首飾りの宝珠と見比べて、目を白黒させた。


「これは……ジュード、これをどこで……」

「いや、これは……オレが父さんに拾われた時に持ってたものなんだ、どこで手に入れたのかまでは……」

「よく似てる、これもきっと同じもの――ラズライトだと思うわ」

「じゃあ、ジュードがあの黒いオーラの影響を受けなかったのも……」


 つまりは、この金の腕輪の宝珠のお陰と言うことだ。

 ジュードは改めて腕輪をしっかりと見つめて、緩く目を細める。誰が持たせてくれたものなのか、何の為に与えてくれたのか。それは今でも全く分かっていない。

 見ると妙に悲しくなることもあるため、これまであまり眺めたりはしてこなかった。

 細工物が好きなこともあり、こうして見てみると大層美しい品だと改めてジュードは思う。

 一体何処の誰が、何故持たせてくれたのか。捨ててしまえるくらい愛されていなかったのであれば、親が持たせたとはジュードには考えられなかった。親に捨てられた――普段は表面上に出すことはしないが、その事実は確かに彼の心に傷を負わせている。

 しかし、知らぬ内に自分の身を守ってくれていたのだと思えば、錯覚であると理解はしていてもほんのりと僅かな暖かみさえ感じた。

 そっと腕輪を抱き締めるジュードを横目で見遣り、メンフィスはそんな彼の肩に静かに手を置く。カミラはその腕輪を複雑な表情で見つめていた。


「……吸血鬼のあの魔法からも、その腕輪が守ってくれてたんだな」

「そうか、あの時……殺されたと思ったからね……」


 ウィルの呟きにルルーナが小さく頷く、馬車の中から確かに見えた当時の光景を思い出してのことだ。

 この腕輪がなければ、ジュードはあそこで恐らく殺されていただろう。それを考えるとなんとも感慨深い。

 しかし、そんな中。不意に耳慣れない声が彼らの元に届いた。


「おい、お前! 城の中にまで魔物を連れ込みやがったのか!」


 それは、先程避難する際にジュードの胸倉を掴んだ男性であった。表情には怒りをありありと滲ませ、大股で歩み寄ってくる。

 ジュードは腕輪を左腕に填め直すと、こちらに歩いてくる男性へと身体ごと向き直った。そして傍らで心配そうに見上げてくるちびを庇うように数歩下がらせる。

 そして、その怒声を皮切りに避難していた住民達の視線は一斉にジュード達に集められた。


「やっぱりお前が魔物を手引きしたんだろ! 女王陛下のいらっしゃる場所にまで魔物を連れ込むなんて、正気じゃねえ!」

「そうよ、大体……魔物を引き連れてるなんておかしいわ!」

「俺達が今までどれだけ魔物に苦しめられてきたか……!」

「魔物と一緒にいるだなんて、あなた本当に人間? バケモノか何かなんじゃないの!?」


 次々に周囲から上がる非難の声にジュードは静かに口唇を噛み締めると、そっと視線を下げる。

 火の国エンプレスは、長いこと激戦区として魔物の脅威に晒されてきた国だ。ちびは人を襲ったりしない、などと言っても彼らの怒りは収まらないし、あまりにも無責任。とても言えることではない。

 エンプレスの者達から見れば、おかしいのはジュードの方なのだ。人と魔物の共存など、誰も考えていないのだから。

 マナやウィルが何か声を上げようとはしたのだが、メンフィスはそんな二人を片手で制すと代わりに口を開いた。


「やめんか、この子を責めてどうなると言うのだ」

「しかし、メンフィス様!」

「このウルフはワシが容認しておる、此処まで説明もなしに連れ込んだことは詫びよう」


 そこは、やはり民からの信頼が厚いメンフィスである。それでも納得したような様子ではなかったが、取り敢えず男性を筆頭に声を上げた住民達は一度黙り込む。

 やはり、火の国の住民達の魔物へ対する敵意は簡単に消えるものではないのだ。どうしても口論は避けられないのか、メンフィスとてそう思った。

 が、そんな緊迫した雰囲気も一つの明るい声により打ち砕かれる。


「……兄ちゃん? やっぱり兄ちゃん達だ!」

「……え?」


 なんとも緊張感のない明るい声。何事かと声の聞こえてきた方を見てみれば、謁見の間出入り口に一人の少年と女性が立っていた。

 少年は嬉しそうに笑みを滲ませると、大慌てでジュードの元へと駆け寄って来る。最初はぽかんと口を開けて眺めていたジュードではあったが、その姿には多少なりとも覚えがある。


「……あ。あの時の……」

「へへっ、久しぶり! シルヴァさまから聞いたよ、兄ちゃん達が魔物と魔族を追い払ってくれたんだってね!」


 それは、脱走したリュートに人質として誘拐された少年であった。彼の母は穏やかに微笑みながらのんびり歩いてくると、嘗ての礼を告げるように深々と頭を下げる。それを見てウィルやマナは慌てて、同じように頭を下げることで礼とした。

 カミラが後ろ髪と引き換えに守った少年だ。

 少年はジュードやカミラを見遣ると、両手を自らの後頭部辺りで組み、へへっ、と笑う。


「なのに、なんでみんなそんなに怖い顔してんの? 兄ちゃん、何か悪いことしたの?」


 だが、少年は直ぐに周囲にいる大人達に純粋無垢なその眼差しを向けた。彼の目から見れば、何故ジュードが大人達に詰め寄られているのか理解出来ないのだと思われる。

 あっけらかんとした様子の少年に対し、ちょうど近くにいた一人の女性は幾分控え目に口を開いた。至極当然と言うかのように。


「よ、よく見なさい坊や、その人の隣にいるのは魔物なのよ。魔物を連れているなんて……」

「べっつにいいじゃん、兄ちゃんはあのわんこの背中に乗ってオレのこと助けに来てくれたんだぞ!」

「わ、わんこ……!?」


 その発言は、魔物と言うものの脅威を間近で目の当たりにしてきた者達からすれば信じられないことであった。大人達はどよめきながら顔を見合わせ、困惑を露にしている。

 魔物は人を襲う。人肉を喰らい、街を壊滅させる恐ろしい生き物なのだから当然だ。

 そして信じられないのは、ジュード達も同じであった。不服そうに唇を尖らせる少年を呆気に取られたように見つめる。だが、少年はそんな様子さえ物ともせずにジュード達へ向き直ると、歯を見せながら満面の笑みを浮かばせた。


「へへっ、助けてくれたのと……魔物と魔族を追い払ってくれてありがと、兄ちゃん達!」


 澱みのない何処までも純粋な笑顔で真っ直ぐに感謝を向けられて、ジュードは直ぐに反応が出来なかった。ふと、目頭が熱くなり始めた頃に思考が働き始めると、ジュードは少年の前に片膝をついて屈む。

 色々と掛けたい言葉はあったが、余計なことまで口にすると情けなくも涙が零れてしまいそうだった。こんなにも大勢の人の前で、ましてや子供の目の前で涙を流せるほどジュードは可愛い性格をしていない。

 静かに両手を伸ばして目の前の少年をやんわり抱き締めると、子供らしいやや高めの体温に小さく笑いながら静かに目を伏せた。


「……ありがとう」

「なんで兄ちゃんがお礼言うの?」

「なんでも」

「変なの」


 ――バケモノとは、リュートにも言われたことだ。

 魔物を従えているのだからバケモノだろうと。その心ない言葉が傷を与えなかったと言えば嘘になる。強がってはみても、人の言葉と言うのは残酷だ。思い出せば思い出すだけ、心に傷を刻んでいく。

 肩に乗ったままジュードの様子を窺うライオットは、心配そうにその姿を見つめる。だが、少年の無垢な瞳がそのもっちりとした身を捉えると、見守ってもいられなくなった。


「うわー! なんだコイツ、ぶよぶよして変なの! こっちのが気持ち悪いじゃん!」

「や、やめるにー! ライオットは気持ち悪くないにー!」

「わわ、喋ったぞ! うっわー変なのー!」

「だ、だから子供は嫌いなんだに! 恐ろしい生き物だにー!」


 ちびは、魔物とは言え狼型。つまりは犬科だ。

 しかし、ライオットは何科と言う訳でもない。動物に近い形でもないからこそ、少年の目には不気味に映ったのだろう。

 少年はジュードから身を離してライオットを両手で掴み上げると、笑い声を上げながらその感触を楽しんだ。両手の平で潰して、そして引っ張る。それを繰り返して。


「……ふふっ、あははは!」


 大人達の雰囲気が和んだと言う訳ではない。未だその表情は不安げだ。

 だが、少年とライオットの様子を見てマナは思わず笑い声を上げた。それにつられるように、程なくしてウィルとルルーナ、メンフィスまでも同じように笑い出す。リンファは流石に笑い声を洩らすと言うことはなかったが、ふと表情に微笑を滲ませた。

 そんな輪から外れた場所でローザは座り込み、面白くなさそうに彼らを見つめる。カミラはそっと振り返り、そんな彼女を何とも言えない様子で眺めていた。

 玉座に腰掛けたままだった女王は、肘掛に両手を預けて遠巻きに彼らを眺め、そっと笑う。被害状況の報告を受ける中でも、彼らの会話が聞こえてこなかった筈はない。

 本来ならば魔物を連れた人間など、国を治める者として許容する訳にはいかないのだ。

 しかし、彼女にジュードを咎める気はなかった。

 元々武具の製作を依頼し、彼らをこの国に呼び付けたのは女王自身だ。自国の都合で呼び付けた上に魔物を連れているから出て行けなどと、そんな勝手を言える筈がない。そんなことは彼女の性格が許さなかった。

 更に、信頼を寄せているメンフィスが全面的に容認している以上、反対する気は起きない。女王はジュードの傍らでゆったりと尾を揺らすちびの姿を見つめていた。


「(ふむ。だが、理由や事情だけは後で聞いておくか)」


 その上で民に説明すれば多少は不安も減るだろう。そう考えたのである。それに、彼女自身も興味があったからだ。

 取り敢えず魔族を追い払えた、それだけでも大きい。街の被害も随分と大きいようだが、魔族の襲撃で壊滅しなかっただけでも幸いと言えた。

 女王は静かに安堵を洩らしはしたのだが、その刹那――不意に謁見の間の扉が勢い良く開かれたのである。


「女王様、女王様ッ!」

「シルヴァ、どうした。何事だ?」


 それは、逃げ遅れた者がいないかを城下町に探しに行ったシルヴァであった。血相を変えて駆け込んできた彼女に、ジュード達だけでなく住民達の視線が一斉に集まる。女王は座していた玉座から半ば反射的に立ち上がった。

 ずっと走ってきたのだろう、シルヴァは息を切らせながら両開きの扉に片手をつくと、呼吸を整えることもしないまま報告を向ける。

 それは、和やかな雰囲気を一瞬で凍り付かせ、絶望へと叩き落すような――そんな報告であった。


「ま……魔族が、魔族の群れが……奴ら、空から大群で……!」

「なんじゃと……!? 数は、数は幾らだ!」

「せ、正確な数までは……しかし、優に百は越えるかと……」

「百……だと……」


 その報告に逸早く反応したのはジュードとメンフィスであった。

 弾かれたように謁見の間にある巨大な窓に駆け寄ると、外へ視線を投じる。そして、その光景に双眸を見開いて息を呑んだ。

 そこには、空を埋め尽くすほどの黒が広がっていた。

 姿形こそ人に似てはいるが、その身は全体的に黒く、背中からは悪魔のような黒翼が生えている。髪はなく、丸々とした頭の両側頭部からは鋭利な角。それはグレムリンと呼ばれる魔族であった。

 まだ距離はあるがゆっくりとでも、そして確実にこちらへと迫ってきている。

 時間帯は、まだ午後の三時を回る手前辺り。

 だが、その空はグレムリンの大群により、夕暮れ時のように暗く染まっていた。



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