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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第四章~忌まわしき呪い編~
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第十四話・悪魔襲来


「永久を流れる風よ――我が元へ集い、悪しきを討て!」


 王都の城下町へ、凛とした声が響き渡る。

 陽光を受けて白銀の鎧が煌き、踊った。突き出された剣は風の力を纏い、眼前に立ち塞がる紅狼(レッドウルフ)の群れを一網打尽にする。

 無数の弓矢のように風の刃が紅狼へと突き刺さり、その身を貫いた。大きく開けた口の中から入り、串刺しの如く尾の付け根辺りから勢い良く風の刃が貫通、その奥にいた魔物達にさえも襲い掛かる。

 火の国エンプレスに生息する魔物は、大体が火属性を有している。この紅狼もその中の一つだ。

 火は風に強く、風は火に弱い。にも拘らず、これ程の効果を発揮すると言うことは使い手の力が高く――そして強いと言うことを表している。

 ジュード達は、次々に倒れていく魔物の群れを見つめて唖然としていた。

 彼らの前にいるのは、たった一人の女性。更に言うのなら女騎士だ。女性でありながら勇猛果敢に剣を振るい、辺りに展開する魔物達をいとも容易く倒していく。

 ジュードの頭には、倒れゆく魔物達の悲痛な声や恐怖の感情が流れ込んでくるが、今はそれどころではないと奥歯を噛み締めて声を振り払った。


「す、すごい……あんなに強い人がいたの……?」

「確か、シルヴァって呼ばれてたわね」


 マナとルルーナは彼女――シルヴァの戦い方に、思わず口を半開きにさせて見惚れていた。

 それなりの期間、王都ガルディオンに住んでいたジュード達ではあるが、彼女の話を聞いたことはなかった。今回が初めての邂逅だ。

 風を纏いながら戦う姿は、騎士と言う血腥(ちなまぐさ)い身であると言うのに何処か神々しく感じられる。戦乙女と称すに相応しいかもしれない。


「……この辺りにはもういないか。君達、怪我はないか?」


 辺りの魔物が全て冷たい地面に倒れ臥したところで、シルヴァは小さく一息洩らすとジュード達を振り返る。

 ジュード達もそれぞれ愛用の武器を手にしてはいるのだが、彼女の活躍でそれはほとんど必要ではなかった。ジュードが女王に呼ばれて火の国に足を踏み入れた際、あれほどまでに紅狼相手に苦戦したと言うのにシルヴァはそれらを容易く捩じ伏せてしまったのだ。


「は、はい。……あの、すごくお強いんですね」

「ふふ、ありがとう。君達の友人はどの辺りにいるか分かるかな?」

「それが……街の様子を見に行くって聞いただけで、何処に行ったかは……」


 シルヴァの言葉にマナは気持ちが和らいでいくのを感じながら、困ったように眉尻を下げる。

 同じ女性の身でありながら勇敢に魔物と戦うシルヴァに対し、純粋な羨望を抱いたのだ。更に、子供だからと言う理由で自分達を邪険にすることもない。大人の女性としての優しさも併せ持っていると感じた。

 だからこそマナは純粋な安堵を感じつつ、率先して彼女からの問いに答える。

 だが、安心してばかりもいられない。本来の目的であるウィルとリンファはまだ見つかっていないのだから。

 マナから返る言葉にシルヴァは一度頷くと、その視線は彼女の後方に見えるジュードに向いた。心なしか、その表情はやや心配そうに見える。


「……彼は大丈夫か? 顔色があまり良くないように見えるが……」


 その言葉に対し、マナは慌てて自分の後方を振り返る。そこには、確かに彼女の言葉通り――お世辞にも調子が良いとは言えそうにないジュードがいた。

 カミラはそんな彼の傍らに歩み寄り、その様子を窺う。常に共に在った仲間達は、彼の不調がなんなのかは当然理解している。ローザを除いて。

 魔物達の声と、その魔物が感じた感情を全て聴き、感じ取ってしまった所為だ。そのあまりの数と感情の巨大さに、心や頭が追い付いて来ないものと思われる。

 ローザも彼の傍らに駆け寄ると、表情には場に不似合いながら嬉しそうな笑みを滲ませた。


「すごい、やっぱり魔物の声とか聴こえるの? つまり、それほどの力を持った精霊族……」

「アンタ、いい加減にしなさいよ。今はそんなこと言ってる場合じゃないの!」


 眉を顰めて表情を曇らせる仲間の傍らで何を嬉しそうな顔をしているのかと、ルルーナは不愉快そうに表情を歪ませるとローザに対し一つ言葉を向けた。

 彼女の言うように、今は雑談に華を咲かせている場合ではない。ましてや苦しむ仲間を前に喜ぶなど。

 とにかく一刻も早くウィルやリンファと合流し、安全な場所に避難しなければならない。王都は至る所に入り組んだ道がある、何処から魔物が飛び出して来るか分からないのだ。

 シルヴァは彼らの様子を見守っていたが、聞き慣れない単語が鼓膜を揺らすと一度考え込むように黙り込む。

 だが、そこはやはり戦い慣れた騎士である。即座に思考を切り替えると、再び剣を握り直して踵を返した。


「少しペースを下げる、……具合が悪ければ無理せずに言いなさい」

「だ……っ、大丈夫、です……」


 シルヴァが短くそう告げると、ジュードは余計な考えを振り払うかのように小さく頭を振って一言だけ言葉を返す。彼の傍らにいるちびも、カミラの肩に乗るライオットも心配そうだ。

 マナやルルーナは一度ジュードを振り返り、気に留めながら先導するシルヴァの後に続く。ジュードのことも心配だが、安否が知れぬウィルとリンファのことも気掛かりだった。


 程なくして商店街へと差し掛かる。出入り口に近い商店街の通りは、特に魔物が多いことが予想された。いつまでも引き摺っている訳にはいかないと、ジュードは半ば無理矢理に意識と思考を切り替える。今のままでは突然魔物が襲ってきた際、仲間に迷惑を掛けることは明白だ。


「なんだ、あれは……!?」


 その矢先、先頭を警戒しながら進んでいたシルヴァが思わず足を止めて怪訝そうな様子で小さく呟いた。

 剣を構える彼女の視線の先――そこには、紅狼とは明らかに異なる巨体を持った生き物がいた。

 紅狼のような四足歩行ではなく、二足歩行をしている。見るからに頑強そうな肉体と、これでもかと言う程に筋肉の付いた両腕と両足。その身は黒光りしていた。

 大きく裂けた口の両端からは鋭利な牙が覗き、両手の爪もまるで刃物のような鋭さを持っている。白銀の(たてがみ)を持つ様は大きな犬のようにも見えるが、二足歩行をしている所を見ると犬と呼ぶには相応しくない。

 そして、その黒光りする身は乾いた血のようなドス黒い色をした鎧で覆われていた。色々な物語に出てくる悪魔(デーモン)のような出で立ちだ。


「な、なにあれ……不気味……」

「あれは魔物なのか? あんな奴はこの辺りで見かけたことがないが……」

「ジュード、マナ! あそこ!」


 一目見て普通の魔物ではないことが分かる。一体何者なのかと、シルヴァが警戒するように悪魔にも似た生き物を見据える中、ふとルルーナが声を上げた。

 彼女が示す先――それは当然、その不気味な生き物の傍なのだが。その近くに、探していたウィルとリンファの姿が見えた他、塵でも薙ぎ払うように殴り飛ばされていく兵士が見える。

 その攻撃は、例えるなら岩が転がるような――そんな印象だ。突撃してくる正体不明の生き物の突進を、兵士達は必死に横に跳ぶことで逃れる。避け切れなかった者はその太い腕で薙ぎ払われるように殴り飛ばされ、たったの一撃で起き上がれなくなっていた。

 骨を砕かれるだけならば、まだ幸運である。中には当たり所が悪く、殴られた拍子に内臓が破裂し吐血する者、頭蓋骨を粉砕され息絶える者など様々だ。


「ウィル! リンファ!」

「ま、待ってマナ! ライオット、あれは……」


 マナはそちらに駆け出そうとはしたのだが、そんな彼女の腕をカミラが制すように慌てて掴んだ。

 何事かとマナは彼女を振り返るが、カミラは表情を強張らせながら自らの肩に乗るライオットに言葉を向ける。すると、ライオットも幾分ぎこちなく頷きながら肯定を示した。


「に……間違いないに、あれは魔物じゃないに! 魔族だに!」

「なんだと……!? では、我が国に魔族が攻め入ってきたと言うのか!?」


 ライオットの言葉に逸早く声を上げたのは、シルヴァだった。

 これまで火の国エンプレスは狂暴な魔物との戦いに明け暮れ、常に危険と隣り合わせな生活を送ってきたが、それでも魔族がこうして王都にやって来ることはなかった。

 ヴェリア大陸の結界が破られ魔族が世界に出没を始めたと言う噂こそ聞いてはいたが、それでも実際に目の当たりにしたことがないからこそ現実として受け入れるのは困難であった。


「ま、魔族ですって……!?」


 ローザはライオットやシルヴァの言葉に数歩後退すると、そっとジュードの背中に身を隠す。だがジュード自身、彼女になど構っていられなかった。

 彼の今の意識は、そんな危険な魔族と対峙する大事な仲間――ウィルとリンファに向いていたからである。

 だが、そこでジュードは怪訝そうな表情を滲ませた。


 ――ウィルとリンファの動きが、どうにもおかしい。


 普段の二人らしい動きが、まるで見受けられない。ジュードは咄嗟にそう感じた。

 まるで金縛りにでも遭ったかの如く、その場に屈んだまま動かなかったのだ。そしてそれは何もウィルとリンファだけではない、彼らの周囲にいる兵士達もまた同じように動かなかった。

 そんな様子を、敵が見逃す筈がない。二メートルは優に越えるその大きな身を静かに反転させると、魔族は右腕を振り上げた。拳を叩き付けて殴り潰そうと言うのだ。

 ジュードは咄嗟に駆け出したが、間に合いそうな距離ではない。

 その腕が勢い良く振り下ろされるのを見て、ジュードは全身から血の気が引いていくのを感じる。

 しかし、その腕はウィル達を直撃することはなかった。


「――がッ、ぐおおおおっ!」

「ぐわっはっはっは! ほうぅ、俺の攻撃を受け止められるような人間がいるとはなァ!」


 そんな誰一人身動き出来ない中で、唯一動く陰があった。

 振り下ろされる腕を振り上げた剣と寝かせた刃を支えるべく、そこに逆手を添える形で受け止める一人の男――メンフィスだ。思うように身体が動かない中でも、その闘志が消えることはなかった。気合いのみで無理矢理に身体を動かし、ウィル達や兵士を守ったのだ。

 歯を食い縛り、魔族が振り下ろした腕を必死に受け止める。彼の立っている地面が、上部から加えられる力に陥没した。

 メンフィスのその姿にウィルとリンファも必死に身体を動かそうと試みるが、全く動かない。まるで地面に縛り付けられているような、そんな感覚だ。


「メンフィスさん!」

「あれは……っ、バカっ! 来るな、ジュード!」


 ふと鼓膜を揺らした声に、ウィルは視線のみを動かして出所を探る。すると、こちらに駆けて来る弟分の姿が見えた。彼の後方からは、城に避難するように告げた仲間達の姿も。

 魔物が襲撃してきた、などと聞いて黙っていられる仲間達ではないと理解はしているが、今回は相手が悪い。

 ウィルは咄嗟に声を掛けるが、直ぐに蒼褪めて表情を凍り付かせる。しまった、と後悔するような、そんな顔。マズい、と思って視線を魔族に向ければ、案の定だった。

 メンフィスを押し潰そうとしていた魔族はウィルの声に反応し、ジュード達の方へゆっくりと視線を向ける。そして大きく裂けた口端を更に引き上げて、笑みを形作った。


「ジュード……だと? ファッハッハ! そうか、そこにいたか、贄!」

「……ッ、ジュード! 逃げろ!」


 魔族はメンフィスを押し潰そうとしていた腕を引くと大きな足で地面を蹴り、その図体に似合わず俊敏な動きでジュードの元へと駆け出した。自分の身の周りに、黒いオーラを纏いながら。

 そんな様子にメンフィスはジュードへ向けて声を上げた。

 駆け出していく魔族と、その身から醸し出される黒いオーラから解放されたことで自由になった身を確認すると、ウィルとリンファは素早く立ち上がる。リンファは膝をついたメンフィスの傍らに駆け寄り、その身を支えた。

 ウィルは駆け出す魔族の後を追いながら、叫ぶような声を上げてジュードに言葉を向ける。


「ジュード! そいつには近付くな! その黒いオーラに触れると身体が動かなくなるぞ!」

「ぐわっははは! もう遅いわ、我が闇の領域(ダークネスフィールド)の餌食となれ!」


 岩が転がってくるかのような勢いで駆けて来る魔族に、ジュードは足を止めて表情を顰める。両腕を振り上げる様に、こちらを捕まえようとしているのは容易に理解出来た。

 思っていた以上に俊敏な身を思えば、横に避けた所で直ぐに捕まってしまう可能性がある。あの大きな手――それも両手で捕まれば、脱出は困難だ。

 眼前まで迫った魔族が勢いそのままに両手を伸ばしてくるのを確認するとジュードは表情を顰め、大地を強く蹴って跳躍した。闇の領域と呼ばれる黒いオーラが、追跡するかのように広がってくる。

 魔族は直ぐに空を仰ぐが、ジュードは止まらなかった。腰から剣を引き抜き空中で一回転すると、勢いを付けて思い切り剣を振り下ろす。魔族の身から広がる黒いオーラ――闇の領域はジュードの身を包んでも尚、その動きを止めるには至らなかったのだ。


「――!? なんだと、何故動ける!?」

「はあああぁッ!」


 闇の領域は確かに、ジュードの身を包み込んだ。

 しかし、その黒いオーラは弾かれるように飛散したのである。最初こそウィルは焦った。まさか魔法として認識し、弾いたのではないかと。

 だが、どうにも違うらしい。いつもの――魔法を受けた際と異なり、ジュードは苦痛に表情を歪めることもなく、軽く狼狽する魔族の右目に思い切り刃を叩き付けた。

 身は鎧に覆われていても、眼の部分は柔らかい。右目を潰される痛みに魔族は腹の底から雄叫びを上げて両腕を思い切り振り回す。

 ジュードは咄嗟に剣を盾にして拳の直撃を防ぎはしたが、その馬鹿力をやり過ごすことは出来なかった。勢い良く吹き飛ばされた身は地面を背中で滑る。

 それでも、追撃を阻むように再び魔族の右目に――今度は鋭い風の刃が突き刺さった。シルヴァだ、再びの突進を防ぐ為の一撃である。


「グワアアアァッ!」

「君がジュードだったのか。メンフィス様から話は聞いているぞ、三度も魔族を退けたそうだな」

「い……、っ……いえ……」


 吹き飛ばされた拍子に背中を打ち付け、そのまま地面を滑ったジュードは背に走る熱と鈍痛に表情を顰めながら静かに立ち上がる。そんな彼の身を支えようとカミラやマナが駆け寄ると、シルヴァは魔族に視線を投じたままそっと笑みを滲ませた。

 傷を負った目元を両手で押さえ、怒りに低く唸る魔族の迫力は半端なものではない。しかし、シルヴァはそんな様子を前にしても決して怯むことはしなかった。気持ちで負けたら勝てるものも勝てなくなる。騎士である彼女は、それを理解していた。


「まだ歳若い君に危険なことはさせたくないが、良ければ協力を願いたい」

「もちろん! ね、ジュード!」

「ああ、王都を守るんだ!」


 シルヴァの呼び掛けにマナはしっかりと頷くと、ジュードの様子を窺う。背中の痛みこそあれど、ここで引き下がるほどジュードは脆い精神をしていない。

 迷うことなく頷き、即座に返答を向けた。



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